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ニューキーツ 作者:奈備 光

7章 ピンクのハートマーク

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100 呪術師の記憶

 イコマはライラの部屋にいた。
 スゥに同行してきた。
 スゥはライラとよく会っているのか、途中から案内の必要はなかった。
 扉の暗証番号も把握していたし、ライラも喜んでドアを開けた。
 旧知の間柄といったふうで、まずは四方山話だ。
 街の様子がよくわかる。

 街は、平穏とはいかないようで、フェアリーの庭は大賑わいだそうだ。
 人々が強いストレスを感じ、不安を抱いている証拠だという。
 フェアリーの庭とは、サキュバスの庭の上部にある細い路地で、呪術師や占い師や探偵業や、もろもろのやばい仕事を請け負う者の店が集めっているところだという。
 ライラもスゥもそこに店を構えているらしい。


「今のところは大丈夫だけど、見ててごらん。そのうち、食料が滞るぞ」
「飲料水に細工がされるって、噂もある。飲めば、一時的に無気力状態になるんじゃ」
「再生されるまでの日数がかかるようになるぞ。システムの能力が落ちるだけじゃなく、再生検査が厳重になるのさ」
「早速、義勇軍が結成されたそうだが、どうなるものでもないと思うな。寄せ集めじゃあ」
「失業者が増えるだろの。このエリアREFも繁華街になっちまうかもな」
 などといった、井戸端会議的なものから、
「防衛軍の生き残りは、南東のオールドキーツの廃墟に集結している。近々、北部に展開している軍も合流するらしい」
「北部方面攻撃隊は、解散状態。西部方面攻撃隊は、まだかろうじてパイプラインを守っている。しかし、排除されるのは時間の問題じゃ」
「他の攻撃隊は防衛軍に合流した。現在、オールドキーツにいる防衛軍と攻撃隊あわせて、勢力は約四百。しかし、主力は逃げ出した防衛軍。装備、武器、物資いずれも不足しているそうじゃ」
という。

 目新しい情報もあった。
「アンドロの連中は、パリサイドに使者を送ったらしい。互いに干渉しないという申し入れらしい」
「ほう、そうなんですか」
 スゥが黙っていたので、イコマが相槌を打った。
「向こう一年間という期限付きで」
「その後は?」
「そのときに話し合うってことさ。それまでは、パリサイドがシリー川に住むことを黙認するという内容らしいのさ」
 一年。
 アンドロは、街を完全に掌握するまでに、それだけの期間が必要だと思っているということなのだろうか。

「かなり、悠長ですね」
「ん、まあ、そうともいえるがな」
「アンドロが生殖機能を手に入れ、人と同じような感情を持つようになるまで、ということかな」
「ん? あんた、物知りだね。どこで聞いたんだい?」
「まあ、アンドロに知り合いがいるもんでね」
「そうなのかい。珍しいアギだね。この間は失礼なことを言ったかな。謝るよ」
「いえいえ。こちらこそ失礼しました」

 アンドロがそれらを手に入れるのに、どんな方法を使うのだろう。
 それが話題になったが、そろそろ引き上げ時だ。


 ホトキンをエーエージーエスに連れて行ったことを、すでにライラは知っていた。
「これだろ。あの子に返しておくれ」
 ライラは、聞き耳頭巾の布地と、ハクシュウの手裏剣を出してきた。
「触らせてはもらったけど、大事に保管しておいたよ。確認しておくれ」
「確かに」


 ライラは、まだ話していたいようで、別の話題を持ちだした。
「オーエンという男。あんた達は会ったのかい?」
 部屋を辞したかったが、老人の話は最後まで聞かなくてはいけない。
 ライラ自身が、そう言っていた。
 また怒り出されてもかなわない。

「うちの亭主も、これで生きがいができればいいんだけどね」
「会いましたよ。声だけですが」
「ハハハ、そりゃ、声だけさ。あんたと一緒で、あいつは一応、アギだからね」


 一応はアギ、とはどういう意味だろうか。
「オーエンは、あのどでかいチューブに巣食っているんじゃ。あそこが離れられないんだね。まるで、妖怪さ」
 ライラがまた大きな声で笑った。

「きっと、念願の実験か何かをしたいんだろうよ。うちの亭主が呼ばれたってことは」
 話のついでだ。
 イコマは、その実験とは何かと聞いた。
「よくは知らないさ。でも、どうせまた次元の扉を開発するつもりだろ」
「今、すでにありますよね」
「あんな、陳腐なものじゃないさ。彼が狙っているのは、街ごと異次元に飛ばしてしまうことができるようなやつ。しかも、人間を生かしたまま、移動させられるやつ」
「ほう!」
「そういうものを作って、何をしようとしているのか、わからないでもないけどね」


 そんなものが開発できるのだろうか。
 アギであるオーエンと、ホトキンひとりで。
 しかも、あの施設の運用が終了してから数百年が経っている。電力も供給されていないはずだ。原則的には。

 ライラの話が続いている。
「あいつは憎しみの化け物さ」
「何かあったんですか?」
「神の国巡礼教団を憎んでいるんじゃ」
「そうですか……」
 当時、神の国巡礼教団を憎んだ者はたくさんいた。
 オーエンに限ったことではない。
 肉親が、いや肉親の精神や心が奪われてしまったのだから。

「彼の妻がカルトに嵌ってしまった。宇宙へ飛び出していったのじゃ」
「そうだったんですか」
「おかげでこちらも悲しいめをしたよ。うちの娘も誘われて、行ってしまった」
「それは……」


「あんた、奥さんや子はいるのかい?」
「……」
 イコマはすぐには応えられなかった。
 しかし、ライラも応えを期待していたわけではない。
 思い出話モードに入っていく。

「オーエンは、それはそれは悲しんだよ。うちの家族もそうさ。あんなものを信じるなんて、どうかしていると思うが、それはこちらが正気だから言えること。狂気を一度でも吸ってしまったら、どんなことでも信じちゃうんだね。恐ろしいねえ。宗教ってのは」
 そのとおりだった。
 だからこそ、あのカルトはあれほど大きくなったのだ。
 たとえ、その教義がでたらめで固めたまやかしであっても。
 誰にでも心に隙はある。そこに一旦入り込んだ神の教えという類の狂気は、心の隙間を押し広げ、まっとうな心を飲み込んでしまう。ついには心そのものを奪ってしまうものなのだ。

「オーエンは悲しむだけじゃなく、うちの家族に対して申し訳ないという気持ちで一杯だったんだ。あいつの妻がうちの娘を引きずり込んだんじゃから。何かにつけて、ホトキンによくしてくれたものさ」
 ライラが大きな溜息をついた。
 しかし、話はまだ続く。
「あたしゃ、心配なんじゃ。パリサイドが帰ってきたことで、オーエンがまた憎しみを増幅させやしないかってね。もう手遅れかもしれないがね」


 イコマは見ていないが、チューブの中で多数の兵士が惨殺されたことを思い出した。
「あのチューブで殺されたのは……」
「そうさ、レイチェルの兵。レイチェルはパリサイドを受け入れようとしている。それをオーエンがどう感じるか。そこがね、あたしゃ怖いんだよ」
 オーエンは、その兵士達が政府の正規軍だと知っていて、殺してしまったというのか。
「あいつは妖怪だよ。もう正気じゃない。うちの亭主にゃ、よくしてくれるだろうけどね」

 オーエンはレイチェル憎しで多数の兵を一瞬にして殺した。
 ホトキンは旅人相手に、危険な謎掛けをして遊んでいた。
 同じ穴の狢だ。

 イコマは胸が悪くなってきた。
 アンドロだけでなく、オーエンの存在。
 恐ろしいことが起きるかもしれない……。

 スゥも先ほどから黙ったままだ。
「そろそろ失礼します。いろいろと貴重な情報をありがとうございました」
 そういって、イコマはスゥを促した。
 スゥも立ち上がった。
 しかし、ライラの一言で、振り出しに戻ってしまった。
「あれ、もう帰るのかい。とっておきの情報を話してやろうと思ったのに」


 イコマは迷ったが、スゥがまた座り込んでしまった。
 そして、久しぶりに口を開いた。
「ライラ、それは私たちに関係したことだね。勿体つけてないで、言ったら?」
 ライラが鼻で笑った。
「フン。これはお代をいただくよ」
 ライラの示した情報料は、かなりの高額だった。
「じゃ、いつものように、付けておいて」

 情報とは、パリサイドに関する各街の対応についてだった。
 今、全世界にある街の数は六十七。
 そのうち、明確にパリサイドを受け入れると表明したのは二。
 拒否したのは十八。
 あとはまだ正式表明をしていない。
 ニューキーツもここに含まれる。

 受け入れる街では、歓迎の祝賀会まで催したところもある。
 一方で、一触即発の睨み合いに発展している街もある。

「人類も情けないねえ。こんな重要なことさえ決めるのに時間がかかる。しかも、一枚岩になれないのさ。今、パリサイドの要求は、統一見解を出せ、ということ」
 ライラがなぜか、にやりと笑った。
「ここからが本当の情報だよ。まず、ひとつめ」


 パリサイドの社会では、厳格な上下関係がある。
 宗教団体であったことの名残だ。
 地球に帰還してきた第一陣の各部隊の長は、リーダーというような立場で、組織の中では下位の幹部という程度である。
 一応は職責であるが、それらは横一列であり、いわば同僚である。
 街の数は六十七。従ってパリサイドのコロニーも六十七。
 すべてを六十七人のリーダーの合議によって決めているという。

「地球の人類とは大違いだね。ふたつめ」
 一年ほど前のことになる。
 パリサイドから数名の使節団が来た。
 彼らは南極大陸のアームストロングに降り立った。
 友好のための表敬訪問という名目である。
 どんな要求もなかったし、地球側からも希望することはなかった。
 わずか二日滞在しただけで、太陽系外に飛び去っていったが、そのことは固く伏せられた。
 神の国巡礼教団に対する嫌悪感が、まだ強いからである。


「ところで今、こうしてかなりの数のパリサイドが出現した。これはどこから来たんじゃ? 不思議じゃないかい?」
「そうですね」
 イコマはそう言ったが、スゥは微妙な顔を作って見せただけだ。
 大げさに相槌を打てば、情報料が跳ね上がるのかもしれない。
「その使節団は、小さな宇宙船に乗ってきたというんだよ。そんなのが、数百、数千も着陸したかい?」
「ライラ。勿体つけてないで。私達、急いでいるんだから」
 ライラは、フンと唸っただけで、解説を付け加えた。
「一年前に着陸した時点で、すでに多数のパリサイドを地球に送り込んでいた、という説があるんじゃよ」
 使節団は見せかけの先遣隊なのだという。
 人知れず、何らかの生体を、その宇宙船が運んできたというのだ。
 その生体は、どこかで成長を続け、各街に分かれて同時に会談を申し込んできたらしい。
「パリサイドは、実はもう一年も前から、地球に住んでいたんじゃよ」
「なるほどね」
「あたしゃ、きっと海の中にいたんだと思うな。海は、もう誰も見向きもしないからね」


「さて、三つめ。これが最後じゃよ」
「うん」
 スゥの反応はあくまであっさりしている。
「パリサイドはきわめて高度な肉体構造を持っている。これは知ってるな。しかし、思考力は? 精神は? 個性は? 思想は?」
「さあ」
「様々な報告によれば、パリサイドはきわめて均一な者の集団だというんじゃ。例を挙げてみよう」
 パリサイドの集団には、リーダーがひとりとその取り巻きが数人いるだけで、後は全員が等しい立場にある。
 思考も思想も均質なため、争いは起こらず、伝達事項は瞬時に隅々まで伝わり、統一した行動を取る。
 数千人いようが十万人いようが、それは同じだそうだ。

 ただ、知能が低いかというと、そうではない。
 社会構造も単純ではあるが、洗練されている。
 ジョークも言えるし、文化度も高い。
 美しいものに対する執着もあるし、遊び心もある。
 特に、あの高度な体を作り上げたことからもわかるように、科学に対する知見は相当進んだものであり、地球人類が及びもしない技術力を有している。


「シリー川の会談でも、パフォーマンスを見せてくれたそうじゃないか。しかも、それを演じた女性は地球人の顔をしていた」
「ええ」
「余裕さえ感じるね。彼らの知能は極めて高度。見てくれとはかなり違う。均質な思考とは矛盾するかもしれないが、個性もある。バランスが取れているんじゃな」

 情報提供は終了だ。
「最後に言っとくが、パリサイドを見くびっちゃだめじゃぞ」
「わかったわ」
「数日前、北の荒地で、ひとりのパリサイドが地上に降りたそうじゃよ。すぐに飛び立って上空の仲間と合流したが、それが何を意味するのか、誰にもわかっていない」
「……」
「そこで何かをしたはずなんだ。あんた達、あっちの方面にいるんだろ。注意しておいた方がいいぞ」
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