挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

20/126

19 狂いの色

 ンドペキは、チョットマの話し方がぎごちないと感じた。
 なにか、隠している。
 ヘッダーを被ったままなので、チョットマの瞳にどんな心が浮んでいるのか、窺うことはできない。
 電波を通して流れてくる声も、いつものチョットマの声である。
 しかし、そもそも加工していないとも限らないが。

 あの敵は、かなりの熟練だ。
 あれほど破壊力のあるエネルギー弾を使うマシンは、この辺りにはもういないはず。
 もしいたのだとしたら、ニューキーツ軍の沽券に関わる事態だ。

 姿も、ついに見せないままだった。
 ンドペキは思いをめぐらせた。
 スコープにも反応がなかった。
 つまり、監視人工衛星のカメラに捉えられなかったということだし、GPSも役に立たなかったということだ。
 マシンの類ではありえない。

 しかも、あの状況では地下に逃げたとしか考えられない。
 通常のマシンは、基本的に逃避行動をとることはない。
 命が惜しい、とは考えないからだ。

 それらのことを考えると、チョットマを襲ったのは「人間」ということになる。
 しかし……。

「おまえ……」
「ハイ!」

 誰かに襲われたことがあるのか。
 誰かの恨みをかうようなことがあるのか。
「ないです!」
「だろうな」

 これまでチョットマを部下として見てきたが、そんな様子はなかった。
 あるとすれば、本人も気付かないようなことだろう。
 典型的な天真爛漫で、悪意というものを知らない、というのがチョットマなのだから。

「しかし」
 呼びかけておきながら、ンドペキは次の言葉がなかった。
 本人が、誰かに恨まれるような覚えはないというのだから。
 無理やり口から出た言葉に、げんなりするが、まあ、しかたがない。

「怪我はないか」
「ハイ! 全然、大丈夫です!」


 ンドペキは、ふと、襲ったのは自分ではないか、と考えてみた。
 襲っておいて、救援に向かう。
 チョットマは頭から俺を信じている。
 好都合じゃないか。
 そう、サリを殺そうとしたときと同じように。


 妄想だ。

 ンドペキはそんな考えを振り払った。
 自分でも、倒錯した思考だと思った。

 今はダメだ。
 しかも、少なくとも、ここでは。
 見張りの兵士がどこかにいる。


 しつこく追いすがってくる自分の思考に手こずる。
 こういうときは、行動を起こすに限る。

 チョットマは黙って、指示を待っている。
 いずれにしろ、危険は去ったと考えていいだろう。
 今日のところは、おとなしく街に帰った方がいい。
 走ろう。
 走って、邪念をふるい落とそう。
 今は。


「街に帰るぞ」
「ハイ!」

 ンドペキは駆け出したが、一歩出遅れたチョットマが、声を掛けてきた。
「あの、ンドペキ」
「ん?」
 チョットマが追いすがってくるが、ンドペキはスピードを落とすことなく、たちまちアリーナを出て瓦礫の街を抜けていく。

「あの」
「だから、なんだ」
「ありがとうございました!」
「……」

 仲間を助けるのは当然の行為だ。
 ただ、それを口にするほど、ベタベタした関係ではない。


 こいつを殺すのはどうだ。
 つい、それを吟味してしまう。
 邪な思考がまた頭をもたげてくる。


 そもそも、あの日、俺はサリを殺そうとした。
 理由は特にない。
 心を捉えていたのは、自分が死にたい、ということだけ。

 俺は何者なんだ。
 いったい、何のために生きているんだ。
 マシンを倒し、集めた金属を金に換えるだけの毎日。

 先が見えないだけでなく、過去さえも失ってしまった俺に、生きていく目的などあろうはずがない。
 そんな日々がもう数百年も続いているというのに、これからまだ数百年、あるいは未来永劫続くのか。

 俺は死にたい。
 死んで、安らかな死後の世界に旅立ちたい。
 死後の世界などがあるとはこれっぽっちも思わないが、もう、生きていくのはごめんだ。

 耐えられない。
 虚しすぎる。

 今まで、心が失われ、闇に沈んでいった人間をたくさん見てきた。
 俺は、そうはなりたくない。
 そうなる前に、自分の肉体を消滅させてしまいたい。


 ところがどうだ。
 そんな俺に、死ぬ方法がないときている。
 もう十分だというのに。

 残された道はただひとつ。
 再生されないこと。
 人殺しの罪を背負って、ようやく死ねるというのは、なんと不合理な制度だろう。


 チョットマは黙ってついてくる。
 こいつなら、いいかも。
 しかし、サリならともかく、こいつは並大抵のことでは倒せない。
 敏捷性が半端じゃないからだ。
 いや、だからこそ、こいつを殺しても誰も疑わないかも。


 俺は、死にたい。

 しかし、人殺しと罵られて死を待つのは耐えられない。
 プライドはあるのだ。

 生きてきた証なんぞには興味はない。
 ただ、俺の生を汚したくはないという思いがあるだけ。

 自分勝手な考えだ。
 自分自身に死をもたらすために、人を殺す。
 しかし、他人には、特に部隊の連中には知られたくないのだ。

 そんな都合のいいことを考えてしまうのは、すでに俺の思考も狂い始めているのだろうか。
 いや、そうではないはず。
 ぷっつりと正気が失われてしまったのなら、他人の目など気にはしないだろう。


 人は、徐々に狂っていくのだろうか。
 あるいは、ある朝目覚めると、昨日の自分がそこになかったというように、狂気は突然やってくるのだろうか。

 俺は狂人になりたくはない。
 しかし、きっと、そうなるのは遠い先ではないだろう。
 自分のことだからわかるのだ。
 夜、眠るのが恐ろしい。
 朝になれば、俺は昨日までの俺ではなく……、と考えてしまうのだ。
 もう、時間はない。


「ねえ、ンドペキ」
 チョットマが話しかけてくる。
「なんだ」
「今度の会談、頑張ってください」
「うむ」
 しかし、何を頑張れというのだ。
 その日、俺はもう狂い始めているかもしれないぞ。

「すごいことですよ。指名されるなんて」
「意味がわからない」
「きっと、ンドペキは偉い人なんですよ」
「まさかな」
「覚えていないんでしょう? 昔の自分。もしかすると、ワールドの大統領だったりして」

 チョットマが他愛のないことを言ってくる。
 返事をするのも面倒だ。
「まあ、そのときがくれば分かるだろう」
と、応えておいて、俺はまた妄想にふけった。


 再生不可処分の理由は、公にされるのだろうか。
 ハクシュウは知ることになるのだろうか。
 チョットマなどの兵士を殺せば、連絡がいくのだろうか。
 普通は、再生されない理由が明らかにされることはないはずだが。

 では、兵士ではなく一般市民ならどうか。
 再生不可理由は公表される。
 人知れず死ぬ、には不都合だ。

 それだけ、兵士の立場は軽く見られているということだが、そんなことはどうでもいい。
 もう、何度も同じ考えをなぞってきたのだ。


 街に着くと、チョットマはぺこりと頭を下げた。
「気をつけろよ」
「ハイ! ありがとう!」

 立ち去るチョットマに、俺は声を掛けた。
「待て」
 先ほど思いついた考えを伝えておこうと思った。
「おまえ、クシという男のことを聞いたことがあるか?」
「クシ? いえ、ないです」
「おまえを襲ったのは、たぶん、そいつだ」
「だれなんです?」
「東部方面隊の兵士だった男だ」
「えっ、その人が私を?」
「なんとなく、そう思っただけだ。何はともあれ、気をつけろ」
「ハイ!」
cont_access.php?citi_cont_id=526017838&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ