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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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109 俺は死んだのか!

 スゥが、イコマが、JP01が見つめる中、ンドペキはタブレットを口に含んだ。

「つっ!」
 舌が痛いほど辛い!
 と、思ったのも束の間、目の前が真っ暗に。

 口内で固い風船が一気に膨らんでいくような感触とともに、喉が破裂するような痛みが走った。
 そして、顎が外れ、頬が裂けた! かと思うような暴発感。
 得体の知れない感触が、口内を中心に頭部全体に広がった。

 ンドペキは耐えていたが、タブレットを吐き出そうにも、すでに自分の意思で舌や唇を動かすことはできなかった。


 まぶたには様々な色彩が現れ始めていた。
 さまざまなもののシルエットが、めまぐるしく浮かんでは消えた。

 意識が遠のいていくのを感じた。

 白いチューブの中を昇っていく。
 チューブの壁に文字が……。
 大量の文字の群れ。
 読みたいと思うが、上昇速度が速いからなのか、意識が朦朧としているからなのか、全く理解ができなかった。

 ぐんぐんと上昇していく。

 ああ、俺は死んだのか。
 こうやって、死後の世界に行くのだ。

 そんなことを思った。
 下を見ると、白いもやがかかっているように、何も見えない。
 上を見ると、チューブの出口だろうか、小さな丸い黒い粒が見えた。


 そして意識が途切れた。


 ンドペキは床に横たわっていた。
 気がつくと、スゥが顔を覗き込んでいた。
「気分はどう?」
 頭や顔を、タオルで拭ってくれている。
「上々だ。眠っていたのか?」
「ほんの一分ほどね」

 ンドペキは自分の顔に手をやった。
 濡れていた。頭から肩の辺りまで。
「水をぶっかけたんだな。頭を冷やせって」
「違うよ。淵に頭を突っ込んであげた」
「は?」
「手続きのひとつ」

 ンドペキは、頭が冴え渡っているのを感じた。
 意識を取り戻したばかりだというのに、すべての力が体に、脳に、そして精神に宿っているかのような感触がした。


 スゥの顔を見つめた。
 タオルを動かしながら、チラリチラリと目を合わせてくる。
「スゥ」
「なあに」
「失敗だったんじゃないか?」
「なぜ?」
「すまない。きみのことを思い出さない」

 スゥはなにも言わずに立ち上がると、
「さ、もういいわよ。立ってみて」と促した。

 言われたとおりに立ち上がった。
 ふらつくこともないし、眩暈もしない。
「大丈夫みたいだ」
 そしてもう一度、スゥをよく見た。
 ランプの明かりを横顔で受けて、きれいだった。

「ん?」
 スゥが、ゆっくり後ずさり、離れていく。
 セラミックのテーブルへ。
 歩み寄ろうとすると、スゥはいやいやをするように、首を振る。
「私の仕事は終わり……」
 そして、目を伏せてしまった。


「すまない。思い出せないんだ」
 スゥが手を挙げた。
 もうひとりの女を見よというように。
 俯いたまま。

 振り返ると、女はンドペキのすぐ後ろに立っていた。


「ん! あっ、ああっ! ユウ! ユウか!」
「やっと、わかったのね」


 たちまちンドペキの意識は大混乱に陥った。

「あわわっ!」
 自分が生駒延治という人物であることから始まり、日本の大阪に住んでいたこと!
 三条優という女性と橘綾という女の子と、暮らしていたこと!
 自分は建築関係の仕事をし、ひとりで細々と設計図を描いていたこと!
 失踪した優を捜し求め、苦悶の日々を送ったこと!
 そして、金沢の郊外の光の柱で優と会い、大阪に送り返されたこと!


 瞬時に膨大な記憶が蘇ってきた。
「うわ! うわわっーーーー!」
「目をつぶって」
 ユウが言った。
「その方が、記憶を自分のものにできるわ」


 その後、ユウは戻っては来なかったこと!
 自分はアギとなり、アヤはマトとなって、さらにユウを探す日々が続いたこと!
 やがてアヤも顔を見せなくなり、長い長い年月が経ったこと!
 英知の壷に行っては、ユウとアヤを思い、心を振るわせたこと!


 ンドペキは立っていられなくなり、その場に座り込んだ。
 意識が沸騰していた。
 とめどない記憶と感傷が押し寄せてきた。

 チョットマが自分の娘となり、サリの話を聞いたこと!
 アヤが顔を見せ、心が紅色に染まったこと!
 アヤがまたしても姿を見せなくなり、その後ハワードが尋ねてきたこと!
 チョットマしか頼れるものはいないと思い、ハクシュウに頼んでもらったこと!


「よーく噛み締めて」
 ユウがやさしく声を掛けてくれる。
 ンドペキは頭を抱え込んだ。
 ホトキンの間がぐらぐらと揺れていた。
 床に両手を突いて、体を支えた。
 喘ぎながらも、蘇ってくる記憶に身を委ねた。

 チョットマとともにライラの部屋に行き、ホトキンの話を聞いたこと!
 そして、大阪のマンションを模したバーチャルな部屋でユウを抱いたこと……!


 ンドペキはすべてを思い出していた。
 知ったのではない。
 教えられたのではない。
 自分の目で見たこと、感じたこと、考えたこととして、思い出したのである。

 それを当然のこととして、驚くこともなく思い出している自分があった。
 一方で、驚愕している自分があった。


 冷静に今の状況を見ている自分は、生駒延治であり、チョットマのパパだった。
 そんな自分が心の中にいることに驚いているのは、ンドペキである自分だった。

「驚いたな」と、ンドペキは無理やり呟いた。
 その声に違和感を感じているのは、生駒延治である自分だった。
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