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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

僧侶ナラカの望み

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調和を乱すもの! 古代からの因縁!

『勇者の剣』が、怒りまくっている。
『ふざけんじゃねえ、殺れるもんなら殺ってみろ、このボケ!』って感じかしら?
 ナラカは私ではなく、剣を見ながらクスクス笑う。
「すみませんね、個人的には、好きですよ。あなたは私の友人、カルヴェルと同じくらい大好きです。でも、あなたの存在そのものが『悪』なのですもの。今世にあってはならぬものです」
「勇者の剣が『悪』ですって?」
「そうですよ、姫勇者様。まあ、私にとっての『悪』ですけれどね」
 魔族にとっての『悪』? しっくりこない。『敵』っていうのなら、わかるけど。
「その剣がどうして生まれたかは、ご存じですよね?」
「知ってるわよ」
 勇者教育の初歩の初歩で習うもの。


 今から、七百有余年前、シベルア国王の体に魔界の王ケルベゾールドが降臨し、多数の魔族を召喚し、大暴れをした。
 大魔王ケルベゾールドは、不死身の王だった。
 通常の武器はもちろん聖なる武器も通用せず、魔法も効かなかった。
 誰もケルベゾールドを倒せず、魔族に蹂躙される暗黒の時代は四年続き……
 そして、勇者ラグヴェイ様が登場する。
 故国エウロペを大魔王に滅ぼされ、放浪の旅にあった騎士ラグヴェイ様は、ある日、夢を見る。夢の中で荒野を彷徨い、死の危機を乗り越え、大地につきささった両手剣の元へと辿り着く。で、目覚めた彼の枕もとに、この剣があったわけだ。
 大魔王を倒せる唯一の武器『勇者の剣』。
 ラグヴェイ様の高潔な魂と高い信仰心を、エウロペ神は喜び、そのご褒美にこの剣を与えたのだろうって言われている。


「その話……変だと思った事ありません?」
「変って……?」
 私はドキッとした。
「いろいろです。まずは、大魔王を倒せる武器が唯一であること……。何故、エウロペ神は人間に一振りの剣しか与えなかったのでしょう? いや、そもそも、何故、エウロペ神だけがそんな武器を創れたのでしょうね? そして、何故、たかが一介の騎士に貴重な武器を与えたのでしょう? 『勇者の剣』はラグヴェイの身内の者しか持てない理由は?」
 むぅ。
 いや、まあ……
 実は、私も変だと思った、昔。
 信者達が苦しんでいるのをみかねて武器を与えたにしても、何で四年も経ってから渡したんだろうとかね。
 特に、ラグヴェイ様に剣を与えた理由が、わかんなかった。エウロペ国王の遺児もいたわけだし。

 
「過去見を繰り返し、古えから存在するものと触れ合い、あれこれ調べましてね……それで、おおまかにではありますが、わかったんですよ。ケルベゾールドを名乗った初代と、勇者ラグヴェイの血筋の因縁が、ね」
 因縁……って、やっぱ、あったのか。
 大当たりだわ。
『勇者の剣』と勇者、それにエウロペ神とケルベゾールドに何か因縁があるんだと思った。
 調べてみろって、前に、リオネルに言ったのに、あの野郎、興味がないって言ったんだ。勇者育成のが本業だからって。
「今、私はケルベゾールドの憑代です。何処から何処までが私なのか、何処からがケルベゾールドなのか正直わからないぐらいまざってますが……ケルベゾールドの記憶は持っていません」
 むむ?
「あちらは私という人間を核に存在してるのに、向こうからの情報提供はゼロなんです、残念な事に、ね。大魔王になれば、いろいろと謎が解けるかと思ったのですが、謎は謎のままなんです」
 あら。
「だから、これから話す事の裏はとれてません。世界各地の過去の映像や残留思念などを調査した上で、勇者と大魔王の因縁は、多分、こういう事なのではないかと推測しただけのものです。真実からほど遠いかもしれません。おとぎ話と思って聞いていただければと思います」
「どんな因縁?」
「それは……」
 ナラカが、にっこりと微笑む。
「永久に争い続けねばならない運命ってやつですね」
「永久に争う?」
「ええ。勇者とケルベゾールドは十四回対戦していますが……実は、それ以前から戦ってるんですよ」
「それ以前?」
 ナラカが楽しそうに笑う。
「古代と言われる時代からです。初代勇者ラグヴェイの先祖と、初代ケルベゾールドとなったシベルア国王の先祖は、私が確認できただけでも、十八回、戦っています」
「勇者VSケルベゾールドの十四回以外にも、十八回?」
「ええ。初代勇者はエウロペの騎士、大魔王はシベルア国王と、互いに国籍も立場も違ってしまいましたが……遥か昔、両者のご先祖は、同じ国に住んでいました。それぞれ異なる神を信奉する神官戦士でした」
 神官戦士……?
「神殿に住み、神に祈りを捧げ、神託を聞き、神の声に従い戦う……神官の中の武闘派ですね。彼等は、神の求める時に、求める形で、信奉する神の栄光の為に敵と対戦してきました。その敵は多くの場合、異なる神の信奉者。他神の加護を受ける神官戦士でした」
「何で戦ったの?」
「わかりませんが、推測はできます。神官戦士の対戦は、神々の代理戦争ではなかったのかと。神々同士の意見がぶつかった時に、神官戦士を対戦させたのでしょう。高次元の存在である神魔が、まともにぶつかれば、全ての大陸が海に沈むとか、全世界が炎に包まれるとか、そういうレベルの争いになり、世界を滅ぼしてしまいますから」
「なるほど」
「当時、神の数だけ神官戦士もいたわけですが、その頃から、とても仲が悪かったんですよ、勇者の信奉神と魔界の王は。古代王国の時代には十二回対戦してます」
「それって、試合? 命がけの勝負?」
「試合形式ですよ。でも、ギブ・アップをした者は皆無でした。命惜しさに信奉神を敗者にするなんて……できないでしょ、神官には。対戦は、どちらかの神官戦士が死ぬまで行われたのです」
 むぅ。
「神官戦士の位は血筋と信仰心によって、子孫へと受け継がれてゆきました。古代王国滅亡後、子孫達は神官職でなくなりました。しかし、それでも、神との契約は残り、義務は子孫へと受け継がれていきました」
「それが、勇者とケルベゾールド?」
「ええ」
 ナラカはにっこりと微笑む。
「ラグヴェイ様のご先祖は現在エウロペ神と呼ばれておられる神の神官戦士で、初代ケルベゾールドのご先祖は魔界の王の神官戦士だったわけです」


 ええっと……
 話が突飛すぎて、頭が理解を拒んでいる感じ。
 整理すると……
 古代から、勇者と初代ケルベゾールドの先祖は戦っていた、エウロペ神と魔界の王の代理として。
 よし、わかった、OK。


「古代、エウロペ神はエウロペ神ではありませんでした。闇に対する光の勢力の一つ。エウロペ神という名と属性は、後代、人間が自分達に理解できる形で神を理解しようとした結果、付加されたものです。ですが、話的にややこしくなるので、エウロペ神はエウロペ神と呼びますね」
 OK。
「古代、魔界の王もケルベゾールドを名乗ってはいませんでした。まあ、魔界の王は魔界の王と呼ばせてもらいますね。今世に現れ、勇者と対戦してきたものだけを、ケルベゾールドと呼びます。いいですか?」
 それもOK。
「エウロペ神と魔界の王。両者は神官戦士を愛で、加護を与えていました。が、使い方は違いました。エウロペ神は武器を与えたり、その肉体を祝福という形で改造して強化しました。古代の頃は、今よりもおおらかでしたからね、エウロペ神も、神官戦士に祝福の大盤振る舞いをしてました。怪力無双にしちゃうとか、刃を受けない体にしてあげるとか、狼人間に変身させるとか」
 はい……?
「けれども、魔界の王は、己を憑依させる事で、神官戦士の能力を向上させる手を選んだのです」
 憑依による向上……
「魔族が今世に出現する場合と、ほぼ同じ条件ですよ。魔界の王は宿主の力量に応じ能力が制限され、その上、憑依したとはいっても宿主の思考パターンに基づく行動しかとれません。能力はかなり限定されます。でも、それでも、人任せではなく、直接、戦いたかったのでしょうね。魔族は破壊衝動が強いですから」
 人間同士のセコイ戦いでも、殺し合いができれば楽しいってことか。
「違うのは、憑依できる時間です。エウロペ神の使徒と対戦する時間だけ、魔界の王は己の神官戦士に憑けたのです。戦いの時間が終われば、勝者となろうとも、もといた世界に帰らねばなりませんでした」
 ふぅん?
「でも、これって平等じゃないですよね?」
 平等じゃない?
「だってそうでしょ? エウロペ神の信奉者は武器を与えられたり、肉体を強化してもらえてたんです。代理戦争が終わった後も、勝者となって生き延びていれば、武器や肉体はそのまま。以後の人生が豊かに暮らせます」
……狼人間になって嬉しかったのかなあ……まあ、古代人だしな、喜んだんだろう、うん。
「それに比べ、魔界の王の信奉者には何の役得(メリット)もありません。神の器として猛威を振るえるのは対戦の間のみで、憑依体になってもその後の人生に何の得もないんです」
「それもそうね」
「なので……釣り合いがとれるよう、魔界の王は信奉者にご褒美をあげる事にしたんですよ」
「ご褒美?」
「ええ。勝負の勝敗にかかわらず、憑依体となった者の肉体を離れる時に、どんな願いでも一つだけ叶えてやる……それが大魔王が信者に与えたご褒美です。昔は現世的な御利益をもらう神官戦士が多かったんですがね……だんだん、敗北を喫した時には屈辱を払おうという傾向になっていきました……」
「屈辱を払う?」
 ナラカの笑みが、ひどく歪む。
「己を殺した者に『呪い』をかけるようになったんですよ……防呪結界で身を守ってやりすごせる場合もありますが、その呪いの邪法自体の発動は防げない。なにせ、その、他にはない起源(オリジナル)な魔法は、魔界の王が神官戦士に与えた褒美なのですから」


「古代王国が無くなっても、両者の関係はそのままでした。目立たぬところで、神の求めのままに、地味に対戦してきたのです。ところが……現在、初代ケルベゾールドと言われている奴……シベルアの王だった男ですがね、非常に優秀な器だったこいつのせいで、事態はややこしくなったのです」
「ややこしい?」
「初代ケルベゾールドは、魔界の王の能力をかなり再現しちゃったんですよ。魔力・霊力の高さは半端なく、活性化した肉体は老いをしらず、人間ごときじゃ傷つけられない体となってしまったのです。剣でも魔法でも死なぬ、不死身の体……卑怯なまでに強い体に、ね」
 うん。
 そうね。
 不死身だもんね、卑怯だわ。
「そして、彼は狂気の王として君臨しちゃったんですよ。自分は玉座におさまったまま、エウロペ神の使徒達の国やその他の国を滅ぼし、世界に混乱をもたらしたのです」
 あ、なんか、又、話がわかりづらくなってきた。えっと……
「ちょっと待って。そいつは……『エウロペ神の使徒と闘いたい』って魔界の王の神意を受けて、大魔王を降臨させたのよね?」
「そうですよ」
「なのに、対戦ほっぽり出して、世界征服に乗り出したの?」
「ほっぽり出したわけではありません。闘う気はありました。ただ、自分はシベルア国王、相手はエウロペ騎士。立場が違います。だから、彼は自ら動くような軽率な真似はしませんでした。放っておいても、相手は血の宿命に従って自分の前に来ようとするとわかっていましたからね」
「だけど……」
 メインの対戦を後回しにして好き勝手やってたんでしょ?
 対戦しない限り、自分が無敵でいられるから。
 それって、自分の欲の為に信奉する神を利用したって事じゃない?
「初代ケルベゾールドは賢い男だったのですよ」
 ナラカが面白そうに笑う。
「彼は四年もの間、エウロペ神の使徒を己に近づけない事に成功したのです」
 やっぱ、そういうことか……
「けれどもね、古えの時代から、神官戦士の対戦には幾つかルールがありまして……観戦者が試合を楽しむ為の決めごとと言いましょうか」
 む?
「一対一の対戦において、どちらかが驚異的なまでに強くって、一方がカスだと、勝負がつまらなくなるでしょ?」
 まあ、それは、そうね。
「なので、片方がズルいほどの祝福を受けていれば、もう片方もそれに見合ったズルい祝福を後づけできるってルールがあったのですよ」
 ズルい?
「魔界の王の対戦者だったから、騎士ラグヴェイに『勇者の剣』が与えられたのです」
 私を見て、ナラカが意地悪く笑う。
「……不死身の肉体を斬れる唯一の武器……地上最強の剣……魔法も放て、無限の守護の力で持ち手を守るだなんて……ふざけてます。聖なる武器の中でも桁外れに性能が良すぎる。まっとうな武器なわけないでしょ? 『勇者の剣』はケルベゾールドが卑怯なまでに強かったからこそ誕生が許された、ケルベゾールドに匹敵する卑怯な存在なのですよ」


 え……?


『勇者の剣』が卑怯な存在……?


* * * * * *


「少し聞いてもいいかの?」
 あっけにとられているラーニャに代わり、カルヴェル様が尋ねる。大伯父に対しニコニコと笑いかけながら。
「おぬし、神官戦士は、血筋と信仰心によって継がれてきたと言うたな?」
「ええ、そうですよ」
「じゃが、わしの記憶違いでなければ、初代ケルベゾールドと、二代目ケルベゾールドのシャイナの神官はまったくの赤の他人、十五代目までのケルベゾールドは、人種はバラバラ、大魔王教徒という以外、共通点はなかったはずじゃが?」
「その通りです」
 大伯父がクスクス笑う。
「実はですね、魔界の王側の神官戦士ですが……血筋が途絶えているんです。初代ケルベゾールドの憑代となった男が、最後の末裔だったのです」
「ほほう」
「一族の者は他におらず、彼は自分に子孫が残せない事を知っていた……。でも、誰だって最後の一人になるのなんて嫌ですよね」
「それはそうじゃな」
「なので、初代ケルベゾールドとなった憑代はこんなモノを創ったのですよ」
 そう言ってあげた左手に……
 禍々しいものが現れる。
 獣の毛皮のようなもので覆われた表装の厚みのある本。
『闇の聖書』だ。
 そこから、絶え間なく、瘴気が生まれている。目にするだけで目が穢れてゆくような……嫌悪感に身が震えた。
 初代ケルベゾールドが初代四天王それぞれに一冊づつ与えた、暗黒魔法の指南書だ。ケルベゾールドが生み出した暗黒魔法の全てが記されているといわれている。
『闇の聖書』は最初は四天王の数の分だけ、四冊あったが、七代目勇者ロイドが一冊を消滅させたので現存するものは三冊だ。
 その三冊全てを持っていると、先ほど、大伯父は言っていたが。
「二代目から十四代目までのケルベゾールドが、この世に出現したのはこの本のせいです。暗黒魔法の秘儀が記されたこの本を、大魔王教徒達は争って奪い合い……これを読み解いた者が、聖書を使って憑依体に大魔王を降ろしてきました。ですがね、逆なんですよ」
 大伯父が穢れた本を持ちながら、妖しく笑う。
「読み解いてもらいたくって、これらの魔法書は作られたのです。読み解いた者が神意にかなった時……魔界の王が降臨するのですよ。初代ケルベゾールドの生き方をなぞって……エウロペ神の守護者と戦う為に」


「降ろせる魔界の王の基本性能は、初代ケルベゾールドの能力を基礎とします。『勇者の剣』にしか斬られぬ不死の体。器の優劣や今世に滞在する時間によって誤差は生じますが、ね」


 つまり……
『闇の聖書』こそが、この地上の混乱の原因?
 それさえ無くなれば、初代ケルベゾールドの子孫がもはや存在していない以上……
 今世にケルベゾールド神は降臨できなくなるのか?
 エウロペ神と魔界の王との代理戦も終わり、今世から魔の脅威は消えるのか?


「私ね……いい加減、うんざりしてたんですよ」
 左手のモノを見つめながら、大伯父が笑う。
「闇に惑う者達にも、光の使徒として正義をふりかざす奴等にも、虫唾が走りましたし……これから先も果てなく勇者とケルベゾールドの戦いが続き、その数だけ邪法が使われてゆくなんて……馬鹿馬鹿しいと思いました」
 大伯父の左手にあった禍々しいものが消える。物質転送で、異空間にでも送ったのだろう。
「『闇の聖書』は処分します」
 その為に、収集していたのか。
 四天王を強制召喚する為に、本を切断できたわけだ。消滅させる為に集めたモノならば、惜しいとすら思わなかったろう。
「そして、エウロペ神と闇の王の戦いの縁を完全に断つ為に……」
 大伯父の左の指が、ラーニャの隣にあるモノを指さす。
「あなたに死んでもらいたいのです。あなたはケルベゾールドを倒す為だけに生れた、不自然なほどに強力な存在。この世界の調和を崩すモノです。闇の聖書を処分したところで、あなたが残っていたら、駄目です。両者の力の均衡(バランス)を保つ決めごとが、今世にもっと恐ろしい形で働きかねません。『闇の聖書』と共に『勇者の剣』を処分する……そう決めたのです」


* * * * * *


「私の話はだいたいこんなものですが」
 朗らかに笑いながら僧侶ナラカは、ラーニャを、大魔術師様を、私達を見渡す。
「質問があれば受け付けましょう、何なりとどうぞ」
 ガジャクティンの兄が、憎々しげに大伯父を睨みながら問う。
「何を望まれているのかはわかりました。ですが、あなた自身のけじめはどうつけるおつもりです? 『勇者の剣』が消滅すれば、今世から大魔王を倒す手立てがなくなります。あなたを葬る手段が無くなるんだ」
「私……死ななきゃ、いけませんかねえ?」
 表面こそ穏やかだが、口元を歪めて笑うその顔は悪魔的だ。歪んでいる。
「地上の平和を望む心美しき隠者を、あなたは殺したいわけですね?」
「あなたは、大魔王だ」
 優しい少女めいた顔に、はっきりと浮かぶ憎悪。
 彼の内に逆巻く魔力。彼という器におさまりきれぬほどのあふれんばかりの魔力も、大魔王に対し怒り暴れている。
「その存在自体が穢れている。あなたの言葉通り、『勇者の剣』がこの地上の調和を崩すものだとしても、あなたに比べれば影響力は遙かに小さい。邪悪なるあなたこそが、死すべきものだ」
「『闇の聖書』と『勇者の剣』を処分したら、私、二度と今世に現れないつもりなのですが」
 僧侶ナラカが、ガジュルシンを見つめる。冷たい眼差しで。
「信じてくれなさそうですね」
「何を根拠に、あなたを信じろと?」
 彼の内のものの猛りが激しくなる。凄まじい熱と光だ。あれでは、じきに抑えきれなくなる。魔力を暴発させるだろう。
「あなたはインディラ僧を殺している……」
 ナラカが、おどけたように肩をすくめる。
「否定しません。正当防衛で殺した者の中に、インディラ僧もいました」
「己が目的、そして享楽の為ならば、あなたは何でもする……そして、あなたの約束など、いかにいい加減なものであるか僕は知っている……」
 ゆらゆらと気が揺れる。
 ガジュルシンの周囲からゆらめきのぼる魔力の輝きを、その横の姫巫女がうっとりと眺めている。だが、常人の目にはあれは映らない。アレが見えるのは、神秘を見通す目を持つ者か魔力を持つ者ぐらいだ。
「十九年前……総本山から出奔する時、あなたは大僧正様に誓ったはずだ。『二十五年後に戻る。それ以前に大魔王が復活した時は、自分の心が魔に堕した証。討伐を頼む』と。あの時の、あなたの魂はどこへ行ったのだ? 今、あなたの心に神の教えはない」
 ガジュルシンは、ぶるぶると震えている。
 感情が昂れば、そのまま魔力を暴発させかねない。
 私はテーブルを叩き、立ち上がった。
 その音に、繊細な王子がビクンと身をすくませる。怒気が少し散る。
 戦闘はマズい。
 避けるべきだ。
 理屈ではない。
 そう感じた。
 今、我々は僧侶ナラカと戦うべきではない。
「聞きたい事がある」
 立ちあがった以上、何か言わねばならない。聞かずとも、もう察せられる事だが、私はあえて尋ねた。
「私の父、アジスタスフニルをあなたは助けた。人質をとられ、毒を盛られ、武器を奪われ、父は重傷を負っていた。父は大魔王の器にされようとしていたのか?」
「そうです」
 ナラカは私に視線を向ける。ガジュルシンに対しては氷のように冷たい態度だったが、私に対しては妙ににこやかだ。
「赤毛の戦士アジャンが大魔王の器となっては、勇者グスタフであろうが姫勇者ラーニャであろうが敵うはずがない。だから、助けたのです」
「その後、保護していた理由も、父が魔族に利用されない為だな?」
「そうです。でも、もう保護してませんよ」
 え?
「彼は、もといた場所に戻っています。アフリ大陸北端の砂漠に」
 なんだって……?
「もともとそういう約束だったんです。私が大魔王になるまで、彼を私の領域に置いておくと、ね。その間、修行したいって言うので、適当につきあってあげましたが」
「嘘ではない」
 と、おっしゃったのは大魔術師カルヴェル様だ。
「話が盛り上がっていたので、言いそびれていた。ほんのちょいと前、ハリハールブダンから心話で連絡があった。アジスタスフニルが今世に戻った事を感じた、とな。おぬしの舅殿は、今、半身のもとへすっとんで行っとるわい」
 舅殿が親父殿の所へ……?
「礼は必要ありませんよ? 好きでやった事です」
 僧侶ナラカの視線が、私から再びラーニャに映る。まだラーニャはショックから抜けていないようだが。
「私は己の正義の為に、大魔王となりました。ですが、自分こそが絶対の正義だなんて、そんな恥ずかしい事は言いません」
 ナラカが、にっこりとラーニャに微笑みかける。
「正義は、人の数だけあるものです。あなた方はあなた方の正義をもって、私に抵抗すればいい。無抵抗な者達を踏みにじった上で築いた正義など、おもしろくもない。あなた方が、私にふさわしい敵として戦ってくださる事を、むしろ、期待します」
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