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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

最後の戦いのはじまり

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白蛇の眼! 定められた未来!

《七日後》と、シルクドの砂漠神は告げた。
 それは、つまり、
『七日経ってからなら大目に見てやらぁ。それよりも前に俺の支配領域で争うんじゃないぞ。顔、出しやがったら、ただじゃおかねえ、俺が相手になってやらあ』って脅し。
 なので、正確な『七日後』が過ぎてから、シルクドの砂漠にカルヴェル様の移動魔法で渡る。
『七日後』は明日の午後、昼食の後。まだ一日ぐらい先の事だ。


 インディラ僧の二人とアジンエンデが、カルヴェル様のお城に戻って来た。
 これで、姫勇者一行は揃った。
 私、アーメット、ガジュルシン、ガジャクティン、アジンエンデ、シャオロン、ジライ、カルヴェル様、タカアキ、サントーシュ様、イムラン様、それに既に現地入りしているインディラ僧達と共に明日、十五代目大魔王となったナラカと戦うのだ。
 これが最後の戦いになるはずだ。
 私達は、食堂に集まった。どのような修行をして、どのような能力を得たかの報告会だ。
 明日のおおまかな作戦は、既にカルヴェル様がたてている。この城に最初に来た時に、私も聞いた。それに、修正を加えるわけだ。
 でも、今、この場にアーメットは居ない。ついでに言うと、ガジュルシンとタカアキは分身だ。
 私の弟とガジュルシン本人はタカアキ本人の指導で、ガジュルシンの部屋で蛇つかいになる修行中なのだ。ガジュルシンと姫巫女の子供『シン』を明日の戦いに使う為に。魔術師でも神官でもない、うちのバカが神様を操れるのか疑問だけど。


 私は夢の話は、あまり詳しく話さなかった。
 誰にだって、他人におおっぴらにしたくない事実ってある。『勇者の剣』だって、そうだと思ったから。


 明日のナラカ戦では、私達の戦いが周囲に被害をもたらさないよう、インディラ僧達が結界を担当するんだそうだ。カルヴェル様に戦闘に集中してもらう為に。
 六十人の僧侶が三交替で行う。
 巨大都市がすっぽり入るぐらいの大規模な結界だから人数が必要なわけだけど、六十人か〜 このまえ一人で結界を張ってたんだから、大魔術師様は凄い。


 アジンエンデは『極光の剣』に神の力を宿して来たと言った。
 それで剣自体も強くなっているけれど、すごい大技が一回限りで使えるとのこと。
 何か……アジンエンデの印象が、又、変わったような。
 弱者(昔の私やガジャクティン)の面倒をみてやろうってな姉御肌と、ジライに容易にからかわれる潔癖な真面目さ、それに姫巫女を見てパニックになる繊細さがあった人だったんだけど……
 インディラで静養してから、逞しくなった。堂々としたというか、精神的に揺るぎがなくなったというか……頼りがいがある男前な姉御になっていた。
 それが……やわらかくなった? 硬さがほぐれたというか、柔軟になったというか、そんな感じ。修行がよっぽどうまくいったのかな?
「それから、すまない、ラーニャ。舅殿にはなさねばならない使命があり、大魔王戦に直接参戦できないのだそうだ」
 ケルティの上皇様?
「前に舅殿も分身ぐらい送ってくれるだろうと、無責任な事を言った。相手の事情も聞かぬうちに、軽々しく口にすべきではなかった。期待させてしまって、すまない」
 あ、いや、そんな……
 来てくれたらいいなあとは思ったけど、相手は北方の一国のトップだもの。南で行動するの難しいのはわかってるし。気にしなくていいのに。本当、真面目だなあ、アジンエンデは。


 ガジャクティンは、お風呂に入って身なりも整えてきた。多分、匂いが落ちきらなかったんだろう、男性用の香水をつけてる。ガキのくせに生意気。ンなの今までつけてなかったから、誰かに借りたんだろう。シャオロンか大魔術師様かな?
 ガジャクティンは、修行の成果をいろいろ説明した。でも、神官の専門用語を乱発されても、よくわからないわよ。
 おおまかな事はわかったけど。シャンカラって神様をかなり制御できるようにはなったものの、まだまだ不充分。明日はナラカの能力封印で働かなきゃいけないので忙しい、神様に命令している暇がないから命令をふきこんだ魔法道具を準備しといてそれを用いて行使したい。魔法道具の事で相談にのってほしい、カルヴェル様&タカアキ様。のような事を言っていた。
 カルヴェル様はうむうむと頷き、タカアキ(分身)は忙しいんやけどと文句を言いつつ手伝う構え。
 前々から思ってたけど、ガジャクティンって年長者に好かれるのよね。甘え上手というか。敬意を持って相手に接するからかなあ。いっぱい教えてもらえて、サービスしてもらえる。羨ましい……


 シャオロンは妻から魔法道具を借りて来ましたと、にっこりと微笑んだ。
 ジライは『雇った部下を使ってナラカ戦の準備しております。奇襲的意味合いのものですし、こちらの作戦と並ぶものですので、内容は伏せさせていただきます』と、だけ言った。
 大魔術師様は『わしゃ、特に何もしとらん。ジジイが短期の修行したとて成長せぬからな』と、ホホホと笑った。私やみんなの手伝いでお忙しかったしねえ。 


 タカアキ(分身)は、本体と同じく扇で顔を隠しながら説明した。
 マサタカ、キョズミ、トシユキ、スオウ、ハガネの五匹の白蛇を使役する、それぞれ、物理守護及び攻撃、霊力攻撃、回復及び霊的守護、魔力攻撃、攻撃及び物理守護を担当させるのだそうだ。
 どっかで聞いた名前だと思ったら、白蛇には父親の名前をつけてるとの答え。マサタカとキヨズミは、いつも背後にいたサムライと神官が父親なんだって。あいつらにも手を出してたのか、姫巫女……
 白蛇の能力や特徴は父親に左右されるんで、五体とも能力が違うらしい。似ているような役のマサタカとハガネでも、防御に向いた重量系と、攻撃が得意な軽量系と、個性が異なるのだとか。
 ちなみに、マサタカとトシユキとスオウが牝……女の子も男名かよ、ひどいなあ。


 ガジュルシン(分身)が、しゃべり出した時にはちょっとびっくりした。
 でも、分身って本人そのものじゃない。都合よく肉体を変えて作る事もできる。しゃべれてもおかしくない。以前、旅に同行していたガジュルシンの分身は、疲れも暑さも寒さも感じなかったし、飲食睡眠の必要もなかった丈夫な奴だったし。
 分身は本人と同じような思考をするし、分身の見聞きした事が本体に伝わるから、本体でも分身でも話してて違和感はあんまない(違和感だらけだ、分身は好きじゃないって、前にアーメットは言ってたけどね)。
 ガジュルシンの分身だから、分身も魔法が使える。でも、魔力は微々たるもので、使用できる魔法も限られている。ナラカの能力封印魔法なんか、絶対、無理だ。
「わりと順調だよ。シンは僕に好意的だから、命令をよく聞いてくれる。僕の命令が足りない時は、こういう意味だろうか? と、向こうから質問してくれるし」
 好意的というか……
 惚れぬいているというか……
 恋の下僕よね、あれは。
「僕の方は、後、一、ニ時間で終わると思う。でも、アーメットは、もっと時間が必要そうだ。霊的なものの行使なんて、初めての体験だしね」
 ガジュルシンの分身は、曖昧な表現をした。
 やっぱ、難航してたか。『シン』とは明らかに気が合わなさそうだし……てか、私もあのキショいの嫌いだけど。
 その上、恋のライバルだもんね。おかしいなあ……あの白蛇、ガジュルシンの息子なのに。何故、アーメット←→ガジュルシン←シンのような腐った男関係に……
「王子はんへの指導が終わったら、異空間に移動するわ」
 と、タカアキの分身。
「同調できんと命に関わる所に追いやれば、二人とも、もちっと真面目に修行するやろし」
 て……
「殺さないでよ?」
 私はタカアキの分身を睨んだ。
「多少の無茶は許すけど、やりすぎたら、絶対、許さないから」
 タカアキの分身がニッと笑う。
「そもじの大切な弟、麿が殺すわけないやろ?」
 何か気に喰わない笑い方。
「安心して。ちゃぁんと明日までに、ものにしてやるわ」


* * * * * *


 修行を始める前からわかっちゃあいたが……シンとは、そりが合わない。


 まず、あいつの、ガジュルシンへの態度が気に喰わない。性対象として信奉して慕ってますっての、隠そうともしない。
 再会の時の、ガジュルシンの前に跪いて右手に頬をスリスリもひどかったけど、その後、修行中も同じようなもの。俺の体、俺の口を使って、ガジュルシンの肩を抱き、腰を支え、耳元で囁き……あああああ、畜生。


 次に、尊大で、皮肉屋なところが嫌だ。話しててムカつく。
 あいつは俺を馬鹿にしきっている。魔力が欠片もないんで。
 ガジュルシンの子種から生まれただけあって、シンの得意技は魔法だ。シン本人も大魔術師級か、それ以上の魔法が使えるらしい。でも、俺が憑依体なんで、魔力の補充ができない。シン本人の魔力が枯渇すると、魔法は打ち止めとなってしまう。ガジュルシンが俺に魔力を渡せば、シンへと渡るそうだけど。
 憑依体に魔力があふれかえらんばかりにあれば……つまり、ガジュルシンの体に宿れば、シンはほぼ無限に大魔術師級の魔法を連発できるのだそうだ。人ならば使用できるはずもない神様用の超絶的な魔法もバンバン使えるようになるらしく……
 シン神様は、俺の体にたいへんご不満なのだ。
 あいつが、ガジュルシンに惹かれるのは、魔力によるところも大きそうだ。


 その上、わがまま。
 人の話を聞かない。
 師匠のタカアキは、両方とも表に出て、心を合わせて一つの体を使えと命じた。
 けど、シンは俺に体を使わせない。勝手に動き回る。人間ごときよりも自分の方が、肉体もうまく扱えると言って。
 俺がしゃべりたい時は、魔法を詠唱しているとかじゃない限りは、口は譲る。けど、それだけ。


「器にあわせて憑依の仕方を変えるのが一流の神様なんや、シン。忍者はんは、魔法(うつわ)向きやない。憑依の仕方変えんと、ろくな力を使えんで」


 自分のしたいようにしか行動しないシンに、最終的にタカアキがブチ切れた。ガジュルシンの修行が終わった後だった。
「頭の悪い阿呆は嫌いや言うとるやろうが、小蛇。ちぃとは身の程、わきまえられるようにしたげるわ」
 修行場の異空間に送ると、タカアキは宣言した。
「何もない空間に二人とも送る。そっから脱け出て、麿の所までおいで。それまでお仕置きは終わらんよ」
 頭の悪い俺は、何もない空間と言われても、ピンとこなかった。四方に地平線が見えるだけの、荒野みたいな所だろうか? ぐらいにしか思ってなかった。
 けど、送られたのはそんな生易しい所じゃなかった。
 そこは真っ暗で、本当に何もなかったんだ。
 自分が存在する場所も。
 イメージで言うと、岩の中に送られたような?
 最初、俺は圧死したんだと思う。
 だけど、中にシンがいるからすぐに生き返って、又、潰れたんだ。
 それを繰り返すうちに、自分の身を置く空間をつくらなきゃマズいと気づいた。俺の思考を読み、シンが魔力で空間を作り出す。とりあえず、俺一人分ぐらいの大きさの。
 けど、次に窒息した。空気も自前かよ! と、思ってシンに作ってくれと頼んだ。それでも、又、窒息した。呼吸し続けなければ人体はもたないと、ようやくそれでシンは理解した。
 シンは少しづつ、俺の周囲の空間を広げてゆく。
 周囲は闇。忍者なんで一般人より夜目がきくってのに、まるで何も見えない。
 突然、右の太腿に激痛が走った。
 すぐに、左肩が痛む。
 その後、全身が熱くなった。火に包まれたんだ! と、気づいた時には熱は消えていた。
 襲われているの、間違いなさそうだが……
「おい、何がどうなってるんだよ?」
 シンはうるさい黙れ! と、思念を飛ばしてくる。
 今度は背から凍った。
 その刺すような冷気も、すぐに無かった事になる。シンが再生魔法を使ってるんだろう。
 つづいて全身を貫く凄まじい衝撃。
 一瞬、意識が飛ぶ。多分、又、死んだんだろう。瞬間的にだが。
《忍。少しは手伝え》
 苛々したシンの思念が伝わってきた。
「手伝えって何を?」
《何もかも私にさせるな。きさまも働け》
「働けって、だから、何を?」
 俺も苛々した。
「俺には、今、何がどうなってるのか、さっぱりわかんないんだよ! 暗くて何も見えないし!」
 シンの思念が、不機嫌そうに揺れる。舌うちをしたってところだろうか。
《私に同調(シンクロ)しろ》
 同調?
 いきなりそんな事、言われたってできるわけがない。俺は魔法素人だし、霊的なものとも縁がなかったんだから。
《私の気に寄り添え。拾ってやる》
 寄り添う……?
 シンの気を感じ取れってことか。
 それなら、できる。
 忍者だから、気配を読む事は得意だ。
 ついでに、忍法で『眠り』や『麻痺』なんかを使う時の要領で、俺は対象を意識した。俺の体の内側のシンを感じ取った。
 ふいに手足の自由が戻り、視界が変わった。
 真っ暗な世界に、何重にもいろんなものが重なる。
 シンの魔力により生み出された結界、精気でぼんやりと輝く俺の手足や体、この異空間に最初から存在しているエネルギーのぶ厚い層、そして遙か遠くの宙に浮かぶタカアキ。
 すごい遠くに居るタカアキが、目の前にいるようにはっきり見えた。シンが注目しているからだろう。
 タカアキは宙に浮かびながら、扇子を左手にくつろいで座っていた。
 何つうか、目に痛い。
 すっげぇ光だ。タカアキがまぶしいほど輝き、その周囲のゴチャゴチャしたのも弱いながらもみんな白く光っている。
 タカアキの体には、魂の籠もった卵が鈴なりにくっついていて、小さな蛇が這い回っていた。みんな姫巫女の子供……シンの兄弟なのだろう。
《あそこまで行く》
 シンの目が、タカアキの首に巻きついている奴と、右手首の奴に向かう。
《キヨズミとスオウだ。あいつらに攻撃されている。少しでも前進しようとすると、魔法を使ってくる》
 つづいて、左肩の奴と、左膝の奴を見る。
《ハガネとマサタカだ。距離が縮まれば、あいつらも攻撃に参加するだろう。あのニ体は物理攻撃が得意だ。避けてくれ》
 ん?
《体の制御はきさまに任せる。私は防御結界を張り、進むべき道をつくる事に専念する。どの道を進めば良いのかは、私の目と同化していればわかるはずだ》
 ちょっと嬉しくなった。
 シンが俺を頼ったんで。
 そうだよな、やっぱ、難事は力を合わせて乗り切らなきゃな。
 仲間だし。
《恥しい思考は止めろ、ガキ。カスでもいないよりはマシというだけだ》
 ムカッ。
 俺をガキ扱いするな! おまえ、生まれてから一週間も経ってないくせに!
 時々、シンは、勝手に心を読む。
 表層意識だけだろうな? 俺の記憶とか勝手に読んでないだろうな。
《読まん。きさまのような無能なカスに興味はない》
 そうかよ。
 俺は気になってる事を聞いてみた。
「タカアキの頭の上の奴。あれは、どんな技を使うんだ?」
 タカアキの頭の上でとぐろを巻いている白蛇は、さっきからずっと魔法を使っている。キラキラした小雨みたいのを、タカアキや兄弟達に注いでいるのだ。
《トシユキか? 見ての通りだ》
 見てもわかんないから、聞いてるんだよ。
 シンが何とも嫌な感じで、思念をざわつかせる。
《回復魔法だ。トシユキが絶えず癒しているから、タカアキはかろうじて生を繋げている》
 なに?
《よく見てみろ。あいつはヒビだらけの陶磁器だ》
 タカアキは、見ているのが辛くなるほど眩しい。だが、よく見れば、それが内側からの光だとわかる。
 タカアキの表層の気は……何というか……力のない、色褪せ、濁った、今にも消えそうな気だった。
《精気だ》
 俺の内のシンが楽しそうに笑う。
《あれはじきに死ぬ》
 早く死ねばいい、シンの思考を感じ取り、ゾッとした。タカアキが死んで支配から解放される瞬間を、心待ちにしているんだ。
《トシユキの魔法が無くなれば、三日ともたんだろう。人間として暮らせぬのだ。明日、お(たあ)様と相討ちで逝かせてやるのが、慈悲というものだ》
「人間として暮らせない……?」
《人間の食事ができぬのだ》
 シンの憎悪が俺に伝わってくる。シンは、神である自分よりも強大なタカアキに嫉妬している。白蛇神からの『おこぼれ』で仮の力を得ているだけの人間風情が偉そうに……と。
《タカアキはお母様の器として生きてきたのだ。食事の習慣はなかった。粥から始めても駄目だった、食せるものがほとんど無いのだ》
 吐き戻すってことか……
《我らのように他の生き物の精気を吸えば、生き延びられるやもしれん。しかし、その気は無いらしい。ありがたい事に、な》
 ムカムカきた。
 んで、シンに断りなく俺は歩き始めた。
 途端に、周囲から 魔力攻撃が雨のように降ってくる。
 シンは俺を馬鹿だとののしった。が、構わなかった。俺は一刻も早くタカアキの所へ行きたかった。


 シンと同調した俺の動きは今までの何倍も素早く、背後で蠢くものすら目でとらえられ、遙か遠くの変化すら感知できた。
 白蛇達の攻撃を避けるのは、簡単だった。攻撃が単調だし、遅く思えたし。白蛇付きの忍者の敵じゃなかった。


「少しは仲ようなれたようやな」
 扇子で顔を半ば顔を隠しているタカアキ。
「な、シン? わかったやろ? 物理戦闘をするんなら、そもじより忍者はんのが遙かにうまい。経験が違うんや。一流の者に任せるべきところは任せた方がええ」
 奴のすぐそばまで行ってから、俺は腰に付けていたものを外してタカアキの顔の前に突き出した。何度も俺と一緒にぐっちゃぐっちゃに潰れたモノだけど、シンは全てなかった事にして俺を元通りに再生している。『虹の小剣』も潰れてないし、忍具も大丈夫だった。この袋の中身も無事なはずだ。
「すみません、俺、こんな事になってるなんて、考えてもいませんでした。この前、渡すべきでした。遅くなりましたが、受け取ってください」
 けげんそうに眉をしかめる男に、俺は言った。
「忍者(がん)。忍者の非常食です。数粒で、一日分の食事の代わりになります。胃ですぐに溶けて、肉体維持に必要な栄養を摂取できますし、満腹感も得られます。差し上げます、食べてください」
 近くで見るとよくわかる。化粧じゃごまかせないぐらいやつれてる。
「時々、ガジュルシンにもあげてるんです。どうしても食事がとれない時に。忍者丸ばっかだと胃が縮んで体に良くないんですけど、食事ができない時は仕方がない。これでも食べないよりはマシです、食べてください」
 俺はタカアキの右手に、忍者丸の袋を押しつけた。
 俺をしばらく見てから……
 タカアキはあの嫌な笑い方で笑った。そして、ありがとうと言って忍者丸を口にした。不味い! って、文句言いやがったけど、目はずっと笑っていた。こいつにくっついている白蛇達も、はしゃいでいた。


《あんな非常食を与えたところで、運命は変わらない。タカアキの体はもたない》
 異空間から戻った後も、シンはうるさかった。
《あの程度では死の運命から逃れられるはずもない。忍者として医術も学んだのだろう? あの肉体が限界を迎えているのはわかるはずだ》
「うるさい」
 廊下で声をはりあげてから、俺は言葉ではなく思念を使う事にした。頭の中で考えれば、シンが勝手に読んでくれる。
 死にそうな人間をほっとけるかよ。できる限りの事をするのが、人間として当たり前じゃないか。
《偽善者》
 うるさい。
 俺が偽善者なら、おまえは冷淡な皮肉屋じゃないか。どうして、意地の悪い考え方ばっかするんだよ。身内が死にかけてるってのに。
《身内? 馬鹿め。アレはお母様の憑依体だっただけの人間。もはや、何の縁もない》
 ンなことあるか。タカアキはおまえにとって……えっと、何になるんだ? 師匠で……義理の父親?
 あ、くそ……
 シンの奴が、今、鼻で笑ったな。
 ムカつく……
 ガジュルシンの部屋の前で、立ち止まり、俺は大きく深呼吸をした。
 平常心。
 タカアキの事で動揺してるまま、ガジュルシンには会えない。
 心を穏やかにしていなくっちゃ……ガジュルシンは不安や焦りで、かなり参ってるんだ。俺があいつが落ち着いて過ごせる場所をつくってやらなきゃ……
 シンへの怒りや、タカアキへの心配を……意識にのぼらせないようにするんだ。
 もう一度、大きく深呼吸してから、俺は扉を開け、中に入った。
 ソファーのガジュルシンが、俺へと微笑みかけてくる。
《おかえり。修行はうまくいった?》
 カルヴェル様からお借りした、ぶ厚い魔法書を読んでいたみたいだ。朝もそれを読んでいた。
《シンと仲良くなれたの?》
 やわらかく、微笑んでいる。
 今の俺の目には……
 ガジュルシンの内側で猛るものが見える。刃のように鋭く、業火のように燃え盛り、周囲のもの全てを滅ぼそうとする、凄まじい魔力だ。
 そして……
 表層を覆う、弱りきった精気も見えたのだ。薄紙のような……何かきっかけがあればすぐに破けるであろう、それは……
 タカアキのものよりはマシだったけれども……大差のないものだった……
「ごめん、忘れもの!」
 俺は声を張り上げた。
「ちょっとタカアキ様の部屋へ行って来る! 質問があったんだ!」
 俺はきびすを返し、扉を閉め、廊下へと出た。
 たまらず走り出した。
 口元を覆って。油断をすると声をあげてしまいそうだった。
《何故、動揺している?》
 皮肉な感じに、シンが問う。
《父上が長く生きられぬ事ぐらい、おまえは気づいていたのだろう? 幼い時から共にいるのだから》
 うるさい!
 うるさい!
 うるさい!
 世の中にゃ、病弱だ、二十まで生きられないって言われてたって、五十まで生きた奴だっている!
 ガジュルシンが死ぬなんて……
 そんな未来、俺は考えない……
 考えないようにしてきた……
 主治医だって言ってたじゃないか、お身体がだいぶできてきましたな、って。政務見学に行かなきゃ普通に暮らせたんだし、診察後も何処も悪い所ないっていつも……
《穴が開くのはこれからだ》
 シンが、ぞっとする未来を俺に教える。
《内の魔力に肉体が侵されるのだ。治癒魔法で癒せぬ腫瘍ができ、体中に転移し》
「黙れ!」
 俺は声を荒げた。
「知りたくない! 言うな!」
 俺の内のシンが笑う。まだ数年先の事だ、何故、そんな未来に心を痛める? と。
《父上もおまえも、明日、ナラカに殺されるかもしれんのだぞ? 今世も滅びるかもしれぬのだろう? 明日の死より、数年先の死を気にするなど、理解できん》
 そうだ……
 明日はナラカと戦うのだ……
「シン、俺の記憶を消せ」
 そこまで言ってから、俺は思考に切り替えた。廊下には誰もいない。けれども、声に出して話していい事じゃない。
 俺は……動揺しちゃいけないんだ。
 ガジュルシンが安定した精神でいられるよう、俺が心穏やかにしていなきゃ……
 俺が今日知った事実をあれこれ考えていいのは、ナラカ戦の後だ。
 今は余計な知識なんかいるものか。
《記憶操作はタカアキから禁じられている》
「じゃあ、タカアキの部屋へ行こうぜ。許可をもらう」 
 俺は腕で目元をぬぐい、走った。


《父上に死んでほしくないのなら協力しろ。私と本契約を結ぶよう、勧めるのだ。お母様とタカアキのごとき契約となれば、父上は死なぬ。私が病んだ肉体を食し、新たな肉体をさしあげる。私と共にあれば、父上は永遠にも生きられるのだ》


 俺は、シンに黙れと言った。
 何か考えるのは、ナラカ戦の後だ。
 生き延びた後……それから、俺は『ガジュルシンの死』という未来と向きあうのだ。
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