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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

僧侶ナラカの望み

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絶望からの始まり! 止めぬ歩み!

 ガジュルシン様の意識は戻らない。でも、峠は越えたと、サントーシュ様がおっしゃったから、もうお命に別条はないのだろう。


 姫勇者一行は、カルヴェル様の城に向かった。
 エウロペの山の頂きにある城だ。昔、オレはセレス様達と共に城の外までは行った。けれども、中には入れなかったし、城自体を目にできなかった。雲の上まで続く外壁に、城が囲まれていたからだ。
 中に入るのは初めてだ。
 移動魔法でオレ達が運ばれたのは、大きなテーブルのある食堂のような部屋だった。豪奢な貴族の館のような一室。高そうな調度品の並んだ広い部屋だが、魔法の匂いはある。蝋燭一つない部屋は昼間の外のように明るく、春の陽だまりのような穏やかな温かさで、窓が無いのに空気が清々しいのだ。
 ガジュルシン様はいない。別室の寝台に運んだとの事。
 カルヴェル様は勇者一行に、椅子を勧めた。ずぶ濡れだった者達も、皆、魔法で余分な水分を気化されているので乾いている。
 雨を降らせていた三大魔法使いタカアキ様は、むっつりとした顔で椅子に座った。身体の拘束は解かれているけれども、魔法はまだ、カルヴェル様に拘束されているようだ。タカアキ様を見つめていると、『鎖』のようなイメージを感じる。
 ガジャクティン様やアーメットは顔色が悪く、落ち着きが無い。この場にいらっしゃらないガジュルシン様の身を案じているのだろう。
 ラーニャ様も義弟の身を案じておられるだろう。しかし、表には出さない。普段通りのお顔で、カルヴェル様のすぐそばの席につかれた。
「まずは、相談じゃ」
 全員の前に、フッと杯がわく。中身はただの水のようだが。
「ここに居る者全て、七日後に今一度大魔王とまみえる……と、いう事でいいかの? 離脱したい者は居ないとみていいいか?」
 ラーニャ様、ガジャクティン様、タカアキ様、アジンエンデさん、ジライさん、アーメット、インディラ僧侶、そして、オレの顔を見渡し、それからカルヴェル様は頷かれた。
「あやつに勝つ為の準備をしたい」
 当然だ。
 勝たねば、意味がない。
「七日の間、ラーニャには修行をしてもらうとして……」
 カルヴェル様が杯をあける。疲労回復薬じゃ、と、大魔術師様が杯を手にして笑う。
 オレも杯を手に取り、口をつけてみた。カッカと体が熱くなる。気力も充実してくる。
「勇者一行を二つにわけたい。ペリシャをあのままに放ってはおけぬゆえ。シャオロン、サントーシュ殿、イムラン殿。わしの分身と共にペリシャに戻ってはくれまいか?」
 オレもインディラ僧のお二人も、承知の意で頷いた。
 アブーサレム王子に憑依していた大魔王を退治したのだ。ペリシャ側に、事情を説明せねばならない。又、サラディアス様の庭園の事も、お伝えしたい。置いて来てしまった四人のジライさんの部下の回収も必要だ。
 ガジュルシン様が伏しておられる今、勇者一行の中でペリシャ高官と面会できるのはオレだけだ。交渉ができる身分ではないけれども。だが、ジライさんはあの国では敵視され、女性は政治の場に出られないのだ。アブーサレムとの戦いの顛末を伝えられるのはオレしかいない。
 サントーシュ様達とカルヴェル様の分身も行動を共にしてくださるのなら、身分の低いオレでも、どうにか向こうで活動できるだろう。
 ペリシャ側に伝える事実を確認する。ラーニャ様、ジライさん、アジンエンデさんから話を伺い、どこまでをどんな形でペリシャに伝えるかを確認した。
「こんなものか。さて……シャオロン達がおらぬ間に進めておきたい事がいくつかあって、の」
 カルヴェル様が話題を変えようとした……時だった。


 声にならない悲鳴が聞こえた。


 思念波だろうか?
 魔力に満ちているカルヴェル様の城が、揺れ動く。
 何だ? と、オレが思う間に、アーメットが動いていた。椅子を倒し、走り、廊下へと向かう。
 カルヴェル様の城に初めて来たのだろうに、アーメットの動きに迷いがない。
 向かうべき場所がわかっているのだ。
 ガジュルシン様の身に何か?
 オレも他の者も、アーメットの後を追った。


「落ち着け、ガジュルシン……気を静めろ」
 開け放たれた扉から、アーメットの声が聞こえる。
 アーメットには魔力も霊力もないのに、主人の居る場所がわかるのか……特殊な護衛忍者の『影』だからだろうか? それとも……
 廊下からオレ達は、中の様子を窺った。
 客間だ。中は魔法の光に満ちていて明るい。
 ガジュルシン様は、寝台の上にいた。上半身を起こし、うつむき、右手で目元を覆い、左手で喉を押さえている。
 アーメットは、ガジュルシン様を抱きしめていた。悪夢に怯え泣く子供を落ち着かせるかのように。
「わかった……わかったから、もう泣くな……ガジュルシン……」
 アーメットの腕の中で、ガジュルシン様は激しく身を震わせている。
 目元を覆った指から、隠しきれぬ涙が伝わってゆく。
 しゃくりあげるその姿は、幼い子供を思わせた。
 けれども……
 大きく開かれ、わななく口からは、ただ息が漏れるだけなのだ。
 号泣しながら、ガジュルシン様は、お声を漏らさない。
 たった一声も……


 声が出ないのだ……


 ラーニャ様にガジャクティン様、インディラ僧のお二人が、ガジュルシン様のもとへ走る。
「呪縛を解いてもらえんやろか?」
 オレの背後にいたタカアキ様が扇子で顔を半分隠しながら、カルヴェル様に話しかけている。
「あのクサレ僧侶を、追いかけては行かんから……麿の力、返して欲しいわ」
「タカアキ殿。おぬしなら解けるのか、あの邪法?」
 ガジュルシン様をご覧になりながら、カルヴェル様が問う。
 やはり、肉体的な損傷ではないのか。
 魔の邪な力が、『声』を奪ったのか。
 魔法使いが『声』を失うのは、格闘家であるオレにしてみれば両手を失うようなものだ。
 動作のみで、発動する魔法もある。無詠唱で、魔法道具や魔法陣から魔法を発生させる方法もある。
 高位の魔法使いであれば、呪文詠唱無しに魔法を発動できる。カルヴェル様は無詠唱で、移動魔法をバンバン使われる。
 けれども、それは……カルヴェル様にとって、小指の先を動かすほどに簡単な魔法だから、呪文を省略できるだけのこと。カルヴェル様とて、セレス様と共に戦った大魔王戦では呪文を詠唱なさっていた。膨大な魔力を必要とする魔法には、呪文は必須なのだ。
 血族の能力を封印する魔法とて、そうだろう。
 僧侶ナラカの能力を封じる魔法は……おそらく、声で呪文を紡げねば、発動も制御もできないだろう。 
 タカアキ様が、目をスッと細める。
 伝え聞くところによれば……この方は、浄化に関しては世界一の実力者なのだそうだ。僧侶ナラカも、そう認めているとか。
 タカアキ様は、ふぅと溜息を洩らされた。
「あれは条件さえ整えば解ける(たぐい)の、邪法や。何もしないでも勝手に解けるちゅうか……外からはなぁんもできん……あの術は、術師が死んだ時のみ解ける」
 え?
 では……
 僧侶ナラカが死なない限り、ガジュルシン様には声が戻らない?
「ミズハがおればなあ……呪われたあの肉体を無しにして、一から作り直してもらうっちゅう手ぇ使えるんやけど。居らんしな……」
 白蛇神は、今は僧侶ナラカの虜だ。
「ミズハに王子はんの呼吸を奪わせながら、ミズハを介して邪法もかけたんや。あのクサレ僧侶、ほんま、えげつないわぁ」
 そこで扇で半ば顔を隠したまま、タカアキ様はチロリとカルヴェル様をご覧になる。
「で、どうなん? 呪縛を解いてくれるの、くれないの? 祓うのは無理やけど、痛みの緩和ぐらいならやってあげられるえ?」
「おぬしが女房の為だけには生きぬ、と誓ってくれればよい。呪縛を解いてやろう」
 カルヴェル様は、にこやかに笑っておられる。
「勇者や従者仲間の為にも生き、共に戦ってほしい。僧侶ナラカは『おぬし一人の敵』ではない。勇者と共にある者は、皆、ナラカを倒したいのじゃ」
「………」
 タカアキ様は、扇をパチンと閉じた。
「わかった。ええよ。そもじの言葉通りに誓ってあげる。そやけど、麿は、四つのお子様の頃から一族の頂点に立ってしもた男や。友も仲間も知らん。どないなものか、あんじょう教えてや」


* * * * * *


《取り乱してすみませんでした》
 兄様の思念。部屋の中の者、全員に伝えているのだろう。
《喉の痛みは取れました。ありがとうございました、タカアキ様》
 寝台の上から兄様が、三大魔法使い様に頭を下げる。
「呪は、もうそれ以上広がらんようにした。ナラカも、もうそもじの体にちょっかい出せん。声だけですんで……まあ、良かったわ」
 声だけって……
 声を失う事が、一番、最悪なのに。
 そりゃあ死なないですんだのは良かったけど……
 目であっても耳であっても、それこそ手や足を失っても、兄様は耐えられた。
 でも、声は駄目なんだ。
 僧侶ナラカの能力を封印する……その使命に、兄様は命を懸ける覚悟だったのだ。
 小さい頃から、ずっと……。
 でも、もう、できない。
 声を失ったから。
《ありがとうございます、タカアキ様。みなさんのおかげで命が拾えた幸運に、感謝しています》
 顔をあげた兄様。目こそ真っ赤だけど、もう感情を昂ぶらせていない。
『冷静沈着な完璧な王子』と国で称えられていた時のような涼しげな顔を作っている。
 気力で感情を押さえつけているのだ。
 同情なんかされたくないから。
《ラーニャ、僕が気絶した後のこと、教えてくれる? 少しだけ記憶を読んでもいい?》
「え? いいわよ。でも、」
 心配そうに兄様を見ていたラーニャが、チラリと僕を見る。
「私、ナラカとの戦闘に集中してたんで、あんま周り見てなかったの。ガジャクティンがいつ来たのかも知らないし」
 え……?
 そうなの……?
 まあ、いいけど……
《いいんだ。君の目を通して、大伯父を見てみたい》
 兄様が、しばらくジッとラーニャを見つめる。
 ラーニャの記憶を遡り、僧侶ナラカとの戦いを見ているのだろう。
 僕もそうだけど、アーメットやアジンエンデもカルヴェル様も兄様に注目している。インディラ僧侶の二人も、だ。
 兄様がどうするつもりなのか、皆、見守っているのだ。
《七日後か……》
 兄様が、少し眉をしかめる。
《ありがとう、ラーニャ》
 ラーニャに礼を述べてから、兄様はカルヴェル様へと視線を動かした。
《カルヴェル様、お願いがあります》
「聞こう」
《呪文省略の技法を教えてください。僕は浅学で、詠唱の略化についてはあまり知識がないのです》
 大魔術師様が、鷹揚に頷かれる。
「わかった。おぬしのできそうなものは、一通り教えてやろう」
《ありがとうございます》
「難しいものではないゆえ、すぐに全て使えるようになろう。じゃが、わかっておるな? 大技には使えぬぞ?」
《承知しています。ですが、僕は生まれつき魔力量が膨大です。役に立つ使い道はないか、模索してみようと思います。ガジャクティンに魔力を与えても、尚、僕の魔力は余るはずですから》
 兄様……
 ふと気づくと、兄様は僕を見上げていた。口を閉ざし、無表情をつくっている。でも、目が赤くて、頬が腫れぼったくって……何とも頼りない感じだ。
 兄様の右手が、手招きをする。
 少し歩み寄ったけど、尚、手招きされる。
 ベッドの前まできたのに、兄様は手招きをやめない。
 身をかがめ、顔を近づける。
 内緒話でもするみたいな近さ。兄様はしゃべれないけれども。
 兄様は僕をまっすぐ見つめたまま……
 招いていた右手で、僕の左頬をぴしゃりと叩いた。
 え?
 僕は、兄様に叩かれた?
《くだらぬ情に溺れるな》
 兄様が無表情のまま、思念で僕を責める。
《おまえは勇者の従者なのだろう? 何故、従者の使命を果たさなかった?》
「兄様……?」
《僕が倒れたのなら、おまえが血族のみに許されるあの神聖魔法で大伯父を呪縛するべきだった。違うか?》
 う!
 そうだけど……
 でも、あの時は……
 兄様が……
《誰がどうなろうが、動揺するな。おまえは魔法を唱えねばいけない》
「わかってるよ! でも!」
《わかっていない》 
 兄様が、静かにかぶりを振る。
《おまえは使命の重大さがわかっていない。僕が脱落した今、大伯父の能力を狭める事ができるのは、おまえだけなんだぞ、ガジャクティン。おまえが、勇者一行の皆の命を守らなくてどうする?》
 兄様の青い瞳が、真っ直ぐに僕を見る。
《おまえが大伯父の力を封じられねば、ラーニャが負けるんだ。この地上が闇に閉ざされてもいいのか?》
「兄様……」
《僕が死んだとしても、心を乱すな。神聖魔法を止めてはいけない。おまえはラーニャの事だけを考えろ。おまえの魔法が、ラーニャの命を支えるんだ》
 僕は拳を握り締めた。
 さっきまで絶望のあまり泣いてたくせに……
 ズルいよ、兄様……
 なんで、そんなに立派なのさ……
「わかったよ、兄様、ごめん……次は、絶対、きちんと唱える……」
 兄様が頷く。
《頼むよ、ガジャクティン……僕はもう働けない。おまえだけが頼りだ》
 兄様が悲しそうに、瞳を細める。
《おまえには、すまないと思っている。僕が情けないせいで、おまえ一人に負担をかける事になってしまって……》
「そんな! 謝んないでよ! 兄様が悪いわけじゃないんだから!」
 又、胸が熱くなってきた。
 悔しくって涙が出そう。
 僧侶ナラカめ……
 よりにもよって声を奪うなんて……残酷すぎる……
 絶対、許さない……
 兄様の仇は僕が討つ!
「僕がちゃんとやるから! 兄様から魔力をもらって、ちゃんと僧侶ナラカをおさえる! 兄様と一緒に封印するから! だから……謝らないで……」
《ありがとう、ガジャクティン》
 兄様が微笑む。
 とても、弱々しい笑みだけど……
 笑えるんだから、本当、兄様は強いや……
「少し……休んだら?」
 そう言ったのは、ラーニャだった。
「呪文無し魔法の勉強を始めるにしても、明日からにして。あんた、病弱なんだから、無理したらすぐにぶっ倒れるもん。今日のところはゆっくり休みなさい。いい、これは姫勇者命令ですからね?」
 うむを言わさぬ強い口調。
 そうした方がいい……僕もそう思う。
 兄様は見栄っ張りだから、周りに他人がいたら素直になれない。今、必死に何でもない振りをしてるけれど……気持ちの整理はまだだと思う。休むべきだ。
 兄様はラーニャに対しても、笑みを見せた。
《わかったよ、ラーニャ。今日は体を休める》
「うちのバカを世話役につけたげるから、部屋でおとなしくしてなさい」
《うん》
 兄様が、僕に、又、微笑みかけてくる。優しい感じで。
《言い忘れてたね……おかえり、ガジャクティン。無事、帰ってきてくれて嬉しいよ》
 う!
「……ただいま……」
《神との再契約のことは、明日、聞くよ。どんな神とどんな契約を結んだのか、教えておくれ》
「うん……明日ね……」


 明日か……


 兄様、怒るよな……


 何って言おう……


* * * * * *


 俺はガジュルシンの背をさすりながら、声をかけ続けた。
 嘔吐は三度目だ。
 胃の中には、もう固形物はない。
 だが、吐き気が止まらず、ガジュルシンは桶に胃液を戻している。
 熱もあがっている。
 そのくせ、顔色は白いんだ。


 インディラでも、よくこうなった。
 ストレス。
 表の王宮でナーダ父さんの政務を見学したりすると、具合が悪くなって、ガジュルシンは寝込んだ。


 何で体調を崩すのか、前はわかっていなかった。体が弱いから、疲れたんだろうぐらいにしか思ってなかった。


 でも、今は知っている。
 ガジュルシンの体が弱いのは、感情のままに荒れ狂う魔力を強引に押さえているからだ。
 感情を爆発させると、望まぬ形で魔力が暴発してしまうのだそうだ。人間をあっさり殺せてしまうほど、強力な力なのだと言っていた。
 大嫌いな強欲な人間を目の前にしても、こいつは、魔力を暴発させまいと懸命に自分を押さえた。
 けど、無理矢理押さえつけられた魔力は出口を求める。ガジュルシンの内で大暴れし、外に出ようとこいつの肉体を傷つける。
 それで、自家中毒になるんだ。


 僧侶ナラカへの怒りは、形にならない。
 敵がここにいないし……
 ガジュルシンは、声を失った。
 解き放たれる事のない魔力は、嵐のように暴れ、ガジュルシンを痛めつけるだけだ。 


 今、声を出せないガジュルシンは、悔しそうに涙を流し、体をわなわなと震わせ、吐けぬものを吐き続けている。


《ごめん、アーメット》
 吐いているガジュルシンから、思念が伝わる。
 謝るのは何度目だろう。
 俺には謝る必要はないって、その度に言ってやってるのに。
 しばらくしたら、又、謝ってくるんだろうな。


 昔から、そうだった。
 迷惑をかけてすまない、と、俺や他の召使達に、倒れる度に謝ってたんだ。


 俺は、ガジュルシンがかわいそうでしょうがなかった。
 ずっと無理をしてたから。
『完璧な世継ぎの王子』であろうとして、やりたい事もやらず、苦手なことばかりを懸命にやっていた。
 それで、体調を崩して、倒れてばかりいて……


 守ってやんなきゃ、と思った。
 ガジュルシンがナーダ父さんの跡を継ぐ為に頑張ってるんだから、俺は義弟としても『影』としても力になってやんなきゃって。


 だけど……
 俺のガジュルシンは、ただ守られているだけの弱々しい奴じゃない。


 ガジュルシンが、桶から顔をあげる。
 乱れた息のまま、歯を食いしばり、涙に濡れた顔をしかめながら、宙を睨む。


《負けない……》


《大伯父に、絶対、負けない……》


《どんな形でもいい。戦い続ける。大伯父が今世から消えるまで、僕はもてる力の全てを使う……》


「うん、戦おう。おまえならできる。絶対、できる。俺が手足になる。何でも言いつけてくれ。一緒に戦おう」


 力が欲しい……


 傷ついても、尚、戦おうとするこいつを守れるだけの力を……


 俺が一緒にいると元気になるとか、生きる気力がわいてくるとか、ガジュルシンは言ってくれるけれど……
 それだけじゃ、駄目だ。
 嫌だ。
 ガジュルシンの助けとなれるだけの力が欲しい……


 体を支えてやり、コップの水で口をすすがせる。
《ごめん、アーメット》
 又かよ……まったく、もう。
「俺が好きでやってんだから、謝るなって」
 苦笑しながら布で涙を拭いてやる。すぐに、又、流れてくるだろうけど。
「俺は、ずっと、側にいる。おまえの戦い、最後まで見ててやるから、思いっきりやれ」
《うん……アーメット……》
「おまえならやれる、絶対だ」
 ガジュルシンのアーモンドのような目から、熱い涙が、どんどんこぼれてくる。
《ありがとう……》


 俺は、俺のガジュルシンを抱き締めた。
 嗚咽に震える細い体を、せつなく思いながら。
+注意+
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