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ニューキーツ 作者:奈備 光

1章 海は知っている

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14 目玉親父の記憶

「パパ、明後日、ピクニックに行かない?」
「いいね!」
 チョットマがいつもの椅子に座っていた。
「どこに行くか、聞かないの?」
「どこに行くんだい?」
「街の北東約120キロ、アップット高原」
「ホオ」
「実はさ」

 チョットマが属しているニューキーツ東部方面攻撃隊総出で、サリの行方を捜しにいくのだという。
「会議は揉めたんだけど、隊長が押し切ったのよ」

 会議は、街の南東に広がる、かつての大都市の跡で行われた。
 今は瓦礫に覆われたその都市に、数百年前のアリーナ跡があった。
 その残骸は広い空地となっているが、そこが第一部隊の拠点のひとつである。
 敵が攻めてきても、広場の中央に陣取れば防戦しやすい。万一のときは、地下通路を通って他の地点に移動することもできる。
 会議の出席者は、ニューキーツ軍中尉で隊長のハクシュウ、伍長が四人、ンドペキ、スジーウォン、コリネウルス、パキトポークの面々。ンドペキは副隊長でもある。そして書記として、チョットマが選ばれていた。

「どう揉めたんだい?」
「伍長の人たちは、いまさら現地に行ったところで意味はない、というのよ」
「うん、もう十日ほど経っているからね」
「そうなの」

 中でも、スジーウォンが最後まで行くことを嫌がったという。
「どういう人なんだい?」
「どうって、んー、戦闘派、かな。相手を倒すことに快感を覚えるような人」
「彼女、かな、は隊の中ではどういう役割?」
「個人的な、あるいは数人の戦闘では、もっぱら先陣で敵をバサバサやっつける役。隊の正式な軍事行動でも、スジーウォンの率いる隊は一番危険な位置ね」

 東部方面攻撃隊は総勢三十八名。
 五つのチームに分かれていて、それぞれに六名から八名の兵士が属しており、それを束ねているのがンドペキら伍長と呼ばれる四人のリーダーである。隊長であるハクシュウも、自分のチームを持っている。
 兵士達の日常は、マシンを倒しレアメタルを回収するため、数人で作戦に出かけることが多い。
 これは軍としての正式な行動ではない。あくまで小遣い稼ぎという位置づけだ。一般的に「狩」と呼ばれている。
 軍としての正規の行動は、それぞれの部隊によって事情は異なるが、東部方面攻撃隊では十日に一度、全体行動を行う。
 上層部である街の軍部からミッションが与えられることはないので、ハクシュウを筆頭とするミーティングで決められる。
 隊列訓練と称しているのは、決められた隊列を守りながら部隊全員で目的地までできるだけ戦闘を回避しながら進軍する行動だ。また、戦闘訓練とは五つのチームに分かれて、戦闘を繰り返しながら、目的地で集合する訓練だ。ほとんどの場合、日帰りの訓練だが、時には数日の遠征も行うという。

「東部方面攻撃隊はもっとも優秀な軍だそうだね」
 そうよ、とチョットマは胸を張った。
「ハクシュウが頑張りやさんなんだよ」
 チョットマはそういって隊長を茶化したつもりだろうが、彼女がハクシュウを尊敬していることは十分に感じられた。

「軍もなかなか辛いね。戦争がないのはいいことだけど、軍としての存在意義を持ち続けるのは難しい」
「戦争の経験なんてないわ。というか、人間相手に戦ったことなんてないし」
「うん、いいことだ。で、街の軍部というのがどういう組織なのか知らないけど、年に一度くらいは顔を合わせるのかい?」
「ぜんぜん。大体、名前さえ知らないし、何人くらいいるのかも知らないわ」
「この街には攻撃隊は第五部隊まであるけど、合同の演習なんてものもあるのかい?」
「へっ? なにそれ? まったくないよ。人によっては、個人的な交流はあるかもしれないけど」
「つまり、君の部隊の規律というか、組織としてのまとまりというか、運営そのものは隊長のハクシュウの肩にかかっているということだ」
「そういうこと」

 生駒は、そんな話をしながら、チョットマの申し出を受けるかどうか迷っていた。
 彼女はピクニックという言い方をしたが、これはまさしく東部方面攻撃隊あげての公式な作戦行動だ。危険を伴う。
 万一、生駒の目や耳であるフライングアイが壊されでもしたら、生駒自身にペナルティが科される。
 普通の場合なら一ヶ月間の使用禁止処置程度で済むだろうが、軍の行動に便乗していたことが罰にどの程度影響するか、見当もつかなかった。万一、厳しい採決がなされたら、思考起動時間の短縮ということもありうる。

「そうそう、すごいことになったんだよ」
 チョットマが目を輝かせた。
「会議で?」
「そう。どんなことだと思う?」
「見当つかないよ」
「顔を見せ合ったんだ!」
「へえ! 兵士にしては珍しいね!」
「そうなの。ハクシュウがさ、ヘッダーもスコープもはずして」
 ハクシュウが東部の装備を外し、目や口元や素肌を見せ、伍長連中もそれに倣ったというのだ。
「君は?」
「ンドペキ達がそうしているのに、私だけがしないってわけにはいかないじゃない」
 ハクシュウは伍長達と絆を深めようとしたのだ。

「マスクは?」
「さすがに、それははずさなかったよ。でも、私の髪、皆に見られちゃったし、声も聞かれちゃった」
「それは良かった」
「恥ずかしかった」
 チョットマは、緑色で光沢のある髪をロングにしている。かなり目立つ。
「私さ、マスクとボディインナーはセパレートタイプのものなんだ。ボディの中に髪を入れちゃうと、頭が動かしにくいから、髪を外に垂らしているんだ。だからさ、見られちゃった」
「いいじゃないか」
「嫌なんだな。この髪の毛。政府の再生装置って、時々変になっちゃうでしょ。あれ何とかならないかな」
 再生装置は万全というわけではない。完全再生はできないのだ。
 似ても似つかぬ者が再生されるというほどではないが、時として、一つ目の人間ができたりする。
 そういう異形のものは、兵士になって顔を隠す。しかし、次回再生されるときにはまた戻っていたりするのだ。

 チョットマは、再生前の自分のことを全く記憶していない。
 政府の再生装置の不備を嘆いているが、実は前の容姿がどうだったのか、知らないのだ。
 生駒はからかってやりたくなったが、チョットマは超の付く直情タイプの娘だ。容姿のことでからかっては、本気で怒り出すかもしれなかった。
「昔はさ、髪は女の命って言ったものだよ。君ほどすばらしくて珍しい髪は、昔なら高く売れただろうな」
「慰めになってないよ」
 と、チョットマは笑った。

「声も気に入らないんだけどさ」
 チョットマの声は、ニワトリが叫ぶときの声のようだ。高いけれども、美しい声ではない。
 特に、笑い声の甲高さは周りのものがびっくりするほどだ。
「そんなこと、気にしていたのか?」
「気にするよ。だから、会議では一言も喋らなかった。喋る必要はなかったけれどね」
 チョットマは女の子なんだ。
 生駒はそう思って、ますますいとおしくなった。
「僕は、今の君をとても好きだけど」
「パパ、大好き!」

 チョットマは、ンドペキやスジーウォンなど、伍長連中のうわさをし始めていたが、反応の薄くなったことに気づいたようだ。
「ねえ、パパ、行かないの? 娘が誘っているのに?」

 娘にピクニックに誘われて、断る親がどこにいるだろう。
「どうやって一緒に行くつもりなんだい?」
「簡単よ。私のリュックサックに入っていけばいいよ」
「リュックサックか。そりゃいいね!」

 戦闘服に身を包んだチョットマが、リュックサックなんて平和なものを背負っていくはずもないが、その表現がとても気に入った。
「いいでしょ! パパは楽チンだよ」
「でも、それじゃ、外が見えないよ」
「へへ、実はね」

 軍の行動を他人に話すことはできないから、と前置きをし、作戦行動のあらましに触れないように注意しながら、自分の任務について話してくれた。
 チョットマはンドペキのチームに属しているが、今回の行軍では、チョットマは最後尾で補給班兼救急班なのだという。

「だから、荷物を持って、後ろからついていくだけなの。大八車の上にでも括り付けておいてあげるわ」
「大八車! どこでそんな言葉を習ったんだい!」
 大八車の上に括り付けられて、「オイ、チョットマ!」と、鬼太郎の目玉親父の声音を真似るシーンを想像して、生駒は少しおかしくなった。
「私も、少しは本を読むよん」
「そりゃ、相当な古典小説だね」
「ね、そこらへんは任せておいて」

 明日の待ち合わせ方法を決めてから、チョットマは部屋を出て行った。


 生駒は、もう迷ってはいなかった。
 マトと連れ立って、街の外に出るのは初めての経験だった。
 それに街から外れてそんな遠方まで出かけていくのも、初めてのことだった。
 胸をときめかせた。


 ハクシュウという人物を生駒は知らない。
 いつものように、簡単にデータを探った。
 生駒がアクセスできる人物データベースは、探偵のものと違って、役に立たないことが多い。しかし、今回は違った。
「ハクシュウ、ニューキーツ軍東部方面攻撃隊第一部隊隊長、千九百五十六年生誕、男」という情報が掲載されていた。

 同い年……。
 ハクシュウという通称から想像すると、マトになる前は日本人だったということだろうか……。

 ンドペキ、スジーウォン、コリネウルス、パキトポーク。
 こちらの方は、例によって何の情報もなかった。


 生駒はハクシュウという人物に興味を持った。
 スジーウォンの言うとおり、いまさら捜索したところでサリの亡骸はおろか、装備の小さな欠片といった遺留品さえ見つかるはずがない。
 死体は身に着けていたいかなるものも含めて、速やかに回収される。
 現場からは消えてなくなる。
 そういうことになっていた。例外はない。

 ハクシュウは、通常の訓練に、サリの捜索という架空の名目を付けただけなのだろう。
 あるいは別の目的があるのだろうか。
 サリを葬った原因、ないし犯人を見つけ出す、というような……。
 もしそうだとすると、ンドペキの立場は微妙だ。
 サリが死んだとき、あるいは行方不明になったとき、行動を共にしていたのはンドペキだと聞いている。
 そしてチョットマは、ンドペキのチームに属している……。

 そう思い始めると、漠然とした不安はなかなか消えなかった。
 アギの習性である。
 思考は常にクリアだ。新たな考えが浮ぶごとに、古い思考は薄れていくということがない。
 思い付きであろうが、熟考の結果であろうが、思考はどんどん溜まっていく。これを中断するには、睡眠、つまりリセットが必要だ。

 さて、どうするかな。
 生駒は独り言をいいながら、アップット高原のマップと衛星画像にアクセスした。
 ま、楽しまなきゃな。

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