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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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112 きっと薄っぺらな心しかない

 ンドペキはレイチェルの部屋に向かった。
 チョットマを能無し扱いされては、黙っているわけにはいかない。
 相手が長官であろうが誰であろうが、部下を守るのが上司だし、間違いは改めさせなければならない。

 チョットマには自分の部屋にいるように命じてある。
 ユウはあれきり姿を見せなかったし、スゥとはホトキンの操作室の前で別れたきりだ。
 フライングアイだけがフワリとついて来る。

「レイチェル! どういうことなんだ!」
 部屋にはロクモンがいて、ふたりで雑談していた。
「おい! あんた、チョットマに用無しと言ったそうだな! 失礼にも程があるぞ!」


 レイチェルは、
「ここの人は、みんな熱すぎるよねえ」
 と、笑みを消した。
「話をそらすな。レイチェル、あんたは」
 レイチェルが遮った。
「ちょっと待った。全く誤解してるよ」
「なんだと!」
「チョットマはあなたの隊そして私達にとって、なくてはならない存在。彼女の働きは貴重。そう思ってるよ」
「それならなんだ!」

 レイチェルは、あからさまに困った顔をして、
「だから、あなたは熱すぎるって。それも変なところだけ」
 そう言われて、ンドペキはますます頭に血が上った。
「熱くなるのは当たり前だ! 部下がわけのわからない批判をされて、黙っていられるか!」


 急にレイチェルが立ち上がった。
 もともと壁際に立っていたロクモンは、微動だにしない。もちろん、すでに顔には無表情を張り付かせている。
「わかったわ」
 突然、レイチェルが頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ん」

「用無しだと言ったのは本当よ。でも、それは隊員として、という意味じゃないわ。そこはチョットマにちゃんと思い出してもらって。私はそうは言ってないわ」
「じゃ、なんなんだ」
 レイチェルは少し迷ってから、
「私、チョットマに、ある役割を……。一方的に期待していただけだから……」と、口ごもった。
「ん?」
「それは困るって顔ね。大丈夫。あなたの指揮権に関わるようなことじゃないから。私の個人的なこと……」
 レイチェルが肩をすくめた。
「彼女、そそっかしいからね」


 ンドペキは、レイチェルがチョットマに謝らなくちゃ、と言ったので、それ以上追求するのはやめた。
 ただ、話の成り行き上、聞いておきたい。
「個人的なことは聞きはしない。ただ、チョットマはあんたの期待に応えられなかったということなんだな」
 それがどんなことであれ、もしチョットマがそのことに気付いていないなら、長官からすれば落ち度ではないか、ということなのだろう。

 しかしレイチェルは、首を横に振った。
「私の期待は、私だけのもの。彼女はそれを知りもしない。だから、彼女はなにも失敗なんてしていない。私の思ってもみなかった方向に、突き進んでしまっただけ」
 ピンと来る話ではなかった。
「よくわからないが、彼女に落ち度がないのなら、この話は終わりだ。ただ、無用なことをあいつに言わないでくれ」


 部屋を出ようとすると、呼び止められた。
「チョットマのこと、どう思ってるの?」
 脱力してしまうような言葉が追いかけてきた。
「仲間ですから」
 ンドペキはそれだけ言って退散しようとしたが、さらに声が追いかけてきた。

「チョットマがあなたのことをどう思っているか、知らないの?」
「仲間ですから」
 今度こそ、ンドペキは扉を開けた。
「私が、そのことをどう感じているか」
 レイチェルの問いかけの後に、上官として、という言葉が付いているような気がしたが、ンドペキはそのまま部屋を出た。


 チョットマの部屋の前に立って、ンドペキは自分でもげんなりした。
 今の話を、どう伝えればいいのだろう。
 気にするな。おまえは隊に必要とされている、とだけ言えば納得するのだろうか。
 役目といえばそれまでだが、落ち込んでいるチョットマに掛けてやるいい言葉は思いつかない。

「ンドペキ」
 振り向くと、ロクモンだった。
「話がござる」
 先ほどの話の続きならごめんだ。
「今後の作戦につき、耳に入れておきたいことがござる」
 ンドペキはチョットマと話をするのを後回しにして、自分の部屋にロクモンを誘った。


 実は、とロクモンが切り出した。
「レイチェルから聞いているかもしれぬが、長官の居住エリアから通じている専用のシェルターがござる。そこに、レイチェル騎士団を含む親衛隊が残っているという噂が。聞いておらぬか?」
 初耳だった。

「レイチェル騎士団が、彼女を裏切るとは考えにくうござる。もちろん全員が、マトないしメルキト」
「オールドキーツに逃れたものの中に、いなかったのか?」
「親衛隊はもちろん、騎士団はひとりもいなかったと聞いており申す」
「そうだったのか……。なぜ、もっと早く言ってくれなかったんだ」
「てっきり、レイチェルが話していると。それに、わしの隊のことではござらぬ。わしからおぬしに話すのは筋が違い申すので」
「ううむ」
「親衛隊、特に騎士団は、レイチェルを絶対視している集団でござる。彼女の姿が見えなくなったからといって、レイチェルの居住地を捨て、己の判断でオールドキーツに避難するようなことは、絶対にござらぬ」

 レイチェルの口から、シェルターのことは聞いたことがなかった。
 なぜ、レイチェルは話さなかったのだろう。
「そのシェルターってのは、秘密なのか? つまり、アンドロの連中は知らないのか?」


「知らないはずでござる」
 ロクモンが説明してくれた。
 シェルターは三つ。
 ひとつは公式に存在が明かされているもの。長官居住区の直下。
 これについては、かなり多くの者が知っているだろう。
 もうひとつは、政府の某機関の地下に。
 そしてもうひとつは、政府のあるエリアの外、つまり、街中にあるもの。
 あとの二つの存在を知っているのは、防衛軍と親衛隊の幹部クラスのみ。
 もちろん騎士団は全員が知っているはず。
 各省の長官であっても、アンドロは誰一人知らないはずだという。

 それぞれエリア五十一G、エリア八十六G、エリア百一Gと呼ばれている。
「なるほど。で、その噂、信憑性はあるのか?」
 ロクモンが頷いた。

「長期間、かなりの人数が暮らしていくことができ申す。備蓄品は完ぺきでござって、シールド機能も備えており、探知されない構造にもなっており申す」
「シェルターに親衛隊がいるかどうか、外から確認する方法はないのか?」

 確認方法はないということだった。
 ただ、望みがないわけではない。
 エリア百一Gは、三つの出入り口を持ち、ひとつは長官居住区内、ひとつは街の中、もうひとつが街の外にあるという。

 好都合だ。
 そこから逆進すれば、街の中にでも、政府の建物群つまりジーエリアにも突入することができるということになる。
 なぜ、レイチェルは話さなかったのだろう。


「出入り口の位置、知っているのか?」
「概念的には……」
「ふうむ」
「ヘスティアーに保護されし孤児、生贄を喰らう」
「ん?」
「ラーに焼かれし茫茫なる粒砂、時として笑う」
「なんだ?」
「そう言われておるが、行ってみたことはござらぬ」
 また、その出入り口はちょっとやそっとのことでは開かないという。
 そもそも、中から外に出るためのものであって、そこからシェルターに入ることは想定されていない。

「まあ、そうだろうな」
「出入り口を開くことができるのは、レイチェルただひとりと言われており申す。我々には、その方法さえも知らされており申さぬ」

「よし、レイチェルに話をしにいこう」
 それらの施設を押さえておくことは、今後の作戦に大いに寄与するだろう。
「ただ、ロクモン。聞いておきたいことがある」
「うむ」
「レイチェルは、その存在を俺に話さなかった。理由があると思うか?」
「……わしの憶測でござるが」
 そう断ったものの、ロクモンは言いよどんだ。


「いや、それを申す前に、わしからも聞きたいことがござる」
「なんだ」
「ンドペキ、おぬしはレイチェルのことを、どれくらい知っておる?」
 意外な質問に、ンドペキは面食らった。
 レイチェルのことを知っているかと問われても、何も知らないのと同然だったからだ。
 知っていることといえば……。
「ううむ」と、唸ってしまった。
「聞き方があいまいでござった。ンドペキはレイチェルのものの考え方をどれくらい理解しておるのか?」
「ん?」
「失礼な言い方だが、彼女が最も大切にしていること、彼女の行動規範がどこにあるか、というような面では」


 ンドペキはそんな見方でレイチェルを観察したことはなかったし、知りたいと思ったこともなかった。
 正直にそう応えると、ロクモンが渋い顔を作った。
「わしが言うのもおかしうござるが、ンドペキ、それはまずい。彼女の思考パターンはわしらマトと、かなり異なっており申す」
 ロクモンは、わしらマト、という部分に力を込めた。
「ホメムであるレイチェルの思考パターン。それは見当もつかないな」
「彼女の言動を見ていると、少しは気付かぬか」
「例えば?」
「つまらぬことに聞こえるかもしれぬが、ニューキーツ長官としての行動、軍の総司令官としての行動と、プライベートなときの言動との落差に気付かぬか」
 それは言われるまでもなく、常に頭を痛めていたことだ。
 そしてそれが、レイチェルの真意を測りかねる原因だ。

 ンドペキは、正直にそう言った。
 ロクモンが声を落とした。
 彼女は自分がホメムであることを、非常に強く認識している。常々、そう感じており申す。
 わしは、彼女が不憫でしようがござらぬ。
 ホメムであることを意識するあまり、傍から見れば奇怪な行動をとることがあり申す。
 兵達の中には、レイチェルがニューキーツの街よりも自分のことの方が重要だと考えている、と感じている者もおり申す。
 しかし、それは少し違う。
 レイチェルはかなり苦労して、それらを両立させようとしている。わしはそう考えておるのじゃ。
 彼女のストレスは相当のもの。
 きわめて強い精神力で、自分自身をコントロールしなければできないことなのじゃ。


 ンドペキはロクモンの言うことが理解できないわけではなかった。
 ただ、ロクモンほど、レイチェルに近い存在ではない。
 顔を見たことも、つい半月ほど前のことなのだ。
 レイチェルの心情など、わかるはずもなかった。

 レイチェルは、実を言うと、非常に気難しい娘でござる。
 わしが言うのもなんでござるが、彼女がプライベートモードになって話す相手は、非常に限られておる。
 わしら将軍、親衛隊の中に数人、付き人の中にも数人。各省庁に数人。
 その中の一人が、バード殿、あ、いやアヤ殿でござるな。
 わしが見るところ、あれほどの立場にありながら、親しく話しかける相手は、この世に二十人もいないのではないか。
 城外では、ダンスの師範とサリだけでござる。

 ロクモンの話の最後に出た「サリ」という名に驚いた。
「サリ?」
「おぬしの隊員ではござらぬか」
 サリがレイチェルと親しく話をする仲だとは知らなかった。
「サリは死んだ。レイチェルは知っているのか?」
 これにはロクモンも驚いたようだ。
「おお、そうじゃったのか……」
「今回の戦闘で死んだのではない。この事件が起きる少し前だ」
 少なくとも防衛隊が関係してはいないということを知ってか、ロクモンは微妙にほっとしたような顔をした。


「おぬしはその中のひとり」
「ん?」
「選ばれたのじゃ。ホメムであるレイチェルに」

 ンドペキは、ハクシュウに同じようなことを言われたときと違って、今回は素直に名誉なことだと思った。
 しかし、それでは最初の自分の問いに対する答えになっていない。
「それは光栄なことだが、なぜ、シェルターの話を俺にしてくれなかったんだろう」

 ロクモンは、先ほどまでとの饒舌とうって変わって、冷たい口調になった。
「さあな。ホメムであるレイチェルが、言わないでおこうという気になったのでござる。後は自分で考えなされ」


 答が見えないまま、ンドペキはレイチェルと会った。

 レイチェルは、シェルターや親衛隊や騎士団のことについて、一切話そうとしなかった。
 サリのことについても、口を閉ざしたままだった。

 ロクモンが、シェルターに立て篭もっている親衛隊と連絡を取り合おうと進言しても、レイチェルはひと言も発することはなかった。
 ンドペキの家族はどんな人たちだったの、今も連絡を取り合ってるの、などと無関係な話をして煙に巻くだけだった。
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