第34章 アルク、止まる ◆
月影瑠璃が出撃してから十分が経過、格納庫では今だ膠着状態が続いていた。
未だ卵状態のままで《ゴーアルター》から応答はなく、マモルを除いて礼奈と時任の二人はイライラが募っていた。
「……ねぇあーくん、貴方はどうしたいの?」
ため息混じりに礼奈が、目の前の白い物体に語りかける。
「瑠璃さんは行ったよ。あとは、あーくんだけなんだよ? ここでじっとしてても良いことなんて無いんだから」
「アルク、顔を見せてよ。少しでも良いからボクとお話しよう」
装甲を何度も叩きながらマモルも心配そうに言う。
半ば諦めかけていたその時、沈黙を続けていた《ゴーアルター》が弱々しく光りだした。
驚いた礼奈とマモルはその場から後ろに下がり様子を伺った。
期待感を胸に耳を傾ける。そして、
『……俺は、特別なんかじゃ……ない』
遂に、歩駆は一週間ぶりに外部へ言葉を発した。
弱くて力なく、掠れた声が機体を通し反響する様に聞こえてくる。
『瑠璃さんは特別だ……あの人みたく俺は子供の頃から天才なんて呼ばれた事は無い。一般家庭で普通に育ち、誰かに誇れる様な事は何もない。勉強できない、運動できない……ナイナイ尽くしだ』
自分の人生を振り返り、悪かった思い出を思いだして後ろ向きな言葉を並べる。
幼少から軍の中で生きてきた瑠璃と比べれば平穏そのものな人生だが、歩駆にとって自分の環境は退屈でつまらない、刺激の無い平凡過ぎる日常が耐え難かったのだ。
二十年前に起きた《模造獣》の襲来による世界的危機。
あの大混乱時代に生まれていれば楽しかったのに、と中学生ぐらいから常日頃に思っていた。
『そんな時、俺の前に現れたコイツ……ゴーアルターを見て、スゴく心が震えた。自衛隊の量産機なんかじゃない、漫画やアニメの様な本当のスーパーロボットが来たって。だけど、結局自分は見ているだけの人間なんだなって感じたんだ……でも、そしたら中の人がゴーアルターを置いて死んじゃったよ。普通ならどうする? 乗る展開だろ?! チャンスが来たって思うだろ!?』
「最低」
心底、礼奈は思う。一方、マモルは力強く頷いた。
『あぁ最低だよ。でも、笑いが止まらなかったさ。それで調子付く俺は博士にまんまと乗せられて、町を……吹き飛ばした』
「そうよねぇ、歩駆君がexSVに搭乗せず、私達が来るまで少し我慢していれば大惨事にならなかったのにねぇ?」
トゲのある言い方をする時任。その顔にいつもの、にこやかな表情は見られなかった。
「あの博士の事だ、アルクを陥れる為にわざと説明しなかったのが悪い! 隠し事とかサイテーだよ! ボクは信じてるからねアルクの事を!」
元気付ける為に歩駆を庇うマモルの方向に、丸い機体がスッと傾く。
『隠し事か……マモル、俺も隠してる事がある』
「へっ!? ナニナニ?」
『名前だ……俺の、名前の由来』
歩駆の言葉に、礼奈の表情が陰りを見せる。
『……本当はな、そんなにカッコいい理由なんかじゃないんだよ。うちの母方のばぁちゃんがさ“アユミ”って名前だったから、そこから取って付けた。それだけなんだって』
それを聞きマモルは唖然する。隣の礼奈が特に驚く様子を見せないの感じてマモルの眉間にシワが寄る。
「知ってたのか礼奈」
答える必要は無い、とでも言いたげな表情をして礼奈は黙る。
歩駆にとって“アルク”と言う名前は触れられたくない、とてもデリケートな問題なのだ。
小学生時代の国語の授業。作文のテーマが【自分の名前】について書く事になった。
その放課後、家に帰宅した歩駆は台所に居た母親に名前の由来を聞いて愕然とした。
親族の名前から一文字を取って名付ける、と言うのは一般的によくある話だが、子供の歩駆にとってそれはもう衝撃的な真実でカッコ悪くて仕方がなかったのだ。
『そうなんだよ。俺に、特別な意味は無い。無かったんだよ……』
自分で言って自分で落ち込み意気消沈。
何やらブツブツ言いながら、再び《ゴーアルター》のシルエットが薄身を増していった。
「……だから、それが何なのよ?」
拳を震わせながら礼奈は言う。頭のなかの何かが切れて感情が爆発した。
「特別じゃないから、それがどうしたって言うのよ? 自分には何も無い? 今あーくんが乗ってるソレは何? それが自分のじゃあないってんなら何で乗ってるのよッ! ヒーローになるとか偉そうな事をあれだけ言っといて結局はまた口だけか?! 少ーし怒られたぐらいで、こんな騒ぎを起こして大袈裟なのよ! さぁ早く、グズグズしてると皆死んじゃうんだからぁ!!」
『……』
「黙ってないで何とか言えェェー! 真道歩駆ッ!」
怒りと悲しみがない交ぜになった声で叫ぶ。
静寂に包まれる格納庫の中は小さな嗚咽だけが聞こえていた。
涙で顔をグシャグシャにした礼奈の強い眼差しが《ゴーアルター》に閉じ籠る歩駆の心を打つ。
『お、俺が……守りたいのはな』
歩駆が口を開いた。だが、その先の台詞をけたたましく鳴り響いたサイレンの音に掻き消される。少し場を離れて時任は時計の通信機で司令部に連絡を取った。
「一体、何事なのですか?」
『模造獣です。数は四つ、四つ? ですけど機影二つが超高速でこちらに近付いてきています!』
奇妙な事を言うオペレーターだが今は追及しない。
「第二小隊の出撃準備をお願いします。司令は?」
『本部に用があるとかで……朝から出てますけど』
「あぁそうだ出張してるんだったわ、わかりました直ぐに行きます。礼奈ちゃん、マモルちゃんも安全な所に避難を」
「……嫌です」
礼奈は拒否した。
「何ですって?」
「ボクも行かないよ。アルクが守ってくれるから」
「そんな事言ってないで、彼は……」
足元を揺らす震動が続け様に起きた。既に基地が攻撃を受けているのだろう。時任は引っ張ってでも二人を連れて行こうとした。
すると突然、格納庫のゲートが大きな音を立てて抉じ開けられようとしている。両開きの厚さ20センチもある鋼鉄製のゲートの隙間からクリスタルの巨人、《イミテーションデウス》が顔を覗かせた。
「二人とも、早く!」
こちらに誘導しようとする時任だが礼奈もマモルも動こうとしない。
近づいていけば自分も危ない、と時任は行くかどうかを迷っていると、ゲートの方から強烈な閃光と爆発。
「あ、危ないっ!!」
巨大な鉄の塊が二人の頭上に落ちようとしている。駄目だ助からない、と時任は諦めて目を瞑った。
その時だった。
『ゴォォォォアルタァァァァァァーッ!!』
咆哮。歩駆が雄叫びと同時に卵状態の《ゴーアルター》から腕が生え伸びて、落下してくる鉄塊を《イミテーションデウス》の方へと弾き返す。鋭利な先端部が《イミテーションデウス》の核、パイロットの〈イミテイター〉ごと貫いた。
「礼奈!」
勢い良く《ゴーアルター》から飛び出した歩駆は血相を変えて、床にへたり混む礼奈を抱き起こした。
「大丈夫か礼奈、れ……」
乾いた音。助けたと言うのに何故か礼奈は歩駆に思いきりビンタを食らわせる。
「馬鹿ぁっ!」
「ちょっ、バッ馬鹿っていきなり」
「当たり前でしょ!? それだけの事をしたんだから!」
「おいおい……何だよ、俺はお前が心配だから」
「散々、皆に心配させといて何よ!? 目に隈が出来てるし、ちょっと痩せた」
礼奈に腹を小突かれる。げっそりと痩せ、パイロットスーツのお腹周りに心なしか空間が出来ていた。とてつもなく空腹感もある。
「……だからなぁ、俺が……その、ヒーローになりたいって言う理由はだな」
「能書きはいいの! さっさと乗って、ヒーローになりなさいよ。あーくんなんかロボット降りちゃったら、ただのオタクでしかないんたから!」
久しぶりの再会早々、口喧嘩を始めた歩駆と礼奈。
そんな二人の様を寂しく眺めるマモルは、無表情のまま黙って避難口へ進んでいく。
「礼奈、ゴーアルターに乗れ。ここにいたら基地が危ない」
「え、逆じゃないのそれ? 私を巻き込んでどうするのよ!」
「俺が一番守りたいのは礼奈だ。一番側で礼奈を守る」
「説明になってない!」
「奴等は、何でか知らないけど礼奈を狙ってる。だから、置いていったら基地も守らなきゃならなくなる。ほら、さっさと乗れ!」
礼奈の背中を押して歩駆達はコクピットに搭乗する。そうこうしている内に、壊れたゲートからもう一体の新たな《イミテーションデウス》が現れた。
「待って、あーくん。あれの真ん中……赤い石の中に人が乗ってるよ!?」
「違う」
歩駆には分かる。敵が何であろうと、もう関係ないのだ。礼奈を守るためなら立ちはだかるモノ全てを殲滅する気概でいるつもりである。
「あれはヒトの形をしたバケモノだ。どんなに姿や形を似せようとも惑わされちゃいけないんだ」
尖った足先で《イミテーションデウス》はこちらに向かって走る。
未だ卵状態に腕が生えている奇妙な姿の《ゴーアルター》であるが、形はさして言うほどでもない。この状態でも撃てる。
「マニューバァァ……フィストォーッ!!」
両の拳を前に構えて放つ。《イミテーションデウス》の腕を押さえて入ってきた所、外へ追い出した。
激しく抵抗するが、強い力で握られどうすることも出来ない。さらに力は強くなり《イミテーションデウス》の両腕が握りつぶされ粉々に粉砕された。
これで身動きは取れる一度体勢を立て直そう、と思う中の〈イミテイター〉だったが、既に眼前まで近付いていた《ゴーアルター》の目から放たれたフォトン粒子の光に飲み込まれるのだった。
「これがヒト、人間の力だ!」
光輝き砕け散る結晶のシャワーをその身に受けながら《ゴーアルター》はIDEALの基地を離れる。
「行こう、皆が待ってる」
歩駆達は仲間が戦い続ける戦地、真芯市へと急ぐ。
もう、歩みは止めない。