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ニューキーツ 作者:奈備 光

8章 タブレットを飲んで

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108 タブレットの色

 会談は、ものの十分で終わった。
 レイチェルはニューキーツの長官として、JP01に精一杯のプレゼンテーションをした。
 パリサイドを受け入れるという表明だけでなく、居住地を示し、今後この地でともに暮らしていくための具体的な提案をした。
 パリサイドに対し、権利と義務を提示した。他の街との関係を説明し、街の人間の構成を説明した。
 もちろん、歓迎の気持ちを表し、人々の友好的な交流についてのアイデアを提案した。

 しかし、JP01の回答はにべもなかった。
 では、この地の代表者があなたであることを示して欲しい、という回答だった。


 JP01が水系に姿を消すと、パキトポークは憮然とし、ロクモンはがっくりと肩を落とした。
 レイチェルとスジーウォンは目に怒りを宿し、コリネルスは黙って目を伏せた。
 そしてンドペキはすべての感情を腹に飲み込み、やるしかない、と決意を新たにした。


 ンドペキは会談場の大広間から全員の姿が消えるまで、黙って水面を見つめていた。
 誰とも話をしたくなかった。
 話をして解決する問題ではなかった。
 街のアンドロを攻撃する。
 実力行使あるのみだった。

 その時期をいつにするか。
 ンドペキが考えるべきことは、もうそれだけだった。

 ンドペキだけではない。
 きっと、同じことがレイチェルの胸にも、パキトポークの胸にも、そしてロクモンの胸の中にも、大きくなる一方の氷の玉のようにつかえているだろう。

 言葉少なく二言三言交わしただけで、潮が引くようにそれぞれの部屋に引き上げていった。


 ンドペキはフライングアイを従え、ホトキンの間に向かった。
 心は重い。
 街に攻め入るチャンスは向こうからはやって来ない。しかし、洞窟の我々にはもう時間の猶予はない。
 勝機の薄い戦いを望まなければならないのだ。

 ンドペキの心は必死でもがいていた。
 アンドロに勝つために。
 隊員達をひとりも死なせないために。
 そしてレイチェルを再び長官に据えるために。

 イコマはひと言も発しない。
 ンドペキも黙って巨岩の隙間を抜けていった。


 ホトキンの間には、すでにスゥが待っていた。
 そしてもうひとり、見知らぬ女。

 スゥはセラミック片のテーブルに腰掛け、見知らぬ女は金属片のテーブルにもたれて、黙ってンドペキが来るのを待っていた。
 勧められたわけではないが、ンドペキは木片のテーブルの脇に立った。

 いつもは漆黒のホトキンの間に、数個のランプが持ち込まれ、石のテーブルを浮かび上がらせていた。


 スゥが口を開いた。
「ンドペキ、前に私が言ったこと、覚えてる? そのときがくれば、私に任せてねって」
「ああ」
「今がそのとき。もう、任せてもらうしかないわ」
「そうなのか……」
「これまで何度言ったことか。私を信じてって」
「……」
「もうこれが最後」
 スゥの声が震えていた。

 お願い。
 言うとおりにして。
 そんなふうにスゥの目が訴えていた。


「今までどおりのンドペキ隊長として、何も変わることない。それは保証する。じゃ、始めようか」
 スゥの声が、高らかにホトキンの間に響いた。

「待ってくれ」
「なに?」
「この人は?」
 見知らぬ女が、口を開いた。

「そう。これが私の本来の姿」
 女は長く艶やかな黒髪に触れた。チャーミングだ。
 どことなくスゥに似ているが、背はずっと小さく、華奢だ。
 あの寸胴で巨大なJP01本人だと言われても、にわかには信じがたい。
「信じてもらうしかない」
 女が微笑んだ。
 引き込まれるようなかわいらしい笑顔だった。


 スゥがポケットからガラス瓶を取り出し、中のタブレットをひとつ、手の平に落とした。
「さあ、ンドペキ、これを口に含むのよ。飲み込まなくてもいい。一瞬で溶けるから」
 スゥの口ぶりは有無を言わさぬ厳しさがあった。

 フワリ。
 ん?
 と、イコマがJP01の肩に移動した。
 スゥがその様子を見つめた。

 ンドペキはひとり取り残されたような気分になった。
 元はといえば、JP01と話をするのではなかったのか。
 表情にそんな不安が表れていたのだろう。
 JP01の口が、「スゥに任せているのよ」と動いた。

「ちょっと待ってくれ。四人で話をするんじゃなかったのか」
 スゥが厳しい声を出した。
「それはもう説明したわ。今がそのときだから、私に任せてって」
「しかし」
「長々とおしゃべりすることが重要じゃない。大切なことは一言でも通じる」
「それにしても」
「……ンドペキ。じゃ、少しだけ話そうか」
「ああ、そうしてくれ」
「あなたは隊長として忙しいから、少しだけね」


 スゥは、タブレットを手の平に載せたまま、
「私の気持ちを、ンドペキは本当はわかっていると思うのね」と呟くように言った。
 そう言われると、ンドペキは切なかった。
 もっと切ない気持ちでいるのはスゥだ、ということもわかっていた。

「それに、ンドペキは私のことを思い出したいのに、これっぽっちも思い出せない。そのことを申し訳なく思っているでしょ」
「ん、まあな」
「正直ね。私、そのことだけで満足するべきなのかもしれないね。あなたが思い出すのを待ちたいけど、今の状況では、とても待てないから」
 スゥが手の平のタブレットをいじった。

「状況は混沌としている。あなたも私も、これからどうなるかわからない。離れ離れになるかもしれないし、最悪は死んでしまうかもしれない。あなたが私を思い出さないまま」
 ンドペキにとっても、それは辛いことだった。
 自分は過去の誰かではなく、今のスゥが好きなのだ。そう感じていることを知っていた。
 それは、単に申しわけないということではなく、どんな形であれ、彼女を失いたくないという思いだった。
 だからこそ、森の中で聞き耳頭巾の布を被るという、妙なことまでしてみたのだ。

「ここにチャンスがあるのに。今、使わなくちゃ。明日はどうなっているかわからないんだから」
「飲めばどうなるんだ」
「あなたの記憶を完全に復元する」
「しかし、スゥ。この話があの女の」
 JP01がしたかった話だというのだろうか。


 ンドペキは渡されたタブレットを見つめた。
 白い錠剤一粒。
「説明は後でする。というより、飲めば説明は要らなくなる」
 スゥの声が遠くで聞こえるような気がした。

 ンドペキはこの四人での話し合いが、こういう訳の分からない展開になることを、半ば予測していた。
 スゥの言葉を忘れていたわけではない。
 この間、スゥという女性の不思議に助けられ続けてきた。そして惑わされ続けてきた。
 いつかはその謎が明らかになるだろうとも感じていた。
 そのときとは、自分がスゥを思い出すときなのだ、と思ってもいたのだ。


 今がそのとき。
 ンドペキは思った。
 スゥ。
 おまえを信じている。
 俺はタブレットを飲むよ。
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