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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

全ての終わりが来る前に

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もつれちゃった糸! 危なかった!

 助かった……
 異空間から戻った僕は、力なくベッドの上に座り込んだ。バンキグ王宮の僕用の部屋の中だ。


 広野でミズハ様は、いつにもまして積極的だった。
 知恵の巨人が消えた後に、僕は探知の魔法で弟がシャオロン様達と一緒にいるのを確認した。その途端だった、『ご褒美ちょうだい』と姫巫女が言い出したのは。
 事の顛末をバンキグ王宮に報告しに行かなければと訴えたのだが、ミズハ様は聞く耳を持たなかった。
『ご褒美が先や』と言って無理矢理、僕だけを異空間に引きずりこんだのだ。
 狭くて、周囲の全てが白くふわふわしたあたたかな空間に出現した。背をかがめねば立っていられず、頭上の壁までやわらかい。どこもかしこもクッションのようだ。
「弟はん、怪我ひとつしてなかったやろ? ちゃぁんと、ミズハは癒したもん。そもじのお気に入りの忍者達は、弟はんの所に送ったわ。魔法使いがおったから、あっちの帰りは気ぃやむことない」
 いや、でも……
 分身で勘弁してもらえないか? と、願ってみたのだけれども、すぐに終わらせるからの一点張り。
「旦那様、今は異国に居られるやん。召還してくださらな会えん。今日を逃したら、次の逢瀬は何時になるか……旦那様、お忙しいもんな。そうそう麿を呼んでくれんよな?」
 表面はにこやかだけれども、媚を含んだ眼は僕を責めていた。ミズハ様にしてみれば、僕はなかなか子種をくれなかった、不実な旦那なのだ。
 戸惑っている間に、ミズハ様に押し倒された。
 多産の象徴でもある白蛇神。彼女には異性を魅了する力がある。その気のない者すら、その気にしてしまう。
「恥しがらんでもええやろ、初めてやないんやし」
 一度交わればその後は二度も三度も同じだと姫巫女は妖しく笑い、僕の体を愛でる。
 鳥肌をたてながらも抗わず、僕は彼女の好きに任せた。どうせ、彼女が満足する形の返礼を与えねばならないのだ。逆らったところで、よけいに時間がかかるだけだ。
 姫巫女は着物を脱がない。憑代が男性である事に拘っている僕の為に、性別がわからないようにしているのだ。
 彼女は僕の着衣を奪い、ターバンまでも取って、執拗で念入りに愛撫する。
 憑代の肉体以外にも、目に見えぬモノが僕の体に触れる。撫でまわす。大小に分裂した半霊体の蛇身だ。僕の上を這い回る目に見えぬもの達の動きに、僕は嫌悪しながら、望まぬ快楽に酔わされてゆく。
 獲物を手に入れた喜びのままに、妖艶に微笑む姫巫女。
 こちらの感情の動きすら、彼女には餌なのかもしれない。そんな気もした。
 そのしつこい愛撫の手が、急に止まる。何事かと思い、相手を見ると、姫巫女は僕の上に覆いかぶさったまま、目を大きく見開いていた。
 目の焦点があっていない。何も見ていないのだ。
「ミズハ様……?」
 その目に、やがて意思が戻り、目が僕を見つめる。
 切れ長の瞳をスーッと細め、眉をしかめ、姫巫女は僕の体から離れた。そして、僕から顔をそむけ、懐から出した物をバッと広げ、顔を全部隠した。目の前のものなど見たくもないと言うように。
 これはもしや……
「服きて帰ってええよ、インディラの王子はん」
 タカアキ!
 交代時間だったのか!
 憑代のタカアキとミズハ様は一日交代で、肉体を使っている。で、休む方には全く意識が無く、相棒がその間にやった事を全く知らないのだそうだ。ミズハ様は眠りに就いたのか?
 扇子で顔を隠したタカアキが、小声でぶつぶつとつぶやく。
「あかん。言うたやろ? 今日は抜けられん用事があるさかい、時間きたら必ず代わるって」
 独り言ではない。僕の目には映らないけれども、半霊体のミズハ様と話しているのだ。ミズハ様はまだ眠っていない。
 僕は急いで衣服に袖を通した。
「駄目なもんは駄目や。やかましい。あまり勝手せんといて。こっちの身ぃにもなってや。目覚めたら裸の男を組み敷いとるとか、どないな悪夢? 最悪やわ」
 それは、そうだろう……タカアキは性的にはノーマルだ。
 僕が衣服を整えた後、タカアキは扇子を半ば下げ、横目で僕を見つめた。
「『ご褒美欲しい』うるさいんよ。今度、暇になったら誘ったって」
「……確約はできませんが、善処します」
 とりあえずのお礼ですと言って僕は分身を十人ほど出して、その異空間から脱出した。
 ミズハ様の飢えがその程度で満たされるとも思えなかったけれども、狭い空間にそれ以上の人数は出せなかったのだ。


 ルゴラゾクス様達へのご報告は終わったのだろうか?
 深夜だが、誰かと話がしたい。
 ジライならば何時でも大丈夫か。
 ベッドから立ちあがりかけて、僕はぎょっとする。
 すぐ側に、人の気配がしたのだ。
 たった今、現れたのだろうか? それとも、ずっとそこに?
 僕は魔力の光球を浮かべた。
 光が室内を照らす。
 僕の側には義弟が立っていた。忍者装束ではない。召使の衣装だ。眩しそうに目を閉じてから、アーメットがジロリと僕を見る。
「……思ったより早かったな」
「アーメット、いつからそこに?」
 アーメットは僕の問いには答えず、クンと鼻を動かした。
「……白粉臭い」
 そう指摘され、僕は頬を染めた。今の今まで姫巫女と触れ合っていたのだ。匂いは移っている。
 アーメットが投げて寄越したモノを僕は受け取った。布だった。
「口」
 口?
 僕は手渡された布とアーメットを順に見つめた。アーメットは不機嫌そうに眉をしかめている。
「よけいなお世話だった?」
「余計なお世話……?」
「とっときたい、恋人の口紅?」
 口紅!
 そうだ接吻もしたのだった。
 僕は、慌てて唇を拭った。
 しかし……
 恋人?
「ミズハ様は恋人じゃない」
 アーメットが眉間にしわを寄せ、唇を歪める。
「じゃ、遊び相手か。セフレかよ」
「違う。説明しただろ? 僕とミズハ様は相互主従関係にある。僕は望む時に、白蛇神であるミズハ様の御力を借りられるんだ」
「それは聞いた。けど、」
 アーメットが僕の胸倉をつかむ。彼の方が背は低いけれども、腕力は圧倒的に彼の方が強い。僕は前へとよろめいた。
「代償に寝てるとは聞いてない」
 アーメットの僕を見る目……
 怒りと軽蔑のこもった眼差し……
 体から血の気が引く。
「俺が知ってるガジュルシンは、そんな奴じゃなかった」
 胸が痛かった。
 心臓が掴まれたような痛みだった。
「ガジュルシンは真面目で繊細で努力家で誰に対しても優しくって……すげぇいい奴だった。おまえの影になれるって聞いたから、忍者になった。忍者なんかなりたくもなかったけど! おまえの役に立てると思ったから、俺は……」
 アーメットの体が震える。
 彼の青の双眸から涙がこぼれる。
「なあ、言ってくれよ、俺の勘違いだって。おまえは、俺のガジュルシンだ。俺が陰から支えていたい、病弱だけど心の綺麗な王子だ。おまえは忍者とは違う、目的の為には何でもする、汚い忍者とは違う。光の下の王子だ。そうだろ?」
「アーメット……」
 何と答えればいいのだ?
 ミズハ様とは何でもないと……?
 そんな、じきにバレてしまう嘘なんて……
「ミズハ様とは……」
 後に続く言葉なんか言いたくない。
 僕は泣きそうになりながら、アーメットを見つめた。
「寝たよ。子種を渡した。僕の卵を産んだそうだ」


* * * * * *


 考えて動いたわけじゃない。
 だけど、気づいた時には俺は動いていた。
 俺の右の平手がガジュルシンを叩く。
 一度や二度じゃない。
 何度も俺はガジュルシンを叩いた。


 これは主人だ。
 義兄だ。
 俺のガジュルシンだ。


 何故、俺は叩く?


 祝ってやりゃ良かったんだ。
 奥手で童貞だったガジュルシンが女を抱けたんだ。
 人間じゃなくって神様だけど、女は女だ。
 それどころか、父親になったなんて。卵の父なんて、普通、なれないよ。
『おめでとう』ってからかってやれば良かったんだ……


 何で俺は叩いているんだ?


 ガジュルシンの体から力が抜ける。
 暴力に慣れていない体は、襲いくる刺激に耐えきれず、あっさりと意識を手放したようだ。
 術師を失った光球も、宙から消え失せる。


 ベッドの上に体を倒してやり、寝かせた。


 主人に手をあげるなど、忍者にあるまじき行為。
 ましてや、俺は影なのに……


 何故、こんなことをしてしまったのか、わけがわからなかった。


 叩いたところを冷やしてやらないと、腫れあがっちまう。
 熱も出るかもしれない。嫌な事があると、すぐに吐いたり、熱を出したりするんだ。体が弱いから……
 水を……
 ガジュルシンに水を……
 ベッドの側を離れようとした俺の耳に、声が聞こえた。
 消え入りそうな小さな声だ。
 声は震えていた。
「ごめん……アーメット……」
 何で……謝るんだよ?
「ごめん……」
 叩いたのは俺だろ?
 何でおまえが謝るんだよ!


 気づいた時には俺は、又、動いてしまっていた。
 俺の中の荒々しいものが、勝手に俺を動かす。
 俺は口で、ガジュルシンの口を塞いでいた。
 声を聞きたくないと思ったからだろうか?
 血の味がした。
 ぐったりとしているガジュルシンからは、何の反応もない。
 鼻につく血と白粉の香りが、俺を狂わせる。
 もう……何がなんだかわからなかった。


* * * * * *


 誰かが怒鳴っている……


 意識がはっきりしない。声の主が誰かわからない。親しい者の声に思えたが。


 次に感じた刺激は光だった。
 眩しさに目を開けば、燭台の灯りが見えた。
「大丈夫?」
 何が? と、問おうとして痛みを感じた。両頬が痛くて熱い。話すことができない。
「ガジャクティン呼ぼうか?」
 ようやく意識の焦点が合った。
 ラーニャだ。
 燭台を手に僕を覗きこんでいる。白銀の鎧姿で背には『勇者の剣』を背負っている。背負って歩けるのかと少し驚き、夜中なのにまだ勇者の姿をしているのかと意外に思った。
「ガジャクティンに癒してもらう?」
 その問いには頭を横に振った。
 呪文を詠唱できない時でも指で印を切れば、治癒魔法を発動できる。僕は両頬から痛みと熱を取り去った。
「ありがとう……ラーニャ……」
 ラーニャは心配そうに僕を見てる。
「……アーメットは?」
 優しそうな顔が、一瞬で変わる。
「怒鳴って追い出したわ、あの馬鹿は」
 ラーニャがプンと頬をふくらませる。
「もうちょっとで、私、強姦魔の姉になっちゃうところだった」
 強姦魔……?
 頭がボーッとしている。ラーニャが何を言っているのだかわからない。
「ラーニャは……どうして、ここに?」
「用事があるの」
「用事……?」
「急ぎの用事。あんたに頼みたい事があるのよ。戻ったって剣が教えてくれたから、ここに来たわけ。おかげで、弟を犯罪者にしないですんだわ。本当、良かった」
 上半身を起そうとしてラーニャに止められる。 
「寝てなさい。急ぎは急ぎだけど、朝になってからでもいいのよ」
「大丈夫だよ。何?」
「大丈夫〜?」
 ラーニャがムスッとした顔で、僕をまじまじと見つめる。
「本当に?」
「うん」
「なら」
 ラーニャは燭台をサイドテーブルに置き、僕から背を向けた。
「五分待ったげる。その間にその格好をどうにかして。話はそれからよ」
 僕は自分の格好を見つめ、愕然とした。
 上半身を起こすと、体のあっちこっちが痛んだ。
 上着はかろうじて両腕にかかっているだけだった。体に残っているアーメットがつけたであろう痕。特に左肩の歯形には驚かされた。下は膝まで脱がされいた。
 ミズハ様のことで僕はアーメットを怒らせて……
 それから、後の記憶がない。
 僕を見るアーメットの目が、何度も、何度も心に甦る。
 僕を蔑むあの目……
 嫌われたのだ……アーメットに、僕は……
 着衣を整えようとしているのに、指が震えてうまく動かない。
 体も震えている。
 血の気が引いている。
 歯が噛み合わない。 
 アーメットが僕を強姦しようとしたなんて……信じられない。
 ありえない。彼は男色が大嫌いなのだ。そう言ったのだ、前に。


 五分以上かかってしまったと思う。でも、ラーニャは何も言わずに待っていてくれた。 
「大丈夫?」
 と、問われたので、頷きを返した。少しぎこちなくなってしまったと思うけど。
「じゃ、話すわ」
 ラーニャが書簡を手渡してくる。
「開いて」
 燭台まで近づき、中の文章に目を通す。
 これは……
「あの馬鹿巨人に聞いたのよ」
 こともなげにラーニャが言う。
「あいつが私に伝授した事をそのまんま書いただけ。あいつの言ったこと、他はともかく、それは合ってると思う」
「ラーニャ……」
「物質転送魔法で送ってくれる?」
「すぐにも送るよ。ああ、でも、こちらの近況の手紙もそえた方がいいね。何故、知識を得たのか先方も疑問に思うだろうから」
「任せてもいい?」
「うん」
「ありがとう」
 僕は義姉を見つめた。
 僕に対し笑みをみせる、その顔は穏やかだ。
「やろうと思えば私でもできそうな気がする。でも、まだ剣の制御しきれてないのよね。勝手がつかめないの。やってもらえると助かる」
「……知恵の巨人から他に何を聞いたの?」  
「僧侶ナラカの事も聞いたわ」
 静かな表情のまま、ラーニャが言う。
「あいつの目的は『今世の浄化』なんですって」
「どういう意味?」
「さあ?」
 ラーニャは肩をすくめた。
「世界を破壊したいのか? って聞いたらその解釈は『正しくあり、正しくない』そうよ」
「具体的にはどういうこと?」
「知らない。聞かなかった」
 本当に……?
「他には何を聞いたの?」
「後は……個人的なこと。私的な話よ」
「どんなこと?」
 義姉が僕をジロリと睨んだ。
「女の子の秘密を聞き出そうなんて、紳士にあるまじき行為だわ」
「でも、ラーニャ……」
 巨人に尋ね終えた後、ラーニャは怒って泣いていた。『あんたの言うことなんか信じない!』と。 
《信じずともよい。未来ならば変える術はある。望まぬ未来を拒むのであれば、変わる運命を選べ。未来は一つではない》
 何か良からぬ未来を聞いたのだろう。
「あんたは自分の心配だけしてればいいのよ」
 ラーニャが僕へと少し顔を近づける。
「あんたが弟とくっつこうが離れようが構わないけど、ふぬけられるのだけはご免ですからね。あんたには僧侶ナラカの能力封印をやってもらわなきゃいけないんだから」
「ラーニャ……」
「あんたもよく知ってると思うけど、私の弟は馬鹿なの。脳の許容量が少ないの。その少ない脳みそを、影として、ほとんどあんたの為に使ってるの。あんたを理解しようと馬鹿は馬鹿なりに頑張ってるの。だから……」
 ラーニャはフーッと溜息をついた。
「あいつがあんたに手をあげるなんて、よっぽどのことよ。できれば……裏切らないで欲しい。裏切るしかないんなら、全部、事情をあいつに話して決めさせてやって。あんたの影役をこれからも続けるかどうか」
 ラーニャの体がフッと消える。
 移動魔法だ。
 僕が知恵の巨人の内側に封じられている間に、『勇者の剣』との共鳴が強まったようだ。苦もなく剣から力を引き出している。
 僕は手に残った書簡を見つめた。これに添える手紙を書こう。
 今できる事はそれだけだ。
 後は何も考えられない。
 まったく頭が働かない。


* * * * * *


 親父は何か書きものをしていた。
 さっきまでバンキグ王宮の奴等と話し合ってたから、インディラへの報告書をしたためているのかもしれない。
 部屋の中なので覆面はしてなかった。書きもの机に向って、ペンを動かしている。
 俺の気配に気づいているだろうに、親父は俺の方を見もしない。何も言わない。
 その姿がたまらなくムカついた。
「何で……何も言わないんだよ?」
「言って欲しいのか?」
 親父の声はいつもと変わらない。よけい、イライラする。
「知ってるんだろ、傀儡(くぐつ)の術を俺にかけてるんだから! 俺が何をしたか全部、見たんだろ?」
「絶えず覗いているわけではない。だが、まあ、さっきは見ていた」
「なら、何で止めなかったんだよ!」
 俺は声を荒げた。
「影が主人を暴行してたんだぞ! 止めろよ、忍者頭だろ、あんた!」
「お命まで狙うようなら止めた。そこまでではなかった」
「ふざけんな! 主人の為に己を捨てて尽くすのが忍者だろ! この不忠者とぶん殴って叩きのめせよ!」
「殴って欲しかったのか?」
「そうだよ!」
 俺の目から涙があふれた。
「あんな事したくなかったんだ! 俺はガジュルシンにあんな事をしたくなかった!」
 両手で顔を覆った。


『君が影として側にいてくれると、元気が出る。駄目な世継ぎの僕でも、頑張れる気がするよ』


 俺は守りたかったんだ……
 大切な義兄を……
 ずっと……
 守り続けていたかったのに……


「忍者失格だ……」
 わかっているではないかと、親父が淡々と言う。
 本当にムカつく……


 俺は親父の背後の床に座り込んで、泣きながら、親父に文句を言い続けた。
 忍者なんかやめてやる! と言うと、それもいいかもなとあっさりと流される。
 出奔する! と言っても、したかったらしろとか言う。本当、憎たらしい。


 仕事の邪魔だろうに追い出しもしないし、黙れとも怒らない。聞き流さず、話を聞いてくれた。
 優しい言葉は一つもかけてくれなかったけれど……言われたらかえってムカついたろう。


 俺は朝まで親父に甘え続けた。


* * * * * *


 早朝にエウロペの王宮にもたらされた知らせは、その日の昼前にグスタフ侯爵のもとへ届いた。
 当主グスタフは、『勇者病』と呼ばれる『エミール病』に伏せている。
 体の末端から黒い模様と麻痺が徐々に広がり、一年ほどで全身が模様に侵され死に至る病――治癒魔法でも医療でも治癒不可能な奇病『エミール病』。
 呪の一種と思われたが、呪の種類も、何処の誰が仕掛けた呪かも皆目、見当がつかない状態だったのだ。


 その『エミール病』の治癒方法が、姫勇者一行からもたらされたのだ。


 侯爵家と親しい学者リオネル、エウロペ教神官が、侯爵家に招かれ、姫勇者からの書簡を吟味した。
 書簡に記された解法に、二人は驚いた。特殊な呪の祓い方が記されていたからだ。
 バンキグの古代神、知恵の巨人から教えられたという解法は、病に侵されていた日数分、図に記した結界の内で過ごす……それだけのものだった。
 結界に記されている文字は大魔王教徒がよく血文字で記す、魔族の言葉を逆さにしたものだった。
 学者リオネルは目を輝かせた。この結界ならば、呪の流れを逆流させる。術師の名前、呪がかけられた日時場所等、具体的な情報を含むそれは、グスタフに『エミール病』をかけた相手への呪詛返しとして有効に働くに違いなかった。
 リオネルは、教え子であった姫勇者ラーニャに感謝を捧げた。
 勉強が嫌いで授業を聞き流していた姫君が、勇者グスタフを救う術を見つけ出してくれるとは……


「生活空間全てを結界内としましょう。四か月以上その内側でのご生活が強いられるのです。ご不自由ない生活が送れる設計で」


 結界を張るのに最適な場所について相談しながら、リオネルは満ち足りた気持ちでいた。グスタフの目に輝きが戻っている。五か月もしないうちに、グスタフの体から病は失せ、勇者グスタフが復活するのだ。


 ナラカ……
 グスタフに『エミール病』をかけた術師は、十二代目勇者の従者の僧侶と同じ名前だった。
 その不埒者に術が返り、グスタフが再び勇者となる日が、リオネルには待ち遠しかった。
+注意+
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