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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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16 潮風の記憶

「ねえ、パパ、あれ、なんだったと思う?」
「川向こうの軍勢のことかい?」
「うん、軍勢というほど戦闘的じゃなかったけどね」
 サリの捜索作戦がアリーナで解散となってから、チョットマは街には帰らず、もう少しピクニックしよう、と誘ってくれたのだ。
 もとより、生駒に異存はない。

 アリーナからさほど遠くないところに、かつての港があった。
 岸壁は崩れ去り、波がガラクタとなったクレーンや建物の足元を自由に洗っている。
 海は青く、以前のような悪臭を放ってもいない。
 沖合いの白い波が繋がっては消え、潮の香りが満ちていた。

「このあたりは、あまり強いマシンはいないの」
 リラックスして、チョットマは巨大なコンクリートの塊に腰をかけている。
 生駒は、その肩にとまっている。もちろん、フライングアイの姿で。
 フライングアイは、視覚と聴覚を備えているだけではない。嗅覚もあるし、気温もわかる。重力だって感じることができるのだ。
 電波的な会話を楽しむことができるし、音声でも話ができる。スピーカを通してだが。
 そして、きわめて小さいものだが、手や足も備えているのだ。

 そんあなフライングアイが、チョットマの肩に乗っかって話をする。
 まさしく、鬼太郎の目玉親父だ。


「高度に人間的な生物、としか言いようがないね」
「人間じゃない、ってこと?」
「難しいね、その質問は」
「でも、人の言葉を話していたよ」
「まあ、たぶん、人間だな」
「へえ! パパはああいう人間を知っているの?」
「いや、初めて目にした。ただ……」

 思い当たることはあった。
「ただ?」
「いや……、昔読んだSF小説のシーンを思い出しただけ」


 今から四百年ほど前のことになる。

 四度目の世界大戦を経て、人類はまさに滅びようとしていた。
 二千年以上も続いていた風習、つまり各国が自国の領土内に責任を持つ制度は破棄され、すでにワールドと称する世界政府が樹立していたが、世界規模で進む人類の衰退を押しとどめることはできなかった。
 地上はもちろん、大気も海も汚染がますます深刻化し、エネルギー生産はもちろん食料さえも逼迫していた。
 加えて、あらゆる地域で疫病が蔓延し、人口の急激な減少はどのような手段を持ってしても食い止めることはできなかったのである。

 社会がすさむ一方、神を信じるものたちは、その信仰心を先鋭化させていた。
 存在しようがしまいが、神というものにすがるしか、救いはなかったのである。

 アメリカ大陸の荒野で生まれたある教団の教えが、瞬く間に世界中に広まったのはそんな状況の中だった。
「神の国が宇宙のどこかにある」
「宇宙は神が作られ給うたもうたものである」
「救いは神の国にこそある」
 ありもしないそんな考えが、いつしか伝説となり、あまねく宗教の壁を超えていった。

 伝説は、あるものにとっては真実となり、あるものにとっては都合のいい教義となった。ただ、世界の宗教がひとつになる初めての萌芽ともなったのである。
 そして、ついに超党派宗教ともいえる「神の国巡礼教団」が生まれた。
 しかも、瞬く間に世界政府と肩を並べるほどの力を持つに至ったのである。


 もちろん、教団が巨大化する過程では、世界各地で紛争が起きたし、多くの世界企業が犠牲になった。
 教団に取り込まれ、資金製造の役割を担わされたのだ。
 一連のテロ事件も教団の罠だといわれた。つまり、各地の民族的な確執を助長し、人々を不安に落としいれ、理性的に考える力を奪うために。
 そして紛争に乗じて、資金を得、甘言によって、脅迫によって、人々を入信させていったのである。
 その頃すでに、すべてのマトは、故国ではない世界中の街に散らばっていたことも、教団拡大の速度を速めたといえる。
 地縁や血縁が究極といえるまでに薄くなり、結び付きを失った人々は、何かに属することによって得られる心の安定を求めていたからである。

 信者は四百万人とも六百万人とも言われていた。当時の地球人口は一千五百万人。
 人類の三人にひとりは入信していたことになる。
 彼らは、その数、資金力、英知、武力、いずれにおいても当時の地球上のあらゆる組織、団体の中で最大かつ最強の集団であったといえる。
 地球周回軌道上に「神の意思」と呼ぶ巨大な都市を百体以上も築き、生産拠点はもちろんのこと、独自の流通網と移動手段を持ち、莫大な物資を蓄えるに至っていた。

 ワールド政府と神の国巡礼教団。
 地球上にはふたつの政府がある。
 まさに、そんな状況であった。
 ただ、ワールド政府は有効な手を打てないまま、座視するしかなかった。
 あくまで自分たちが正統な政府であるという面子にこだわり続けていたからである。
 そんなとき、教団が数百艘の宇宙巡航船で構成された巨大な船団を建造していることが明らかとなった。

 戦争……。
 人々は悲嘆にくれた。
 今この時点で地球全体、及び宇宙空間に散らばる人類基地や衛星を巻き込む戦争が起きれば、人類は破滅する。
 それは火を見るより明らかだった。

 ようやく、ワールドは動き始めた。
 ワールド大統領と教団最高指導者である教皇の初めての会談が行われたのは、光の柱に支えられた英知の壷のひとつ、ピースである。
 後の世にいう「ピース会談」。
 仲介したのは、ひとりの女性だといわれている。
 類稀なる美貌と、人の能力を超越した魔力を持つといわれたが、その実像は明らかにされないままだった。

 しかし、地球人類は救われた。
 教団は地球の覇権を望んではいなかったのである。
 あくまで、宇宙の神の国を目指すことに、すべての気持ちを、すべての力を注いでいたのだ。
 公式にはそのように伝えられている。 

 そして現実に、ピース会談から十数年後、教団は大船団をなして宇宙に旅立っていったのである。
 宇宙の中心、あるいは神の住む星を目指して。

 彼らの行き先は教皇のみが知るとされていた。
 しかし教団内部では、もちろん共に宇宙巡航船の乗り込んだ者たちの中に、それがあてどもない旅だと考えていたものは皆無であろう。
 ワールド政府は、その無謀ともいえる巡礼の旅を止めようとはしなかった。
 人間社会の秩序を保つ上で、これほど効き目のある薬はなかったからである。
 膿が自ら出て行ってくれるのだから。

 実は、船団には狂信者だけでなく、いわゆる大量の犯罪者も紛れ込んでいたと言われている。
 ワールド政府が、手に負えない犯罪者及び異端とされる科学者や野望が大きすぎる実業家などを、教団に押し付けたのだと言われるようになるのは、巡礼の旅立ち後、十年以上が経ってからのことである。

 ピース会談で何が話し合われたのか、すべてを知る者は既にない。
 大統領は、その本当の目的と成果を明らかにすることなく、帰らぬ人となったからである。
 彼はホメムだった。

 いずれにしろ、地球上に残る人類の多くは、彼らが一団となって地球を見捨て、宇宙に飛び出していくことを、歓迎の面持ちで見送ったのである。


 信者でない者にとって、巡礼の旅は死を意味したが、宇宙空間に飛び出していった者にとっては、晴れがましい旅の始まりだった。
 ただ、神の国巡礼教団の入信者すべてが旅立ったわけではない。
 選ばれた者は約六万人。
 選考基準は明らかにされていないが、信仰心が厚く、訓練に耐え、体力知力ともに優れた者の中から選ばれたことは想像の難くない。
 金の力も、という向きもあったが、ワールドの人々にとって、そんなことはどうでもよいことだった。

 船団は、太陽系の辺境、カイバーベルトの端部に達するまでに約1年間を要したが、太陽の引力から開放されるにしたがって、みるみるスピードを上げた。
 やがて交信は途絶えた。
 それでも半年ほどは、太陽系各地に浮かぶ衛星から船団を観測できていたが、あるときを境に、その姿はふっつりと消えた。


 多くの中心的人物が宇宙の闇に消え、資金も枯渇し、もぬけの殻となった教団の組織は、ものの十年も経たずに崩壊した。
 宇宙の巨大な粗大ゴミと化した「神の意思」は、地球人のための生産農場やエネルギー基地として生まれ変わった。
 残された信者は、処刑された数百名を除いて、あるものは照れ笑いを浮かべ、あるものは人目を避けるように、あるものは呆けたような顔をして、元の人類社会、つまりワールドに紛れ込んでいったのである。


 船団との交信が途絶えてからささやかれた様々な噂。
「仲介者となった女性は教皇の愛人である」
「いや、大統領側のスパイである」
「ワールド政府はそのスパイを船団に乗り込ませている」
「時限爆弾を仕掛けてある」
「地球人全体が移住できる星を探す密約もある」

 そんな話は、かなり姿を変えながら、その後百年もの間、語り継がれることになる。
 船団が辿ったかもしれない運命を題材にした数々の物語が生まれた。
 それらの物語では、巡礼団が生き延びていることにはなっていたが、それは完全なフィクションとして物語られた。
 宇宙船の欠片ひとつも残さず消えうせ、ましてや彼らの肉体も精神も、極寒の宇宙の闇の中に消え失せたのだから。

 そしてさらに長い年月が流れ去り、神の国巡礼教団の行方を想像する者さえいなくなった。
 船団が出立した夜の華々しさも記憶から消え失せ、その記録の存在さえも忘れ去られたのだった。



 生駒が思い出したのは、そんな物語のひとつである。
 ただ、それをチョットマに話そうとはしなかった。
「どんなシーン?」
「んー、あれ、宇宙空間で、えっと」
 チョットマはじれたように、フウッと溜息をつくと、バッグパックからドリンクを取り出した。

「もう! 知恵の人も、データが多すぎて整理できていないのね」
「ハハ、まあね。最近、過去と現在が、ときとして混在してしまう」
 生駒は、自分が思い出したことをチョットマに話して、それが噂として広まってしまうことを恐れたのだった。
 明後日、あの川原で会談がもたれることになれば、おのずと明らかになるだろう。
 それを前に、あらぬ噂を広げて人々に予断を与える必要はない。
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