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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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17 ピクニックの記憶

「それもそうだけど、ンドペキってのは君の上官だろ」
 生駒は話題を修正した。
「うん。彼が代表に指名されたってのも、変よね」
「どんな人なんだい?」
「どうって、ハクシュウと同じくらい、私は信頼しているよ」
「ほう」
「でも、特別な任務についているとか、街の政府の役職についているとか、そんなことは聞いたことがない。普通の兵士のはず」
「彼自身も、さっぱりわけがわからない、と言ってたね」
「うん」
 チョットマは、今度は食べるものを取り出した。
「あ、フライングアイは食べられないわね。残念だけど、我慢してね」
 小さなサンドイッチ状のものだ。しかしドライなもののようで、チョットマの口の中からサクリという音がした。
 そう。
 今日はピクニック。
 チョットマは鼻歌まで歌っている。
 幸せの時間だ。

「ん? そういや、パパは何を食べているの? というか、飲んだり食べたりするの?」
 チョットマが振り返った。
「ハハ」
「あっ、私が何も知らないって、笑った! 失礼ね! 気にしてあげてるのに!」
「ハハハ! 気遣ってくれてありがとう。アギも、ものを食べたり飲んだりするよ。栄養を補給するという意味じゃなくて、人間らしく生きていくためにね」
「へえ! そうなんだ! じゃ、やっぱり私、食べるの、やめる」
「どうして?」
「だって、今は食べられないパパがかわいそうだもん」
「いいよ、いいよ。食べて、食べて」
「ううん、やめとく。それより、いいことを思いついたわ。ちょっと待って」

 生駒は、この娘と知り合えてよかった、としみじみ思う。
 潮の香りを楽しんだ。
 瓦礫に埋もれ、遺跡となりつつあるこんな場所でも、海は青い。


「んー、今、ンドペキはまだアリーナの近くにいるみたい。彼はたいていはGPSをオンにしていて、自分の居場所を仲間には知らせているの」
「へえ、そう。街の政府に引っ張り出されて、詰問されているわけでもないんだ」
「聞いてみるわ」

 人類の数が大きく減少し、地球上での生産が極少化したことが、海の自然には好影響を及ぼしている。
 かつては、宇宙に並ぶフロンティアとしてもてはやされた深海も、結局は手付かずのままだったことも幸いしているのだろう。
 汚染はまだ残っているだろうが、海洋生物は息を吹き返しつつあると言われている。
 漁船が意気揚々と出漁し、恋人達や子供達が波と戯れる日々はまた来るのだろうか。
 ふとそんなことを思った。


「ンドペキには特別の指示はないみたい。連絡はいつでも取れるようにしておけ、ということだけで。退屈してるって。ハクシュウは、どこかに今日のことを報告したみたいだけど、って」
「ハハ、時の人なのに、所在なしかい。で、もうひとりの代表者、レイチェルってのは?」
「知らない。結局、何の情報もないって」
「ふうん」
「ねえねえ、作戦中に女とすれ違ったでしょ。とんでもないスピードだった人。もしかして、あれがレイチェル?」
「さあ。僕もまったく心当たりはないよ」

 生駒は、それらのことを調べてみたいと思った。
 チョットマが立ち上がった。
 そろそろおしゃべりは終わりということだろう。


「ねえ、チョットマ、今日はありがとう。楽しかったよ。できれば、明後日にもピクニックに誘ってくれないかな」
「もちろん!」
 シリー川の会談に立ち会ってみたかった。
「ありがとう。でも、今度はハクシュウにきちんと了解を得て、連れて行ってくれないかな」
「そうは……、ん……、許してくれるかな……」
「大丈夫」
「なぜ?」
「実はさ、今日もハクシュウには僕から一言、断っておいたのさ」
「ええっ!」
「だってさ、もし僕が見つかって、ハクシュウやみんなから君が責められたらかわいそうだと思って」
「なんだぁ」
「黙っててごめん」
「いいよ、そんなこと。あ、そうか、だからさっき、ハクシュウはお付の人も黙っておいてくれって、言ったんだ!」
「そうだね」

「でも、パパ、ハクシュウと知り合いだったの?」
「ううん。先日、会ってね。君がいい人だって言うから、なんとなく興味が湧いて」
 チョットマが目を丸くした。
「ほら、保護者としては、娘のボーイフレンドを一目見ておきたくてね。なるほど、抑制の効いたいい男だったよ」
「そうでしょ! ボーイフレンドじゃないけどね!」
 そういったチョットマの声が、うれしそうに弾んだ。

「次は、ンドペキに会いに行ってこようかな」
「すごいんだ、パパは! いままで、そんなアギに会ったことないよ!」
「そうかい?」
「行動派なんだ、パパは!」
「そうじゃないって。娘のためには、ってこと」
「へえ! それがすごいのよ。だって」
 チョットマが、本当の親子じゃないのに、という言葉を飲み込んだことがわかった。
 そう、口にする必要のないことだ。
 生駒は、チョットマのデリカシーがうれしかった。
 本当の親子でなくても、本当の親子以上に心を通わせることはできるし、そう振舞うこともできる。

 チョットマが、フフッ、と笑った。
「でも、その目玉の姿で会いに行くの? 私のボーイフレンドに」
「ハハ! そうか、君のボーイフレンドは、ンドペキの方か!」
「違うって! パパがそういうから、言ってみただけ!」
「その気がなければ、そう言ってみる気もしないだろうけどね!」

 これと似た会話をしたのは、もうどれくらい前のことだろう。
 自分にも、妻とはいえないけれども妻同様に愛し合った人がいた。
 娘とはいえないけれども、娘同然にかわいがった人がいた……。
 データを組み合わせただけの思考だが、それを「心」というのなら、生駒は自分の心の中に暖かいものがこみ上げてくるのを感じた。

「不法なことはしたくないんでね。まっとうに僕は、この眼ん玉姿さ」
「それってすごくない? 怪しまれない? 大体、街の中で目玉姿から声を掛けられることはないし、もし声を掛けられても無視するよ。避けるのが普通じゃない?」
「だから、すごいのはハクシュウの方さ」
「ねえねえ、どう言って声を掛けたの?」
「娘がお世話になっています、と言ったのさ」
「おわっ!」
「で、失礼ですが、お名前からすると、日本の方ですか、とね」
「うへええええ!」
「彼は、街中で旧知の先輩に会ったような態度だったよ。で、僕にアクセスしてくれるように頼んだら、ちゃんと約束した時間にコンフェッションボックスから会いに来てくれたんだ」
「うわ! やっぱりハクシュウは、律儀な人なんだ。きっと、ンドペキもそうしてくれると思うよ!」


 と、そのときだった。
 視界が消えた。
 見ていた海が、ただざらついた青黒い一色になった。
 強烈な横ジーを感じた。
 それらは同時に起こった。
 まるで、位相を瞬間移動したかのように。
 そして、コンマ数秒の後には、閃光が辺りを包んだ。
 生身の瞳で見ておれば、網膜を焼き尽くす。そんなすさまじい光だった。
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