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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

思い出は美しく

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教育係の独白! 彼女の心は……

「よく来てくれたね、リオネル」
 そうおっしゃって、グスタフ様が微笑まれる。
 お訪ねすると、たいていサンルームにいらっしゃる。肘掛け椅子に身を預けてお座りになられ、観葉植物を眺めておられるのだ。
 心なしか金のおぐしにも、お髭にもツヤが無い。お顔も少しおやつれになったようだ。
 エミール病はゆるやかに、しかし、確実に進行している。指先から手の甲までが波紋のような黒い模様に覆われている。手の甲まで麻痺が進行したという事だ。強い倦怠感もあり、身体を動かされるのも、ひどくお辛いようだ。
 治癒魔法でも医療でも治癒不可能な奇病『エミール病』。その発症者は、グスタフ様がお二人目だ。
 治癒方法が見つからねば、先々代勇者ランツ様のお兄様エミール様のように一年少しで全身に黒い模様が広がってそのままお命を落とされるだろう。呪いの一種と思われているものの、エミール様の時はお祓いがかなわなかった。
 呪いであるのなら、術師を倒せば呪いが解ける可能性は高い。だが、何処の誰がかけた呪かわからず、倒す敵が誰かもわからない。大魔王教徒か魔族の仕業とは思われるが。
 グスタフ様の代わりに勇者に立たれたお方が、冒険の中で、グスタフ様に呪いをかけた不埒者をも手にかけてくださればいい……
 そう一縷の望みをかけながら、学者としてできる事をしている。
 世界各国の呪い・病に関する文献をあたり、エミール病と類似したものやその治癒方法を探しているのだ。
 後、もう一つ、私にできる事は……
 幼い頃のグスタフ様とラーニャ様の教育係を務めた、勇者一族と親しい者として、お話相手となる事だ。
 私でも、多少ならば無聊をお慰めする事ができる。
「新刊にございます、グスタフ様」
 そう言って、私は鞄から安っぽい印刷の大衆読本を取り出した。
 グスタフ様のお顔が破顔する。
『姫勇者ラーニャ』の最新刊だ。シャイナで発売されるこのシリーズ本の新刊を、現地の知人に物質転送で送ってもらっているのだ。
 ラーニャ様の冒険にそって、わずか一ヶ月後にはそのご活躍が描かれた新刊が発行される。その冒険は私のよく知っている方々ならば確かにそう行動するであろうと納得がいく内容で、非常に現実的だ。
 ラーニャ様への美辞麗句がやたら多い事から察するに、このシリーズ本の発行にはラジャラ王朝が……特に、ラーニャ様の実の父が関わっているように思われた。
 冒険の当事者達が関わっている本なのだ、伏せねばならない事実は伏せられているだろうが、真実に近い冒険が記されていると思ってよかろう。
 グスタフ様のおそばにより、新刊をお近くでお見せする。
「今はジャポネなのだね」
 表紙の絵は、ジャポネのオオエの城が背景だった。
「早く読んでおくれ」
 グスタフ様が微笑まれる。
 いとこの活躍を我が事のように思っておられるのだ。
 いや……
 まさに、我が事なのだ。ご病気に倒れられねば、グスタグ様こそが勇者として現地で活躍されていたのだから。
 おいたわしい……
 私は大衆読本を開き、音読した。
 慣れぬジャポネの風習に戸惑い、ジャポネ語がわからずお困りとの描写が続く……
 読みながら、やはりこうなったかと思う。
 ジャポネ人の特殊な宗教も身分制度も言語も歴史も生活スタイルも全てお教えしたはずなのに、何一つ身についていない。真面目に授業を聞かぬからだ。
 たいへん優秀な教え子であったグスタフ様に比べ、ラーニャ様は本当に駄目な生徒だった。
 私のお教えできた事など、数えるほどしかないのではないだろうか。



 私が家庭教師となった時、ラーニャ様は十ニ歳だった。
 グスタフ様の教育係だった私に、『是非、孫娘の教師を務めてくれないか?』と、祖父ヤンセン様からご依頼があったのだ。セレス様の血を引く男子アーメット様が病死(と、公式発表された。が、実は違うともその時、ヤンセン様は教えてくださった)した後のことだった。
 私に否は無かった。むしろ、願ったりだった。
 異国の王族であるラーニャ様も、侯爵家のご子息の方々のように教育したいものだと私は密かに望んでいたのだ。 
 インディラ国王と十二代目勇者セレス様の娘……と、いう事になっている彼女が、本当は忍者ジライとセレス様の娘である事は、王宮に来る前から知っていた。侯爵家とたいへん親しい一族である私に秘密は不要、ヤンセン様が『いずれわかる事だから』と教えてくださったのだ。
 私にとって重要なのは、ラーニャ様の母の血の方。父親が誰であっても構わなかった。むろん、醜聞と言えるその事実を口外する気もなかったが。 
『はじめまして、先生。私の為にはるばるインディラまでおいでいただき光栄に存じます』
 離宮での初顔合わせ、ナーダ国王と共に現れた美少女は、王家の子女にふさわしい完璧な所作で私に対し挨拶をした。ウェーブのかかった髪はつややかで、茶の瞳はこぼれそうなほど大きく、頬はふっくらとし、唇は可愛らしく、溌剌とした健康的な美しさにあふれていた。
『勇者の娘の嗜みとして、勇者の歴史や魔族学は学んでまいりました。が、勇者学問の本場エウロペの一流の先生に改めて教えていただける事を嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします』
 にっこりと微笑む顔はたいへん愛らしかった。内面も立ち居振る舞いも外見も、完璧だ! と、その時は私も思った。勇者道においては人相も大切なのだ。悪人面では残念な事に世の中に受け入れられづらいのだ。
 しかし、ラーニャ様は理想的なまでに完璧だったのだ。女性であるという性別のみが欠点ではあったが。
 この方ならば、もしもの時、勇者の代役をご立派に務められるだろうと、思ったのだが……


 あの時、ラーニャ様は国王が立ち合っていたから猫を被っていたのだ。


 ラーニャ様のダメっぷりは、すぐにわかった。
 最初の授業から、ラーニャ様にはやる気がなかった。
 ラーニャ様は座学がお嫌いだった。
 離宮での授業では、一時間とまともに座っていられない。
 最初は背筋を伸ばしていても、すぐにだらけて机につっぷす。物語めいた話や魔や武に関わる話は耳を傾ける事もあったが、道徳や倫理や訓話が大嫌いで教科書を開いているふりだけして聞き流していた。たまに口を自ら開けば、『飽きた』だの『知ってるわよ、そんな事』だの『興味ないわよ、そんな話』だのろくな事を言わない。
 愚かというわけではない。少しお話すれば、直観力に優れている事がわかる。だが、応用力がなく、継続も苦手。嫌いな分野の授業は最初から真面目に聞こうともしない。


 私は通常授業を一ヶ月ほど行い、授業中はラーニャ様をよく観察し、後宮内での振舞いについては彼女の実の父を通して情報をもらった(×月×日、ラーニャ様は白魚のような手で××を優美に××なさり、その愛らしい顔に輝かんばかりに高貴な笑顔をお浮かべになった。うんぬん。起床から就寝までの実に細かい記録で、山のように美辞麗句がついてくるので読みづらかった)。
 その情報と私の観察から判断するに、ラーニャ様は……わがままで倣岸、忍耐力に欠け、女王様気質(と、実の父は言っていた)、暴力的、勝気、性的興味が早熟……と、思われた。 
 王族としての作法は身につけてはおられたが、好き嫌いがはっきりしており嫌いな相手とはまともに相手をしようとはしない。実の父親に対してなど実に横柄、まあ、相手の身分が低いという事も原因なのだろうが。
 召使をなぶるような真似こそなさらないものの、国王とセレス様以外の人間に対しては常に喧嘩腰だ。
 セレス様から剣を教わっているだけあって、両手剣の腕前はかなりのものであったらしいが……


 大甘の採点を下しても……『勇者』向きの人間とは思えなかった。


 私の使命は、勇者たるべき人物を育てる事だ。
 この世に繰り返し現れる大魔王ケルベゾールド。
 光の世界を滅ぼし、世界を闇にもたらそうともくろむ魔界の王。
 その忌むべきモノを葬れるのは、勇者が操る『勇者の剣』のみ。
 この地上より勇者を絶やさぬ為に、私は……私の一族は生きてきたのだ。
 信心深く、君主への忠義にあふれ、悪を憎み、正義に燃え、弱者への労りの心を忘れぬ高潔なる『勇者』を育て上げる事こそが私達の使命なのだ。


 その為には、ありとあらゆる手段を用いる。
 世に非人道的と思われる教育すらも。
 我が一族には独自の暗示教育法があった。
 暗示、即ち、洗脳である。
 暗示教育は、勇者にふさわしからぬ人間を矯正する為の、最終手段であった。


 私はラーニャ様に対し、暗示教育も行う事を決めた。
 せめてもう少しお小さければ対処も変わるのだが、自我の確立された十二歳の子供の性格を矯正をするのは非常に困難なのだ。まともな手段では。


 ラーニャ様に暗示教育を行いたいと申し出ると、人道的なナーダ国王は難色を示した。
 博識な国王はご存じとは思ったが、私は改めて我が一族の歴史とその暗示教育についてご説明した。



 勇者一族と私の家は長い付き合いだ。
 二代目勇者ホーラン様と懇意だった私の先祖が、ホーラン様のお子様の家庭教師となった日から、代々、私の家の者が勇者の教育係を務めている。
 勇者一族と共に歩み、栄え、勇者の輝かしい生きざまも、その陰にまつろう闇も、私達はずっと見つめてきた。


 大魔王ケルベゾールドを葬れる唯一の武器『勇者の剣』。
 初代勇者ラグヴェイ様がエウロペ神より賜ったそれは、ラグヴェイ様の血を引く者であり、且つ、両手剣の技量の高い者しか振るえない。
 刃そのものに凄まじい浄化の力があり、無限の力を発揮する(たぐ)(まれ)なる魔法剣……この地上最強の武器。
『勇者の剣』は話す事こそできないが、意志を持っており、持ち手を自ら選ぶ。
 剣に選ばれた者が『今世の勇者』となり、剣と共に大魔王を滅ぼした者が真の『勇者』となる。


 この地上の救い手たる勇者なのだ、その人物は……
 正義感、道徳感、慈愛、博愛、慈悲、高潔さ、騎士道精神にあふれた清廉な神の使いであろうと、誰もが思うところだが……
 剣に選ばれる持ち手は、必ずしも心の美しい人物とは限らない。
 剣が振るい手に求めるのは、剣の技量であり、見目のよさであり、魔を憎む心なのだ。
 残虐・強欲・卑劣な人物であっても、魔と敵対さえしてくれれば、剣は持ち手に力を貸す。
 つまり……持ち手が品性下劣な悪人であっても、剣は構わないのだ。


 しかし、剣が構わなくても、人間は構う。
 勇者にふさわしからぬ人物が勇者となれば、勇者の主君であるエウロペ国王の名誉も地に落ち、世に深刻な被害が広がるからだ。
 古くは四代目勇者リシャール様。リシャール様は酒と魔薬に耽溺した社会的落伍者で、あまりにも欲望に忠実すぎた。大魔王退治の旅で各国を転々としたリシャール様は、その犯罪行為と奇行で各地で勇者及びエウロペ国の評判を地に貶めてくれた方だった。
 勇者リシャール様の被害を被った方は、二百人と推定されている。大魔王退治の名の下に、地上最強の武器を持った犯罪者は大暴れをし、各国に被害がもたらしたのだ。
 大魔王退治後、リシャール様は幸いな事に早世(失言)なさったのだが……
 リシャール様の事もあって、エウロペ国王は我が一族に密命を下された。


 勇者にふさわしからぬ人間が二度と勇者とならぬよう教育せよ、その為には思想矯正も許可する、と。
 思想矯正、即ち、洗脳である。
 王家の諜報機関に代々伝わっていた秘儀、宮廷魔法使いの魔法、拷問術の手管を取り入れ、我が一族は独特の精神暗示法を発達させた。
 勇者にふさわしからぬ人間を矯正する為の、最終手段として。


 リシャール様以降、我が一族が最も重視した勇者一族への教育は……人格形成であった。
 世を救うに値する、信心深く、エウロペ国王への忠義にあふれ、悪を憎み、正義に燃え、弱者への労りの心を忘れぬ高潔なる人物を育て上げる事こそが真の使命となったのだ。
 勇者候補には幼い時分から、先祖の偉業(リシャール様も偉人として教えている。エウロペでは彼の犯罪行為は隠蔽されている)を説き、勇者に憧れを抱かせる。心に一点の曇りもなく『勇者候補』である自らを誇りに思う……そんな人物を育成する。
 我が一族の教育は功を奏し、勇者たる事を誇りに思う勇者が数多く生まれた。
 だが、ごく少数ではあったが、侯爵家に勇者にふさわしからぬ資質の子供が生まれる事があった。
 ひどく臆病で他人と争えぬ者、逆に残虐な嗜好が強く弱者をいたぶる事を好む者、万人には理解されぬ特殊な趣味を持つ者。
 普通教育で不適切な面を矯正できない子供に対しては、家長たる侯爵と国王陛下からご許可をいただいた上で暗示教育を施してきた。
 勇者として争いを厭わぬよう、勇者として弱者をいたわるよう、勇者として万人から好かれるように、矯正が完了するまで暗示をかけ続けたのだ。


 我が一族の働きもあってリシャール様より後、高潔な高貴な魂の所有者が剣の持ち手となり続けた。
 神を称え、国王に忠誠を誓い、祖先を敬う……そんな勇者達ばかりだった。勇者にふさわしい人間によって、世の平和は守られ、今世における勇者一族の主君であるエウロペ国王の評判も称えられた。
 十二代目勇者ランツ様の登場までは。


 ランツ様は子供時分から我ら一族を嫌い、その教育の一切を拒否した。礼儀作法も一般教養も拒む、野生児のような子供であったと聞く。
 私の祖父は彼の未来を憂い暗示教育を施そうとしたのだが、凄まじい抵抗にあい、それはかなわなかった。
 ランツ少年は暗示をかけようとした私の祖父の右腕を……『勇者の剣』で叩き落としたのだ。まだ七つであったのに、『勇者の剣』を呼び寄せ抜き、全力で抵抗したのだ。それが、ランツ様と『勇者の剣』の初共鳴だった。
 無限の守護の力を発揮する『勇者の剣』と共鳴している子供に、暗示などかけられるはずもない。
 その粗暴さを放置するのは危険ではあった。が、勇者の位は我々の教育を正しく学んだ彼の兄エミール様が継ぐ事となっていた(エミール様も『勇者の剣』を扱えた)し、七つで有資格者となった者はランツ様が初めて。一命をとりとめた祖父がランツ様を庇われた事もあり、我が一族はランツ様の教育を諦め、その生を見守る事とした。


 しかし、大魔王復活前にエミール様は『勇者病』に倒れ……街のごろつきのような品性下劣な男が勇者とならざるをえなくなったのだが……


 世の中、何が起きるのかわからない。勇者候補のスペアであっても、いつひょんなことから勇者となるかわからないのだ。
 勇者一族であれば継嗣でなくとも、教育は必要だ……
 ランツ様のことは我が一族にとって、良い教訓となった。
 むろん、私にも。



 私はナーダ国王に暗示の程度を説明した。
『理想の勇者』になるまで洗脳をかけ続けては、彼女は彼女ではなくなってしまう。
 そこまで非道な事をする気はない。
 ラーニャ様の性格をいじる気はない。
 傲慢でかわいげがなく学問に不熱心ではあるが……根は悪い方ではない。家族思いで、弟思いのやさしい性格をなさっている。インディラ国も愛しておられる。
 そして、何よりラーニャ様には強い『我』がある。己を正義と信じ、何事にも立ち向かってゆく強さがある。
 その点は、勇者にたいへん向いている資質である。
 その強い個性を、暗示で良い方向に向けたいのだ。
 ラーニャ様が勇者となられる可能性は限りなく低い。が、もし、勇者となったとしても、戦えるような方にしたい。
 性別で『勇者の剣』との相性があまりよろしくない以上、ラーニャ様が勇者になるには『勇者の剣』との強い共鳴が不可欠である。
 ご本人が座学で己を高める気がない以上、暗示は必要だ。
 決して、強い思想誘導は行わない。
 ラーニャ様本人がもともと持っている感情を増幅するだけの、軽い暗示しかかけない。
 何の為に剣を振るうのか……それを強く心に刻ませたいのだ、と、私は訴えた。


 ナーダ国王と相談を重ね、実の両親であるセレス様と忍者ジライの許可を貰った上で、私はラーニャ様に洗脳魔法をかけた。数回にわたるそれは、必ず、ナーダ国王と三人の宮廷魔法使いの立ち会いの下で行った。
 ラーニャ様が本来持っている感情を、特殊状況下で増幅させる魔法……と、いったところだ。 
 ラーニャ様は、闇も魔も人間の本能として漠然と嫌われていたが、信仰に篤くないのでさほど強い感情ではなかった。
 その魔への嫌悪感が強くなるよう煽りたてた。
 魔は、ラーニャ様の大切な家族を、穢し、奪おうと機会を窺っている。
 隙を見せれば魔は喰らいついてくる。
 人の世を壊す事が魔の望みである為、際限なく、魔が滅びるまで、魔は人の世への侵攻をやめない。
 魔は『絶対、許してはいけない』。
 許せば大切なものが、危機にさらされる。
 魔を憎み、神の使徒として戦え。
 常に光と共にあり、己の為ではなく、愛する者を守る為に剣を振るうのだ……
 そんな事を心にふきこんだ。
 倣岸な彼女が独善に走らぬように、人の為、世界の為、光の為に戦うのだと暗示をかけたわけだ。
 その為には人を斬る事も厭わぬように暗示をかけた。魔族だけではなく、大魔王教徒つまり人を斬る事もためらわぬよう、精神を操作した。
 魔との戦いにおいては、彼女は迷いはなくなる。愛するものを守るという正義を貫く為、煩わしいものは全て忘れる……そんな暗示をかけた。


 通常の勇者教育も、続けた。
 ラーニャ様のお嫌いな座学だ。
 心境の変化が訪れ真面目に勉学されれば良いな……と、万に一つもありえない事を願って続けたそれは、やはり予想通りの成果しかあがらず……
 私なりに授業方法を変えたり、いろいろ工夫はしてみた。
 飽きっぽいラーニャ様に刺激を与える為、義弟のガジャクティン様を同席させる事もあった。
 勇者に対するたいへん深い知識をお持ちのガジャクティン様は、真摯に授業に臨まれた。事前に教科書を読んで質問事項をまとめておき、答えをもらってもさまざまな角度から検討した上で納得できるまで思考を続け、教育係である私への感謝を常に口にし、授業を終えてからはきちんと復習もするという……理想的な生徒だった(正直、何度、ガジャクティン様がセレス様のお子様であれば良かったのにと思った事か……あ、いや、いや、その考えはラーニャ様に対しあまりに不敬。決して口にはせぬようにした)。
 ガジャクティン様は、グスタフ様の教育係も務めた私の授業を喜び、熱心に学習にうちこんでくださった。
 四つも年下の義弟が好成績をあげれば、ラーニャ様も焦ってくださるのではないかと思ったのだが……
 残念なことに、無関心。『私の知ったこっちゃないわ』と、あくまでマイペースに本を斜め読みしていらっしゃった。


 勉学にいそしみたくなる洗脳をかけてやりたくなるほど……ラーニャ様は勇者勉強に不熱心だった。
 嬉々として学んでくださるガジャクティン様を見るにつけ、その百分の一でもラーニャ様に熱心さがあればと思ったものだが……



『姫勇者ラーニャ』を読んだ限り、どうにか役目を果たされているようだ。
 又、私の教育の効果のほども窺えた。
 シャイナにおけるエーネ戦のラーニャ様の変貌には、暗示の影響がある。
 大切な仲間を傷つけられ殺されかけて、ラーニャ様は『絶対、許さない』と、お怒りになられた。その怒りが『勇者の剣』との共鳴を生んだのだ。



「ラーニャの旅は順調だね」
 私が本を閉じると、グスタフ様は椅子に身体を預け目を閉じておられた。
「四天王の討伐が驚くほどに早い。大魔王すらも最速で討伐してしまうかもしれないね」
「信じがたいことですが、その可能性も高そうです」
「神速の勇者と呼ばれているとか」
「そんな尊称をいただく方になろうとは、夢にも思っておりませんでした。授業中、だら〜とばかりしていましたしね」
 私は大きくため息をついてみせた。
「ひどい時には、私の定規を一週間で五本も駄目にしてくださいましたよ」
 そう言うと、グスタフ様が小さく笑われた。
「そういえば、机を定規で叩いていたね。私が集中力を欠いたり、よそみすると、おまえは机をバチンと叩いた」
「注意を促す為、音による刺激を与えたのです」
「静かな部屋に、もの凄い音が響いたっけ。あれはビックリした。心臓に悪かった」
「グスタフ様の授業で定規を使うのは、二週間に一度あるかないかでしたよ。優秀なグスタフ様とラーニャ様とでは、私の定規の使用頻度が全く違いました。ラーニャ様のおかげで私、年に五十本から百本、定規を新調したんですから」
 なら叩くのはやめれば良かったのにと、グスタフ様が愉快そうにお声をあげて笑われる。


 グスタフ様の元気なお声を耳にすると、私も元気がいただける。
 出来の悪かった生徒であった方も頑張っていらっしゃるのだ。
 私も勇者の教育係として、ラーニャ様に恥じぬ働きをしなければ面目がたたない。
 グスタフ様におすこやかな体をお戻しする為、『エミール病』の治癒方法を探すのだ。
『勇者としての初仕事! 魔族召喚阻止!』で、ラーニャが自分の暗示のことを言ってます。が、本人は魔族に関わるモノを斬る事への罪悪感が無くなる暗示をかけられただけだと思っています。
 この暗示の影響については、先の話で。

* * * * * *

 次章からは、新展開。シャイナに戻った勇者一行に思いがけない所から、魔族情報がもたらされます。
 一方、インディラの後宮で目覚めたアジンエンデは、ラーニャの母――ジライの伴侶セレスと対面します。

 明日からムーンライトノベルズに『女勇者セレス―――ジライ十八番勝負』をアップします。その後、ラーニャちゃんに戻ってきます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
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