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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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118 ごめんよ、スゥ

「しかし、なんともいえない気分だ! 僕はそのとき、死んだのか! ユウに! ユウに! ユウに抱かれて!」
「そう。私は、ノブが死んでしまうとわかった。だから、あることをした」
「それが、クローンを!」
「そう。私はあなたの体のサンプルと、あなたの脳に蓄えられた記憶をすべて記録した」
「ユウは、僕にとって、本当に女神だったんだ!」
「女神じゃない。私はあなたを心の底から愛していた。ただそれだけ」
「そして、僕を……」


「あなたがアギになることはわかっていた。ノブの性格からすると、マトになるとは考えられなかった。だからもうひとりのクローンはマトになって欲しかった」
「そう。僕はアギになる以外、考えもしなかった。すべての思い出を……」
「でしょう。ノブは肉体を求める人じゃない。心を求める人。思い出を捨てて、身体を欲しがる人じゃない。自分の記憶を、生きた証を、意思や思いを、そして私の思い出を大切にする、そういう人」
「そう。あのころ、僕にとって、おまえとの思い出だけが生きていく支えだった」
「私もそれはよくわかっていた。曲がりなりにもノブの恋人だから。プロポーズもしてもらえなかったけど」
「それは!」
「わかってるよ。恨んじゃいないよ。それがノブの優しさであり、もっとも悲しいところだったから」


 ンドペキは、イコマは、心からユウに申し訳ないことをしたと感じていた。
 ユウが今、あえて口にした、プロポーズもしてもらえなかったという言葉に、胸がえぐられるような思いがした。
 やはり、そのことがユウを苦しめていたのだ。
 自分の独り合点の思い込みが、最愛の人を苦しめていたのだ。
 六百年が経ってなお、ユウの心に鉄球のような錘を落とし込んだままなのだ。


「しかし、クローンが……」
「できたのよ。だれも、クローンだなんて思いもしない。アギにだって、マトにだって、なることはできたのよ。でも、それは明らかに違法だったし、光の柱の守人がするにふさわしいことではなかった。私は、それが元で、その座を奪われたの」
「それなら、返って来ればよかったのに!」
「そうしたかった。でも、できなかった。私はすでにあまりに多くの秘密を知っていた。光の柱の仕組みも、それが将来どう使われることになるかも。そしてアギの秘密もマトの秘密も。世界人口の本当の予測も。各国の思惑も」
「くそう! なんだって、ユウが!」
「それは言っちゃだめ」
 そうなのだ。
 ユウは聞き耳頭巾の使い手であるアヤの身代わりになったのだ。

 特殊な霊能力者を、光の柱の守人となるべき者を、政府は探していた。
 若い女性で、健やかで、知的で意志の強い者を。
 政府が目をつけたのがアヤだった。
 政府の外郭団体の職員が部屋を訪ねてきたとき、たまたまアヤはいなかった。
 応対に出たユウは、アヤの身に及ぶ理不尽な要求に気がつき、とっさに自分がアヤであると名乗ったのだ。
 そして、ユウはアヤとして、黙って部屋を出ていき、光の柱の守人となったのだった。


「私は島流しになったの。神の国巡礼教団に。スパイとして」
「そうだったのか……。僕のために……」
「ううん。ノブのためでもあるけど、むしろ私のため。私は、光の柱の守人になった時点で、もう元の暮らしに戻ることができないことはわかっていた」
「くそう!」
「もう、済んだこと。怒っても、仕返しする相手もいないよ。怒るだけ損っていうのは、こういうときのことを言うのね」
「しかし」
「光の柱と英知の壷。あれは結局、人類にとって画期的な試みだった。あれによって、太陽から送られてくる莫大なエネルギーを手に入れることができたし、人類が生きていくための様々な物資の供給拠点にもなった。そして初期のアギの記憶データベースにもなった。しかも、六百年経った今でもそれなりに機能を果たしている。役にはたったのよ」

 その通りだった。
 詳しいことは知らないが、今でもエネルギー供給のひとつの中心であることは間違いない。
 物資の主要な生産拠点はアンドロの住む別次元に移っているが、地上の電力は、英知の壷に頼っているのだ。
「そういう意味では、私も少しは人の役に立ったかなって、思っているのよ」


 ンドペキは、スゥの近くに移動した。
 自分でもあるイコマと、ユウの昔話はンドペキの心に大きな衝撃を与えていた。
 しかし一方で、悄然と座っているスゥが気になって仕方がなかった。
 スゥは話を聞いてはいるのだろうが、硬い表情で目を瞑っている。
 時々目を開けるが、何かに堪えているかのように、地面を見つめるだけで微動だにしない。

 ンドペキはスゥの肩を抱いた。
 そして髪を、頬を撫でた。
「ごめんよ、スゥ」
 ンドペキの掛けた言葉に、スゥは、ふっと目を上げ、一瞬視線を絡ませただけで再び目を閉じてしまう。


「前に、二重人格だって言ってたよな。俺こそ、二重人格者だったよ。今も、ンドペキである俺と、イコマである僕が、同時に存在しているんだ。ユウを愛しているイコマである僕と、おまえを愛しているンドペキが同居しているんだ」
 ンドペキは、自分がスゥを愛している、という言葉を使ってしまったことに、少なからず驚いた。
 人を愛するという感情を、もう数百年間も持てないできたのだから。
 そんな言葉が、さらりと口から出たことに驚いてしまった。

 ただ、そう言ってしまったことで、心が少しだけ晴れた。
 しかし、スゥはやはり何も言わず、首を横に振った。
 そしてたちまち、瞼に涙を溢れさせた。


 そんなンドペキとスゥの様子を、ユウがチラリと見た。
「さあ、ノブ、話は尽きないけど、次の話に移っていい?」
「まだあるのか」
「うん。ンドペキもいい?」
「なんなんだ?」
 ユウの声は、心なしか冷たく聞こえた。
 事務的ともいえる。
 しかしンドペキには、それはユウが努めて自分の心を抑えているからだということがわかった。

 ユウが、スゥを見つめた。
「ねえ、スゥ。次はあなたの話ね」
 スゥが体を震わせた。
 ンドペキは、スゥの肩を抱く腕に力をこめた。

「スゥ、ありがとう。そう言うのも変だけど」
 ユウの言葉に、スゥがまたいやいやをするように、体をよじった。
「泣いてばっかりじゃだめだよ。本当は、この話はスゥがしなくちゃ」
 頬を伝う涙。
 ンドペキはそれを手の平で拭った。
 それがきっかけだったのか、久しぶりにスゥが口を開いた。
「私は、どうでもいい」
 無理やり絞り出した言葉のようだった。

 ユウが再び、穏やかに声をかけた。
「あなたは強い人ね」
 ンドペキは、これから語られる話からスゥを守りたいと思った。
 それを言葉にした。
「ユウ、いやJP01、スゥをどうする気だ」
 ユウは、ふうと溜息をつくと、
「どうもしないよ。彼女から話をする方がいいと思うから」


 スゥの体が震えだしていた。
「スゥ……」
「ユウがいうとおり、この話は私がする方がいいと思う」
 手が、肩に置いたンドペキの手の上に重ねられた。
「握っていて」
「うん」

「ンドペキ」
「なに?」
「ノブ」
「なに?」
「聞いてくれる?」
「ああ。もちろん」
 スゥが語り始めた。
「私……」
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