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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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21 オルゴールの声

 予想外のことに驚いた。
 おじさんの部屋に入るなり、
「ここよ! 私の居場所は!」と、アヤは叫んだのだった。

 いの一番に、子供の頃いつもそうしていたように、見慣れた椅子に座った。背を股に入れて。
「なぜ、こんなことを覚えているんだろ! 私、いつもここに座っていた!」
 おじさんが笑った。
「そう、そこで君はいつも宿題をしていたよ。狭いマンションだったから、中学生だったのに自分の部屋をあげられなくて、いつも気にしていたんだ」
「ううん、そんなこと」
「よかった、喜んでくれて」
 心底からうれしかった。
 涙ぐみそうになるのを堪えて、おじさんの、イコマのオフィス兼住まいの狭い部屋の中を歩き始めた。
 かつて私達が住んだ部屋を……。

「うわ! 凝ってるね。これ!」
 サイドボードに飾られたフォトフレーム。
 家族三人で行った、北アルプスの白馬雪渓の写真。
「これも!」
 アヤがユウの誕生日に買ってきた、ピアノの形をしたオルゴール。
「まさか」
 ゼンマイを回すと、「いい日旅立ち」の曲が流れ出した。それに合わせて、アヤは口ずさんだ。
「すごい……。私の記憶、どんどん生まれてくる感じ!」


 そんなこともあるのかもしれない。
 マトの記憶がどのように削除されていくのか、そのシステムは公にはされていない。
 むしろ、再生時に注入されない記憶があるというのが、正しい表現だろう。
 不要と思われるものから、ランダムにお蔵入りとなるのだ。
 ただ、完全に消去されるということではないようだ。
 どこかにそれは保存されている。
 現に、完全に忘れてしまった頃のことを急に思い出した、というマトは多い。
 今、まさにその状態だった。

「げ! こんなものまで」
 アヤの結納のとき、相手の親が持ってきたオキナとオウナの木彫りの像。
 結局は離婚して、アヤは戻ってきたのだったが。


「ああー」と溜息をついて覗き込んだものは、カウンターの上の水槽だ。
「そういえば金魚を飼っていたこともあるね。金魚すくいでもらったやつ。本当は一匹しか掬えなかったんだけど、店のおじさんがおまけしてくれたんだった……」
 もう泣き笑いの顔になっていた。
「バーチャルだけどちゃんと生きているよ」
「うん。懐かしいものがいっぱい……。あ、そだ。他の部屋も覗いてもいい?」

 なぜか今日は、おじさんに涙を見られたくなかった。
 会えば泣いてばかり。
 悪いのは私。
 でも、もっとしっかりしなくちゃ。


「もちろん。君の家だろ」
 キッチンを覗き、お風呂を覗き、トイレまで覗いた。
 そして最後に、寝室に入った。
「わたし、中学生だったのに、いつも三人で川の字になって寝ていたんだ……」
 畳の部屋の真ん中で、座り込んでしまった。
 そしてとうとう、涙がこぼれ落ちてきた。
「今日は泣かないでおこうと思ったのに、涙が……」

 おじさんは静かに笑って、見ていてくれる。
 その手が髪に触れて、アヤは気持ちを奮い立たせた。
 いつまでも、泣き虫じゃダメ。
「ちょっとまずいかも。二回連続でイレギュラーな会話で終っちゃ……」
 と、無理に笑顔を作った。

 たちまち、おじさんが心配顔になる。
「なにかまずい兆候でもあった?」
「ううん」
 コンピュータの監視システムに、変化はない。
 パパのIDに付与されたコメントは、何もない。
 ただそれは、自分が知らないだけかもしれない。
 しかし、安全策を意識した。

 ダイニング兼用の仕事場に戻り、自分の昔の指定席に座った。
「自殺願望のマトはとても多いんだよ。それを請け負う闇商売もあるらしいの」
 無理やり、現実的な噂話に話題を変えた。


 聞かれていることを前提にした会話。
 やりきれない思いがしたが、今の社会では仕方がない。
 怪しまれておじさんの身に何かあれば、それこそ取り返しがつかない。
 おじさんさえ無事なら自分はどうなってもいい、ふとそう思った。

「再生しない完全なる死、だね」
 おじさんも話を合わせてくる。
「そう。どの街にもひとりやふたりはいるらしいよ」
「へえ」
「マトはいつの間にかこんなに数が減ってしまったけど、それは、死亡が確認されない深い海に身を投げたり、自分が再生不可になるために殺人を犯したりした人が多いから。そのどちらもできない人もいるのね。そういう人のための商売」

 そんな話を挟みながら、ここに来るたびに、おじさんのことを聞こうとしてきた。
 そして自分のことも話したかった。
 ただ、タブーは多い。
 心おきなく話せる、そんな世の中になればいいのに、と思うのだった。

 街の外に出れば、政府の監視の届かないところもあるのかもしれない。
 テレビカメラやレーダーや、電波を介した会話を拾うシステムも手薄なところがあるかもしれない。
 しかし、兵士でない自分が街の外に出ることは、物理的に無理なことだった。
 殺傷兵器から身を守ることができなかったし、有毒ガスに耐えられる装備も持っていなかった。
 しかも、政府機関で働く者が街の外へ出て行くことなど、どんな理由があるのかと、たちまち怪しまれてしまうことだろう。

 しかも、おじさんは生身の人間ではない。
 声帯を震わせて空気中を伝播する声は出せないのだ。
 政府のシステムを使って、電気的な発声をしているし、聴いたことも電気的な信号で電脳に送られているのだ。
 もちろん、すべて政府のコンピュータに筒抜けになっている。


「私はもう、記憶を完全に抹消されない限り、今の仕事を辞めることはできないの」
 アヤは、思わず弱音を吐いた。
「そういう仕事に就いてしまったんだから。自分を大切に、としか言いようがないよ」
 おじさんは、少し離れたところに座って、くつろいだ声を出している。
 心に生じた波を、できるだけ表に出さないようにして。

「そうね。暮らしは満足している。こうしてパパとまた会えて、私は幸せ」
「ぼくもさ」
「妙に言い寄ってくる男もいるしね」
 そんな話をする気はなかったのだが、自然体ということを意識したあまりに、思わず口から出てしまった。
「へえ! そりゃいい!」
「相手はメルキトなの」
 実際、当たり障りのない話題である。
 彼に特別な感情はないから。

「ううん、もしかするとアンドロかもしれない。仕事場の人。あいにく、こちらは関心ないけど」
「アンドロ?」
 人造人間には、製造目的以外の思考能力はない。
 しかし、画一的ではないのも事実である。
「本当は違うのよ」
 そんな話をしようと思った。
 秘密にしておかねばならない情報ではないはずだから。


「アンドロにもいろんな種類があるの。パパはニューキーツの街の人口、どれくらいだと思ってる?」
「さあ、ニューキーツは世界を見渡しても、小さな街の部類に入るだろう。一応、全部合わせてせいぜい十五、六万人」
「ハハ、ぜんぜん。百七十五万人。人数の上で、圧倒的派閥はアンドロ」
「そうなのか」
 おじさんは特別に驚いた声もあげない。
 あくまで、淡々とした声だ。

「いわゆる街の人の目にはあまりつかないでしょうけど、街はアンドロによって成り立っているの」
「ああ」
「お店をしたり、兵士をしたりしているマトやメルキトがどうしても目立つけど、彼らはごく少数派。極端な言い方をすれば、私達が暮らしている部分や、活動していることは、街の機能のいわば飾りの部分だけ。街の実態はすべて、アンドロが動かしているといってもいいのよ」

 当たり障りのない範囲で、アンドロの世界を話した。
 地球人口は公式には千万人ほどといわれているが、実際はそれよりもずっと多く、一説では一億人にまで回復しているといわれている。
 ただ、そのほとんどが人造人間であるアンドロである。


 アンドロが支配している地球、という観念が広まるのはまだ時期尚早という判断がアンドロ側にはあり、低レベルな労働力としてのアンドロが工場の隅っこで働いているという印象をあえて維持しているというのだ。

「ま、そうだね。うすうすは気づいている」
「アギは徐々にわかっているの。でも、マトやメルキトはわかっていない。いくら知識があっても、思考力は相当に低下しているのね」
「書き割りみたいなこんな薄っぺらな街で、細々とした営みだけで世界が成り立っているはずがない」
「そう。食料やエネルギーだけでなく、ほとんどずべての物が政府によって供給されているわけでしょ。マトやメルキトは、それによって生かされているということなの」
 そんなことを漫然と話し合った。

 しかし、そろそろ危険水域に達した。
「街の人は気づいていない広大なエリアが、実は街に隣接して存在している、という情報もあるね」
 アヤは話しすぎたのかもしれない。
 おじさんは、応えにくい点を突いてきた。
 これに返事をするべきではないだろう。

「パパ、あのお花、見に行った?」
と、話を遮った。
 話題は、どんどん移り変わっていく。
 意識的にそうしている。
 しかも、すべてのことをさらりと言う。
 あくまで、他愛のない噂話であるかのように。
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