第72章 ぼっちでオタクな俺がスーパーロボットに乗ってみた結果 ◆
自分ではあれだけ小煩く言う癖に、ヤマダ・アラシはドアをノックもしないで司令官室にバタバタと入ってきた。
知らせを早く伝えたくて地下から最上階のこの部屋まで走ってきたのか汗だくであり、呼吸を荒くしてトレードマークの白衣を丸めて小脇に抱えている。素肌に直に着ているレザー生地のロングベストが汗でぬるつき気持ちが悪い。
疲れてフラフラとしているヤマダの後ろには、ユングフラウが涼しい表情で寄り添い立っていた。
「……遂に“棺卵”がフ化したか」
ヤマダ達の登場にIDEAL司令官、天涯無頼は振り向きもせず、窓から曇天の空を眺めていた。
「あ、あらァ、知ってたのねーん?」
先に台詞を言われてヤマダは残念がる。暖房がかなり効いているのでベストも脱いでしまい、白衣と共に壁に投げつけるとユングフラウがキャッチする。
「……当然だろう」
「イドル計画は最終段階に突入~っと。これからが忙しくなるかどうかは少年にかかっている、と言うわけだァ!」
上半身裸のヤマダがソファにドスンと座り込んだ。
後で消臭スプレーを念入りに吹き付けねば、と心の中で思いつつ天涯は無視して続けた。
「……問題は真道歩駆がシンに足り得るかだ」
「たぶん強いよ~? 年頃男子の悶々とした想像力は無限だからさァ! それよりも司令ェの方こそ」
そう言われ天涯は自分のデスクの椅子に腰掛け、天井を見てながら呟く。
「……神を殺すと世界はどうなるんだろうな?」
呟く天涯。五十代のオッサンが何をいきなり言っているんだ、と冷ややかな目をするヤマダとユングフラウ。
「さァて? 神に従って日常を送ってるんじゃ無いでしょ? 人は人によって地球を回している。そんな見た事も無いモンが世界を傍観してるとか、何それ怖い」
寒気がするわ、と自らを抱き締めるヤマダ。部屋の暖房は十分に効いている。
「ヤマダよ……これは俺が望んだシナリオじゃない」
「迫り来る凶悪な宇宙人! 立ち向かうスーパーロボット!! パイロットの少年の成長ぉ……は、まぁ過程は問題じゃないね。最終的に結果が同じならいい、そこに到達した時点でもう勝ちなのだァ」
と、ヤマダの持論。
「……真道歩駆、期待外れでなければいいがな」
「少年は劣等感の塊だ。だからこそ理想が高ければ高いほど、夢が大きければ大きいほど……出来上がるのは完全超人!」
「……存在する今の自分と、存在しない未来の自分。叶わない夢を持ち続けるのは毒と同じだな」
一瞬だけ悲しい表情をする天涯をヤマダは見逃さなかった。怖面の男もあんな一面を見せるのか、と内心とても驚く。
「ゴーアルターのコクピット、コフィン・エッグは救世主を産み堕としたァ。見届けよう、人を装った神の器が何に変わり行くのかをね」
この計画は世界の命運を変えるのだ、と信じているキラキラと明るく振る舞っているヤマダに対して、天涯は顔を上げながら目を瞑って何かを呟いている。
計画は最終段階へ突入しようとしていた。
「人には一人一人神様が居る」
ゴーアルターのコクピット、歩駆のシートにふんぞり返りながらアルクは言った。
「神様仏様……別に何処ぞの宗教に入信してなくても天に祈るぐらいするだろ? 人間は頼るんだ、心の中の神に」
「心の……中?」
「その神と内に秘めた夢や理想って実は同じなんだって。どちらも自分にとっては崇高で、何者にも触れる事は許されない不可侵領域。崇め讃える絶対の偶像……そう」
立ち上がるアルクは振り返り、歩駆に詰め寄る。
「この俺は真道歩駆の中にある理想像であり神的な存在。本人の三割増しでイケメンだろ? ハッハッハッ!」
高笑いするアルクに歩駆は呆気に取られていた。まだ何となく理解できなくはないが上手く飲み込めない。目の前で自分そっくりな人間が現れ、神だ何だと言われても意味不明である。
「そんな顔をするなよ……まあ、これを見ろ」
手元のコンソールを弄るアルク。すると、スクリーンには大量の顔写真がずらりと一面に並べられた。写真の横には名前や生年月日など個人の情報が記載されているようだ。
「……な、何だよコレは」
「お前が最初に戦った時の被害者リストだ」
その言葉を聞いて一瞬にして青ざめる歩駆。全身が緊張し、悪寒が駆け巡った。
「酷いよなぁ、こんなに死んでたのに隠してたんだぜIDEALは」
目線を泳がせる。写真の中には見知った顔がチラホラと確認できた。
「なあ、今はソイツの顔見て内心喜んだろ? 心底嫌ってたもんな、清々したよな? 額もスゴいぞ、この金額を返すのに何世代かかるか」
あの時の被害についての詳細は聞いてはいなかった、と言うより聞かない事にしていた。歩駆の中で《ゴーアルター》に乗った事で傷付けたのは礼奈一人だけ──ツルギの事は知らないフリ──と思い込んだ。
「まだここにも逃げ遅れた人間がチラホラ……危うくまた人殺しになるところだったぜ」
それはアルクに言われなくてもわかっている。今なら周囲数百メートルぐらいに何が居るか魂を関知する事が出来る。《ゴーアルター》の力を使いこなせていない当時の自分なら気付いてないのだろうが、それは言い訳に過ぎない。
「お前はアイツ等のせいで負わなくてもいい罪を背負わされた。お前は悪くない」
肩に手を置きアルクは慰める。それは違う悪いのが自分だ、と言おうとする歩駆だったが、
「だからな、お前の全て……罪も、夢も、俺が全部請け負った!」
「…………は?」
キリっとした表情で胸を叩くアルク。
「お前はもう戦わなくていい。お前はもういいよ」
「ちょっ待てったら、何言ってるんだよ! そんな事、勝手に決めんな!」
「なぁ……歩駆、お前は何の為に戦っている?」
この質問が嫌いだって言うのをわかって言っているんだと歩駆は感じる。流石は自分、全てを見透かされているのだ。
「言わなくてもわかる。お前は何の為にも戦っていない。お前は、ただ流される状況に身を任せているだけだ」
「そんな事……ない」
この戦いに自らの意思で参加した。そこは間違ってはいないはず。だが、
「お前のやったのは勇気ある行動じゃない。ただの火事場泥棒だ。死人から盗んだSVで戦って、何が選んだ、だよ」
「くっ……」
「スーパーロボット、正義のヒーロー……憧れたぁ。けど、現実は違う。辛いだけだった。正体は隠され、誰からも称えられず、訓練やトレーニングの毎日、ウンザリだよ」
「誉めれられたのが無かった訳じゃないぞ!?」
あることにはあるのだ。だが、肝心な人を歩駆は忘れている。
「礼奈は?」
「礼奈にはちゃんと誉めてもらえたか?」
黙る歩駆を見てアルクは溜め息を吐いた。
「呆れられて、強引に納得させただけだってわかってるよな?」
「でも礼奈は……」
「でも今の礼奈はニセモンだ。イミテイターが装ってるだけで」
「お前だって、そうだろう!? 俺の偽者じゃないか!」
「では逆に聞こう……本物って何だ?」
問うアルク。
「さっきも言った通り、俺は真道歩駆の思い描いたシンのシンドウアルクだ。自分はこんなもんじゃない、本当の俺はもっと出来るはず。そんなお前の思いに答えた形だ。現に俺はお前が倒せなかった敵を倒して見せたぞ」
自分には出来ない事がアルクには出来る。それに対して歩駆は無様に抗う事しか出来なかった。
「お前はゴーアルターに乗っているんじゃない。ゴーアルターに乗せられているだけなんだよ!」
返す言葉も反論の余地も無かった。言い返してやりたい、と考えるも歩駆は口をぱくぱくさせるだけで何も浮かばない。
「ドラマの無い人生だ俺。でも、十代もこれからさ。素晴らしいモノが待っているに違いない」
突然、コクピットのハッチが開く。機体が揺れて歩駆はバランスを崩しハッチの方へと転がってしまった。
「悩めよ歩駆。悩んで、悩んで、悩んで……一生、答えが出ないまま永遠に悩み続けて死んでしまえよ真道歩駆。お前はそうやってポーズだけ悩むフリをやり続けてろ!」
浴びせられる罵倒。アルクは歩駆の胸ぐらを掴み睨む。
「言ったよな、本当に変わりたかったら多少強引にでもって。でも、お前は何も変わっちゃいない。御膳立てをしてもらってもこの様だよ。憧れてたんだろ? なぁ、おい!」
頬を伝う涙。いつの間にか二人は泣いていた。自分に自分で苛立っているのだ。
「だからもう、要らないんだ……お前なんか! お前は俺の罪だ、だから俺が決別する。俺が今日から俺になる。お前と言う罪とはここで分離させてやるから……じゃあな」
アルクは歩駆を《ゴーアルター》から突き落とした。これは決別なのだ、と。昨日までの自分は死んだ。これからは新たな自分として歩んで行くのだ、と。
明日への希望を胸に、《ゴーアルター》は空高く飛び立った。
それから、年明けの事。
イミテイターによる組織が日本を侵攻する。
それは世界をも巻き込むほどに戦いを激化させ、日本は戦火に包まれた。
しかし、IDEALのSVチームとスーパーロボット《ゴーアルター》の活躍によって組織は壊滅し、日本は救われたのだ。
パイロットの素性は非公開であり正体は軍のトップシークレットで隠されているが、日本政府は《ゴーアルター》と、その操縦者を国を救った英雄として讃えた。
「見てるか歩駆、俺の夢が叶ったぞ。俺は皆から慕われるヒーローになった。こんなに嬉しい事はない。次は世界……いや宇宙だ」
西暦2036年、春。
桜が満開に咲いた頃、真道歩駆は日常に戻る。
高校三年生になった。
【次回予告】
何気無い日常。
それは、かけがえのないモノ。
だが何故なんだ。
この心に空いた大きな風穴の正体は?
そんな時、彼女が空から降ってきた。
第十三話
『クロガネカイナが正してあげる』
その名は鉄腕。