悪役令嬢に相応しい結末
いつも通り、真夜中過ぎに目が覚めた。
蔦を模した彫刻の美しい天蓋付きのベッドから身を起こす。
枕元にある懐中時計の蓋をパチンと開いて時刻を確認する。
いつも通りの夜中の2時だった。
「これで、最後なのかしら」
思わず零れた言葉は、広い寝室にやけに響いた。
5歳になった日から連夜、私は夢を見た。
夢の中の私は、今よりも大きくて学園に通っている。
ここまではほとんど変わらない。
最初の夜に見た夢の中では、私はこの国の王太子の婚約者だった。
次の夢の中では公爵の子息の婚約者になっていた。
その次の夢の中では宰相の子息の婚約者になっていた。
そのまた次の夢の中では騎士団長の子息の婚約者になっていた。
16歳になると、私は学園に通うことになる。
そして、いつも学園に入学してきた男爵の娘が私の婚約者に近づく。
最初は男爵の娘を相手にもしなかった婚約者は、やがてその娘に恋に落ちることとなる。
どの婚約者もみな。
何度その娘を諌めても、娘は婚約者に近づく。
やがて警告は形あるものとなり、娘を傷つけていく。
しかし娘は婚約者に助けられ、二人の恋はさらに深まることとなる。
そうして、私は断罪される。
男爵の娘を傷つけたことと、我が家の罪を衆目の中で晒される。
私の家はこの国で今、最も栄華を極めている。
けれど、私の断罪と共に我が家の深い闇──暗殺や奴隷売買、違法薬物──が白日の下に晒されて、血族の全てが処刑されることになる。
私ももちろん連座で処刑される。
ブラリとぶらさがる当主である父の虚ろな瞳。
もがいても屈強な騎士に強引に跪かされ首にかけられる荒縄のザラリとした感触を思い出し、私は思わず喉元を押さえた。
確かに、夢と同様に私の家は栄華を極め、夢と同様に各家には私と近い年頃の子息がいる。
夢の影響なのか、幼かった私の思考は17歳の私と同化して、物事を深く考えられるようになった。
しかし。
ギリリと、奥歯を噛み締める。
おそらく私は立場上、このままでは学園に入学するまでに、夢で見た婚約者たちの誰かと婚約を結ぶことを避けられない。
夜中に目覚めた後に、断罪の場で説明された隠し場所にあった書類を色々と覗き見て、確かに我が家の深い闇を窺うことができた。
我が家の栄華は、暗殺や奴隷売買、それに違法薬物の上に築かれている。
このまま安穏としていれば、学園に入るまでは贅沢な生活もできるだろう。
でもそれは16歳になるまでのこと。
ただの夢と片付けるには無視できない夢だった。
現に、今の私は6歳ではなく、何度も16歳からの1年を繰り返した17歳の私と同化しているのだから。
未来を変えなくてはならない。
私のためにも、我が家のためにも。
ベッドの上で再び横になり、私は瞼を閉じた。
まずは明日から、動き出さなくてはいけない。
早ければ早いほど、違う未来への選択肢が増えるはずなのだから。
そして16歳の春。
私は夢の通りに学園に入学しましたの。
穏やかな気分で、王太子とあの男爵の娘が出会うはずの校門を通り過ぎましたわ。
夢の通りならば、馬車受けから降りた王太子と走ってきたあの娘がぶつかるところかしら。
音に驚いた私が振り返り、そして目にするのは、あの娘を受け止めてまるで抱きしめているように見える王太子の姿。
私はそこで、初めてあの娘を意識するのでしたわね。
何も音は聞こえませんでしたが、私は夢の通りに振り返ってみましたの。
そこには何故か立ち尽くすあの娘がいましたわ。
何もないのに何故かしら。
次はロビーだったわね。
何脚も置いてあるソファ。
奥へ行くほど、身分の高い者が座るのでしたわね。
ロビーに足を踏み入れた男爵の娘は、どこへ座ればいいのかと立ち止まってしまうの。
そこへ騎士団長の子息が現れるのでしたわね。
「どうしたの、可愛い仔猫ちゃん。
どこへ座ればいいのかわからないなら、俺の隣へおいで」
そうして騎士団長の子息に手を引かれてソファへ案内されるのですわ。
あら、あの娘がロビーに現れましたわね。
立ち止まってずっとキョロキョロとしていますわね。
部屋のあちこちから失笑が漏れていますわ。
その次は教室の移動の途中にある中庭ですわね。
私も思わず足を止めそうになるくらい美しい庭園ですの。
美しい庭園に足を止め、花に近づいた男爵の娘に、宰相の子息が芝生への立ち入りを誰何するのでしたわね。
「君、庭園の立ち入りは生徒には禁じられている。
今すぐに出て行きたまえ」
その声に驚き振り向いた男爵の娘の眼に涙が溜まっているのを見て、宰相の子息は興味を持つのですわ。
やはりあの娘は庭園に足を踏み入れた様ですわね。
しばらくして見咎めた教師に腕を引かれて庭園から追い出されましたわね。
何故また庭園に入ろうとして教師に叱られているのかしらね。
そのまた次は、階段の踊り場でしたわね。
美しく時を経た滑らかな階段の彫刻に気を取られ、思わず足を滑らせた男爵の娘を公爵の子息が後ろから抱きしめるのですわ。
あら、どなたかが階段から足を滑らせた様ですわ。
大丈夫かしら。
私は、例え夢であったとしても、私を冷たい目で見下す方はとてもじゃないですが好きにはなれませんの。
そんな方が婚約者だなんて、私には無理ですわ。
ただの夢でもそうなのに、可能性の高い夢なら尚のことでしてよ。
何故かしらね、10年ほど前から王族や貴族家に事故が増えた様ですわ。
10年ほど前の冬、まだ幼かった王太子は離宮にある湖で溺れてお亡くなりに。
8年ほど前には、公爵の子息が蜂に刺されてお亡くなりに。
5年ほど前には、宰相の子息は誤って調理された毒キノコにあたってお亡くなりに。
2年ほど前には、騎士団長の子息は乗馬の練習の際に突然暴れだした馬から振り落とされてお亡くなりに。
本当に皆様お気の毒なことですわ。
私は、あの夢を見た後からお父様に裏切り者の名前を教えましたの。
表に出せない書類の隠し場所を知っていたのはお父様と執事だけのはずですわ。
でしたら、隠し場所を伝えたのは執事以外におりませんの。
そうしたら、お父様は私にご褒美をくださるって仰られたのですわ。
ですから、お父様にお願いしましたの。
私はあの4人とは、どうしても婚約したくございませんって。
どうしても婚約せねばならない立場でしたら、婚約相手がいなくなればよろしいのですわ。
あらそう言えば、あの夢の中で私が処刑される直前に、男爵の娘にいつもこう言われていましたわ。
「悪役令嬢には相応しい結末ね」
どうしてかしらね。