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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

僧侶ナラカの望み

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闇の王! 明かされる企み!

 私達は武器を手に、玉座の前の男の様子を窺った。
 僧侶ナラカは、私達に微笑みかけている。まるで親しい友人に会ったかのように。
 けれども、その体から広がる黒の気は異常で、触れるだけで全てを貫く刃のような鋭さがあった。
 不用意にしかけたら、有無を言わさず殺されるような……そんな雰囲気が漂っている。
 前に会った時も非常識なまでに強そうだと思ったけれども、今はそれ以上。
 この前より、飛躍的に強くなっている……
「私、みなさんには本当に感謝しているんですよ」
 にこやかに微笑みながら、魔族が言う。 
「いろいろと語り合いたいのですが……ここではよろしくない。場所を変えませんか? サラディアス様の庭園を穢したくありません」
 サラディアス様の庭園?
「この建物の手前の庭ですよ」
 ナラカの視線が私達の背後へと向く。壁の向こうには、南国の緑豊かな庭園があったっけ、そういえば。最初に転移してきた場所だ。
「ケルベゾールドは、本当は、アブーサレムではなく、父王のサラディアス様に憑きたかったのですよ」
 ん?
「だから、あんなつまらぬ男を憑依体にしてやったんです。一時的にあの男に憑き、それからサラディアス様を吸収し能力も知識も自分のものにするつもりでした」
 サラディアス国王って、人の目には見えぬものが見え、耳に聞こえぬ声が聞こえる、熱心なペリシャ教徒だって聞いてた……んでもって、ナーダお父様を敵視していた、イっちゃった国王だって。
「大魔王はアブーサレムに同化の能力を与えた上で父王を殺させ、その肉体を喰らわせようとしたのです。しかし、」
 ナラカが愉快そうに笑う。
「あの程度の小物が、本物の聖人を吸収できるわけがありません。飲み込んだものの逆に浄化されそうになって、慌てて吐き出したんですよ……あの庭園で。サラディアス様のお体は砂となり消えましたが、魂だけは残られたのです。民を愛し魔の穢れを憂いていた魂は、あの庭園を浄土としました。アブーサレムが撒き散らす瘴気にも、あそこだけが侵されませんでした」
 ナラカの笑みがとてもやさしそうなものとなる。うっとりとした目は、宗教家っぽいというか……語る相手への敬意がこめられている。
「大魔王が消えれば、あの庭園から浄化の気が広がります。イスファンから魔の影を取り除くまで、あのお方の魂は果てぬでしょう」
 ナラカの視線が、シャオロンへと向けられる。
「あなたが勇者一行にいて本当に良かった。あなたならばサラディアス様の魂を感じてくれると思っていましたよ」
 シャオロンが左手の指輪にサラディアス様の魂を宿らせてくれたから、私はアブーサレムを討てたともいえる。
 何もかも、ナラカにお膳立てされた通りに動いたってわけだ、私達は。
「移動します」
 ナラカは、カルヴェル様に悪戯っぽく微笑みかける。
「懐かしい砂漠へ。あなたとランツとの思い出の地へ」
 ナラカが、杖持たぬ方の左手を軽くあげる。
「私と話がしたい人は、カルヴェルに運んでもらってください」
 そう言い残し、魔族は姿を消した。


 私達はあの男をよく知る大魔術師様に、説明を求めた。
 しかし、大魔術師様は『話ならば、直接本人に聞け』と、おっしゃい、いつもと変らぬのんきな口調で、
「話だけで、今日は戦わんとは思う。が、興がのれば本番もありうる。一応、ガジャクティンに召喚をかけとけ」
 ぐらいしか言わなかった。


 その場に居た全員――私、ガジュルシン、アーメット、ジライ、アジンエンデ、シャオロン、それにインディラ僧のサントーシュ様とイムラン様に姫巫女、で移動する事になった。
 白粉女はナラカと話がしたいわけではない。エサ(ガジュルシン)とベタベタしたいの半分、新たな大魔王への興味半分でついて来るみたいだ。彼女の憑依体のタカアキは、キョウを荒したナラカを嫌いぬいているし。
 インディラ僧の二人は、やっぱ寺院の面子をかけてなのかな? ペリシャへの人道支援もペリシャに混乱をもらしていた親玉も倒したんだから、彼等の役目は終わっている。それでも、くっついてくるのは、裏切り者ナラカの征伐に関わりたいってことだ。


* * * * * *


 陽光の照る中、(パラソル)つきのテーブルの前に座り、ナラカは(ティー)を飲んでいた。
 辺りは、砂の山。
 視界を遮るものなど何もない。
 北も南も東も西も、目に届く限り砂漠しかない。
 その昔、わしがランツに勝負を挑んだ、シルクドの砂漠だ。
 わしは、一昼夜、ここでランツと戦った。ナラカはわしらの戦いが周囲に被害をもたらさぬよう、ずっと結界を張ってくれていた。
 懐かしい思い出だ。
 ナラカは、カップをテーブルに置いた。
 こんな砂漠のド真ん中で、茶休憩か。あいかわらず、マイペースな奴め。
 姫勇者一行を見て『遅かったですね、待ちくたびれましたよ』と、ナラカは人懐っこく笑う。演技などではない、本心からの笑みだ。
 瘴気を撒き散らすのは止めたようじゃ。黒の気をおさえている。砂漠といえども、意味無く穢すなど、誇り(プライド)の高いこの男は望まぬ。
「多分、長い話になるでしょうから、そちらもお楽に。あなたがたの分も席もお茶も用意しようかと思ったのですが、気味悪がるかと思ってやめときました」
「なんで、砂漠のド真ん中に呼びつけたわけ?」
 不満そうなラーニャに、ナラカがのどかに答える。
「その方が都合がいいでしょ、あなた方にとっても。ここならば誰も巻き込む心配はありませんから、やろうと思えば、互いに好きな事がやれます」
「………」
 望むのならば、命のやり取りにも応じると言うておるのだ。
 姫勇者は『勇者の剣』を手にしたまま、ナラカを睨みつけた。
「なんにせよ、話が先よ。傘つきのテーブルと椅子、全員分あるんなら出して。こっちには病弱な王子と、ついでに水神がいるんだもん。暑い場所で立ち話なんか嫌だわ」


 大魔王と勇者との対面……
 と、いうよりは、砂漠での余暇のような奇妙な光景となった。
 砂漠の中に、白いパラソルのテーブルが四つ。


 ラーニャは、ナラカと同じテーブルについた。『勇者の剣』はテーブルにたてかけている。物怖じしないあたり、実に彼女らしい。わしも、彼女の隣に座った。


 すぐそばのテーブルにガジュルシン王子と姫巫女ミズハにアーメット、別のテーブルにジライとアジンエンデとシャオロン、インディラ僧侶二人は別のテーブルについた。


 白蛇神は、楽しそうだった。真剣な面持ちのガジュルシンの隣に座り、テーブルの上の王子の手を握っている。水蒸気をつくり、あまり丈夫ではない王子の周囲を潤しているあたり、実にかいがいしい。男につくす、おなごじゃ。
 そのテーブルには、アーメットもおる。が、忍者の自制心で無表情をつくっていた。


 ジライとアジンエンデは、ラーニャの危機にはすぐに動けるよう、浅く座っている。シャオロンは右手の爪を装備したまま、ナラカをジッと見つめていた。霊力が高く、頭の回転の速いシャオロンは、ナラカの真実をある程度、察しておろう。


 インディラ僧の二人も注意深く、ナラカを見ていた。イムランはジャガナートの弟子。ナラカ贔屓だったあの老武闘僧より、何ぞ聞いておるのではないか。現大僧正候補であるサントーシュも、ナラカには思うところがあろう。この二人がどう動く気なのかは、今のところ読めぬ。 


「ある程度、予想はついてるけど、あんたの口からききたい」
 姫勇者ラーニャが、口を切る。
「あんた、自分が大魔王になる為に、私を利用したわね?」
 単刀直入に聞かれた事に対し、ナラカは笑みで答える。
「はい、アブーサレムが邪魔だったので、あなたに斬っていただきました。私、もとがもとだけに強制吸収される恐れがありましたんで、ね。アレが存在している間、今世に直接来るわけにはいかなかったんです」
「四天王三人を復活させたのも、私を強化する為だったんでしょ? 大魔王を斬れるほどの実力にしたくって」
「そうです。本当はフォーレンとの戦いで、勇者として一皮も二皮もむけてもらいたかったのですが、アブーサレムがアレを吸収しちゃったので……急遽、お相手を用意したんですよ。強い相手と戦わなければ、あなたの向上もありませんもの」
「んじゃ、次の質問」
 ラーニャは、テーブルに頬づえをついた。
「あんたは十二代目勇者ランツの時代のケルベゾールドの魔法の残りカスみたいな存在で、あんた以外、大魔王になれないはずだった。でも、絶対、ならないって誓って、十九年前に、インディラの総本山から出奔したのよね?」
「ええ、まあ、そうですね」


「なのに、何でアブーサレムが大魔王の憑代になれたの?」


「決まっているではないですか」
 美しい顔に妖しい笑みを浮かべて、ナラカが言う。
「私が今世にいなかったからです。大魔王の召喚のシステムはご存じです?」
「知ってる。前にガジュルシンが教えてくれたから。先代の力の一部、つまりあんたが今世にいる限り、そこから復活できる可能性もあるから、別の奴に召喚されても魔界の大魔王は拒否るって」
「ええ、私が今世にいさえすれば、ね。でも、私、九年ほど、異空間に籠っていたんですよ。今世に分身を送ってはいましたがね」
「それは……」
 姫勇者は、きつい眼差しでナラカを睨む。
「あんたの意志? それとも、誰かに閉じ込められたわけ?」
「最初は幽閉されたんです」
 ナラカは、肩をすくめる。
「でも、途中からは、自分の意志です。私は好きで異空間に籠っていました。私が今世にいなければ、大魔王が新たな憑代体を得て降臨できる事を承知の上で、ね」


「二つ聞きたい」
 姫勇者ラーニャは、深く息を吸いこんで、呼吸を整えた。
「あんたを、最初に、異空間に閉じ込めたのって誰?」
「ペリシャの大魔王教団と、彼等があがめる高位魔族です。まあ、成功したのは彼等でしたが、その前から、他の教団の方々からちょっかいを出されていましたし……光の教えを守る方々からも数え切れぬほど命を狙われていましたよ」
「それはしょうがないんじゃない? あんた高位魔族なんだし、光の宗教にとっては敵だもん」
「ええ。人間は表面しか見ませんからね……」 
 ナラカは私欲の為に、魔に堕ちた。
 大切な部下であり、友であり、心より愛した者――忍者ガルバの死を受け入れられなかったのだ。
 魔界に三十六年も縛られていたナラカにとって、愛する妹とガルバが心の支えだったのだ。
 しかし、セレスが大魔王を倒し、ナラカが魔界から解き放たれた時、妹御はとうに亡くなっていた。ガルバも不治の病に倒れ、余命いくばくもなかった。
 穢れが祓いきれぬまま、総本山を離れれば魔に堕ちる……そうとわかっていながら、ナラカは出奔した。ガルバのいない世界で人としての生を得ても、無意味だと思ったわけじゃ。
 理ではなく、情をとったのだ。
 その件で、わしはナラカを責める気はない。
 というか、責める資格などない。
 ランツの身代わりに大魔王の呪をくらい、ナラカが魔界に封印されておったのは、わしのせいだ。わしが邪法を破れなんだ為であった。
 二十五年、ガルバと共に暮らし、その後、総本山に戻り浄化を受ける。
 ナラカはその覚悟だったのだ。
 出奔した当時は。
 だが、少しづつ、ナラカは変心していった。
 人の世に暮らす事で、人に絶望して。
「聞きたいことの、二つ目」
 ラーニャは射るように、ナラカを睨んでいる。
「何で大魔王の復活を許したの?」
 ナラカが薄く笑う。
「あんた、醜いものが大嫌いなんでしょ? 魔族って、あんたの美学的に美しい?」
「醜いですね」
 即答じゃ。
「なら、何で、異空間に籠って、魔族をはびこらせる事に加担したわけ?」
「魔族は醜いです。吐き気を催すほどに。けれども、姫勇者様、残念なことに……」
 ナラカは美女のような顔に、無慈悲な笑みを浮かべる。
「この世界だとて、さほど美しくない。時折、魔界よりも醜く見えます。存在する価値など、まったくないように、しばしば思えます」


「だから、ぶっ壊したいわけ?」
 怒りを堪えるようなラーニャの声に対し、ナラカの声はのどかだ。
「必ずしも、ぶっ壊す必要はありません。美しくなるように、矯正したいだけですから」
「どうやって? 人間を皆殺しにするとか?」
「ああ、それでもいいですねえ」
 いい事を聞いたというように、ナラカがニコニコ笑う。
「人間が一人もいなくなれば、今世はさぞ美しくなるでしょうね。自然と動物達の楽園になります」
「……本気?」
「半分、本気。半分、冗談です。大半は目にもいれたくもないクズですが、人間の中には素晴らしい方々もいますからね。尊き信仰者、優れた知恵者、偉大な芸術家に私は敬意を抱いています。それに、ひたむきに生きる人間は大好きです、愛していますよ」
 ナラカの笑みが慈愛に満ちたものとなる。
「人間を全滅させる気なんかありませんよ。結果としてそうなってしまったら……非常に残念だと思うでしょうね」


「私ね、賭けをしてたんですよ」
「賭け?」
「ガルバと……人間の善性について」
 ナラカは、ふぅと溜息をついた。
「ペリシャ教団に異空間に閉じ込められるまで、まあ、いろいろありましてね……私、怒りまくってたんですよ。こちらが『人として』正しくあろうと抵抗しないのをよいことに、勝手をする輩が多すぎましてね……それこそ人間を皆殺しにしてやりたい気分だったんです。主人がそんな凶悪な精神状態にあれば、忠義の部下はそれを正すべきなのに……」
 ナラカは更に深いため息をつく。
「『御身様のお心のままに、したい事をなさいませ』とか言うんですから、あの男。私が誤った道を選ぶはずがない、どんな道であれ私を信じてついて行くと……まあ、もう、狂信者の域ですね」
 まあ、ガルバなら、そうじゃな。昔からナラカを盲信しておった。
「あんな純粋な敬愛を向けられては、期待に背いてまで、あこぎな真似はできません。なので、私、悪に徹するかどうかは、人間の善性に委ねたのです」


「私が異空間に籠っている間に、大魔王が今世に出現するか否か。何処かの馬鹿がケルベゾールドを身に降ろしたら、もう遠慮なしに、したい事をしてやろうと思っていたんです。私としても、非常に、残念です。アブーサレムが大魔王を降ろしてしまうなんて、ね」


「けど、あんた、大魔王復活前から動いてたじゃない」
 ラーニャがナラカを睨みつける。
「グスタフ兄様が勇者病に倒れたのは、大魔王復活よりも前よ?」
「大魔王復活までカウントダウン状態だったから、呪をかけたんですよ。グスタフ様も悪い子じゃないんですが、私のお気に入りはあなたですから、ね。あなたと戦いたかったので」
「アブーサレムが大魔王降臨に失敗してたら、どうしたのよ?」
「別に、どうも。復活しなきゃ、しないで、命に関わる前にあの呪を解いてさしあげるつもりでしたし」
 ランツの曾孫を呪いで殺す気はなかった、ということか。
「大魔王が復活してから、私、かねてからの計画を実行する事にしたんですよ。その為に、闇の聖書も集めました。現存する三冊は既に手元です。まあ、もっとも一部は、四天王を無理やり呼び出すのに使っちゃいましたけどね」
「かねてからの計画って、大魔王になる事?」
「まさか」
 ナラカが朗らかに笑う。
「大魔王になったのは、計画において、その方が都合がいいから。それだけです。私の企みはですね……」
 ナラカの視線は、姫勇者ではなく、彼女の傍らにあるものに向いていた。
「繰り返される、光と闇の縁を断つこと……つまり、」


「この世界から『勇者の剣』を消滅させる事なのですよ」
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