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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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15 迷いの色

「展開!」
 ハクシュウの号令が下された。
「ラジャー」

 ハクシュウのチームを除き、四つのチームが一斉に散って行った。
 ンドペキも指定された地点に向かった。かつて大聖堂があった広場である。
 移動中に、マシンに執拗に追いすがられたが、それを一撃で撃退すると、大聖堂までほんの数分で到着した。

 次々に各チームがそれぞれのポイントに到着した旨の連絡が入ってくる。
「進め!」
 間をおかず、ハクシュウの命令が下される。

 事前に、全兵士に作戦の目的と行動の詳細がハクシュウから説明がなされてあった。
 目標地点は、アップット高原の最高峰であるザイキル稜から南北に伸びる稜線を十キロメートル越えた地点。そこまでは隊列を維持して進む。その時点で集合するか、そのままの形で引き返すか、ハクシュウから命令が下されることになっていた。
 目的は、サリの何らかの痕跡を探すこと。
 敵が襲ってきても、攻撃は最小限に留め、捜索に重点を置くこと。
 目標地点到着予定時刻は、一時間五十四分後の午前十時三十三分である。進軍は、平均時速九十キロのやや遅いスピードと指定されていた。

 隊列はハクシュウのチームを中心に横一列で、各チームの間隔は二キロメートル。各チームは伍長を先頭に雁行。補給部隊のみが雁行の最後尾、先頭の真後ろにつけている。


 ンドペキのチームは順調に突き進んでいた。
 他のチームも概ね指定スピードを保って進んでいる。
 わずらわしいマシンがいても、それを刺激しないように各自が避けながら、都市の廃墟を出た。
 原野が広がる。
 あいにく空はどんよりと曇り、大気に充満する有毒なガス濃度のムラが視認できそうだ。そして今にも雨が降り出しそうだった。

 ンドペキは、少し緊張していた。
 ハクシュウの意図が明確ではなかったからである。
 サリの捜索を名目にした隊列訓練にもかかわらず、ハクシュウは完全武装を指示していたからである。

 あの日、ンドペキはサリを葬ろうとしていた。
 その意思は、当局には感知されていたかもしれない。しかし、ハクシュウには知りえない。当局から何らかの情報がハクシュウにもたらされたというのだろうか。
 そしてあの日、サリを一撃で倒す間合いをつかめないまま進軍したものの、唐突にサリは消えた。

 完全武装。
 そのことが何を意味するのか……。
 隊列はハクシュウを中心に、左翼にンドペキ、スジーウォン。右翼にコリネウルス、パキトポーク。
 ハクシュウとスジーウォンに挟まれつつ疾駆しながら、ンドペキは、まさかという思いを抱いていた。


 まもなく川を渡ることになる。
 大西洋に注ぐ大河の支流である。この川は上流で分岐し、本流のシリー川はアップット高原の向こう側を東に向かって流れ下っている。
 支流とはいえ、水量は多く、流れも速い。
 水面の上を飛行するため濡れることはないが、土や岩盤とは違って反発係数が異なるため、体のバランスは取りにくい。

「ん!」
 ゴーグルに白い点が光った。
 真正面だ。
 距離にして八百メートル。
 誰かいる!
 マシンではない!

 白い点が光ったということは人間か、それに近い動物。
 一瞬の後に、その者が視認できた。
 人間だ!
 どこの。
 兵士の装束ではないが武装はしているようだ。

 ハクシュウかスジーウォンのチームの誰か。
 そんな考えが頭に浮かび、ンドペキは銃を構えた。
 人間を撃つことに一瞬のためらいがあった。
 その刹那、脳に滑り込んできた言葉。

「撃つな」
 女の声だった。

 すでにその女は目の前に迫っていた。
 川の水面の上に、立ち止まっている。
 攻撃の姿勢はとっていない。
 隊員ではない。

 ンドペキは減速した。

「ンドペキね」
 そういうが早いか、相手はンドペキに向かって突進してきた。
 攻撃される!

 ンドペキは銃を放った。
 が、的を外したわけではないのに、相手の姿は消えていた。
「あっ」
 相手はンドペキのはるか頭上にあった。
 回りこまれる!
 ンドペキは一瞬の内に体勢を立て直し、その場に停止した。

「撃つなと言った」
 また声が聞こえてきた。
 相手はまだ頭上にいる。飛び上がったときの機敏さとは違って、どことなくふんわりとした動作で、降りてくる。

「約束を守らないとは」
 そういって、相手は地上に降り立った。

 銃を撃つわけにはいかない。チームのメンバーに当たるかもしれない。真後ろにはチョットマがいるはず。彼女なら避けることはできるだろうが、万一油断していたら。
 ンドペキはネオ粒子サーベルを抜いて襲い掛かった。

「次に会ったときには」
 相手はそう言うと、一瞬の内に遠ざかっていった。

「チョットマ! 前方注意! 不審な人間が接近!」
 ンドペキはそう声を掛けた。
 しかし、チョットマから返ってきたのは、
「はい! というか、もう通り過ぎていきました!」
というものだった。
 猛烈なスピードである。
 メンバーの位置確認をすると、チョットマとは三キロほども離れていた。今まで見た人間の中では最速である。

「誰ですか?」
「約束とは?」
 そういった声が隊員から発せられた。
「知らん! 任務を! サリを探せ!」
 ンドペキはそう応えたものの、動悸は収まりそうになかった。
 どんなに激しい戦闘をしていても動悸を感じることなどなかった。
 人間を撃つ。そんな行為がいかに難しいことか、ということを思い知らされた。

 ハクシュウもスジーウォンも所定の距離を保って進んでいる。
 特段の異常な行動は見られない。
 ンドペキは自分の位置を元の隊列に戻した。
 ハクシュウやスジーウォン達は今の事件に気がついているだろうが、何も反応はなかった。

 あれはなんだったのだろう。
 刺客。
 そういう商売があることは聞いたことはあるが、殺ろうと思えばできたはずだ。武器の殺傷能力はともかく、行動スピードという点では何枚も上手だったのだから。

 約束とは。
 まったく理解ができなかった。


 サリの手がかりはまったくないまま、アップット高原の稜線を越えた。
 今日は、ドラゴンの姿もない。
 稜線を越えると大気は幾分澄み、平原を見渡すことができた。

「停止!」
 ハクシュウの命令が発せられた。
「ケーオーフォーメーション!」
「戦闘準備!」
 立て続けにハクシュウの緊迫した声が聞こえた。

 ケーオーフォーメーションとは、強靭な敵に集団で近接して立ち向かうときや、大量の敵に囲まれたときに防戦する隊列だ。ハクシュウは全軍、自分の下に戦闘態勢で集まるよう指示しているのだ。
 ンドペキは、いよいよか、という考えが頭をよぎったが、現時点ではハクシュウの命令に従わざるを得ない。

 ハクシュウが立つ地点に向かって突進していった。
 俺は仲間を撃つのか。
 攻撃されたらやむをえないか……。
 全員を敵に回したら勝ち目はない。何人かは傍観の態度を取るだろうか。
 そんな思いを煮えたぎらせながら。

 ンドペキはチームのメンバーの動きを確認した。
 それぞれがハクシュウの元に向かって最速で移動している。補給班のチョットマだけは、スピードを落とし、ハクシュウの後方に移動を始めている。よく訓練された軍の行動として申し分ないし、どこにも不審な動きはないように感じた。 
「攻撃目標、北北東十三度、距離九キロ。しかし、命令あるまで発砲厳禁!」
 ハクシュウの命令が飛び込んできた。
 すでにフォーメーションは整っている。
 ハクシュウを中心にして集まった兵達は、互いに五十メートルほどの距離を保って停止していた。それぞれの銃を構えて。
 てんでばらばらに駒をばら撒いたようなフォーメーションだったが、それぞれのチーム内での役割分担に従って、位置取りがされていた。
 誰も口を開くものはいなかった。

 ンドペキは、仲間の兵士達の動きに注意しながら、ハクシュウが攻撃目標といった地点に目を凝らした。

 前方五キロほどにシリー川が右手に向かって流れている。
 その手前はほぼ原野と言ってよい。
 対岸は見渡すかぎり森林地帯が広がっていた。
 建物や塔、あるいは街の跡らしきものは見当たらない。人工物はないように見えた。
 昔の人が眺め渡せば雄大な景色だと言うだろうが、戦闘態勢に入っているンドペキには、単調な光景だとしか感じなかった。

 敵までの距離が九キロというのは通常の戦闘では考えられない。
 大量破壊兵器をむやみにぶっ放すような大昔の非効率な戦闘ではなく、近世では戦闘員のみを標的にしたより精度の高い武器を使って、近接して戦うようになっていたからだ。攻撃に距離があるとしても、目標が確実に視認できる三キロがせいぜいで、通常は百メートル以下である。
 あの森の中に何がいるというのだろうか。
 ンドペキはいぶかしんだが、スコープのモードを切り替えていって驚愕した。

 何らかの生物がいる!
 マシンの類ではない。
 それも大量に! 集団で! 千体以上はいるのではないか!


 これまで戦闘用に開発された生物とも幾度となく戦ってきたが、彼らが集団でいる光景は眼にしたことがなかった。群れていたとしてもそれは数頭の群れだ。これほどのコロニーは見たことがなかった。
 そもそも人間を含め、地球上にはほとんど動物というものは存在しなくなっていたのだから。

「繁殖地ですか」
 久しぶりにハクシュウ以外の声が聞こえた。コリネルスだった。
 だれも応えない。
 ジリジリする時間が過ぎていった。

 木々の間から垣間見える生物は、人間のように二足歩行をしていた。
 人間よりも一回り大きく、一様に黒い肌をしている。脚は短いが腕は異様に長い。髪はなく衣服はまとっていない。
 こちらに関心を示すものもいるが、戦闘の気配はない。それぞれが淡々と何らかの作業をしているようだ。


 ンドペキはすでに、ハクシュウが自分を攻撃することはないと確信していた。
 もし攻撃するつもりなら、大量の生物がいる前で、派手なまねをするはずがないからだ。
 彼らが戦闘用の人工生物だったら、高みの見物をするはずがない。あの数では、こちらが大混乱するだろう。全員無事に街まで帰れる可能性はないに等しい。

 今日の作戦の本当の目的は、このコロニーを観察する、あるいは反応を見ることだったのではないか、という思いが頭をよぎった。
 だからこそ、完全武装だったし、稜線を越えてからの行動は未定だったのだ。
 軍の中枢からの指令は、ハクシュウにだけ伝えられる。その指令に添った作戦だったのではないか。
 ンドペキは、コロニーの凝視しながらそんなことを思った。

 と、森林を出てくるものがいた。
 やはり人間か。
 姿は異様だが、背筋を伸ばし、歩いてくる。ヒトとしか言いようがない。
 ゆっくりと川原に近付き……。
 胸の辺りが膨らんでいる。女か……。

 ん!
 女は、そのまま水面に歩みを進めてくる。
 まるで地面を歩くように。
 彼女が歩く部分だけ、水面にガラスを置いたように。

 部隊は静まり返っていた。
 ハクシュウからも何の命令もない。

 女はシリー川の中央部で立ち止まった。
 そしてはっきりとした声で、メッセージを送ってきた。
「私はJP01と申します。私達はあなた方と話をしたいと思います。ニューキーツの街のレイチェル氏とンドペキ氏を代表として指名させていただきます。明後日の正午にここでお待ちしています」
 そういうが早いか、女の姿は消えた。

「退却! 稜線を越えた時点で、ケーオーフォーメーション解除。ピー隊列に戻る。目標地点、アリーナ!」
 ハクシュウの命令が発せられた。

 俺が代表?
 ンドペキはわけがわからなかった。
 彼らは何者だ?
 レイチェルとはだれだ?

「今日見聞きしたことは全員、口外無用だ。お付きの人も頼みますよ」
 稜線を越えた時点でハクシュウが言った。
「ンドペキ。いろいろと聞きたいことがある」
 問いただされたが、わからない、としか答えようがなかった。
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