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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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102 原生林の色

 ンドペキは悶々とした時間を過ごしていた。
 チョットマとネーロたちによって、街の様子は理解できたし、地下通路を伝って街に攻め込む方法があることもわかった。
 しかし、政府軍は依然としてレイチェルの書簡を信用しないばかりか、徐々に南下を始めている。
 エーエージーエスのアンドロ軍は一向に出てこないし、だからといって攻め込むこともできない。
 八方塞だった。


 この洞窟に縛り付けられたまま、ジリ貧になることは目に見えていた。
 他の街の軍が、ニューキーツのアンドロ軍を攻め落とすかもしれないが、それはいつになるか知れたものではない。
 漠然と待つことはできなかった。

 打開策は、街に攻め込むか、パリサイドに援助を頼むか。
 このふたつしかない。

 街に攻め込むのは、危険で無謀な戦いとなる。
 背後の政府軍が僚軍として動いてくれれば、まだ勝ち目があるかもしれない。
 万に一つという程度の可能性だが。

 翻って、パリサイドに頼むのは、もし断られても損失はない。
 問題はその方法だけだ。
 あれきり、KC36632も姿を見せない。
 相変わらず、空はパリサイドに覆われて暗いが、だれも降りてこようとはしないのだ。
 呼びかけてみたところで、声が届いているのかいないのか、全く反応はない。


「やはり、俺が出向くしかないか」
 行くなら、自分が行く。
 それは決めている。
 パリサイドのコロニーに乗り込むことに躊躇はない。
 ただ、躊躇させるものがあるとすれば、それは最も基本的なこと。
 何を依頼するのかということだった。

 パリサイドに街を攻撃して欲しいのか。
 パリサイドがどんな攻撃をするのかわからなかったが、それは多くの市民を巻き添えにするだろう。
 しかも、アンドロ無しには街の存続はできない。

 アンドロの首謀者はタールツーという治安省長官だという。
 この女のみを亡き者にする方法はあるのだろうか。

 また、エーエージーエスに潜んでいると思われるタールツー軍を、パリサイドは攻撃できるだろうか。
 そもそも、エーエージーエスに今もタールツー軍が潜んでいることさえ怪しいのだ。

 なにを依頼すればいいのか。
 それさえも明確ではなかった。


 ンドペキはスゥとレイチェルと共に、アヤの部屋にいた。
 アヤは、普通に口がきけるほどに回復しつつある。
 最近では、レイチェルがアヤを付っきりで介抱している。
 医務隊員はようやく自由な時間が持てるようになっていた。
 ンドペキは、むやみにアヤに話しかけたりはしなかった。
 アヤが疲れていても無理にでも応えようとするからだし、特に声を掛ける用件もなかったからだ。

「その足だけど、再生術は当分お預けだよ」
 イコマがアヤに話しかけている。
「街があの状況だから」
 アヤはこっくり頷くと、
「急がなくてもいいよ。ただ、私が皆さんの重荷になっているかと思うと、申し訳なくて」
「気にしないで。彼らは彼らなりに活動しているし」
 と、レイチェルがアヤを安心させようとしている。

 確かに、アヤは重荷だ。
 その意味では、レイチェルも同じことだ。
 いざというときの大移動ができない。
 とはいえ、そんな大転換が必要なときといえば、街を攻めるべく、ホトキンの間に移動するときだろう。
 しかし、街の攻略はまだ予定にない。


 ふと、思うことがあった。
 スゥはエリアREFの地下に部屋を持っているという。
 そこでアヤとレイチェルを匿ってくれたら、と。
 しかし、さすがにそれをスゥに頼むことは厚かましい。
 彼女がその案に気づいていないはずがないからだ。
 そうする方がいいと判断したら、スゥはきっと自分から言い出すだろう。

 ンドペキは無難な話題を出した。
「その聞き耳頭巾っていうのは、どういうものなんです?」
 イコマがアヤの代わりに話してくれた。

「不思議なものがあるんですね。チョットマは相当怖い思いをしたみたいですよ」
「ええ。でも、どうなんだろう。以前は、鳥の歌や木々の声や岩の呟きなんかが聞こえたんですけどねえ。アヤは亡霊の声みたいなものを聞いたことがある?」
 アヤは話題に入りたかったらしく、頑張って声を出した。
「あるよ。おじさんには言わなかったけど。怖がるといけないから」


 ンドペキは、アヤがイコマのことをおじさんと呼ぶのを、はじめて聞いた。
「怖がらないよ」
「だって、昔」
 アヤは息が切れたのか、後は荒い息遣いだけだ。
「昔、なにかあったんですか?」
「いやあ。僕はそういう感受性が鋭いって、アヤに言われたことがあって」

 他愛もない会話で、アヤの気を紛らわしているのだ。
 介抱に付っきりのレイチェルの気分も。

 今度はスゥが話を続けた。
「ねえ、チョットマのパパは、大昔、聞き耳頭巾を被ったことがあるんでしょ」
「えっ、ん、まあ」
「そのときのことを話してよ」
 ある山奥の村で起きた殺人事件で、聞き耳頭巾が大活躍したという話だった。

「かれこれ六百年以上も前のことよね。いまも、妖怪や怨霊なんて、いるのかな」
 スゥが、またイコマに話しかけた。
「そりゃ、いるんだろうね。実は、以前より多いかも。何せ、人の手が及ぶ範囲はあの頃より格段に狭くなっているから。荒地も森林も」
「そうよね。でも、大きな動物はほとんど絶滅してしまったけど?」
「動物が古びに古びて妖気を持つ存在に変化するってこともあるけど、ほとんどは何らかの気じゃないかな。それが物質に取り付くから妖怪ってことになるんだ。気、という意味なら、増えることはあっても少なくなることはないんじゃないかな」
「じゃ、いまでも、例えばこのあたりの木の話は聞けるのかな。その布を被っていったら」
「たぶんね」


「貸してくれないかなあ」
 スゥが厚かましいことを言い出した。
 さすがに、これにはイコマは反応しない。
 レイチェルもポカンと口を開けている。

「おいおい、それはいくらなんでも」
 ンドペキは止めようとしたが、スゥはいうことを聞かない。
「だって、確かめてみたいじゃない。きっと、ライラは使ってみたと思う。私も使ってみたいのよ」
 頑固だ。
「アヤにとって、大切なものなんだぞ」
「わかってるよ。ね、ちょっとだけ」

 断ればいいのに、アヤは「いいよ」と応えた。
 スゥに助けられたのだ。
 断れるものではないのだろう。
 アヤの代わりに、ンドペキは「すぐに返せよ」と念を押した。


 レイチェルとイコマを残して、ンドペキとスゥは部屋を出た。
「商売柄、使ってみたいんだろうが、いくらなんでも、これはやりすぎだと思うぞ。アヤが断れないのをいいことに」
 スゥが、頬を膨らませた。
「そんなに何度も文句を言わなくてもいいのに」
「しかしだな」
「はいはい。すぐに返しますって」
 スゥはそういいながら、浮き浮きした顔だ。

 ンドペキが自分の部屋に戻ろうとすると、腕を取ってきた。
「ね。デートしない?」
 ンドペキは思わず腕を払いのけたくなった。
 何を言うかと思えば、デートだと。
「ふざけるなよ」

 スゥがたちまち真顔になった。
 そしてアヤの部屋から聞こえないところまで引っ張っていくと、
「まじめな話がある」と、言った。
「あなたと、何日もまともに話し合っていない。今後のことがあるから、ふたりきりで話がしたい」
 と小声で言う。
 すでに腕は放していた。


 そういえば、スゥとふたりで真剣に話したのは、この洞窟にハクシュウ達を案内したあの時以来なかった。
 そもそも、この洞窟もスゥが用意してくれたものだ。
 なぜそんなことをしてくれたのか。こうなることを予測していたような口ぶりだったが、その後、このことについても詳しく話を聞いていない。
 実は、まともに礼も言っていなかったかもしれない。

「わかった」
「よかった。今から、いい?」
「えっ、どこへ?」
「森」
「もう外は真っ暗だぞ」
 洞窟内では時刻の観念がなくなりがちだったが、すでに夜の十時を回っている。
「真っ暗どころか、深夜ね。ちょっとデートというには淫靡すぎるかな」
「ややこしい言い方はやめてくれ。誰かが聞いたら誤解する」
「はいはい。でも、明日まで待てないわ。消去される恐れはない。それは保証する」

 ンドペキは、スゥに引っ張られるようにして洞窟を出た。
 怪訝そうな見張り役に、洞窟の運営について話し合ってくると言い残して。


「そうだ、気になっていたことがある」
「なに?」
 スゥに確認しておきたいことがあった。
「イコマなんだけど。フライングアイは、アギ本体と通信している」
「そうね」
「だとすれば、やばいんじゃないのか」
「どういう意味?」
「あのフライングアイが通信しているなら、洞窟内にも通信が届いているということだ。それなら、俺達の通信も政府に傍受されているということじゃないのか?」
「何を言い出すのかと思ったら」

 スゥが溜息をついた。
「もうちょっと、小粋なことを言ってくれるのかと思ったら」
「大切なことだろ」
「私が、以前、どう説明した? 洞窟内は安全だと言ったでしょ」
「ああ。しかしあのフライングアイはどうなんだ? なぜ本体の思考体と同期できているんだ?」
「はあ、本当にあなたって人は」


「アギの通信は、海によって、そして海と繋がった水系によってなされる。近くに海と繋がった水があれば可能なの。マトの通信とは根本的に違うのよ。わかった?」
 ンドペキは、よくわからなかったが、違いがあるということだけは理解できた。
「じゃ、俺達の通信は傍受されていない、ということでいいんだな」
「何度言ったらいいんだろ。私を信じてって」
「いや、信じているんだが……」
「信じてないじゃない」


 原生林は昼間でも暗いが、今は完全に闇の中だ。
 星明りも見えず、月の光もない。
「この辺りでいいか」
 どこでもいいのだろうが、ンドペキはそう言って、持参したライトを地面に置いた。
「そうね」
 見張りのスコープから位置確認できる距離だし、暗視レーダーなら姿も捉えられるだろう。
 スゥが、もっと離れたところに、と主張しなくてよかった、とンドペキは思った。

 奇妙な気分だった。
 簡単な装備だけは身につけているが、スゥは薄手の服を着ているだけで、もちろん素顔だ。
 男と女が、夜の森の中で小さな光を挟んで向かい合っている。
 自分にセクシーな気分はないといえば嘘になる。
 しかし、それらの経験は遠いおぼろな記憶としてあるだけ。
 このようなシチュエーションで、きわめて美人なスゥと向かい合っていても、欲望が大きくなることはない。
 むしろ、あるのは居心地の悪い不安だけだった。

 ンドペキは腰をおろした。
 スゥは立ったままだ。
「ンドペキ、そのゴーグル取ってくれない? 目が見えないと話しにくい」
 言われたとおりにした。
「さてと」
 スゥが懐から、布を引っ張り出した。
「ハイ、これ。やってみて」
「はあ?」
 聞き耳頭巾の布地が、紫色の光をチラチラと放っていた。
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