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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

姫勇者の目覚め

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剣を持つ者! 倒すべき敵!

 体に衝撃が走り、私は右へと倒れかける。
 足を踏ん張り、どうにか転倒を堪える。
 私は視線を向けた。
 さっきまで私のまん前にいた宮廷魔法使いのワズヴァヴィリは……
 無事だ。惚けた顔で佇んでいるけど。
 突き飛ばされたおかげで、彼を斬らずに済んだのだ。
 私はホッとして、私に体当たりをかまし体勢を崩している仲間へと視線を移した。
「ありがとう、アジンエンデ……」
 アジンエンデが体ごとぶつかってきてくれなきゃ、ワズヴァヴィリを斬っていた。
 ゾッとした。
 私の持っている剣は『勇者の剣』なのだ。
 この地上最強の威力を誇る剣。
 剣と持ち手と心が一つすれば、持っている事を忘れるほどの軽さとなり、持ち手に負担をかける事なく楽々と岩をも斬り裂く。
 そう、触れるだけで斬ってしまうのだ。
 人体であろうとも。
「ラーニャ!」
『極光の剣』を構えたアジンエンデが、私の背後に回る。
 私の頭の上、体の左右を何かが駆け抜けてゆく。十も二十も……凄まじいスピードで。
 エーネの髪の毛!
 私は振り返った。
 アジンエンデが剣を構え、エーネが気弾のように飛ばす髪の毛の攻撃を全身で受けてくれているのだ。倒れまいと足を踏みしめて。
 彼女の衣服はボロボロに裂けていた。
 胸と腰と手と脚の四つの赤い鎧が露わとなる。ケルティの上皇様が彼女に贈った魔法防具だ。四部位を同時に装備すると物理・魔法結界が頭部を含む全身に張り巡らされるのだ。
 これさえ着ていれば、彼女の体はあらゆる攻撃をくらわない。魔族の黒の気すらも、彼女の鎧は弾く。
 けれども……
 全く衝撃をくらっていないわけではないのだ……
 前に戦った時もそうだった。エーネのすぐ側に立っていた彼女は無数の攻撃をもろに受けて、転倒していた。肉体はまったく傷つかないのだとしても、衝撃の全てが吸収されているわけではない。だから、衣服も裂けるのだ。
「アジンエンデ!」
 守れ!
 と、命じた途端、私の周囲から衝撃波が消える。
『勇者の剣』が持ち手に応え、守護結界を私の周囲に張ったのだ。
 アジンエンデがフーッと息をつく。
 そうだ、宮廷魔法使いのワズヴァヴィリは?
 慌てて視線を戻すと、ワズヴァヴィリはへたりとその場に座りこんでいた。エーネの攻撃は彼の頭上を通りぬけていっている。
 良かった、無事だ。
 彼の周囲にも結界をと、私は剣に頼んだ。
 私は体の向きを変え、エーネを睨んだ。髪の毛を礫のように飛ばすのはやめたようだった。からかうように私に微笑みかけている。
 頭にきた。
 姑息な手を使って〜〜〜〜
 四天王とは名ばかりの雑魚が!
 怒りのままに私は動く。
 剣と共に敵を討つ為に。
 うすら笑いを浮かべているエーネ。
 逃げようともしない。
 上等だわ!
 死ねばいい!
 置換魔法を使われても困らないよう、今度はそばによって突く事にする。
 逃がさないようこいつの体の一部を握って、それから剣で貫き通す。
 それだけで、この忌々しい魔を今世から消せるのだ。
 エーネの右肩を掴んだ……
 時だった。
 見えたのだ。
 生々しく裂ける肉が……
 柔らかく、何の手ごたえもなく刃が誰かの頭にめりこんでゆく。
 何の抵抗もないまま、剣は裂いてゆく。
 誰かを。
 骨すらも紙のように斬れる。
 血や脳漿が飛び散り、私が斬り裂いたモノが見える。
 私が斬っているのは誰だ?
 魔族ではない。
 魔族ならば、斬った途端、浄化が始まる。光に包まれ、今世から消え失せる。
 人間を斬ったのだ……
 でも……
 私は……
 殺してもいいのだ……
 勇者だから……
 この地上を穢す魔を……
 魔に味方する大魔王教徒を……
 斬ってもいいのだ……
『勇者の剣』を用い、悪とされるモノを斬る限り、私に良心の呵責は、絶対に訪れない。
『勇者』とはそういうものだから。
 そう、『勇者の剣』で悪を斬るのは狩りで動物を仕留めるのと同じ。
 気にしなくて良いのだ……
 私は何も間違っていない……
『勇者』として悪を討伐しているだけなのだから……


《悪ならね》


 誰かが頭の中でクスクス笑う。
《よく見なさい、あなた、何を斬ったのよ?》


 私は……


 斬ってしまったのだ。
 悪ではない人間を……


 誰を斬ったの……?


 魔は私の大切な家族を、穢し、奪おうと機会を窺っている。
 隙を見せれば魔は喰らいついてくる。
 人の世を壊す事が魔の望みである為、際限なく、魔が滅びるまで、魔は人の世への侵攻をやめない。
 魔は『絶対、許してはいけない』。
 許せば大切なものが、危機にさらされる。
 魔を憎み、神の使徒として戦え。
 常に光と共にあり、己の為ではなく、愛する者を守る為に剣を振るうのだ……


 ああ……
 でも……
 私は斬ってしまったのだ……
 悪ではないものを……


 愛する者を手にかけたのだ……
 愛する家族を……


 私の足元に転がっているのは弟……
 義弟達……
 そして……父……


 守るべきものを殺してしまったのだ……


* * * * * *


「ふぬけるな、働け!」
 私は宮廷魔法使いの首根っこをおさえ、ラーニャの側へと突き倒した。
「北方の男が敵を前に逃げるな! きさまが働かねば、勇者が死ぬのだぞ!」
 結界を張れと命じると、宮廷魔法使いのワズヴァヴィリはのろのろと結界魔法を張った。
 こいつの頭にも、『死の影』が宿っている。ラーニャに斬りかかられた恐怖に囚われている。そこから思考が動かぬよう、黒き呪縛をかけられているのだ。
 だが、私の声は聞こえたようだ。
 結界魔法を張っている最中に精神を凍結されたせいだろう、結界魔法は唱えられるようだ。他の魔法は思考が進まぬせいで、思い出せないかもしれないが。
『勇者の剣』を手放し、ラーニャは宙を見つめたまま座りこんでいる。茫然とした顔をしている。
 彼女の精神は、今、壊れている。
 禁忌を犯す幻影を見せつけられ、それを現実と認識してしまったせいだ。
 衝撃のままに惚けている。剣との共鳴も失っている。
「髪の毛を飛ばすしか芸がないと思ったが、他にも得手があったんだな」
『極光の剣』を構え、私は全裸の女の姿をしている魔を睨んだ。
「人間って本当、馬鹿よね」
 言葉がわかる。シベルア語に聞こえるが……シベルア語も話せるのか? それとも、会話ができないとつまらないから、私の表層意識を読み、心話で話しかけているのか? 話が通じるのはありがたいが……こちらの思考を読まれているかもしれん。
「見た目に惑わされるし……五感さえ操ってやれば、現実と幻影の区別がつかなくなるんですもの」
 エーネは宮廷魔法使いを指差した。
「その男はね、さっきから、何度も、何度も、姫勇者様に斬られているのよ。そういう幻影を飢えつけたの。現実と幻影、両方が目に映ってるのだけれど……どんどん幻影の方が重くなっているのよ。殺され続ける恐怖に耐え切れず、もうすぐ発狂すると思うわ」
 つづいてラーニャを指差す。
「姫勇者様の心の隙をつくのなんて簡単だったわ。最初から歪んでたから……。私を突いて殺そうとした瞬間を狙って術をかけたの。あなた、知ってた? この子、操られていたのよ。自分の意志で戦っていたんじゃないの。『正義の勇者』になれって、どっかの馬鹿が吹き込んでくれていたのよ。だから、見て、あっけないものでしょ?」
 エーネが愉快そうに笑う。
「『勇者』にあるまじき事をしたと思い込ませただけで、これですもの。今まで封じられてきた良心の呵責が、一気に訪れたのよ。『勇者』だからこそ許されきた罪を自覚したのよ。自分は単なる『人殺し』だと気づいてね」
「なるほど」
 私は目の端でチラリとラーニャを見た。
「よくわかった」
 私はエーネへと顎をしゃくった。
「おまえが愚かな魔族だという事が、な」
 私の言葉に、エーネが眉を寄せる。
「ラーニャが惚けた瞬間に止めを刺せば良かったのに。あの瞬間なら、おまえはこの地上から勇者を消せただろう。だが、もう手遅れだ。自分の手柄を自慢したくて機を逃し、私を最後に残した。順番も間違っている。宮廷魔法使いの次に私に幻影をかければ良かったものを、ラーニャに先にかけた。おまえは負ける、エーネ。愚かさゆえに、な」
「面白い事言ってくれるわね」
 エーネが口をつりあげる。美しい憑代の顔が、怒りで醜く歪む。
「きさまごとき人間が、高位魔族に勝てると思うのか!」
「私にも幻影を見せてみろ、エーネ。私がショックにうちひしがれるような幻を」
 相手を嘲るように私は笑ってみせた。
「そんな事をしたところで、おまえの負けは変わらないが、な」
 憤怒の表情のエーネが、ますます醜い顔になる。私ごときに侮辱されるのは、耐えがたい屈辱なのだろう。
 心の隙をつくという事は、やはり、この魔族は人の思考が読めるのだ。人の心など見透かしてしまう大いなる存在――それは神霊も含まれるのだが――にはどうあたればいいか、ガジャクティンの父が教えてくれた。心の最も大切なところには覆いをし、表面上は別の思考をするのだ。
 私は心の中で、エーネの浅はかさを笑い、私ならばエーネに勝てる、私は優秀なシャーマン戦士だと己を誇ってみせている。
 騙されてくれればいいが。


* * * * * *


 今から、七百有余年前、シベルア国王の体に魔界の王ケルベゾールドが降臨しました。初代ケルベゾールドです。大魔王ケルベゾールドは数多くの魔族を召喚し、国内を血に染め、他国を攻め、殺戮の限りを尽くしました。国内の抵抗組織、他国の軍、光の信仰を貫く戦士達が力を合わせ、ケルベゾールドに挑みましたが、皆、滅ぼされました。と、いうのも、
「ケルベゾールドが不死身だったからでしょ?」
 その通りです。ケルベゾールドには、通常の武器はもちろん、古えより伝わる聖なる武器の攻撃もきかず、神官達の神聖魔法も効かなかったのです。魔族に蹂躙される暗黒の時代は四年続き……
「勇者ラグヴェイ様が登場するのよね?」
 はい。高潔な騎士であられたラグヴェイ様は荒れた国々を憂いていらっしゃいました。故国エウロペもケルベゾールドに滅ぼされ、王家の方々の消息も知れず、仕えるべき主人を求め 弱者を救う為、旅を続けられていたラグヴェイ様はある日、夢を見られたのです。夢の中で荒野を彷徨い、死の危機を乗り越え、大地につきささった両手剣の元へとラグヴェイ様は辿り着きました。剣を鞘からぬいた瞬間にお目覚めになったラグヴェイ様の枕元には、夢で見た通りの一振りの両手剣があったのです。ラグヴェイ様の正義を愛し邪を憎む心が奇跡を呼び、エウロペ神より『勇者の剣』が下されたのです。大魔王を滅ぼせる唯一の武器が。
「そこがよくわかんないのよね……人間が困ってるのを神様がみかねたのだとしても……何で、一介の騎士に『勇者の剣』がくだされたわけ?」
 ラグヴェイ様の高潔な魂と高い信仰心を、エウロペ神は愛されたのでしょう。
「んじゃ、後にラグヴェイ様が仕えるエウロペ国王の遺児はダメダメな人物で、エウロペ教の宗教関係者は無信心だったわけ?」
 そのような過去の偉人達を辱めるような発言はお慎みください。
「辱めてるわけじゃないわ。当然の疑問でしょ? 何でお母様のご先祖様が『勇者の剣』の振るい手に選ばれたわけ? 普通、こういうのは王の貴い血の役目じゃない? それが王道だわ」
 小説の読みすぎです。事実は必ずしも絵的に浪漫チックなものとは限りません。
「しかも、大魔王降臨から四年も経ってから、『勇者の剣』をくださったのも変じゃない? もっと早くにくれれば良かったのに。そうすれば大魔王に世界中が荒らされなくて済んだわ」
 ラグヴェイ様の救国のお心が神意にかなうまで、四年の月日が必要だったのでしょう。
「それに何でエウロペ神だけが、ケルベゾールドを倒せる武器を創れたのかがわかんない。インディラ教の発生はその後からだけど、当時インディラにも古代信仰があったわ。シャイナ教は歴史がかなり古いし、ジャポネには大昔から八百万の神様がいるそうじゃない? 当時だって神様はいっぱいいたのに、何で他の神様にはケルベゾールドを葬れる武器が創れなかったの?」
 それだけエウロペ神が偉大な存在だと言う事です。
「リオネル……あんた、学者でしょ? 宗教家じゃあるまいし、神様万歳で思考止めないでよ。『勇者の剣』と勇者、それにエウロペ神とケルベゾールドに何か因縁があるんだと思わない? そのへんを研究してみたいと思わないの?」
 ラーニャ様は本当に直観力に優れていらっしゃいますねえ。
「あんたが馬鹿すぎるだけよ。だって、気持ち悪いじゃない? 神の奇跡って言えば聞こえはいいけど、得体の知れない不可解な存在なのよ『勇者の剣』って。何で侯爵家の者だけに心を許すの? 何でケルベゾールドをあの武器だけが倒せるの? エウロペ神は何考えてるわけ? ほら、ね? 考え始めたら気色悪いでしょ?」
 おやめください、ラーニャ様、剣への不信は剣との共鳴の妨げとなります。ただでさえラーニャ様は女性で、『勇者の剣』より厭われているのですから、つまらない考えに染まってはいけません。
「納得したいだけよ。信用できない奴は相棒にできないから」
『勇者の剣』を信用できないと……?
「できないわね。だって、存在自体が不自然だもん」
 危険思想です。そのようなお心もちでは、剣は振るえませんよ? グスタフ様に何かあった時には、ラーニャ様が剣の持ち手となられるのです。勇者が大魔王を倒せなければ世界は闇に包まれるのです、この世の終わりです。
「崇め奉れ俺を疑うなってな傲慢な奴、私、嫌いなの」
 ラーニャ様!
「剣の下僕なんて御免だわ。共に戦って欲しいのなら、仲間となるべきじゃない? 話せないけど、剣には思考力があるんでしょ? カルヴェル様ならある程度、思考が読めるって聞いてるわ。あんたも学者の端くれなら、大魔術師様の協力をあおいで剣から情報収集(インタビュー)して剣の存在を研究してみたら? 人間の眼から見た歴史と、剣の歴史は別物かもよ?」
 私の使命は、勇者たるべき人物を育てる事です。信心深く、君主への忠義にあふれ、悪を憎み、正義に燃え、弱者への労りの心を忘れぬ高潔なる『勇者』を育て上げる為に我が一族は存在しているのです。
「真実研究よりも勇者育成のが大事なの? つまんない男ね、あんたって」
 ラーニャ様……危険思想は捨てください、お命に関わります。
「私の命?」
 歴代大魔王はそれはもう、凄まじく強かったんです。魔族は今世に出現する場合、光に満ちた世界の影響で闇の力を狭められ、更には宿主の能力に合わせて力を制限されるものです。けれども、魔界の王ケベゾールドの本来の能力は無限。我等の信仰する神にも等しいほど強大。降臨にあたって能力を狭められたところで、人間など遥かに凌駕する存在なのです。
「だから?」
 大魔王との戦いにおいて剣との共鳴は必須なのです。剣を疑う者に剣は応えないでしょう。あなた様は大魔王に敗れて亡くなり、この世は魔に滅ぼされるでしょう。



『ラーニャ様、魔は汚らわしきものです』
 勇者おたくの学者の声が、頭の中にガンガン響いている。
 うるさくてしょうがない。
 どっか行っちゃえ、リオネル。あんたはガジャクティンとつるんでW勇者おたくで二人っきりの世界をつくってなさい。
 私なんかほっといて……
『魔は、ラーニャ様の大切な家族を、穢し、奪おうと常に機会を窺っています。隙を見せれば魔は喰らいついてきます。人の世を壊す事が魔の望みである為、際限なく、魔が滅びるまで、魔は人の世への侵攻をやめません。忌むべき存在です。魔は……』
 リオネルが次に何って言うかわかった。魔は……
『絶対、許してはいけない』。
 ほら、言った。
『許せば大切なものが、危機にさらされます。魔を憎み、神の使徒として戦うのです。剣と心を一つとして……剣と共に魔を憎むのです。常に光と共にあり、己の為ではなく、愛する者を守る為に剣をお振るいください……』
 リオネルの声が妙に頭に響く。頭の中を揺さぶる。
『勇者としての戦いに躊躇われてはいけません。剣と共にある限り、あなた様は正義です。悪とされるモノを斬ってもよいのです。悪を滅ぼす為にあなたは生きている。あなたは正義だ。あなたが死ねば世界は闇に包まれる。決して死んではいけません。剣と共に魔を憎み戦ってください』


 やっぱり、リオネルは馬鹿だなあと思う。
 憎め、憎めと促されたって、無理。実感を伴わない感情なんて表面的だもん。
 神の使徒ったって、どの神よ? 『勇者の剣』はエウロペ神の生み出したものでも、私はインディラ教徒よ。その上、お父様にはたいへん申し訳ないんだけど信仰心に乏しいのだ。
 リオネルは私を心配してくれたんだろう。
 私では剣と共鳴できない……『勇者の剣』から持ち手として認められないだろうって。
 だから、頭の中に変な事を吹き込んだんだ。
 私を洗脳したんだ。
 魔を憎む感情を不必要なほど煽り、剣を振るう事の罪悪感を忘れさせ、私を剣と一体化させようとした。


 まったくもって……
 余計なお世話。


 私は人殺しだ。
 大魔王教徒を殺した事がある。
 シャイナの皇宮では、助けられず目の前で死にゆく近衛兵を見送った。
 私が未熟な勇者だから助けられなかったのかもしれない。
 流された血が、断末魔の人間の悲痛な声が私を責める。
 私は罪を犯している。


 だから……
 その責任は私が負う。
 罪を自覚し、いずれは償う。
 私が全てを引き受ける。


 勝手に消すな、罪の意識を。


 私は全てを承知した上で、乗り越えるのだ。
 姫勇者として……
 戦ってゆく為に……


 魔への憎悪を煽ってくれなくって結構。
 私の家族を……
 私の大切な仲間をいたぶる者は敵だ。


 姫勇者ラーニャ様の敵だ。


 現実が見える。
 エーネがあの髪の毛でアジンエンデを襲っている。
『極光の剣』を構えてはいるものの、アジンエンデは防戦一方。赤い鎧が自動発生させている結界でエーネの連続攻撃を防いでいるが、攻撃には転じない。勢いよくぶつかってくる黒の気に、彼女は何度もよろけ、倒れかける。
 アジンエンデはエーネでなく、何もない宙を見つめている。
 アジンエンデにはそこに誰かがいるように見えているのだ。幻覚を見せられているのだ。
 エーネがいやらしい顔で笑っている。
 殺意のこもった目でアジンエンデをねめつけている……


 アジンエンデは大切な仲間だ。
 彼女を辱めるものを、私は許さない。
 そう……
『絶対、許さない』。その気持ちを自分のものにする。


 気に喰わないから滅ぼす。
 嫌いだから倒す。
 戦う理由なんて、それだけで充分じゃない?


* * * * * *


 アジスタスフニル。
 親父殿。
 親父殿は堕落していた。醜い魔に堕ち、殺戮の限りを尽くしている。何処の誰ともわからぬ者達の死体の山を築き、更にはラーニャや宮廷魔法使いを殺し、私へと迫って来る。
 親父殿には不思議な事に両手がある。私の手にも親父殿の手にも、『極光の剣』があるのだ。
 そして、剣の腕前は……
 神技とも言えた。スピードも威力も私とは比べ物にならない。私は何度も親父殿の攻撃をくらった。赤い鎧のおかげで斬られずには済んだが、衝撃のままに何度も倒れかけた。
 だが、違和感がある。
 親父殿の動きは今まで何処かで見た誰かの動きだ。
 私の記憶に親父殿の剣技がないから、エーネが勝手にデッチあげているのだろう。
 そうだ、目の前の赤毛の男は幻なのだ。
 私にとって最も見たくない最悪の結末を見せて、私を傷つけたいのだ、あの魔族は。
 舅殿への感謝を新たにする。このデザインと強制的に装備させられている事は腹立たしい。が、これのおかげで死なずにすんでいる。
 魔法鎧の防御の力にも限界はある。強大な魔のエーネの術の全てを防ぐ事はできない。だが、体に穴があかずに済んでいるし、幻術のかかりも甘い気がする。目の前の男が幻術だと私にはわかっている。
 私は避けに徹した。決して剣を振るわなかった。
 振るえば斬るのは親父殿ではなく、ラーニャか宮廷魔法使いだ。そばにいる者だ。
 エーネは私に仲間を斬らせたいのだろう。
 やる事がいちいちいやらしい。
 実に不愉快な存在だ。


 ぶっとばすわ!


 威勢のいいラーニャの声が聞こえた……と、思った時には、親父殿の幻は消えていた。
 周囲は一変していた。
 何処にも何もない、だだっぴろい宙に私達は浮かんでいた。元の場所に戻っている。ナラカに送られた場所だ。
 這いつくばり、ぶるぶると震えている宮廷魔法使いが見えた。しかし、その男もハッとして頭をあげた。死の幻から解放されたようだ。
 私は背後を振り返った。
『勇者の剣』を握ったラーニャが居た。
 ちょっと照れくさそうな顔で、私に微笑みかけている。その心を捉えていた死んだ家族の幻が消えている。ラーニャの魂は母親に似ている。だが、白銀に輝く彼女に比べ、はぜる火を思わせる激しさや勢いに溢れている。若々しく美しい。
 己を取り戻してすぐに、『勇者の剣』をもってエーネを討ったようだ。
 ラーニャがエーネを倒したが為、シャイナ教の古代遺跡からこちらに戻って来たようだ。
 あの魔の注意を私に向けさせていた僅かな時間の間に自ら立ち直り、ラーニャは己のなすべき事をなしたのだ。
「さすがだな」
 と、私が言うと、ラーニャは肩をすくめ、
「ごめんね」
 と、言った。戦場で己を見失った事を謝っているのだろう。
「気にするな、助け合って当然だ」
 私はラーニャに微笑みかけた、私達は仲間なのだから、と。 
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