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ニューキーツ 作者:奈備 光

9章 解決編

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124 傷つかないで

「端的に申し上げましょう。それはハワードに関係したことです」
 フライングアイの言葉に、隊員達の目が経の隅に蹲ったアンドロに向けられた。
 ハワードは依然として頭を抱えたままだったが、ゆっくりと顔を上げた。
「彼は私に嘘をついていました。その嘘に気付いて、私はあることに気付いたのです」

 ハワードはサリの消息について調べてみると言いながら、これといった報告はありませんでした。
 私は、彼が隠しごとをしているのではないかと感じ始めました。
 なぜ、隠す必要があるのでしょう。サリの件は、アヤの失踪に関係しているようでもないのに。

 私は、ハワードは情報局の一職員としてだけでなく、特殊な情報も持っているのではないかとも感じ始めていたのです。

 当初、ハワードは、レイチェルは雲の上の存在で、自分は近付くことさえできないと言っていました。
 しかし、アヤはこう言ったのです。
 ハワードがレイチェルとふたりで話しているのを、何度か見かけたことがある、と。
 そして現に、洞窟にやってきたとき、レイチェルは上機嫌で出迎え、彼に話したいことがあると言いました。
 ハワードはハワードで、ンドペキに、あなた個人に関わりのある任務であると仄めかしました。

 では、ハワードの任務とは、どういうものだったのでしょう。

「ここから先は、ハワード自身に話してもらった方が正確でしょう」
 イコマはハワードに説明を促した。

 ハワードは、もう泣いてはいない。
 さっぱりした顔で、しかもクリアな瞳でフライングアイはじめ、作戦会議室の面々を見つめている。
 自分の出番があるのではないか、というような期待を込めた表情で。


「レイチェルが殺されてしまった。そうなった以上、私の任務は消滅したといえるでしょう」
 予想通り、そういってハワードが説明を始めた。

「先ほどのイコマさんの推理に感服いたしました。おっしゃるとおり、サリはレイチェルのクローンなのです。ハイスクールの最終学年、卒業直前に編入いたしました。レイチェルとあまり大きな年齢差があると……、ううっ」
 と言うなり、突っ伏してしまった。
 そして、おいおいと泣きだした。
 子供のように、口を開けて。

 イコマはさほど驚かなかったが、ロクモンなどは思わず手を差し伸べかけ、スジーウォンは目を丸くした。
「私は、任務を……」
 ハワードはしゃっくり上げ、手の平で涙を拭った。
 アンドロならではの感情の爆発である。
 コントロールがままならないのだ。

「全うすることができませんでした……」
 そして、また涙をこぼす。
「私がここに来たのは、レイチェルをサリから守ろうと……」


 ハワードは、サリが再生されたことを知り、彼女の様子を見ていたという。
 アクセスIDも変わっていたし、名前も変わっていた。

「サリは記憶が抹消されて再生されたものと思っていたのです。しかし、様子がどうもおかしいと感じていました。東部方面攻撃隊の行方について、情報を集めているようでした。そして今朝のことです。ジャンク品の兵士用ブーツを手に入れたのです」

 この洞窟に向かうためではないか。
 なぜだろう。
 東部方面攻撃隊に合流しようとしているのだろうか。

「しかし、アクセスIDも名前も変えているのです。というより、変えられていたのかもしれませんが」

 稀に、政府の意向によって、再生される人の記憶や性向が操作されることがある。
 そのほとんどは犯罪を犯した者である。無害化するための処置として。

「私は、サリにもそのような処置が施されたのではないか、と考えました。時期的に考えて、再生はレイチェルが意図したものではありません。それに……」
 ハワードは言いよどんだが、やがてきっぱりとした声で言った。
「私の本当の任務について、お話します」


 ハワードの任務。
 レイチェルから指示された秘密の指示。
 レイチェルのシークレットサービスの一員として。

 イコマはこの内容に確たる考えを持っているわけではなかった。
 状況を積み上げると、そうに違いないと思うばかりで、証拠は皆無だ。
 それに、それはンドペキにも関わること。ひいては他の隊員にも関わること。
 だからこそ、ハワードの口から話して欲しいと思った。

「先ほど来、イコマさんが示唆されていること。そのとおりなのです。つまり、レイチェルはサリを使って夫探しをしました。そして、ンドペキ隊長がふさわしいと思ったのです。むしろ、ンドペキ隊長に本当の恋をしたといっていいでしょう。実は……」
 ハワードがまた苦しそうな表情をした。

 イコマは、もしハワードが話さないなら、自分が推理を展開し、ハワードの追認を求めようと考えていた。
 しかし、それは杞憂に終わりそうだった。
 ハワードは苦しみながらも、真実を話すだろう。そんな気がした。


「私の任務は、レイチェルのクローンであるサリを見守ることでした。データ化された情報ではなく、この目で見て、この耳で声を聞いて。そして万一の時には身を挺してでも守る、というものでした」
 ハワードは街に出て、サリにつかず離れず、時には声を掛けて顔見知りになり、場合によっては特別にあてがわれた一人用の飛空挺を駆って、サリの様子を見ていたという。

「サリの消息不明が、東部方面攻撃隊の中で話題になっていることも知っていました。私は心が痛みました。あれは、レイチェルによる強制死亡処置なのです」

 レイチェルの夫探しの人形としてのサリの役割は、終ったわけではありません。
 しかし、ンドペキ隊長を見つけたことによって、ひとつの成果を挙げたわけです。
 彼女は、次の候補探しを始めなくてはいけません。
 そのために、レイチェルはサリを強制死亡処置にしたのです。
 タイミングは、ンドペキ隊長がサリを食事に誘ったことで確定しました。つまり、即刻です。
 そして、記憶を抹消した状態で、いずれ再生させるはずだったと思います。


「ではなぜ、サリはまた東部方面攻撃隊に合流しようとしているのでしょうか。私は恐れました。単なる合流を画策しているのではない、ということを」

 最も可能性が高いと感じたのは、復讐です。
 レイチェルに対して。
 自分を人形として扱い、強制死亡処置にし、ンドペキへの想いといった記憶を消し去ってしまったレイチェルに。

 そのような情報が、再生時に彼女の脳にインプットされたのではないでしょうか。
 先ほども申し上げたとおり、サリの再生はレイチェルが指示したものではありません。
 それができるのは、今や暫定長官となったタールツーだけです。

 そしてレイチェルを亡き者にするのは、タールツーにとって非常に好都合です。
 しかも、その刺客の役割には、サリが最も適任なのです。
 この洞窟に、大手を振って入ることができます。そして、容易にレイチェルに近付くことができるのです。

「だからこそ、ここまで来たのに……」
 ハワードがまたむせび泣いた。


 もうこれで十分だった。
 ハワードよ。
 それ以上は話さなくてもいい。
 傷つく人が増えるだけだから。

「ということだったのです」
 イコマはそういって、締めくくろうとした。
 しかし、ハワードがポツリと言った。
「残された任務は、チョットマを見守ることだけとなりました」
「!!」
 部屋の空気が変わった。


 とうとう、ハワードはそれも言ってしまうのだ。
 チョットマは凍りついた空気を恐れるかのように、両腕を体にきつく巻きつけた。
 聞きたくないというように、体を縮込め、強く頭を振った。
 そして、座り込んでしまった。

 しかし、イコマはハワードの言葉を遮ろうとは思わなかった。
 チョットマも、自分にハイスクール卒業以前の記憶が全くないことに気付いている。
 ハワードから話しかけられ、それとなく見られていたことも。
 いずれきっと、チョットマ自身、事実を理解するかもしれない。
 それなら、早い方が……。
 それに、今のタイミングの方が……。
 そう思ったからである。


 チョットマを見守ること。
 それがレイチェルから与えられたもうひとつの任務。
 このハワードの言葉の意味は、誰にでも分かったことだろう。


 サリと同様、チョットマもレイチェルのクローン。
 そして、レイチェルの恋人探しのための人形。

 だから、チョットマとレイチェルは似ているのだ。
 だからこそ、レイチェルはチョットマに、さまざまなことを言ったのだ。

 サリと同じ隊の兵士になるとは、思ってもみなかった、とか。
 別の隊にスカウトされるのが理想だったのよ、とか。
 私の個人的なことで、チョットマは用無しになった、とか。
 そして明確に、サリもあなたも同じ人を好きになってしまった、と言ったのだった。

 初めてレイチェルと話したとき、面識はないはずなのに、レイチェルは明らかにチョットマのことを知っていたのだ。
 そのことにイコマは違和感を持ったのだった。


 チョットマ……。
 顔を上げておくれ……。

 アヤが手を握ってやっている。
 スジーウォンが大きな声で言葉を掛けた。
「チョットマ! あんたはあんただからね! 気にすることじゃないよ!」 
「君は、僕の娘だよ」
 イコマも言葉を添えた。

 イコマは思った。
 バーチャルであっても、身体があればいいのに。
 そうすれば、抱きしめてあげられるのに。
 涙を拭ってあげられるのに。

 ンドペキが立ち上がった。
 しゃがんだままのチョットマに近づき、おでこにキスした。
 そして、自分の胸に顔をうずめさせた。
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