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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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110 漂い、交感する記憶

「無事、完了したようね」
 JP01であるユウの声が、懐かしく感じられた。
「説明して欲しい?」
「もちろん」
 ンドペキは、自分がそう言ったのか、フライングアイがそう言ったのか、判然としない感覚に襲われた。

「イコマさん」
 と、呼びかけたが、自分で自分に声を掛けたような気がした。
 フライングアイが呟いた「こういうことになるとは……」という声。
 その声も、自分が発したように感じられた。


「じゃ、ノブ、ふたりともノブね。説明するよ」
 ユウが話し出した。
「まず、アギのノブからね」
「ああ」
「すでに、ンドペキはノブの記憶や思考をすべて手に入れたわ。というより、取り戻したの」
「むう……」
「もともと、ンドペキは生駒延治その人だから」
「なんという……」
「疑問が渦巻いているでしょう?」
「吐きそうな気分」
「でも、どう?」
「ンドペキのことが、すべて自分のことのように理解できる」
「そうね。お互いが相手の記憶や知識、思考や感情を交換し合ったの。そして、今は同期している」
「そのようだ」
「アギのノブが考えたことは、ンドペキが考えたのと全く同じこと。逆もそう。ンドペキが今時点で感じていることは、アギのノブにも感じられるでしょう?」
「ああ。恐ろしいくらいに」
「でも、区別はつくよね。自分の中で。これはアギのノブの思考で、ンドペキの思考だって」
「ああ」
「ンドペキはどう?」
 ンドペキは頷いた。
 信じられないことが起きていた。
 全く、ユウのいうとおりだったのだ。
 驚愕だった。


「いろんな疑問や不安があると思うけど、まず現状をざっと説明するから、聞いててね」
 ふたりのノブは今完全に同期した。それぞれの思考を持ち、それを共有した。
 しかし、肉体はふたつ。人としてもふたり。
 だから、全く同じというわけではない。
 ンドペキはンドペキとして考えるし、アギのノブは生駒延治として考える。
 ただ、それは同期していて、共有の経験となる。

「ここまでいいかな?」
 ンドペキとイコマが同時に、「わかった」と言った。
 その言葉がンドペキの心の中でこだました。

「次は、ンドペキ」
「ああ」

 今言ったように、あなたは生駒なの。
 大阪に住んでいた日本人。
 一緒に住んでいた私は、紆余曲折があって神の国巡礼教団とともに、宇宙に飛び立つことになった。
 絶対に帰って来るつもりだった。


「ここまではいいよね。話したから、覚えているよね」
「ああ、覚えている。つい先日のことだ」
 イコマとして聞いていたことである。
「そうそう、その調子。記憶の取得は大丈夫みたいね」
「そういうことになるかもしれない……」

 でね、そのとき、私はノブのクローンを作ったの。

「なっ!」
「クローン!」
 フライングアイとンドペキが同時に声をあげた。

「ふたりが話すとややこしいから、ンドペキの方のノブだけにしてくれる? ふたりとも今は同期していて、一緒のことだから」
「……わかった」

 私が帰ってきたとき、必ずノブを探し出すつもりだった。
 そのとき、ノブがこの世にいなかったら、私はどうしていいかわからない。
 迷ったわ。
 クローンのノブを作ることに。


「クローン……、俺が……」
「最後まで聞くのよ」

 地球に帰ってこれるのは、数百年も先のことになるかもしれない。
 それはわかっていた。
 でも何らかの形で、ノブが迎えてくれることが私には重要だった。
 ノブのいない地球に帰ることの辛さを考えると、クローンであれなんであれ、私を待っていてくれる人がいて欲しかった。

「俺はそのとき、アギになっていたんじゃないのか?」
「そう。すでにアギだった」
 しかし、当時のアギはトラブル続きだったよね。システムが脆弱で、欠点も多かった。
 私は、万一の時を考えてクローンを保険として用意しておいたの。

「そう。あなたはクローンのマトなの」

 違法であろうがなんであろうが、私にはそれしかできなかった。
 むしろ私にしかできないことでもあった。
 光の柱の女神として、それらの技術を行使する地位にあったから。


 ンドペキは腹の底から力が抜けていくような気がした。
 クローン……。
 人の手によって、人工的に作られた人間。
 再生とは違って、もともとが人工人間だったのだ。

 ンドペキはしゃがんだままだったが、そのまま岩の床に崩れ落ち、べとべとの粘液となって、岩に染みこんでいきそうな気がした。

「私は、地球に帰ってきた。それはこの前、少しだけ話したよね」
「ああ……」
 これもイコマとして聞いたことだ。
 ユウの舐めた辛苦を思うと、自分の暮らしなど、呑気で天国のようなものだと思ったのはつい先日のことだった。

 しかし、ンドペキは返事をする気力が失せていた。
 俺がクローン・・・・・・。
 そのことだけが脳を駆け巡っていた。
 ユウの話が続いていく。


 ノブはすぐに見つけられた。
 名前を変えていた。ンドペキという名に。
 名前を変えたということ。それは私のことを、忘れてしまった証拠。
 私を探し続けてくれているなら、名前は変えないはず。

「忘れるものか! 探し続けていたんだ!」
 フライングアイが叫んだ。
「そうね。それはアギとなったノブの方。ンドペキは、私のことはおろか自分のことも、すべて記憶を失くしていた」
「……」
「それでも、私にとってノブはノブ。待ってくれてはいなかったけど、地球上に存在してくれていた」


「ありがとう。本当にすまなかった」
「いいのよ。マトのシステムがそういうものだから。六百年経って、昔の自分を見失わないで生きている人を探す方が難しい。だからいいのよ、気にしないでも」

「どうやって探し出してくれたんだ?」
「ねえ、ノブ」
「ん?」
「アギやマト、つまりホメム以外の人の記憶って、どうやって再生されると思う? 肉体は物理的に作り出すことはできるよね。でも、脳に蓄えられたすべての記憶は、どうすれば回復できる?」
「……わからない」
「以前はさ、衛星軌道上に浮かんだ英知の壷の膨大なデータベースに蓄積されていた。しかし、それにはとてつもないエネルギーが必要で、しかも消滅の危険性があった」
「……」
「人類はすばらしいことを思いついたのね。データベースのハードとして、海を利用することを」
「海!」
「そう。海なの。もっと言うと、海に繋がった水域すべて」


 ユウは、一年前に地球を訪問したパリサイドの宇宙船から、ごく小さいカプセルとして離脱し、海に落ちてそこで体を取り戻したと説明した。
 そのとき、人類のデータベースとして海が利用され始めたことを知ったのだという。

「その時の驚きは、今あなたが感じたのより、もっと強烈な驚きだったよ。だって、すべての人類の、何百年に渡る記憶が漂っているんだから」
「うむう……」

 最初は、ごくかすかな記憶の断片が私の意識の中を掠めていくだけだった。
 しかし、そのうちにそれをしっかり受け止めることができるようになり、そして繋ぎ合わせることができるようになった。
 ついには、思い通りにその記憶を探し出すことができるようになったのよ。
 そして見つけた。
 私が作ったクローンのあなたを。
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