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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

剣と勇者と英雄と

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忍者と武闘僧! 有名なのも困りもの!

 通常の二倍はある巨大な青毛の馬に、ヘスケトなる四天王が乗っている。
 先々代勇者ランツの代の四天王との情報だが、身にまとっている甲冑は古臭い。五百年前のエウロペ式鎧だ。
 フルフェイスの兜の頭部には、鹿の二本角を模した巨大な飾りがついている。甲冑も華美。実用鎧ではなく、観賞用の装飾鎧だったのだろう。
 憑依体の肉体も魂も鎧に吸収し、ヘスケトは生きる鎧となって存在しているそうな。鎧こそが本体なのだ。 
 鎧を浄化すれば、勝てる。
 だが、近寄る事すらできぬ。
 ヘスケトの乗馬も、ヘスケト配下の魔に憑依されているのだ。並みの馬よりも速く走り、鉄をも踏み砕き、火を吹く。
 更に、馬上のヘスケトは巨大な槍を振るい、雷の魔法を用いる。落雷と共に走り、気を放ち対象物を粉砕する。
 接近しづらい敵だ。
 新従者達と共に仕掛けているのだが、うまくいかぬ。
 乗馬の炎を避けて、側面及び背面から、何度もしかけている。雷を避け、粉砕魔法もかわし、ヘスケトに一刀を浴びせられる距離に近寄った……と、思うと、ヘスケトはそこには居ない。移動魔法を用いているのではない。前触れも無く、瞬間的に馬が加速するのだ。倍どころではない。五〜六倍の速度で。
 縦横無尽に駆け巡るヘスケトの猛威に、新従者が倒れゆくばかりだ。
 ヘスケトらに、魔法はきかぬ。魔法戦士の浄化魔法をくらっても、ヘスケトも馬も平然としている。他の攻撃魔法も同様だ。通常の魔法では痛くも痒くもないのか、魔法が無効化されているのか。
 ヘスケトには魔法無効の特性は無かったはず。しかし、新たな能力が付与されたのかもしれぬ。あの忌々しい僧侶ナラカが言っていた、闇の聖書の一部を核とし召喚した四天王は、前より強い、と。
 攻撃に特化したヘスケトは、勇者ランツの代で既に最強の四天王であったのに、更に強力となったということか。
 ヘスケトはカルヴェル様の魔法をよけたと昔話にある。空間ごと圧縮しようとしても、発動前にはその空間より逃れてしまう。瞬間加速で。魔法が発動する気配を先読みし、速度を変えたという事だろう。
 だが、常に最高速度ではないのだ。通常は並の馬より速い程度。つけいる隙はあるはずだ。
「強敵ですな」
 着地と同時に声をかけられる。
 我が背後に、巨体が居る。
 裾の短い僧衣、逞しい体、両腕と両足の黒い装甲、そして、禿頭。
 今世のインディラ(いち)の武闘僧イムランだ。
 故ジャガナート僧正の弟子、ナーダの弟弟子にあたる男だ。
 こやつも先ほどから、ヘスケトに挑んではおるのだが、近寄れずに居た。両腕と両足の装甲――神獣クールマの甲羅より生まれた装甲――インディラ(いち)の武闘僧のみがまとえる神聖防具にて、ヘスケトの攻撃は防いでいたが。
「ジライ様、ご協力いただけますか?」
「協力?」
 禿の大男は、頷きを返した。
「数秒でよいのです。馬の足を止めてもらえませんか?」
「ふん?」
「ヘスケトを乗馬より落とします」
「ほほう」
 我は大男を、上から下まで見つめた。
 自信にあふれた顔。こやつは、時折、ウッダルプル寺院支部を訪れる国王と、格闘勝負をしているそうな。ジジイとなったナーダは、兄弟対決で敗れる事が多くなっているらしい。
 現インディラ(いち)は、昔のナーダ並に強いのだろうか?
 慢心ゆえの大言壮語ではなく、実力に裏打ちされての発言であれば良いが。
 まあ、今、特に、手は無い。のってやってもよいが。
「何処で足止めをしても良いのか?」
「あ、できますれば、私の近くで……」
 大男が少々、照れたように笑う。
「すみませぬ。接近技を仕掛けたいのです。私はジライ様ほど速く動けませぬので、駆け寄る時間も含めての足止めでお願いします」
 下賎の忍者に対し、高僧が頭を下げる。気質もナーダに似ているのか、ジャガナートの影響か? エリート僧だが、驕りたかぶってはおらぬようだ。
 我は懐から、掌ほどの鉄の塊を取り出した。
「すぐに動けるようにしておれ」
 鉄の塊のからくりを外し、形を変える。
『大風車』。人の頭ほどもある巨大な卍手裏剣だ。我の最大の遠距離武器じゃ。
『大風車』を左手に、砂を駆ける。
 新従者達を蹴散らし火を吹き駆け回る、巨大な青毛の馬とは、少々、距離が開いている。敵は、今、こちらに尻を見せている。
 ヘスケトの背を狙い、巨大な手裏剣を投げる。
『大風車』は、聖なる武器ではない。直撃したところで衝撃こそあれ、甲冑姿の敵にはさほどのダメージはなかろう。
 だが、巨大な卍手裏剣がヘスケトに達すると瞬間、ヘスケトが消える。
 瞬間加速で更に前方へと進む事で、手裏剣をかわしたのだ。その背に声を浴びせてやる。
「どこへ行く、ヘスケト?」
 距離をとってから、ヘスケトが方向転換をする。
「十三代目勇者が従者、英雄ジライじゃ! 我を臆して逃げるのか? 小物!」
 ヘスケトが、ややコースを変え、こちらへと向かって来る。
 うるさいハエを落とそうと、思ってくれたようだ。
 はよう来い。武闘僧のそばまで来てもらわねば困る。
 駆け来るヘスケトの脇を、先ほど放った『大風車』が、むなしく飛び去りゆく。
 ヘスケトが、衝撃魔法やら、雷魔法を、放って来る。
 後方に回転、或いは横転で、どうにかかわす。
 巨大な青毛の馬が口を、開く。
 我を狙って火を吹こうとした瞬間、こちらも懐から取り出したものを投げつけ、横へと避けた。
 我が玉が炎に飲み込まれ……
 派手に炸裂した。
 黒ぐろとした黒煙が、馬の前方に広がる。
 (われ)が投げたのは、火薬玉だ。
 炎を吐く馬に、火のダメージなど通じまい。だが、衝撃はくらうはずだ。通常の馬ならば黒煙で視界も奪える。が、このバケモノ馬ではそちらは期待せん。
「かまいたち!」
 機を逃さず、忍法を放つ。真空をつくりだす風の忍法だ。
 ヘスケトの乗馬の前脚から前方にかけての砂を、深くえぐる。四足の獣は前脚と後脚のバランスが崩れれば、立つ事かなわなくなる。
 乗り手は、馬を御そうと手綱を引こう。
 しかし……
 後方からの衝撃が、それを阻む。
 ヘスケトは『大風車』を喰らい、姿勢を崩した。
 馬鹿め。
 手裏剣は弧を描き、戻るものだ。
 こちらはきさまの攻撃を避けつつ、『大風車』の復路に誘導したのだ。
 武闘僧が駆け寄って来る中、ヘスケトの左よりしかける。跳躍し、左肩を狙い斬りつける。
 体勢を崩しながらも、鎧の魔族は『小夜時雨(さよしぐれ)』を槍にて受ける。
 急襲は一撃のみ。すぐに離脱した。至近距離にとどまるのは、危険。魔法を放たれては、よけようがない。
 (われ)が砂へと着地した時には、巨大な馬がどうっと横倒しとなっていた。馬の腹に穴が開き、そこから浄化の光が広がり始めている。
 甲冑の魔族が、砂の上に投げ出され、転がる。
 魔族へと斬りかかりながら、目の端で武闘僧を見た。
 武闘僧は両足を開き、腰を低く落とし、前方へと両手を突き出した姿勢で、呼吸を整えていた。大きく息を吐き、全身を震わせている。
 瞬間的に筋力をあげて気弾を放ち、馬の肉体を破壊し、体内に浄化魔法を叩き込んだのだろう。
 大砲みたいな男だ。
 馬上から落ちた甲冑魔族には我らの他にも、新従者達が挑みかかり、ほどなくランツの代の四天王はその愛馬の後を追って今世から消滅した。


「さすが、英雄」
 武闘僧は豪快に笑って、我を称える。
 周囲は瘴気やら黒煙やらにあふれている。見通しが悪い。
 気を探る。
 ラーニャ様の気は、遠い。
 はよう駆けつけ、お側に寄る魔をお祓いせねば。
 思うそばから、阿呆が現れる。
 首だけ動かし、かわした。
 鉄の塊……錘だ。
 視界が悪いゆえ、よく見えぬが、ひゅんひゅんと空を切る音がする。宙で自在に動きを変え、蛇行し、近づいては遠のく鎖。その先端の尖った重りが、黒煙をつきやぶり、我を何度も襲いくる。
 鎖の先端に重りを結びつけた武器――流星錘りゅうせいすいだ。
 煩わしいので、少し距離をとり、離れた。
 黒煙の晴れ間に、男が現われる。六メートルはある長い鎖の中央を持つ男が、こちらへと歩み寄って来る。
「きさま、十二代目勇者の従者だった男だな?」
 シャイナ人だ。シャイナ人にしては背が高いが、横幅はあまりない。
「小物ばかりでうんざりしていたのだ。勝負しろ」
「聞き捨てならんな、魔族」
 魔を追って来たのだろう、黒煙からペリシャ人が現れる。部下と思われる戦士と魔法使いを二人、伴っている。
「俺との勝負を捨て、いやしきインディラ忍者風情と戦うだと? 聖戦士長ホマーユンを侮辱する気か?」
「ホマーユンなど知らぬと、この憑依体が言っている」
 シャイナ人が嘲るように笑う。
「無名のカスとやりあうのも時間の無駄。きさまに用はない」
「何だと!」
「俺は名のある戦士と戦いたいのだ。おい、そこの。忍者ジライだったな? 俺と戦え。俺は四天王ラゴスだ」
「人違いだ」
 ラーニャ様のもとへ早く行きたい。声を変え、気配も変え、歩き方も変えつつ、後方の黒煙へと紛れる。
「私めはジライ様の部下の、ただの雑兵にござる。四天王様のお相手は、そちらのペリシャの名だたる聖戦士長様がふさわしいかと存じる」
 ぶんぶんと流星錘りゅうせいすいを振り回す音がし、ゲラゲラと笑う下品な声が聞こえた。
「おふざけは無しだぜ、『英雄』さんよぉ」
 我が眉間を狙い、錘が迫る。
 鉄の重りであったはずのそれが、瞬く間に形を変える。上下二つに割れた。さながら、牙をのぞかせ、飛びかかる蛇。噛みつかれる前にのけぞりかわすと、錘が飛んでいった先でシューシューと嫌な音がした。開いた口より酸を吐きおったようだ。
 横転し、距離をとってから、『小夜時雨』を構える。
 敵の獲物は、両端に錘のついた双流星のようだが、錘は蛇頭と化し、酸を吐けるようだ。生きる武器といったところか。
 黒煙の中でも視界が妨げられぬのか、錘が正確に我を狙い、酸を飛び散らせながら迫って来る。
「俺と闘え」
 チッ!
 三流魔族が絡んできおって!
 視界がきかぬ場所で、その武器は面倒だが、こやつは小物だ。気が、ヘスケトの半分も無い。憑依体が悪いのか、もとからかは知らんが……
 雑魚は雑魚!
 雑魚の相手など、時間の無駄!
 ペリシャ人と遊んでいればよいものを!
《あの……ジライ様》
 心話だ。インディラ(いち)の武闘僧からだ。
《できますれば……両国の今後の国交の為にも、あちらに花をもたせていただきたいのですが……》
『あちら』というのは、ペリシャの聖戦士長の事だ。
 ラゴスの関心が我に向いているので、誇り高い聖戦士長殿は頭から湯気を出して怒っていた。
《いや、むろん、ナラカに勝てねば、未来はございません。四天王はなるべく早く倒し、姫勇者様を助けにゆくのは当然にございます。が、できますれば、ホマーユン様の矜持を傷つけぬ形での勝利を……》
 うるさき奴め!
 どいつもこいつも、インディラ僧はうっとーしい!
 えぇぇい、どうしてくれよう。
 どうやって、阿呆魔族を、あちらのカス戦士に押しつけてくれようか……


* * * * * *


 ガジャクティンが術を開始してから、三十分以上が経過……間もなく四十分じゃ。


 宙に浮かびながら、わしは、ナーダの息子達を見ていた。
 呪文を唱えるガジャクティンは、しかめっつらで、あぐらをかいている。左手に守り袋をにぎりしめ、懸命に呪文を唱えている。
 弟の前に座り呪文を提供しているガジュルシンは、絶えず指を動かし、手で印を結んでいる。所作のみで発動する魔法を使っているのだ。大技は使えぬゆえ、補助に務めている。弟への回復魔法、前線で戦う者への鼓舞や癒し等。魔法の合間に、インディラ神への祈りも捧げていた。弟の術が『成る』事を神に願っているのだ。
 ガジャクティンがナラカを封呪できる時間は、半分以上、過ぎてしまったのだ。
 術に集中している弟の方は時の経過がわかっておらんだろうが、兄の方は知っていよう。だが、残りの時間などは口にせん。弟の心を乱さぬよう、自身の焦りを隠している。


 もはやナラカは、他を圧する気は発散しておらん。
 戦闘開始時の馬鹿げた強さは、消えている。
 使用できる魔法も減っているはず。四天王級魔族の召喚も、もう無理であろう。
 大魔王の能力は憑依体の優劣によって変わる。憑依体であるナラカ本人の能力が封じられつつある今、脅威はおおかた去ったといえよう。
 まだアブーサレムを憑代体にした時よりも強い。しかし、ラーニャならば、倒せるはずだ。
 まっとうな勝負であればだが……
 残念ながら、ナラカの奴が、何の企みもなく戦っているはずはない。
 そろそろ、何ぞ仕掛けてくるだろう。
 その時を見逃さぬよう気をつけ、今まで通り働くしかない。ナラカの動きを常に探知の魔法で探り、精神面からの攻撃を仕掛け、奴の魔法は可能な限り先読みで潰す。その繰り返しだ。


 従者達の活躍で、残る敵も、ナラカを除きニ体となった。
 こちらの被害も甚大じゃが。


 ラーニャを含め五十四人いた仲間も、今、無事な者は少ない。後方担当を除き、動いている者は十四人しかおらん。
 邪龍と四天王七体とやりおうているのだ、思ったより被害は少ないと言えるが。


 わしらが居る辺りは救護所となり、サントーシュ殿が他の神官と協力し、怪我人の治療にあたっている。治療がすんだ八人はタカアキ殿の周囲に寝かされ、白蛇の癒しを受けている最中だ。
 全身に火傷を負ったシャオロンも、今は安らかに眠っている。サントーシュ殿の高位の回復魔法のおかげじゃ。火傷を負う前と、まったく同じ姿にまでしてもらっている。
 サントーシュ殿はシャオロンに、一命をとりとめる以上の治癒を施し、指の再生までしてくれた。『自然であれ』を教義とするインディラ教的にはそこまでやってはマズいはずだが、助かった。その後も、神の怒りを受けず、普通に治癒魔法を使っている以上、サントーシュ殿は神にきちんと申し開きができる形で戒律破りの魔法をシャオロンに使ったのだろう。


 浄化の弓を撃つ役より解放されたタカアキ殿は、護符の円陣の中に座りこみ、頭をたれていた。額にあてた左手で扇子を広げ顔を隠しているが、覇気が無いその姿が現状を語っている。
 治癒担当以外の蛇までもが回復魔法を使って、五体で契約主を回復しようとしている。
 前線に立つ者を恐慌(テラー)にさせぬ為に浄化役をやってもらったのだが、無理をさせすぎてしまったようだ。
 ミズハ神との戦いまで、体がもてばよいが。


 サントーシュ殿の守護結界の中に、タカアキ殿とよく似た姿の神官が入って来る。タカアキ殿の部下の、キヨズミだ。治癒を求めに来たのではなさそうだ。外見上、怪我は無い。
 きびきびと歩くと、怪我人と怪我人の合間をすりぬけ、主人のもとへと向かう。
「まぁだナラカどころか四天王を倒しきれとらんのに、寝てはりますのん? ほんま、タカアキ様、主さん居らんとあかんなあ。役立たずやわぁ」
 ホホホと嘲り笑う部下に対し、タカアキ殿は重たげに顔をあげた。
「……甲高い声で笑うな、やかましい。ちぃと休んどるだけや」
「ご休憩中でしたか。ほな、ちょうどええわ」
 と、神官が物質転送魔法を使う。タカアキ殿の目の前の宙に、朱色の大盃(大杯)が現れる。編み笠ほどもあろうかという大きさ。中は、酒で満たされている。
「まずは一杯、お召し上がりください」
「て、これ」
 タカアキ殿がごくと喉を鳴らし、扇子で宙に浮かぶ大盃を指す。
「御神酒やないか? どっから持って来た?」
「神社の倉から」
 神官がけろっとした顔で答える。
「向こう半年分、ごっそり盗んで来ました」
「は?」
「しゃあないでしょ」
 神官がフンと息を吐く。
「子供の為に寄越せって、私の霊力とマサタカの精気を、タカアキ様が、ほぼ吸い取ってまったんですもの。力を補わんと、戦えませんわ」
「……どれだけ飲んだ?」
「マサタカと二人で、ニ樽ほど」
「ニ樽ぅ? ミズハに祝わせた御神酒を勝手に、ニ樽もあけよったんか! 伯父貴に預けてきたのに!」
 古来よりジャポネには、八百万の神々や先祖の霊魂に酒を献上し、霊的なものの飲酒後に人がその残りをもらう習慣がある。霊的な存在が嘗めた酒は、清めとなるのだ。ジャポネの神官は酒を嗜む事で、能力を向上させるのだ。
 ましてや、タカアキ殿の信奉神は白蛇……
 先ほどまで萎れていたタカアキ殿が、やけに熱っぽく大盃を凝視している。
 そうとうな飲兵衛とみた。
「いりません? なら、私が頂戴しましょ」
 部下が杯に手を伸ばしかけると、タカアキ殿が両手ではしっと大盃を支え持った。
「そもじに食べさせるぐらいなら、麿がいただく」
 そして、朱の巨大な杯をあおり、一気に酒を喉に流しこみ、そのまま口を離さずグビグビと飲んでゆく。何とも豪快な。タカアキ殿にくっついていた小蛇達も、頭の上のを除き、杯へと顔をつっこんでいる。主従共に大酒飲みか。
「タカアキ様は、阿呆やと思います」
 酒をあおっている主人に、部下の神官が溜息をついてみせる。
「自分がのうなった後の事、考えすぎ。『キヨズミ』様達のご教育で忙しかったのに、キョウの霊的守護の礎をつくるとか、ほんま阿呆すぎて呆れましたわ。御神酒やらお札やら結界石やら準備したり配置したりしとる暇あったら、ちぃとでも眠てくださいってハルナ達が泣いて諌めても聞く耳もたんのですもん。ミカドもキョウも神社も、ほんまはどうでもええくせに。何もかんも完璧にやろうなんて、おこがましいですわ」
「ぐっ」
 タカアキ殿がむせ、手から大盃を落す。朱の杯はひっくりかえり、飛び散る酒の飛沫に蛇が群がってゆく。
「くぅぅぅ」
 胸の下をおさえうずくまる主人に、部下が高笑いを浴びせる。
「薬酒とはいえ、酒は酒。すきっ腹の荒れた胃には、酒はしみて痛いものなんですわ。常識の無いタカアキ様は、知らんかったでしょ? 一つ賢くなれましたな」
「キヨズミぃ〜」
 胃をおさえギリギリと歯ぎしりをする主人の前に、部下はしゃがみこみ、癒しの魔法をかけ始める。
「胃の痛みだけ、とってさしあげますわ」
 神官は静かに微笑んでいる。
「そないボロボロの体、回復魔法をかけても治りきりませんもん。しこたま御神酒を飲んで、動けるようになって、血ぃ吐きながら戦って、ミズハ様と刺し違えて逝ってください」
「………」
「ミズハ様のお子様方もおりますし、一樽ぐらいいけますやろ? 欲しかったら、もっと開けますえ。あと三樽ありますよって」
「人が用意したもん勝手に……」
「タカアキ様の遺品なんぞに頼らんでも、あっちはあっちでどうにかします。トシユキも居りますし、ほっといても大丈夫におざります」
 そこで神官は治癒魔法をいったんやめ、懐から呪符を取り出し、タカアキ殿の顔の前でひらひらと振った。
「タカアキ様が書いたこれも、盗んで来ました。こないな便利な物、使うか使わんかわからん所に置いといとくのは、もったいなさすぎでっしゃろ?」
 タカアキ殿は苦虫を噛み潰したような顔で、部下を見た。
「死の危険が迫ると勝手に発動する結界の呪符、便利でしたわ。邪龍に狙われた時、それで命拾いしたんですえ。ほんま持ってて良かったです」
 溜息こそついたが、タカアキ殿はもはや文句を言う気はないようだ。
「他にも身代わりやら、便利なものいっぱいでっしゃろ? そこそこ強そうで、魔法がからきしの従者達に、呪符はバラまいてきました。従者達が強ぅなれば、そんだけ大魔王を追いつめられる。タカアキ様も戦いやすくなるってもんや」
 タカアキ殿をあぐらをかき直し、右手を従者へと差し出した。
「酒」
「へえ」
 掌に杯がのる。今度は掌におさまる大きさじゃ。それをタカアキ殿があおる度に、神官がなみなみと酒を注ぐ。二人のそばには大樽が出現していた。
 酒が進む度、タカアキ殿の気が強まってゆく。
 白蛇神の御神酒には、霊力のみならず精気や魔力、人間の有するさまざまな能力を向上させる力があるようじゃ。
 肉体を痛めての飲酒ではあるが、あと少しもてばいいこと。
 あと数十分、思うとおりに動ければ、タカアキ殿も満足であろう。
「『トシユキ』にも、やって」
「へえ」
 神官が杯を、タカアキ殿の頭上の宙で傾け、酒を降り注ぐ。酒はタカアキ殿を濡らす事なく、空に消える。


 奇妙な酒宴を見ている間にも、時は流れる。
 残りはニ十分も無くなった……
+注意+
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