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十二人の姫君
作:紗妃



第1章 困惑




  強大な敵、舞い降り、国、滅びの危機を迎えし時
  月と夜の神現れ、敵を殲滅せり
  月の神はルーヴェラントに降臨し
  平和の礎となりぬ


     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


「……これは、我が国ルーヴェラントに伝わる一つの伝説ですが、歴史上の事実に裏打ちされたものです。ご存知ですかな?」
 家庭教師ネムの質問に、ルーヴェラント王国第四皇女エプリラは、何度か眼を瞬かせた後、細い首を傾げた。
「えっとぉ……」おっとりとした喋り方は、襟元の開いたドレスの背に流れ落ちる長い栗色の巻き毛に良く似合う。「月の神っていうのは、金のルーヴェのことよね。でも……、金のルーヴェって、誰のことかしら」
 土色の髪と瞳はルーヴェラント国民特有のものだが、それでも個人差はある。エプリラの髪は少し赤みのある色で、陽に透けると輝いて見えるのだ。
彼女の隣の椅子に腰掛け、退屈そうに頬杖を付きつつ、羽ペンでグルグルと落書きをしていた第五皇女メイは、大きな栗色の眼を上げ、姉を見た。
他の姉妹達と異なり、肩の辺りで切りそろえた短い髪と、青年のような服装が、彼女の快活さを物語っている。
「なんだ、エプリラ、知らないの?」彼女だけは、四人いる姉達を全て名前で呼び捨てていた。「約三百年前の国王だよ。輝く金色の髪と、若草色の瞳をしていたんだってさ。だから、金のルーヴェって呼ばれていたらしいよ」
「まあ。メイは物知りなのね」
「勉強好きといって欲しいね」自慢気に胸を張る。「地下室の書物庫には、たくさんの記録が残っているよ。直ぐに解った。ただね……」
 メイは困惑の態で小首を傾げ、顎に指を添えた。
 その様を訝しみ、エプリラが問う。
「ただ……?」
「書物庫には歴代の王の肖像画があるのに、金のルーヴェだけは、それが残っていないんだ」
「まあ……。なぜかしらねぇ。金の髪なんて、とてもお美しいかったでしょうに……」
 エプリラはニッコリと微笑んだ。
 とても愛らしい。それがメイの正直な感想だ。
 ルーヴェラントの女性が美しいことは、周辺国でも専らの評判である。
 確かに、それも頷ける。
 だが、女は美しく愛らしいだけでいいのか? しかも、今のこの国で……。
 メイは、皮肉を孕ませて口許を歪めた。
「そうかな。私は、どんな大馬鹿者か、その顔を見てやりたかっただけだよ。綺麗な男なんて、気色悪いじゃないか」
 ネムがギョッとして眼を見開く。
 金のルーヴェの名を知る者は、皆、彼をルーヴェラントにおける比類なき名君として崇めている。それを捕まえて『大馬鹿者』呼ばわりだ。いくら皇女とはいえ、誰かの耳にでも入ったなら問題視されるに違いない。
 けれど、当のメイは、家庭教師の挙動など全く意に介さぬ態だ。羽ペンを弄びながら言葉を継ぐ。
「ルーヴェラントの国王が代々有してきた神の力。未来を予知する能力と、自然の力を司る能力。それが男子にしか受け継がれないということ自体、私には納得のいかないこと。だが、それをどうこう言っても始まらないのは弁えている。しかし、男子を産めなかったお母様は、女子を十二人も産んだ挙句、ご心労の余り亡くなられたし、今、この国で唯一、神の力を有するお父様はご病気で寝たきり。しかも、国王の力自体が弱まっているとすら言われている。遥か昔の王の力は、数年後の未来を予言し、敵の襲来を阻むために山を切り崩し、河をも逆流させ得たといわれるのに、今では、せいぜい数日後の未来が予測できて、硝子のコップを割るくらい。今、この国からは、完全に神の力が失われようとしているんだ。それもこれも、三百年前に金のルーヴェが神の力を否定したせいだ。永世和平国家の宣言など、今では唯の美しい詩でしかない」
 悔し気に唇を噛む。
 その顔つきから、単に思い付きだけで金のルーヴェを非難しているのではないことは容易に想像できる。
「平和の国と言われながら、その実、この国はとても脆弱で、周辺国の脅威に怯えながら生きている。力さえあれば……。古の神の力さえ復活すれば、この国は……」
「メイ様。もう、そのくらいにしておきなさい。いくら皇女様でも、ご病気の王や、今は無き歴代の国王を悪し様におっしゃることは、感心いたしませんぞ」
 ネムが年長者よろしく窘める。
「……すまない。つい、感情的に……」メイは頬を染め、素直に頭を垂れた。「ところで、先生。一つ質問があるのだが……」
「おや、なんですかな?」
「夜の神とは、誰のことなんだ? 書物庫の文献をいくら紐解いてみても、解らなかったんだ」
 ネムの口許に苦笑いが零れる。
「伝説は、所詮、伝説ですからな。夜の神に関しては、ただの作り話、実在の人物ではないといわれておりますな。ところで……」眼鏡を外し、ハンカチで軽く拭く。「この伝説には続きがあるのですが、……メイ様は、ご存知ですかな?」
「いや……」短く応える。
 眼鏡を掛け直したネムは、その奥からメイをじっと見つめた。
「『信じよ、民。国、真に困窮し時、夜の神、再び現れ、必ずや国を救うであろう』……。このような言葉が残っているのです」
「……どういう意味だ?」
「解りません」
 あっさりと答えるネム。
 興味を惹かれ、身を乗り出しかけていたメイが、ガックリと肩を落とし、頬杖をつく。
「解らんでどうする。仮にも貴方は、国の知識の集積所といわれる大学院教授であろう? 何のための学位か。まったく、頼り無いな」
 ネムが肩を竦める。
「お言葉、ご尤もでございます」しかし、彼の顔には、悪戯な笑みが浮かんでいた。「されど、これは金のルーヴェが晩年に残された言葉であることまでは、私、突き止めておりますぞ」
「で……?」
 メイが、再びにじり寄る。
 それに反し、ネムは困惑気味に身を引いた。
「あ……、いや、それ以上は……」
 はあっと大きな溜息。メイのものだ。
「しっかりしてくれよ、ネム教授。神の力を失った今、ルーヴェラントには、貴方達知識人のみが財産なのだからな」
「はあ……。申し訳ござりませぬ」
 ネムは肩を竦めた。
 隣では、エプリラが珠を転がすように笑っている。
 この状況を笑えるとは、如何なることか……。
 心の中で、そうぼやきながら、メイは一人、深い溜息を落とした。


     ☆  ☆  ☆


「この国がどれほど困窮しようとも、誰も助けになんか来てくれるわけがないんだ。まったく、バカバカしい。所詮、伝説は伝説でしかないのだからな」
 夜、王宮のバルコニーで夕涼みをしながら、メイは独り言ちた。
 隣では、今年十三歳になる第八皇女オルガが星を眺めていた。明るい栗色の長髪が夜風にそよぐ。
 メイは、その横顔に暫し視線を留め、次いで訊いた。
「オルガ、何をしてる?」
 オルガは、夜空を見上げたまま、姉の問いに答えた。
「星が流れるのを待ってるのよ」
「なぜ?」
「お父様のご病気が早く良くなることと、何時までも、この国の平和が続くことを願うの」少し色の薄い瞳を姉に向け、ニッコリと微笑む。「星に掛けた願い事は、何時か、星が流れる時、きっと叶うって、そう言うでしょう?」
 メイは深い溜息と共に、言葉を吐き出した。
「そんなの、ただの御伽噺だ。そんな戯言を未だに信じているなんて、オルガはまだまだ子供だな」
 辛らつな姉のセリフに、オルガは拗ねたように言った。
「そんなことないわよ。お父様もお母様も、そう仰っていらしたんだから」
(だったら、なぜ、お母様は男の子に恵まれなかった? なぜ、私達は苦しまなければならないのだ?)
 メイは己の心の中で、妹の言に疑問をぶつけた。しかし、それを言葉にすることはしなかった。この国の王族の認識なんて、所詮はこの程度のもの。解っている。今更、幼い妹に当たっても仕方の無いことなのだ。
 けれど、これだけは言わずにいられなかった。
「神なんて、いるわけがないさ。どんなに願ったって、願うだけで手に入る平和なんてあるはずが無いんだ。力があってこその平和。我々ルーヴェラントの民は、そのことを嫌というほど思い知らされているではないか」
 その呟きは小さくて、オルガの耳には届かなかった。












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