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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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114 老婆の芝居

 よくないことが起きるかも、というアヤの言葉に浮んだスゥ、その人が顔を出した。
「具合はどう?」
「ありがとう。どんどんよくなってます。もうすぐ皆さんと一緒に食事ができそう」
「よかった!」

「ところで、イコマさん、ちょっと付き合ってくれません?」
 スゥは、アヤを見舞いに来たのではなかった。
「どこへ?」
「ライラのところへ」


 イコマはスゥと共に、サキュバスの庭に向かった。
 ハワードが来るまでに戻っては来れないだろう。
 しかし、ンドペキがいる。
 ンドペキはもとより自分だ。
 心配することはない。

 スゥは、イコマとンドペキが同期したとき、それを見ていた者はライラではないか、と言うのだった。
 しかし彼女に会って、どうしようというのだろうか。
 口止めでもしようというのだろうか。

「違うの。いろいろ考えると、オーエンとホトキンは味方につけておいた方がいいと思って」
 一理ある。
 エーエージーエスにアヤとレイチェルが放り込まれたのだから、その入り口は政府の機関内つまりジーエリアにもあるはずだ。
 街奪還の突破口のひとつとなりうるかもしれない。
 そして、エーエージエスからアンドロ軍に急襲される恐れも軽減される。


 スゥは、ンドペキを誘う意味でイコマを誘っているのだ。
 イコマは、ンドペキとしてスゥと話をした。
「言うとおりだな。でも、ライラと会って、勝算はあるのか? なにか秘策でも?」
 スゥが首をすくめた。
「まあ、いつも貸し借りはあるから」
「大きな借りになりそうだな」
「そうね。でも、彼女もマトだし、アンドロの味方をすることはないと思うけど」
 人としての帰属意識に訴えるというわけだ。
「うーむ」

 オーエンはパリサイドを憎んでいる。
 パリサイドとの共存を意図しているレイチェルも憎んでいるかもしれない。
「大丈夫かな」
「そこが問題なのよね。ねえ、イコマさん、いい知恵はない?」
 スゥは相変わらず、イコマさんと呼ぶ。あれ以来、ノブと呼んだりはしない。
「いい知恵ねえ」

 特別な作戦はない。
「平凡だけど、彼女の弱点を突くとか。弱点、ないのかな」
「付き合い始めたとき調べてみたけど、これといってないわ」
 イコマは思い出した。
 彼女の娘は、神の国巡礼教団に入信したのではなかったか。
 オーエンの妻も。


「ライラの娘とオーエンの妻は、もう死んだのかな。なあ、スゥ、ンドペキって呼ばないんだね」
「どうして? あなたはまだンドペキじゃないじゃない」
 自分は時としてンドペキとして考えていることがある。
 しかし、スゥがいうように、まだ完全一体化はしていない。
 それに、フライングアイにはイコマと呼んでおいた方が安全だ。誰に聞かれるやも知れないのだから。
 もちろん、イコマがンドペキであるということは厳重に伏せられている。
 その場にやってきたチョットマは気付いた可能性もあるが、何も言って来ないので、きっと気付いてはいないのだろう。

「本当にややこしいよ。僕はンドペキなのかイコマなのか、だんだん曖昧になってきてる」
「完全に同一化すれば、ややこしくもなんともなくなると思うよ。回りの人にも言えるしね。今の状態で周囲の人に話したら、かなり混乱すると思う。特に今のような切迫した場面では」
「だろうな」
「アヤちゃんにもね。彼女自身も混乱するだろうし、それが周辺に漏れ出さないとも限らない」
「アヤちゃんは、そんなことをばらしたりしないよ」
「そうね。でも、かなり精神的にはきついと思うよ。ンドペキがイコマさんだと知って、知らん振りし続けるのは。あ、そうそう。念のために言っておくけど、ンドペキはあくまでンドペキとしてアヤちゃんに接してね」
「わかってる」
 なぜスゥがアヤのことを殊更に念押しするのか、奇異な感じがしたが、イコマも取り立てて聞いてみたりはしなかった。

「JP01に聞いてみようか。ライラの娘とオーエンの妻はどうしてるかって。もし、地球に帰還してきているとしたら、使えるかも」
「そうね」
 ホトキンの間を通り過ぎた。
「スゥ。それを確かめてからの方がよくはないか?」
 ライラとの折衝の武器は、多ければ多いほどいい。
 しかしスゥは足を止めようとはしない。
「大丈夫」
「どう大丈夫なんだ?」
「だって、ほのめかすだけでも十分じゃない」


 もし娘が帰ってきているのなら、と思わせるだけでライラの心は動くというわけだ。
 同じことは、オーエンについてもいえる。
「そうだな」
「今日のところは、それでいいんじゃないかな」
「よし。でも、ライラは絶対に要求してくるぞ」
「でしょうね」

 ライラは、あのタブレットを見たのだ。
 そして、何が起きたかを見ていたのだ。
「きっと、欲しがるでしょうね」
「ああ」
「でも、私はあのタブレットの作り方を知らない。知っているのはJP01だけ。ンドペキ用のタブレットもJP01からもらった。パリサイドからもらったと言えば、ライラも二の足を踏むかも」
「自分で使うんじゃなくて、売りつけるとしても?」
「自分で使うとは考えにくいよ。彼女なら、商売にすると思う。良心に賭けるしかないわね」


 予想通り、ライラは満面の笑みで扉を開けた。
 そしてやはり、前置きなしに、例のタブレットの作り方を教えろと迫った。
「まさか、魔法じゃないだろ。製造方法があるんだろ」

 しかしスゥは、ライラの要求をばっさり切った。
「盗み聞きするとは、サキュバスの庭の女帝も落ちぶれたものね!」
「そんなことはしておらんぞ! あそこで夫を偲んでいて何が悪い!」
「やはりね。どこに隠れていたの?」
「ふん! 夫はあれでも技術者じゃよ。あれだけの装置があるんだ。通気口を作り忘れるほど、ボンクラじゃないよ」
「ふうん。じゃ、今から、あなたの記憶を消す。言い残すことは?」
「なんじゃと!」
「記憶を元通りにするのが簡単なことなら、消すのも簡単なこと」

 ライラも百戦錬磨だ。
 これしきの脅しには、ひるむ様子もない。
「そうか。それならその方法も教えてもらおうか」
「バカも休み休み言ったほうがいいと思うよ。なぜ、私があんたに教えなくちゃいけないんだ?」
 スゥが一歩前に出て、ライラを威圧した。

 ライラはフライングアイをチラリと見て、
「イコマさんかい? それともンドペキかい?」
と、唇の端をゆがめた。
「たとえ、東部方面隊の隊長でも、その姿じゃ、あたしにかすり傷ひとつ負わせられないだろうね」
 憎々しい目を向けて、ライラは自分だけ椅子に座った。

「さあ、お嬢ちゃん。挨拶は終わりだ。お食べ」
 センターテーブルの上に、真っ赤なリンゴが盛られてあった。
「珍しいだろ。こんなに赤くてみずみずしいのは。毒入りリンゴじゃないし、魔法のリンゴでもないよ。正真正銘、さっき市場で買ってきたばかりのリンゴさ」
 スゥは勝手に手近な椅子に座ると、リンゴを手に取った。


「あたしゃ、あのタブレットをみんなに配りたいんじゃ」
「儲けるつもり?」
「うんにゃ。マトやメルキト全員が記憶を取り戻せばいいと思うんじゃ。どうせ、死ぬんじゃ。いい思い出を枕に死なせてやりたいと思わんか」
 ライラもリンゴにかぶりついた。
「命はアンドロに握られている。彼らの指先ひとつで消去させられる。逃げ場なんてないんじゃ」

「ここがあるじゃない。それに洞窟も」
「フン。いつまでも持つわけじゃない。第一、街に人っ子一人いなくなったんじゃ、この地下であろうが、洞窟であろうが、半年も持つまいて」
「ライラはアンドロ軍に負けると思ってるのね」
「ふん。勝てるものか。何しろ相手の本拠は別次元にあるんじゃから」
「そこで相談なんだけど」
 スゥがふたつ目のリンゴに手を伸ばした。
「これ、おいしいね」

「ホトキンとオーエンに、協力を頼みたいのよ。彼らが次元の入り口を作ったんでしょ。それなら閉じることもできるんじゃないかと思って」
 ライラがぎろりと睨んだ。
「次元の入り口を維持するのに、莫大なエネルギーが使われているはず。それを止めればいい。オーエンやうちの旦那に協力させる必要もなかろうて」
「でも、そのエネルギー自体がアンドロに支配されているんだから」
「ハハ。その通りじゃ」


「それにね、ライラ。あのエーエージーエスを使えば、きっと政府機関の中枢に攻め込むことができる。アンドロを一掃すると同時に、次元の入り口を閉じてしまえば、こちらにも勝機があるんじゃないかな」
「さあ、どうじゃろの」
「少なくともニューキーツでは、勝てるかもしれない」
「他の街はどうするんじゃ」
「他の街の様子はどうなの?」
「正式な発表なんてどこにもない。あくまで噂レベルじゃが、アンドロ軍によって陥落した街もあるそうじゃ」
「そうなの。それじゃ、やはり次元の入り口を閉じるしか手がないじゃない」

「さあてと」
 ライラは気のない返事をした。
「もしかして、ライラ」
「なんじゃ」
「人類が滅びてもいいと思ってる?」
「いいや」
「パリサイドを押さえ込めるのは、アンドロしかいないと思ってるとか?」
「うんにゃ」
「じゃ、どうしてホトキンとオーエンに協力してもらおうと思わないの?」

 ライラがそのあたりに唾を吐き散らすかのような顔をした。
「あのふたりは、そんなことはどうでもいいんじゃよ! やつらはもう、亡霊みたいなもんさ! 己の意思があるだけで、周りのことなんか見ちゃいないさ!」
「ライラ……」
「フン! あたしゃ、やっとやつらと縁が切れて、うれしくて堪らないんじゃよ!」
「ライラ、でも、頼んでみてくれないかな」
「真っ平ごめんだよ! そんなことより、早くあのタブレットの作り方だよ!」
「ねえ、ライラ」
「いつの間におまえは、そんなにいい子ちゃんになったんだい! 他人のために働こうなんてさ! だいたいさ!」


 ライラが本気で怒り始めているのか、これも普通の態度なのかわからないが、少なくとも核心に近づきつつあるという感触はある。
「おまえはなんだってあんな洞窟に、兵隊を匿っているんだい! だれか好きな人でもいるんかい!」
「そんなんじゃなくて、私は」
「人道的に、なんて言うつもりかい!」
「ううん」
 突然、ライラが声の質を変えた。
「ねえ、スゥ。あたしはおまえとこれまで散々喧嘩をした。でも、仲良くもしてきたつもりだよ。商売仲間としてだけじゃなく」

 そして大きな溜息をついた。
「スゥよ」
「なあに?」
「あたしはおまえにいろんなことを教えてきた。恩着せがましく言うわけじゃない。おまえを娘のように思ってきたからじゃ。それが、今や、どうだい」
 ライラが、ますます背を丸めた。
 そして両手を膝の上にきちんと揃えると、しおらしい声を出す。
 これが芝居だとしたら、なかなかの名優だ。
「もう、あたしから離れていってしまったのかい?」


 スゥは微笑みながら、何も言わない。
 ここで口を開けば、ライラの思う壺にはまるのだろう。
「あの洞窟で、スゥよ。何がしたいんだい? おせっかいかもしれないが、言わせておくれ。おかげでおまえの商売はあがったりじゃないか。せっかく客が押し寄せてきているのに、おまえがいないんじゃ、あのボンクラ社員だけじゃ、とても捌ききれていないじゃないか」
「まあねえ」
「商売を捨ててでも、やらなくちゃいけないことって、何なんだい?」

 ライラは、痺れを切らすふうでもなく、とつとつとスゥに問い続けている。
「あたしゃ、あのタブレットが欲しい。それをこの街のみんなに配って、終わりにしたい。商売をやめようと思っているのさ。後は、スゥ、おまえに任せたいんじゃ」
 スゥが笑った。
「ライラ。そんな誘いには乗らないわよ」
「ん? なんじゃ?」
「そんなことを言って、私を騙すつもりでしょ。泣き落としなんかに、引っかかるもんですか」
「スゥ、ここまで言っても」
「ストップ! ライラも耄碌したかな。くどいよ」


「やれやれ、おまえが一筋縄ではいかないことは、よーくわかってる。でも、そろそろあたしを引退させてくれても」
「だから、くどいんだって!」
「本当は、もう生きていくのが面倒になったんだよ」
「それこそ、自分の商売じゃない。再生されない死を提供するのが、呪術師ライラの最も得意とするサービスよね! そこの水系に放り込んで!」
「放り込むなんて、人聞きが悪いぞ。おまえの洞窟だって、それなりの雰囲気作りはしてあるだろうが、していることは同じじゃないか。そういや、覚えているかい? あの洞窟をおまえに譲ったときのこと」
「忘れるものですか! ライラが政府に掴まって、その間、法外な賃料を払ってやったんだから」
「そんな言い方をするのかい。あれは……、いや、もう昔のこと。どうでもいいことじゃな」

 ライラはうつむいたまま、何度も首を振った。
 こんな会話はもう疲れた、というように。
「ねえ、ライラ。思い出を枕に眠りたいってねえ。サキュバスの庭の女帝が。仕事にも、生きていくことにも疲れたって言いたいわけ?」
「そんな呼び方はよしておくれ」
 ライラは、また深い溜息をついた。

「じゃあさ、神の国巡礼教団のシップに乗って宇宙へ出て行った娘さんを探してみたら?」
 ライラが目を上げた。
「パリサイドの中にいるかもしれないよ。ニューキーツにきたパリサイドの代表者は、地球で生まれた人みたいだし。彼ら、とてつもなく長生きみたいだから」
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