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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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106 ツバメの歌

「おい、金管楽器」
 金管楽器とは、新しく付けられたチョットマのあだ名である。

「また、あんたか」
 部屋から顔を出すと、ネーロが笑っていた。
「またって、失礼だな。様子を見に来てやったのに」
「来なくていいよ」
 そう言いながら、チョットマはまんざらでもない顔をしているだろうな、と思った。

 夕食時に、またレイチェルとやりあってしまったのだ。
 落ち込んだチョットマを励まそうと、ネーロはやってきてくれたのだ。
 レイチェルとのいざこざは、他愛のないひと言がきっかけだった。

「あなた、もう少し静かにできない?」
 悪ふざけが過ぎた隊員にそう言ったレイチェルは笑っていた。
「すみません!」
 隊員は素直に謝ったが、チョットマが呟いたひと言がレイチェルの癇に障ったのだ。
「友情を育んでいるのにね」

 レイチェルが呟き返した。
「友情? ふん!」
 チョットマにすれば、聞き捨てならない。
「レイチェル。それ、どういうこと? 今、鼻で笑ったよね」
 聞き流しておけばいいものを。
 チョットマは自分でもそう思ったが、いつものことながら、先に声を発してしまっていた。

 その後の展開は、いつもどおり。
 言葉の応酬。
 チョットマは常に分が悪い。レイチェルの威厳に、自分の語彙の少なさが屈服してしまう。
 最終的に、互いにごめんなさいとなって収まるのだが、昨夜は最後のレイチェルのひと言が利いた。

「あなた、私とかなり違うよね」

 収まりかけていた怒りが再燃してしまった。
「はあ? 当然でしょ! なぜ、あなたと一緒でなくちゃいけないの!」
 レイチェルは、しまった、というような顔をした。
「私が、あなたと同じでなくちゃいけない理由を教えて欲しいものだわ!」
 矛を収めなくては、とチョットマは思ったが、その手順が分からない。
「あなたは街の一番偉い人。私はンドペキ隊の一隊員。違ってて当たり前でしょ!」

 ンドペキはじめ、隊員たちが仲裁に入ってくれようとするが、怒りはなかなか収まらなかった。
 レイチェルが激昂することはない。
 半ば微笑みながら、あるいは威圧しながら、短い言葉をぽんぽんと投げてくる。

「ごめんなさい。言い過ぎたね」
「言い過ぎって、それじゃやっぱり、そう思っているんじゃない!」
「ううん。少し意味が違うのよ」
「じゃ、どういう意味!」
「あなたは、私の、ぶん、っと、ね、チョットマ、もうやめよう。ね」
「あなたの部下だから、あなたと同じようにしなくちゃいけないっていうの?」
「だから、そういう意味じゃないって。ごめん、謝るから」


 そんなやり取りで、毎日の恒例になった全員での夕食会をぶち壊してしまったのだった。
 最後はパパが目の前を飛び回って、「もう、やめなさい」って言ってくれたけど。

 ネーロが、廊下に突っ立っている。
「入って」
「えっ」
「さ」
 チョットマは、我ながら大胆かな、と思ったが、ネーロを部屋に入れた。
 部屋といっても、ベッドと椅子がひとつづつあるきり。
 ロクモンの隊には女性がいなかったので、チョットマは相部屋を免れている。

「じゃ」
 と、おずおずと入ってきた。
 ネーロに椅子を勧め、自分はベッドに腰掛けた。
「生まれて初めてだな。きっと」
「そうね。私も」
 こんな風に、人の部屋に入ったり、入れたりするのは。
「あっ、違う。私はプリブの部屋に入ったんだ。ンドペキの部屋にも」
「ああ」
「でも、勘違いしないでよ。あなたを部屋に入れたからって」
「それは、こっちの台詞でもあるな」

 チョットマは思うのだった。
 パキトポークやスジーウォンも好きになれそうだったし、コリネウルスは以前と同じように、いろいろな話を聞かせてくれる。
 ンドペキも、それとなく気遣ってくれる。
 撹乱作戦に参加してくれたスミソとは、冗談を言い合える仲になった。
 以前は、嫌味ばかり言ってたシルバックさえ、笑みを見せてくれるようになった。
 そして、ネーロも。

 みんな友達?
 パパが話してくれた言葉は心に残っていたが、友達って言っていいかも、と思えるようになっていた。


 私の心は洞窟の中。
 水流を流れて海に行く?
 それとも、大空を駆け巡る?
 パリサイドの脚に掴まって?

 開放された心は、自由に行き先を選べるはず。
 閉じこもっていては始まらない。

 羽ばたけ。私の心!
 歌声に乗って、力強く!

 つばめよ、高い空から教えてよ 地上の星を。
 つばめよ、地上の星は今 何処にあるのだろう。

 ヘルシードのひとつ目のホステスが歌っていた歌。
 パパが歌詞を教えてくれた。
 つばめって鳥? どんな鳥か知らないけど、素敵な歌。

 私は、地上の星?
 ンドペキは地上の星?
 よく分からないけど。
 あなたがいるから。
 友がいるから。


「どう思う?」
 雑談モードの後、ネーロが聞いてきた。
 今の状況と、今後の予想について。

 隊員達は、あえてこの話題をしないようにしている。
 どうなろうとも、与えられた任務を遂行するのみ。そんな気分があるからだ。
「どうって、それはンドペキが考えることじゃない?」
「そうだね。命令があれば俺達に躊躇はない」
「なら、それでいいじゃない」
「ああ。でも、気にならないか?」

 奥歯にものが挟まった言い方。
「はっきり言ってよ」
 ネーロは、ンドペキ隊とロクモンの隊員に、微妙な温度差を感じるというのだ。
 チョットマは、気付いていなかったことである。
「ロクモンの隊員は、なんていうのかな、俺達と目的が違うように感じるんだ」
「それはそうかも。彼らはレイチェルを守り抜くことを最優先しているという気はするね」
「だろ。俺達は、いずれ街を奪還しようと思っている。彼らは、その気持ちが薄いというか……。諦めているというか……」

 しかたのないことかもしれなかった。
 同僚が次々に強制死亡処置され、目の前で忽然と姿を消していったのだ。
 再生は今や保証されていないも同然だ。恐怖や諦めがあってもおかしくはない。
 早期の街の奪還は諦め、時期が来るまでここに篭城し続けることを前提にした話をする者がいるのは確かだ。
 ただ、洞窟内がギクシャクしているかというと、そうではない。
 むしろ、個人のレベルでは、融和が進んでいる。
 隊としてみたとき、主流と傍流というか、本隊と友軍という意識がまだ双方共に拭えないでいると言えばいいだろうか。

「ねえ、もうこの話はやめよう」
「そうだな」
 ンドペキからなんの指示もない今、勝手に想像を膨らませるのはよくない。
 今、自分がするべきことは、自分に可能なことで全体に貢献すること。
「それより、ロクモンの隊の人たちともっと仲良くなるのが、先決だと思わない?」
「一心同体」
「そうそう。それ」
「意識的にそうしてみる?」
「うん」
「よし。意識するとしないでは、結果はかなり違ってくるからね」
「だよね」


「あまりレイチェルに噛み付くのは、よくないと思うよ。そういう意味でも」
「うん……」
 ネーロに指摘されるまでもなく、チョットマ自身も気にしている。
「どうしてなんだろ」
 なぜか、レイチェルには刃向かってしまうのだ。
 ンドペキを取られるような気がするから?
 以前は、そう思っていた。
 でも、それだけではないような気もしている。

「ねえ、ネーロ。私とレイチェル、似てる?」
「うーん」
 答えにくそうだ。
「やっぱり、似てるのね」
「まあねえ」

 確かに、背格好や体格は瓜二つ。
 顔の造作もかなり似通っている。
 はっきり違うのは、髪。
 声の質も違う。だから「金管楽器」なんてあだ名を付けられたのだ。

「なにを考えているか、よくわからない人ってことかな」
 ネーロは、レイチェルの性格は計り知れないという。
「みたところ、悪意はないようなんだけど」
「ええっ。あれは悪意そのものじゃない」
「おいおい」

「いつもいつも」
 そうは言いながら、チョットマにしても、自分がすぐにそんな反応をしてしまうことがいけないのだということは分かっている。
「おまえだけに、どうも当たるよな」
「でしょ」
「でも、本質的な意味で、悪人じゃないという気がするね」
 そのとおりである。

「だめなんだな。どうしても彼女には反発してしまうんだ」
 なぜそうなるのか、自分でもわからなかった。
「怒るなよ。それって、対抗意識があるんじゃないのか?」
「うーん」
「女性同士の」
「うーん。わからない」
「あるいは、母と娘みたいな。厳しい母親に反発する娘みたいな」
「そんな例え、分かるはずないよ」
「だね」
「それにさ、いつもきっかけは向こうからだよ。私がきっかけを作ったのは、洞窟での最初の作戦会議のときだけ」
「そうだね。あれからかな。君らのバトルは」
「きっと、レイチェルは執念深いのよ」
「いずれにしても、周りから見てると、はらはらするよ」
「でしょうね。ごめん」
「謝らなくてもいいけど」
「ありがとう」

 チョットマは、心からありがとうと言った。
 そんな話をできる人が、パパ以外にできた。それがうれしかった。
 そして、ネーロがレイチェルも好きにならなきゃ、などという正論を吐かなかったことがうれしかった。
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