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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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105 それぞれの記憶や歌の色

 ロクモンが洞窟にやってきてから、数日が経っていた。

 イコマはハワードから、いくつかの情報を得ていた。
 政府防衛軍及び攻撃隊の強制死亡予定者名。

 防衛軍の兵士はすでに全員がリストに掲載されている。
 四名の将軍の名もあるという。
 一方、攻撃隊についてはンドペキ以下の隊員の名が記されてあるが、チョットマだけは見当たらないということだった。
「なぜだろうと思いました。調べてみると、チョットマはサリと同じように、データがないのです。攻撃隊の構成者リストにはあるし、ハイスクールの卒業者名簿にはあるのですが、基本のデータがないのです」

 それ以上はハワードにも分からないという。
 改めて調べてみるという。
 しかし、サリのときもそう言っていた。
 きっと、その答は見つからなかったか、見つかったとしても信じられないようなことだったのだろう。
 あるいは、ハワードにとって、隠さなくてはいけないことだったのかもしれない。
 チョットマとサリの共通点という意味で、耳にだけ入れておくというつもりで知らせてくれたのだろう。


 ユウは、何度も部屋を訪ねてきてくれる。
 少しずつ、思い出話もするようになった。
 そして、ユウが光の柱の女神になったいきさつも、神の国巡礼教団と共に宇宙へ旅立った理由も、少しだけ。
 ユウはアヤの身代わりとなって、光の柱の守り人となっていたのだ。
 詳しい話はしようとしなかった。アヤを傷つけたくないという思いなのだ。
 一方で、神の国巡礼教団と共に宇宙へ旅立ったいきさつも、ユウはまだ詳しく話そうとしなかった。
 ただ、任務として神の国巡礼教団に入り込んだのだと言うのみだった。

 イコマは考えていた。
 ユウは、スパイとして送り込まれたのではないかと。
 ただ、その任務になぜユウが選ばれたのかという点については、不合理な点がたくさんあった。
 神の国巡礼教団は、世界の宗教が歴史的な融和を達成し、合体した後にできた組織である。
 ユウのような無神論者には遠い世界だ。
 しかもユウはグローバルでもなんでもない普通の日本国人。

 何かの罪を犯し、その罰としてその任務を押し付けられたのではないだろうか。
 そうだとすれば、その罪とは、イコマ自身のあの金沢での無謀な行為が原因ではないだろうか。
 あのとき、ユウは何らかの方法、つまり市井の技術では想像もできない未来的な技術を使って、イコマを大阪まで送り届けたのだから。

 ユウは、自分を傷付けたくないからこそ、そのいきさつを話そうとはしないのではないだろうか。
 イコマは、そのことをいつかは知りたいと思った。
 そしてたとえ千年かかろうとも、ユウが舐めた辛苦に償いたいと思った。


 イコマは、スゥをどう思うかとユウに問うてもみた。
 目の前にいるパリサイドのJP01こそがユウなのだ。そう思う。
 ユウも、スゥについて、何も話そうとはしなかった。
 なぜ、サキュバスの庭のスゥの部屋でああいうことを言い出したののだろう。
 ユウは、知らないと繰り返すばかりだった。
 あれ以来、スゥはノブとは呼ばないし、話題にすることもなかった。

 ユウから聞いた話で、疑問が解けたものもある。
 KC36632。
 彼女がなぜサリの顔を持っているのか。
 当初の説明は、単に気に入ったからというものだけだったが、そのいきさつが分かった。

 パリサイドは次元を移動することができるという。
 だからこそ、宇宙空間をいとも容易く旅することができたのだ。

 地球に帰還してからすぐに、地球を取り巻く各種の次元を調査したという。
 無数とも言える次元が存在するが、そのうち、人類の影響があるのは、アンドロのバックディメンション、そしてマトやメルキトの「捨て場」である次元の隙間。
 そこで、サリを見たのだ。
 瞬時に消滅するとは言っても、パリサイドにとっては十分な時間であるという。
 KC36632は、もう死んだ人だから顔を拝借してもいいだろうと考えたらしい。
 パリサイドの中には、マトやメルキトの再生システムを知らないものも多いという。


 フライングアイは、ひとつは街に帰った。
 法外なレンタル料を取られるジャンク品の方だ。
 他の街の様子も知りたかった。

 ひとつのフライングアイは洞窟に留まっている。
 一日の大半をアヤの部屋で過ごす。
 ユウと再会したことを話した。
 ユウが話してもよい、と言ってくれたからである。しかし、ユウが誰で、どこにいるのかは伏せておいてくれということだった。
 それを聞き、アヤはいつまでも泣き続け、よかったと繰り返した。
 ハワードのことはまだ聞けないでいた。


 チョットマは、ネーロ達と協力して、エリアREFのマップを完成させようとしていた。
 その中で、分かったことがふたつある。
 エリアREFには階数という概念が当てはまらないということ。
 つまり、通路はそれぞれに様々な角度でスロープとなっており、まるでスポンジ構造のようになっているのだ。
 地下二階だと思っていても、通路を進めばいつのまにかさらに地下深いフロアに到達しているという調子だ。
 もうひとつは、大広間と瞑想の間とホトキンの間、そしてサキュバスの庭の奥、ライラの通路の横を流れている地下水路が、水系として繋がっていることを確かめていた。

 そして、プリヴの部屋を少しだけ自分好みにアレンジしていた。
 ホトキンの装置を復活させ、市民が地下通路からホトキンの間に入ってこないように細工していた。

 ライラの部屋を何度も訪問し、街の情報を得ては洞窟に伝えていた。
 自分だけはが強制死亡処分予定者リストに載っていないことを知ったからだが、それを知らなくてもライラの部屋に通うのは自分の役目だと思っていた。
 もちろん、刺客の襲撃には十分に注意して。


 ライラがもたらす情報は、変わり映えのしないものも多かったが、市民が不安を増幅させていることは伝わってくる。
 エリアREF、それも地下深くの住民の数が日ごとに増えていた。スラムというより、一種の避難所のような空気だった。

 街で飛び交っている噂も、徐々に具体性を帯び始めていた。
 タールツーの子供が次期長官につくという噂。
 生殖機能を備えたアンドロが早速、性行為にふけっているという噂。
 子供が生まれれば多額の報奨金が支給されることになったという噂。

 そして、何体かのクローンが製造されたという噂。
 クローンが街を救うだろう、という予言めいた噂までもが、まことしやかに語られているという。

 そして市民が最も震え上がった噂。
 それは、タールツーがバックディメンションを経由して、他の街のアンドロの蜂起を画策しているというものだ。
 そもそもアンドロが人間の立ち入ることができない異次元に住み、そこが街のいわば本体であるということに、市民はようやく気付いたのである。
 そのバックディメンションは、六十七の街ごとに分かれて存在するのではなく、実はひとつの次元であるという。
 もし、それが正しければ、ひとつの組織体としてのアンドロが、既に地球すべてを支配していたということになる。
 街に住む市民は、分断されたちっぽけな村社会の住民でしかない。
 アンドロの手の中で弄ばれる、籠の中のハムスターのようなものだった。


 ライラは、エリアREFについても教えてくれた。
 そのうち、チョットマが最も刺激を受けたのが、エリアREFに君臨する蛇の話だ。
 その話は、チョットマが白い蛇を見たと話したことから始まった。

「さすがだねえ」
「何が、さすがなんですか」
「だって、おまえは小さな魔物ちゃんだろ」
「違います!」
「ハハ、そうだろうとも。自分が何者かなんて、誰も気がついていないものさ」
「だから、違いますって!」
「ここじゃ、おまえの話でもちきりじゃ」
「えっ、どんな話が」
「おまえはあの大蛇に触れた。羨ましがる者が多うて」
「大蛇? 三十センチほどの蛇でしたけど……」
 チョットマは生まれて初めて蛇というものを見たのだといった。
「チョットマよ。目に見えるものがその実態とは限らんぞ。どこで出会ったのじゃ?」

 チョットマは、プリブが殺されたときのことを話した。
「ふーむ。つまりはその敵は大蛇を見たのじゃろう。そしてそやつは大蛇の力を知っておったからこそ、退散したんじゃな」
「でも……」
「今も言ったじゃろう。おまえが自分の目で見たからといって、それが真実とは限らぬ。真実が目の前にあってもそれに気付かないのは、目で見えたことだけが正しいと思ってしまうからじゃ」
 そうかもしれない、とチョットマは思ったが、それ以上深い思考は自分には無理だと思った。

「あれは、エリアREFの主と呼ばれておる。守り神じゃと言う者もおるな。おまえが見たものはその本尊かもしれぬし、眷属かもしれん」
「そうなんですか……」
「わしは神など信じる気はないが、あれがおるおかげで、このエリアは平穏を保っているともいえる」

 ライラが言うには、エリアREFは、外見ほど恐ろしいところではない。
 地表の街で暮らさずに、地下で暮らしたがるものもいる。
「ただ、それだけのことじゃ。子供達のための学校まであるんじゃぞ」
「へええっ」
「いわゆる政府のハイスクールとは、趣が違うがな」
 驚くような話だった。
「ところで、おまえを襲ったもの。それ以降、危険はないか?」
「大丈夫みたいです」
「あの門番をしている男に、通行料をちゃんと払うんじゃぞ」
「はい」
「ああ見えても、非常に強い力を持っておる。下層に住む者とおまえ達以外は、絶対に通さないように頼んであるから、下は安全じゃ。このサキュバスの庭もな。しかし、その他の通路は誰もが自由に通行できる。気をつけるんじゃぞ」
「はい」


 普段のチョットマは、まだサリのことが気にかかっていたし、レイチェルのことも頭から離れなかった。
 もちろん、ンドペキのことも。
「最近、なんだか寂しくない? ンドペキも忙しそうだし」というのが、自分に向けたチョットマの呟きだった。

 ただ、楽しくないかといえば、違う。
 洞窟暮らしもなかなかいいかも、という気がし始めていた。

 自分は兵士には向いていなかったのかも、と思うこともあった。
 以前のようにマシンを破壊し、小さなメタルを手に入れる。そんな暮らしを懐かしむ気持ちはあったが、もうどうでもいいとも思えた。戻りたいとは思わくなっていた。

 今は、たいしてすることがない。
 ンドペキは抜き打ちで訓練のための作戦を実施するが、洞窟から出ないのではそれほど大掛かりなことはできない。
 刺激はない。
 しかし、そんな暮らしもいいな、と思い始めていたのだ。


「ねえ、パパ」
 パパは、どういうわけか、寝ていることがなくなった。
 おかげで、好きなときに話しかけることができる。
「あのヘルシーズのバーにいた将軍、あれはロクモンじゃなかったよね。緊張してたから覚えていないんだ」
「ああ、違うよ。もっと巨大な体格の男だった」
「それとさ、あのひとつ目の女性。今頃どうしてるかな。バーも、住民が増えて繁盛してるかも」
 そんな他愛もない話をしているとき、幸せを感じるのだ。
 自分はまるで普通の女の子だな、と思うのだった。

「ねえ、パパ。アヤさんの具合はどう?」
「順調だよ。みんなのおかげだ。もう安心だ。食欲もあるし、話も普通にできる。まだ時々熱が出て、うなされたりもしているけど、後は日にちが経てば歩けるようになるだろう」
「あ、そだ。杖を作らなきゃ」
「ありがとう。でも、もう医務隊員が作ってくれたよ」
「よし、それがちゃんとしたものか、私がチェックしてあげる」
 という調子だった。

 レイチェルに対する考え方も少し変わった。
 なんとなくフワフワしていて、ンドペキにベタベタしているだけの女だと思っていたが、それはンドペキやハクシュウによって救出されたのだから当然ではないか、とも思えるようになった。
 そのきっかけはロクモンに対するあの厳しい態度だった。
 あの時、レイチェルの本来の日常が現れていた。
 そして彼女のものの考え方も。
 すごい人なんだ、と素直に思えるようにもなっていた。


 ンドペキは考え込んでいた。
 もちろん、隊員達にそんな様子を見せることがないように、気を使っている。

 街への攻撃は、ますます困難さを増していた。
 兵数は増えたが、侵攻経路であるエリアREFの住民も相当な勢いで増えている。
 依然として、タールツーがこのSディメンションに姿を見せるという情報はない。
 この情報はイコマの知人であるというアンドロに頼っているが、そのことも不安要素だった。
 イコマは信用できるアギであるが、そのアンドロはどうなのだろう。
 イコマはそのアンドロとの関係や、どんな仕事についているかも話したがらない。
 かといって、ライラやスゥには、政府機関内部の情報を掴む力はないようだ。
 そのアンドロの情報を信用するしかないのだが……。

 一方、エーエージーエスに逃げ込んだアンドロ軍は鳴りを潜めたままだ。
 まだあそこに留まっているかどうかさえわからない。
 政府軍の別の一団、街の南のオールドキーツに立て篭もった軍は壊滅したという情報が入ってきている。
 もう頼るべきは、ここにいる者たちだけ。
 他の街からも何のアプローチもない。
 街の噂が正しく、アンドロの住む次元がひとつだとすれば、動きが取れないというのが実態なのだろう。
 そう考えるしかなかった。


 パリサイドの動きも、変化はない。
 相変わらず、街の上空を覆っている。
 彼らは我が物顔に振る舞い、空はかなり暗い。
 それが街の市民の不安を駆り立て、様々な噂を先鋭化させている。

 スゥとライラに頼んで、自分達がレイチェルを救出したということと、チューブで政府軍を殲滅したのは自分達ではなくオーエンあるという噂を流してもらっているが、それがどれほど浸透したのか、わからなかった。

 ただ、洞窟での暮らしは軌道に乗っている。
 新鮮な食糧や衣類を初めとする様々な物資を、スゥが街で買ってきてくれ、サキュバスの庭の彼女の部屋にストックしてくれている。
 それを隊員たちが持ち帰ってくる。
 すべての個室には、扉やベッドが設えられた。
 他人から見られる状態で、装備を身につけたまま床に転がって眠るという状態から、ようやく解放された。

 ロクモンは他人に溶け込むことが上手い人物で、安心して見ていられる。
 その兵たちも楽な仕事を選ぶような連中ではなく、すがすがしい。
 やり方の違いは当然あるが、我々と衝突することもない。
 監視のために、攻撃隊の隊員との相部屋としたが、それは杞憂だったようだ。
 彼らは消去されることを本気で恐れていたのだ。
 それはそうだろう。目の前で仲間が消えていくのを見ていたのだから。


 結局、あれきり聞き耳頭巾は使っていない。
 過去を知ることがスゥを知ることになるのだろうが、落着いた今となっては、それほど重要なことだとは思えなくなっていた。
 その時が来れば、私に任せろとスゥは言ったが、あれきりまともに話をしていない。
 機会がないわけではないが、自分から声を掛けることはないし、彼女の方からも特段のサインは送ってこない。
 いずれ、きちんと話し合わなければいけないときが来るだろうが、今はまだそのときではない。ンドペキはそう思っていた。

 レイチェルは、構って欲しそうに何かと近寄ってくるが、角が立たないように注意しながら、できるだけかわすようにしていた。
 彼女自身は退屈しきっているのか、洞窟の外に出たがった。
 消去の恐れがある以上、隊員を護衛につけてやるわけにはいかないため、そのたびに納得させるのだが、次の日にはライラの部屋に行ってみたいなどと言い出すのだった。

 レイチェルとロクモンは、かなり仲もよかったようで、時としてふたりで話し込んでいることがあった。
 さっぱりした笑い声が、だれに憚ることなく聞こえてきたりした。
 ンドペキはそれはそれでいいと思っていたし、むしろ、そのことを喜んでいた。
 レイチェルにとって、気の置けない相手と話すことは気晴らしになるだろうし、その分だけ、自分の負担も軽減されていたからだ。
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