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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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101 二重人格の記憶

 ライラの部屋を出て、スゥがほっと息を吐き出した。
「長いんだなあ、いつも」
「みたいだね。でも、いろいろ聞けてよかった」
「さっき、アンドロに知り合いがいるって言ってたよね。その人の話と矛盾してなかった?」
「ああ、全然」

 プリヴの部屋で四時間後に待ち合わせ、と決めてある。
「まだ少し早いけど戻ろうか」
 イコマはそう言ってスゥの肩にとまったが、
「寄り道してもいいかな」と、横顔で言う。
「いいよ」
 危険なところでないなら、構わない。
 まだ時間はある。


「私の部屋」
「遠くない?」
「うん。ここだから」
 スゥは、フフッと笑って、ライラの隣のドアノブに手を掛けた。
「えっ。なんだ!」
「隣同士」

 部屋に入ると、スゥはどこかに連絡を取り始めた。
「仕事をほったらかしにしてるから」
 イコマは、その間、部屋を眺めた。
 スゥの部屋は、地下とは思えないほど明るく、窓まであった。外には夜景が広がっている。もちろんバーチャルだが、非常によくできている。
 なんと、これは六百年ほど前の都市だ。
 車や電車が走っている。
 窓際に近づくと、かすかに町の騒音が聞こえてきた。

「終ったわ。それ、いいでしょ」
「どこで手に入れたんだい?」
「うーん。覚えてないの。かなり以前から持っていたと思うんだけど」
「どこの街?」
「さあ」
 イコマは夜景に見覚えがあるような気がした。

 画面の中ほどに大きな川が流れている。
 その川の上を何本もの道路が渡り、左の方には高速道路だろうか、ひときわ明るいオレンジ色の照明の列。
 鉄道が川を跨ぎ、それぞれ異なる色の電車が渡っていく。
 飛行機が着陸するのだろうか、高度を下げていく。


「はじめてね。あなたとふたりきりで話すのって」
 唐突にそういわれても、イコマは戸惑った。
「何度でも言うけど、アヤのことは本当にありがたかった。君がいてくれて、あそこでエーエージーエスに飛び込んでくれたからこそ、アヤは助かった。感謝してもしきれないと思っている。本当にありがとう」

 スゥが、大きく息を吐き出した。
「それはもういいの。でも、こうして話すのって、ようやくって感じ」
 そして顔を近づけてきた。
「よーく見て」
 イコマはまじまじとスゥの顔を見つめたが、そこにあるのは今まで目にしてきたスゥと変わるところはない。
「うーん。かなりの美人だ」
「そういうことじゃなくて」


 スゥが椅子にどさりと腰を落とした。
「あーあ、だれも私のことをわかってくれないんだ」
 イコマは弱った。
 スゥは明らかにいらついている。
 何かが不満なのだ。
「あの洞窟にあれだけのものを運ぶのに、どんなに大変だったか。だれも気にしてくれない」
 確かに、今はさも当然のように使っている。
 しかし、次から次へと難題が降りかかり、スゥに感謝を表す場面がなかったのかもしれない。
 イコマは、謝った。

「ああ、だから、そんなことを言って欲しいんじゃないの」
「んー、ごめん」
 スゥが、諦めたという表情になった。
「あれだけの荷物を私ひとりで運べるはずがない。私の部下や、お得意様がみんなで手伝ってくれて、わずかひと月で仕上げたわ」
「そうなのか」
「別に自慢したいわけじゃないの。誰もその理由を気にもかけてくれない。それが悲しいと思っただけ」
「すまなかった。ンドペキにもそれとなく伝えておくよ」
「ううん。しなくていい……」


 唐突に、スゥが泣き出した。
「お、おい、どうしたんだ」
 スゥは首を振るばかりだ。
「僕でよければ、話してくれ」と、いうほかない。

「じゃ、笑わないで聞いてくれるかな」
「ああ」
 スゥが涙を拭いて話し出した。
「私、ンドペキを愛している」
「!」
 イコマは固まってしまった。
 そんな告白をされても困る。
 反応のしようがない。
 次の言葉を待っていると、スゥがさらに思いがけないことを口にした。


「私、あなたも愛しているの」
「えっ」
 さすがにイコマの口から驚きの声が漏れた。
「驚いた? でしょうね。私さ、二重人格なの! ケケケッ!」
 イコマに口があれば、ポカンと開けただろう。
 そんな気分だった。

「ごめん。ケケケッというのは嘘。ちょっとからかっただけ」
「あのさあ」
「なに? まだ、私の話は終ってないよ」
「はあ」
 イコマはもうすでに疲れていた。

 こういう会話は慣れていない。
 そもそも、スゥとはまともに話したことがない。
 アヤを助けに飛び込んでくれたことはもちろん感謝しているし、親しみを持っていないわけでもない。
 ただ、どことなく近寄りがたい雰囲気を湛えている女性なのだ。
 しかもスゥは、ンドペキにだけは常に笑顔だが、他の者に対しては無関心。
 見ようによっては、ンドペキは私のもの、と主張しているようにも見える。


「私は二重人格。これは本当。でも、ンドペキを愛している自分と、あなたを愛している自分は一緒なの」
 イコマは混乱してきた。
 二重人格というなら、片方がンドペキを愛し、もう片方が他の者を愛するということではないのか。
 ふたりを愛しているのが同じ人格なら、二重人格ではないではないか。

 いや、そんなことはどうでもいい。
 僕を愛しているとは、どういうことなのだろう。
 まともに話をしたこともないのに。
 それに、自分はアギ。
 フライングアイの姿以外では、スゥと会ったことはない。
 まさか、精神が……。


「狂ったのかって思うでしょ。でも、変でもなんでもない」
「どう見ても変だよ。僕を愛してるって。ほとんど何も知らないじゃないか」
 イコマは、努めて穏やかに、そして諭すように言った。
「あーあ、あなたも私のことを知ろうとしない。私はあなたのことを、よーく知ってるのに」
「えっ、そうなのか?」
「そう。ずっとずっと以前から。ただ、このフライングアイがあなただってわかったのは、最近だけど」
 イコマは思い出そうとした。
 スゥがマトなのかメルキトなのか知らないが、コンフェッションボックスから会いに来ていた誰かなのだろうか。
 イコマの記憶はシステム上、完全である。
 忘れるということはありえない。
 データが失われたか?
 これまでなかったことである。
 名を変えているのか。あるいは容姿が違うのか。


「すまない。思い出せない。データが失われたのかもしれない」
「違うよ。失われてなんかいないよ。だって」
 スゥは黙り込んでしまった。
「だって?」
 イコマは先を促した。
 いずれにしろ、自分をパパと呼んでくれていた人のことを忘れるなんて、信じられないことだった。
 もしそうなら、ぜひ教えて欲しい。

 スゥがまた顔を近づけてきた。
 しかし、何度眺めても、記憶にないものは思い出せない。
「ダメ? 思い出せない?」
「すまない、スゥ」
「私も、再生されるたびに、少しづつ変わってきているからなあ」
「名前を変えた?」
 顔を見ても思い出さないし、スゥという名も記憶にない。

「ううん。最近はずーと、スゥ」
「じゃ、どこの街にいた?」
「ずーと、ニューキーツ」
 おかしい。
 ニューキーツの街で娘を持ったのは、チョットマが始めてのはずである。
 それに、こういう雰囲気の娘は、正直に言うと自分の好みだ。
 忘れるはずがない。
 やはりデータが失われているのだ。


「本当のことを言うとね。私もあなたのことを忘れていた。だけど、二ヶ月ほど前、まるで天啓のように思い出したんだ。すべてのことを」
 どこかで聞いた言葉だ。
 アヤと同じだ。
「私もね、あなたのことを、以前のように呼びたいな」
「呼んでみて。思い出すかもしれない」
「いい?」
「ああ」


「ノブ……」
「えっ」
「ノブ……」


 なんという響きだ。
 そう呼ばれるだけで、あの日々が走馬灯のように蘇る。
 ノブと呼ぶのは、ユウだけ。
 しかし、ユウは!

「どういうこと!」
 イコマはわけがわからなくなって、思わず叫んでいた。
「ちょっと待ってくれ!」

 スゥがニッと笑った。
「これから、そう呼んでもいい?」
「いや、ちょっ、ちょっと待ってくれ。それは」
「誰かの専売特許?」
「いや、ちょ、ちょ、ちょい待ち」
「そういう慌て方って、ノブらしいよ」
「いや、だから!」
「ダメなの?」
「うわっ、待ってくれ! 頼む!」


 スゥがまた笑った。
「だから、私、必死でアヤちゃんを助けに行った。それでも、ノブって呼んだらだめ?」
「えっ、うっ、えええええっ!」
 スゥははっきりとは言わないまでも、自分はユウだと言っているのだ。
 そういえば、エーエージーエスで、スゥはバードと呼ばず、アヤと叫んでいた……。

「で、でも」
「でも、なに? 顔が違う? そうかもしれない」
「……」

 イコマはもう一度、まじまじとスゥの顔を見つめた。
 似ている。
 しかし、違う。
 データの中からユウの顔を呼び出しては見比べた。
 出会った頃の顔。
 初めてキスしたときの顔。
 初めてベッドに入ったときの顔。
 京都の山奥の村に行った頃の顔。
 アヤと住むようになった頃の顔。
 そして、部屋を出ていった頃の顔。

 違う。
 ユウではない。


「僕を担いでいるんじゃないかい?」
「ううん。そんなことはないよ」
「そうとしか思えないなあ」
「そう思っちゃうのか……」
 スゥの挑戦的なものの言い方に、イコマは混乱した。

「私が大阪弁で喋れば信用する?」
「なっ」
「どんな場面で再会しても、どんなに年月が経っていようとも、どんなに変わり果てていようとも、必ず最初にキスしようねっていう約束。あれ、何やったんやろね……」
「なっ、なぜ、それを!」


「不思議そうやん。なんで、私がそれを知っているのか。なんでか言うと、私がそう言ったからやん」
「!!」
 ユウにしか言えない台詞だった。
 しかも唐突な大阪イントネーション!

 ではJP01は、なんなのだ!
 彼女こそユウではなかったのか!


 イコマが次の言葉を探し出せないうちに、スゥが立ち上がった。
「さあ、そろそろプリヴの部屋に戻りましょう。今日は、とてもすっきりした! 言いたかったことがやっと言えた、って感じ」
 それからスゥは、二度とノブと呼ぼうとはしなかった。

「イコマさん、私の肩にとまって。それから、今の話、忘れて。アヤちゃんにも内緒」
 イコマは、わかったとも、嫌だともいえなかった。
 わけがわからなかった。
 しかし、ジワリとした怒りが心に染みてきた。
 愚弄されているのか……。
 こいつ……、何を知っているんだ……。
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