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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

思い出は美しく

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囚われて? 魔力があふれる時!

 昨夜は同じ寝台で寝かす事こそできた。が、ガジャクティンの頑な態度は軟化しなかった。兄と口もきかなければ顔を見ようともしなかったのだ。
 ガジュルシンは、かわいそうなほど萎れてしまった。弟から一番離れた寝台の端に移動し、弟に顔を見せないよう背を向けて小さくなって眠ろうとしていた。
 ガジャクティンが眠ってからガジュルシンを慰めようと思ったのだが、息子の隣のアーメットがしっかりと手をつないでくれているのが見えたので、慰め役は義理の息子に譲った。
 心許せる兄弟がいるというのは良い事だ。義理の間柄ではあるが。


 今日の早朝、私はセレスの別宅の庭で格闘を子供達に教えた。
 格闘の型を教え、模範演技をし、子供達に拳と蹴りをさせどこを直せばいいのかを教えた。
 体があまり丈夫ではないガジュルシンは、運動の時間、いつもは離れたベンチに座って皆がやる事を見ているのだが……
『弟に、みっともないところを見せてあげなさい』と、ガジュルシンに耳打ちし、今日は一緒に参加させた。
 構えの姿勢も、ガジュルシンは満足にできない。両足をひらき、腰を落とす姿勢をとろうとするだけで足がぶるぶると震える。重心も定まらない。蹴りをしようにも足が高くあがらず、拳にもまったく力が入らない。
 活発なアーメットや、ラーニャ、そして幼いガジャクティンすらできる拳法の所作がまったくできず、姿勢矯正だけで息もどんどんあがっていった。
「やはり、あなたは、運動は苦手ですね」
 ガジャクティンに聞かせる為に、淡々と事実を言った。
「勉強は一番だけど、体を動かすのは本当、駄目だよな」
 アーメットも心得たもので、侮辱とならぬよう明るく言う。
 完璧に見える兄にも苦手なものがあるのだと、ガジャクティンにわかってもらおうと思ったのだが……
 そこへ、
「あんた、格闘の才、ゼロよ。才能ないんだから、格闘はやめたら?」
 と、きっぱりとラーニャが言ってしまう。
 しまった、ラーニャに協力を仰ぐのを忘れていた……
 それでは才能がない(と、周囲や自分が感じた)事はやらなくてもいいと推奨しているも同然……
 僕は勉強の才がないからやらなくていいんだと、ガジャクティンが解釈しかねない。
 血が下がり立っているのも難しくなった息子を私が抱き抱えた時、ガジャクティンはチラリと兄を見上げた。が、すぐに視線をそらした。
 幼い心なりに何かを感じ取ってはくれたようだが……
 それが良きものであって欲しいと思いながら、ガジュルシンに疲労回復の魔法を唱えた。
 子供達は国王の私が治癒魔法を使う様を珍しそうに見つめ、ガジャクティンも目の端でチラチラと見つめているようだった。


 子供達の勉強の時間、セレスの別宅から別荘の城に戻った。ウシャスの顔を見に行き昼食の約束をしてから、政務にとりかかる。
 明日の午後に治水の工事専門家と学者の来訪がある旨を報告してから、ヤルーは至急の案件から順に私に手渡してくれた。
 書類に五つほど認可のサインを記した時だった、執務室に、突然、知った顔が現れる。覆面・黒装束の忍者だ。扉を通らずに、忍の技で現れたのだ。
「ジライ……」
 口元に笑みが浮かんだ。
 王宮付き忍者の忍者頭。セレスの伴侶でラーニャとアーメットの父、そして私の恋人だ。
 どんな時でも彼の顔を見ること、その声を聞くことは、私にとって喜びだった。
 だが……
「あいかわらずくだらぬ事で頭を悩ませているようだな」
 現れるなり、遠慮のない口調で、そう切り捨ててくれる。
 私はムッと眉をしかめた。
 ペリシャ国境での仕事だった彼が、家族と合流するのはほぼ一か月ぶりのこと。その間、王宮で何があったのかは部下からの報告で聞いているであろうし、ジライの事だ、私の前に顔を出す前にセレスの別宅で愛する者達に会って話を聞いて来たのだろう。王宮付き忍者頭のくせに、いつも国王への報告は二の次、三の次なのだ。
「くだらなくなんかありませんよ、大切な事です」
 ジライからの報告書を受け取りそれに目を通しながら、私は不機嫌な気持ちのままに答えた。ペリシャでは国境警備が更に強化されているようだ。現国王サラディアス様は熱心なペリシャ教徒。インディラ教もと大僧正候補が国王である事が、あいかわらずお気に召さないらしい。
「もと大僧正候補様は、甘すぎるのだ」
 ジライがフンと鼻で笑い、美しい目を細めた。
「我に任せてみよ。きさまの悩みなど、一日で解決してやる」
 一日で解決?
「どうやって?」
「第一王子と第三王子が納得するまで話し合えばすむことだ」
「ガジャクティンが兄を避けているのに?」
「そこはそれ」
 ジライが両腕を組む。
「一室にとじこめるのだ」
「却下」
「話し合いが終わるまで出られぬよう、出入口も窓も外から打ちつけてしまえばいい」
「却下」
「食べ物も飲み物もなく、明かりもない部屋とか……第三者の助けも期待できぬ造りがよい。共に危機を乗り越えた方が絆が深まる」
「却下」
「む。ならば、灯りありの部屋で、動けぬよう向かい合う形で柱に縛りつけてやろう。互いの目を見て話せるよう、どうあっても顔を背けぬようにしてやるのじゃ。頭を固定するか、髪の毛を」
「却下だって言ってるでしょ!」
「………」
 ジライが不満そうに私を睨む。
「上策だと思うが?」
 一歩も引かぬ覚悟のまま、私もその黒い瞳を睨み返した。
「下策です。子供への虐待は許しません」
 その程度のものが虐待なものかと言いたげに、ジライはわざとらしく溜息をついた。
 ジライが何と言おうが、虐待だ。縛られた事がトラウマになってる子を縛るとか……非常識極まりない。
「ヤルー、きさま、どう思う?」
 ジライは、突然、私の影に話を振る。振り返ると、老人の姿に変装しているヤルーは、迷惑そうな顔をしていた。私とジライを順に見つめ、仕方なさそうに肩をすくめる。
「早期解決をお望みでしたら、頭領のおっしゃる通り、荒療治の方が効果的かと思います」
「さもあろう」と、ジライ。
「ですが……ナーダ様がここにきて方向転換して子供を部屋に閉じ込めるのは、確かに下策かと。行動に一貫性のない大人は尊敬の対象となりません。お子様方の信頼を失いましょう」
「むむ。では、(われ)が独断で閉じ込める事にしよう。ナーダ、おまえはあずかり知らぬ事だ。後で救出役をやらせてやるゆえ、我がやる事を黙認しろ」
「拉致監禁なんて駄目です! 許可しません! 無理矢理早期解決しても、ガジャクティンの心に傷を残すだけです。それぐらいなら、時間をかけます」
「………」 
「政務の後、又、ガジャクティンと話します。私だってできるだけ早期の解決を望んでいるんですよ」
 ジライが舌うちを漏らす。
「きさまに任せたら何年かかるやら。あの二人が仲直りせねば、セレス様のご心痛が解けぬではないか……」
 珍しく私の息子達の事を気にかけてくれると思えば、やはり、そんな理由からであったか。基本的に、ジライはセレスとラーニャ以外の事はどうでもいいのだ。


* * * * * *


『策があるんだとしても、まずは、ナーダの許可をとりに行きなさい。あの二人はナーダの子供なんだから、親御さんの許可を得られない事はしちゃ駄目よ』
 と、セレス様がおっしゃったので、計画実行前にナーダのもとへ顔を出した。
 案の定、ナーダの許可は得られなかった。
 しかし、予定通り言質は得た。
『子供への虐待は許しません』『拉致監禁なんて駄目です』
 と、国王陛下は言った。
 ならば……それ以外の事は禁止されていないという解釈も成り立つ。
『拉致監禁状態とし、虐待する』事さえ避ければいいわけだ。
 最悪、『あなたは何も手を出さないでくださいよ』と、言われる覚悟はしていた。その場合、『我は何も手を下さず』部下に命じて部下に実行犯をやらせようとは思っていたが。


 セレス様の別宅に戻った。
 部下より、第一王子は外出中、第三王子は自室で一人遊び中との報告があがる。
 ナーダのもとへ向かう前に、国王からの手紙をガジュルシンに渡した。むろん、我が書いた偽の父からの手紙だ。ナーダの筆跡など真似られる。
 足の遅いガジュルシンとて、そろそろ湖の船着場のそばまで着いている頃。
 弟を連れていくか。


* * * * * *


 ジライから渡された父上からの手紙には『ガジャクティン達には内緒で一人で船着場まで来てください』と、記されていた。
 僕とガジャクティンの仲をとりもとうと父上は必死だ。余暇に入る前からだ、無理に時間をつくられて僕等と過ごされている。ご政務がお忙しいのに。
 申し訳ないと思う。
 本当に僕は不甲斐無い。
 ガジャクティンのあの怯えた瞳を見ると、何も言えない、何もできなくなる。弟の目の届かぬ所に逃げたくなる……
 あの子の劣等感と恐怖と絶望が、痛いほど伝わってくるのに……
 傷ついた弟を慰めることすら、満足にできないんだ……
 こんな情けない子供が、王国の世継ぎだなんて馬鹿げている。
 統治者に必要な決断力も行動力も包容力も、僕には全くない。学問の理解が早くても、僕は父上のような『人物』ではない。めめしく、ひよわで、根暗な、無能者なのだ。
 約束の場所に着く前に、息が乱れていた。ただ歩いているだけでこの(てい)たらく。朝に、父上に疲労回復の魔法をかけていただいたばかりだというのに。
 僕が足を止めると、背後から木に隠れてついて来ているハンサも止まる。僕を守ろうと常にハンサは真剣だ、周囲への警戒を怠らない。
 忍者の気配が子供の僕にわかるはずがない。だが、僕はハンサが何処にいるのかわかる。
 僕の魔力はたいへん強いので、日常生活に支障がないようにと、宮廷魔法使いから魔力封印の魔法がかけられている。魔法の授業以外、封印が解かれる事はないのだけれども……
 僕は身近にいる人間の思考を、常に大まかにだが察知してしまう。細かい思考までは読めないけれども、どんな気持ちなのかおおよそわかるのだ。何度かけ直してもらっても駄目なのだ、宮廷魔法使いの封印魔法では僕の能力を封印しきれないということなのか?
 ガジャクティンは……
 本当に綺麗だったんだ……
 幼いあの子は、兄である僕を信頼し、愛し、尊敬してくれていた。
 常にキラキラした純粋な光を向けてくれていた。
 それを……あいつらが……
 僕は目元を右手でぬぐった。
 僕の事なんか、どうでもいい。
 今、苦しいのは、僕じゃない、あの子だ。
 あの子を救う術を考えなくては……お忙しい父上の御力に頼るのは申し訳ないけれど。


 しばらく進み……


 船着場に着く前に僕は駆け足となっていた。
 ガジャクティンの悲鳴が聞こえたのだ。
 声ではない声で。頭の中に。


 船着場の側に父上はいない。
 いるのはガジャクティンとガジャクティン付きの忍者、それに宮廷魔法使いと……
 それから……


「何をしている、ジライ?」


 走り寄ろうとしたのだが、
「ハンサ、お止めしろ」
 忍者頭の命令に、僕の護衛役『影』のハンサが従う。背後から抱き締め、僕の動きを奪う。大人の力の前に、僕はなすすべもなくつかまる。
 僕は前方の忍者達を睨んだ。
「おまえ達、僕の弟に何をしているんだ?」
 大人達に囲まれて、僕の大切な弟は真っ赤な顔で泣いていた。目を閉じ、眉をしかめ、顔中を皺だらけにして。太い木の幹に縛りつけられ、口には猿轡を噛まされている。激しく泣いているのに、声はうめきのようにしか聞こえない。
「忍者頭として、先日の部下の非礼をお詫びしたく思ったのですが」
 覆面に黒装束の忍者が、丁寧に、しかし、情のこもらぬ声で言う。
「ガジャクティン様は一箇所にとどまられるのも苦手なれば、他人の話を邪魔せず最後までお耳に入れるのも苦手なご様子。それゆえ、お話ができる状態となれるようお手伝いしておる最中にございます」
「な」
 僕の顔に血がのぼる。
「ふざけるな!」
 僕は、アーメットの父を睨んだ。
 忍者の覆面から覗く目が、冷たく僕を見つめる。
 ジライは、何を考えているのかわからない。精神障壁を張っていないのに、何も読めないのだ。魔力が封印されている今でも、他の者の感情はわかるのに、ジライのものはさっぱりだ。
 ガジャクティンの忍者や宮廷魔法使いは、王子に対し無礼を働く事への躊躇とジライへの恐怖がないまぜた感情だ。命令には承服できないけれど、ジライが怖いので仕方なく命令に従っている感じだ。
「二〜三時間も泣き続ければ、疲れて声も出なくなりましょうし、暴れて逃げる気力も失せましょう。それを待っておる次第で」
「このまま縛って、僕の弟を泣かせ続ける気か?」
「はい」
 しれっと忍者が答える。
「泣き疲れて眠ってしまうようでしたら、尻でもつねってお起こしすれば、話もできましょうから」
 猿轡のせいでくぐもったガジャクティンの泣き声。ずっと泣き続けているせいか、ひどく苦しそうだ。
 顔に更に血があがったのを感じた。
「僕の弟を放せ、ジライ!」
 両腕を組んでたたずむジライは何も言わない。
「今すぐ僕の弟の縄を解け! 王家の子を侮辱して許されると思うのか?」
 僕の剣幕に、ジライの周囲の大人の感情に動揺が走る。表面は、皆、無表情をつくっている。が、僕には彼等の戸惑いがわかる。
 だが、覆面から覗くジライの目は、あくまで冷たい。
「無能者に人の上に立つ資格などない」
「!」
「王家の子と甘やかされ、感情のままに暴れる人間など主人とあがめられようか?」
「………」
「幼い内から徹底的に躾けてやるのが本人の為じゃ。きさま、弟を王族という血の上に胡坐をかくだけの阿呆にしたいのか? どれほどの家臣がこの餓鬼から迷惑を被ったか、知っているのか? 王家の子だからと遠慮し、怪我をした者が幾人いると思う? 憐れなのはその我がまま小僧一人だけではないわ」
「それは……」
 僕はうなだれた。
「そうかもしれない……ガジャクティンは、今、王家の子供にふさわしくないふるまいをしている」
 僕は震える手を握りしめて、頭をあげた。
「でも、それは、本人のせいだけではない。弟がそうなったのは愚かな大人のせいだ。本当は、とても素直ないい子なんだ。僕が絶対、前のガジャクティンを取り戻させる。僕が心の傷を癒してやる。ジライ、おまえは手を出すな」
 ジライはフフフンと笑うと身をかがめ、弟の耳元に口を近づけ、
「ガジャクティン!」
 と、大声をあげた。
 その大きな声に弟がビクッ! と、驚き、目を見開く。
「聞こえたか、弟は素直な良い子ゆえ放してあげてくれと、おまえの兄は言うておる」
 ひくひくひくとひきつりながらも、弟が目を見開き、僕を見ている。大きな衝撃を受けたせいか、茫然とした顔だ。
「笑ってしまうの。怖い者からは逃げ出し、弱い者には暴力をふるう、根性無しのおまえが良い子だとはな」
「ガジャクティンは心の綺麗な子だ。僕は知ってる。素直でやさしい、僕の大切な弟だ」
 僕は声を荒げた。
「縄を解け、その子は縛られるのは嫌いなんだ」
 しかし、ジライは鼻で笑うだけ。
 怒りが僕の中を駆け巡る。
「弟への侮辱は許さない。今すぐ弟を放せ、ジライ!」
 ジライが左手をあげた時だった、ぐぅんと何かが体を駆け巡る。
 心の枷が外れる感覚だ。
 僕を押さえつける不快な封印が解けた時の感覚だ。
「弟を放せ!」
 僕の怒りは形となり、僕を押さえつけていたハンサの体が後方へと吹き飛ぶ。加減はした。ハンサならば受け身がとれるはずだ。
「放せ!」
 ジライ達の周囲を、刃のように鋭い風が駆け抜けてゆく。
 彼等に到達するはずの風は進むべき道を変えて左右へそれ、木々を葉を削ってゆく。
 宮廷魔法使いが結界を張っているのだ。
 やはり……と、思う。僕の攻撃など、あちらは予想済みなのだ。
 ガジャクテインが驚いたように僕を見ている。
 魔力をまとわりつかせている僕を。
「争い嫌いのひよわな王子かと思ったが、なかなかやるではないか」
 覆面の忍者がにやりと笑う。
「きさま、その力をもって、兄としての責任を果たすと誓うか?」
 僕はすかさず答えた。
「誓う」
「その馬鹿弟を、正しい道に導くと約束するな?」
「ガジャクティンは馬鹿じゃない。とっても優しいかしこい子だ。心の中の悲しみが去れば、もとのガジャクティンに戻る」
「では、その悲しみを取り除いてやれ」
 芝居ががった仕草で、ジライが肩をすくめる。
「我らは引き揚げよう。第三王子はきさまに譲ってやる。きさまが言に責任を持てれば良し。果たせぬ時は、第三王子ではなくきさまを(われ)が懲らしめてやろう」
 ジライが右手をあげる。彼等の姿がフッとその場から消えた。忍者の体術ではなく、移動魔法でこの場を去ったのだろう。
「ガジャクティン!」
 僕は急いで弟に駆け寄り、猿轡を外してやった。結び目が後頭部にではなく、ガジャクティンの左耳の下にある。外しやすいようにという配慮だろう……
「怪我はない? ガジャクティン?」
 ガジャクティンが僕を見つめ、目からポロポロと涙をこぼす。
「にーさま……」
「痛いところはない? 待ってて、今、縄を解いてあげるから」
「にーさま……」
 鼻をすすりあげ、ガジャクティンが顔をくしゃくしゃにする。
「ごめんなさい、にーさま」
 僕はかぶりを振った。
「僕こそごめんね、ガジャクティン。おまえが泣いていたのに、気づいてあげられなくて……」
 僕を木の幹に縛りつけられている弟に抱きついた。
 声をあげて泣くガジャクティン。
 僕の頬にも涙が伝わった。
 木の幹の後ろの地面には、ご丁寧な事にナイフが刺さっている。これでガジャクティンの縄を切れと、あの賊徒達が置いていってくれたのだ。


 僕をここまで呼び出し、囚われの弟を救う英雄(ヒーロー)に仕立てたのはジライだ。
 気をぶつける事で泣いていたガジャクティンを泣きやませ、弟思いである優しい兄の姿をこの子に見せてから、宮廷魔法使いに僕の魔力封印を解かせて活躍の場を与えてくれたのだ。


 ジライの掌で踊らされたんだと思うと癪だけど、弟に触れられ、声をかけてもらえたのだ……
 嬉しい……
 ガジャクティン、二度とおまえを泣かせたりしない。
 何があっても、僕がおまえを守ってやる。
 おまえは僕の大切な弟なのだから……


 ナイフなんか使い慣れてないので、時間がかかったけれど、どうにか縄をほどいてやれた。
 縄が直接かかる胴体や手首にはやわらかな布が巻かれていた。本当に誘拐ごっこだったんだなあと改めて思う。
 近くからハンサの感情を感じる。姿は見えない、何処かに潜んでいるのだろう。仲直りした僕等を嬉しく思っているようだ。本当に……僕等兄弟は多くの人間に心配をかけてしまっていたんだ。
「帰ろう、ガジャクティン」
 僕は弟をおぶってやろうとした。
 でも、弟は大きくかぶりを振って、右手で僕の左手を握ってニコーッと笑った。
「おててが、いい」
「うん……」
 僕の体力のなさを気にしてくれたのだろうか……?
 僕等は手をつないで森の中を歩く。
 ガジャクティンが、元気に明るく童謡を歌う。
 このかわいい歌声を聴くのも久しぶりだ……
「にーさま、かっこよかった」
「そう?」
「ゆーしゃの、じゅーしゃみたいだった」
「勇者の従者か……魔法使いの?」
「にーさま、カルヴェルさま。ぼく、ランツさま」
「うん、いいよ」
 ごっこ遊びだ。
 ガジャクティンの大好きな遊びだ。
「いっしょに、おうたうたおう、カルヴェル」
「歌?」
 僕は困ったように弟を見つめた。
「お歌はごめん、ダメだ」
「どーして?」
「うん……」
 僕はちょっとためらってから、正直に言った。ガジャクティンには隠さずに僕のみっともないところも見せた方がいい。
「僕は……お歌が下手なんだよ」
「へた?」
「音痴なんだ……」
 頬が少し赤くなる。
「僕が一緒に歌うと、おまえまで下手になってしまう。せっかく綺麗な声なのに」
 そう言うと、弟はケラケラと笑った。
「いいよ、にーさま」
 そして、とても愛らしい顔で微笑んだのだ。
「いっしょがいいもん。うたおう」


 ああああああ、本当にかわいい!


 歌うのなんて何年ぶりだろう。
 ラーニャに音痴を指摘されてから、ずっと歌は避けていた。


 僕の調子はずれな歌と、弟のかわいい歌。
 決して音は重ならないけれど、同じ歌詞を口にし僕等は歩いて行った。
 ガジュルシンはこのへんから、重度のブラコンに。ガジャクティンは、まだ勇者おたくになる前(でも、勇者ものも好き)です。

 今回の話は、正義のヒーローと、(幼稚園バスをのっとるレベルの)悪役と、囚われの園児を意識してお送りしましたw
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