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ニューキーツ 作者:奈備 光

2章 シリー川と洞窟

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24 夜は荒野の色

 メッセージはキュートモード。文字データに変換した言葉を伝える方法だ。
 情報量が少ない分、微弱な電波で送れるが、近接した状態でないと届かない。一種の非常用通信モードで、特定者にのみ送ることができる。
 ただ、アクセス用のIDは必要だ。
 ンドペキのアクセスIDを知る者は多くない。
 再生時に変更をしているので、東部方面攻撃隊のメンバーのみといってもよい。

 すぐに次のメッセージが流れた。
「話がある」
「見せたいものがある」

「誰だ」
 それには応えず、メッセージが続く。
「今夜」
 雑踏の中で送ってきたということは、政府に盗聴されたくないということだろう。
 キュートモードは政府の盗聴に比較的掛かりにくいといわれている。違法だが、使っていない者の方が少ない。
 きわめて短い文章が流れて、また間をおく。

「十時」
「西門を出ろ」
「北へ」
「走れ」
 ンドペキは歩きながら、それとなく辺りを見回した。
 目を合わす者はいない。
 知った顔はない。
 マスクをしている者もいるが、キュートモードで声を掛けるためのゴーグルをしているものは見えない。
「信頼してもらっていい」
 やはり、どこかでこちらを見ているのだ。

「途中で合流する」
「誰にも言うな」
「ひとりで来い」
 そういって、メッセージは途切れた。


 ンドペキは迷わなかった。
 死を決意している身だ。
 この誘いが危険に満ちたものであろうが、トラップが待ち受けていようが、構わない。
 メッセージは、見せたいものがあるという。
 そこに興味を引かれたのだった。

 言われたとおりに、西門を出て北に向かって走った。
 もちろん、フル装備である。
 夜に兵士が城門を出ても、怪しむものはいない。
 北部方面管轄ということになっているが、どこで狩をしようが自由だ。
 しかも、東部方面攻撃隊はハクシュウ隊と呼ばれて、誰もが一目置く存在である。
 城門を固める守備隊も、駆け抜けるンドペキをチラリと見るだけで、気にする様子もない。

 ニューキーツの街が遠ざかり、闇の中を突っ走る。
 さあ、お望みどおり、来たぞ。
 姿を現せ。

 ンドペキが砂塵を巻き上げているこの辺りは、グリーンフィールド地方と呼ばれているが、実際は草が所々に生えているだけの荒地である。
 めぼしい建物もない。
 掃討する対象の少ないエリアだ。
 ハクシュウの訓練以外では、めったに来ることはない。


 かなり走ってから、ようやくメッセージが流れた。
 また、キュートモードである。
「今、もう少し先にいる。スコープで覗いてみて。真正面にいるのが私」
 どことなく、ニュアンスは女だが……。

 夜の荒野を走るため、ンドペキは暗視モードにしている。
「む」
 ほどなく、スコープが熱を感知した。
 前方、一キロ余り。
 熱のボリュームから判断すると、人間だ。

 こいつか。
 クシか……。

 徐々に輪郭が見えてくる。
 ズームに姿形がはっきりと捉えられた地点で、ンドペキは停止した。


 女だった。
「昨日のお昼間は、ひどいご挨拶だったわね」
 なるほど、あいつだ。
 クシではない。
 サリの捜索中に出会った女だった。
「明日、あなた、代表として会談に臨むでしょ。これから忙しくなるかもしれないから、今晩中に」
「どういうことだ」
「私が誰かってことに興味はないのね」
「ない。話とは」
「ここでは話せない」

 女はちょこっと手を上げると、突然走り出した。
「近づかないで。それに話しかけないで、ついて来て」
 ンドペキは追った。
「見せたいものは、ここにはないから」
 おおよそ三百メートルの距離をあけてついていった。
「そうそう、GPSはオンにしちゃだめよ。まさか現在地を捕捉されるものは切ってると思うけど」


 数えるほどしか星のない暗い夜だった。
 女はみるみるスピードを上げていく。
 緩やかな起伏が続き、時として前を行く女を見失いそうになる。
 なぜか、女の姿はスコープに映し出されなくなり、肉眼で追うしかない。

 一時間ほど走り、百キロは来たろうか。
 再び女が口を開いた。
 ラバーモードに切り替えている。特定の者にだけ聞こえる音声通信だ。キュートモードと共に、これも違法ということになっている。
「約半分ね」
「どこへ行く」
「向こうで説明する。でも、道順は覚えておいてね」
「なぜだ」
「きっと、次はあなたが人を案内することになると思うから」


 それから、女とンドペキはポツリポツリと言葉を交わした。
「このあたりは政府の監視カメラも通信傍受システムも手薄よ。衛星の監視はあるけどね」
「もっと距離をとれない? ペアで動いていると思われたくないから」
「このあたりは、左手に川が迫ってるわ」
「暗くて見えないけど、昼間だと前方にミリ山脈がよく見える」 
「この大きな木は、カエデ。目印よ」
「この廃屋は発電所の跡。このあたり、昔は風力発電の風車がたくさん立ってたのよ」

 といった内容ばかりで、肝心のことになると、後でね、と言うのだった。


 登り坂になってきた。
 地面は砂礫の荒地から、巨石が積み重なった地形に変わっていた。
 ふたりとも空中走行のため、地面の状態は支障ではない。

 突然、森に入った。
 オレゴーナ地方の入り口まで来たということだ。
「もう、離れていなくても大丈夫」
 女が立ち止まった。
 ンドペキは女に近づいた。
「休憩する? そんな必要はないわよね」
 女がまた走り出した。
 ンドペキもすぐ後に続く。

 径を辿っているのか、女は迷うそぶりもない。
 深い木立に遮られ、星の光は届かない。
 暗闇に一寸先も見えはしないが、女の位置がスコープに映し出されるようになっていた。
 その白い点は、大きく弧を描いて移動することはあっても、小さな進路変更をすることはなかった。目的地に向かって一直線に進んでいるようだ。
 白い点。
 つまり、非戦闘員である。街の住民で、どの隊にも属していないということになる。
 しかし、これだけの走行ができる市民は多くはない。

「道順は覚えてる?」
「自信がない」
「大丈夫?」
「一応、走行モニタで記録している」
「それって、やばいんじゃ……。どこか別のところに情報が蓄積されるってやつじゃないの?」
「いや、通信機能はない。ここに蓄積される」
と、ンドペキは自分のヘッダーをつついてみせた。

「なんだか、怪しいな。絶対に誰にも知られないようにして。いざという日までは」
「なんだ、いざという日ってのは」
「それは私にもわからない」
「じゃ、誰がわかっているんだ」
「ううん、たぶん、その必要があるだろうってこと」
 女はそういうと、一段とスピードを上げた。
 ンドペキはついていくのがやっとで、短い会話はそれで打ち切りとなった。
 いつしか深い山地に分け入っていた。



 ンドペキが荒野を突っ走っているころ、イコマは気を揉んでいた。
 今日、まだアヤの訪問がない。
 もうとっくに来てもいい時間。
 いつもなら、仕事帰りという時間帯にアヤは顔を出してくれるのに。

 いや、まだ、十時。
 落ちつこう。

 就寝時間まで、まだ間がある。
 自動的に思考が停止してしまう時刻が近付いているが、それまでには来てくれるだろう。
 きっと、仕事が忙しいのだ。
 重大な会談前夜のことでもあるし、政府機関内は右往左往しているのかもしれない。
 アヤも帰るに帰れない状態かもしれない。

 今夜は無理かな。

 しかし、アヤの身によもや何かあったのではないかという悪い予感も、拭いきれないでいた。
 交わした会話の中に、監視システムがアラートを発するような内容があったのだろうか。

 ハクシュウの情報?
 抱き合って涙を流したこと?
 綾がパパと呼ばずに、おじさんと呼んだこと?
 アンドロが住む別次元の話題?
 そもそも、連日アクセスしてきたこと?

 考え出すと、不安で堪らなくなるのだった。


 同じころ、チョットマはコリネルスから仕入れたクシの情報を反芻していた。
 けっ、卑怯者め。
 フン、見損なってもらったら困るぜ。
 それにしても、何だって私が。恨むならハクシュウだろ。

 でも、蛇みたいに執念深いやつだったら、嫌だな。
 ンドペキがいうように、警戒だけはしておかないとね。

 チョットマはくわばらくわばらと呟きながら、ベッドに潜り込んだ。

 なぜ、蛇は執念深いって言われるんだろ。
 どうでもいいか。
 蛇がどんな動物なのか、見たことないし。

 そして、ものの三分もしないうちに、寝息をたて始めた。
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