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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

愛と狂気と分身と

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逃げ出したい! あの妹にしてこの兄あり!

 アジンエンデが変だ。
 何を話しかけても生返事で、ボ〜と座っていたかと思うと、突然、ポロポロ涙を流して泣き出したりする。
 セーネが背中から抱っこしてあげて、ケルティ語で優しく囁いてあげている。ケルティ語だから、私には全然、わかんない。でも、慰めてるんだと思う。


 考えたくない事だけど……
 処女妻だったアジンエンデ……
 口づけすらハリハラルドとしてなかったんだとしたら……


 さっきのアレが初キッスなわけ……?


 あの変態が初めての男性(ヒト)


 それは超かわいそう。
 同性として同情する。


 初めてのキスは好きな男性としたかったろうに。


 たとえば……


 ガジャクティンとか……?


 ズッキン! と、胸が痛む。


 違うわ……
 ガジャクティンはアジンエンデが好きみたいだけど、アジンエンデはあんなお子様、相手にしていない。年上のおねーさんとしてガキの面倒をみてやっていただけよ……アジンエンデは姉御肌で優しいから……それだけよ。
 あああああ、でも……思い出すだけで腹が立つ。
 ガジャクティンの馬鹿……本当、潔くない。ごまかしてばっかなんだもん、格好悪い。
 お見舞いと称して部屋を覗こうとした義弟。『男子禁制!』って怒鳴って叩きだしてやったら、あいつ言うにことかいて……
『具合の悪い友達の様子を気にかけちゃいけないの?』とか言って!
 嘘ばっか! 何が友達よ!
 好きなら好きってはっきり認めなさいよ! って言ったら……
『好きだよ。当然じゃないか。アジンエンデは初めてできた、本当の友達だもの』
 とか、何とか、もう〜〜〜〜〜〜〜
 絶対、認めようとしないのよ、みっともない!
 去り際に、あいつ、
『いい加減にしてよ。友達だって言ってるだろ? ラーニャの馬鹿。わからずや。顔も見たくない』
 なんて言いやがって……
 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!
 ガジャクティンなんか大嫌い!
 お父様そっくりな顔で、お父様そっくりな声で……
 あんなひどい事、言わなくたっていいじゃない……


* * * * * *


「何か用?」
 入室した我に対し、第三王子が棘々しい声をかけてくる。
「用がなきゃ出てってくれない? 今、ジライの顔なんか見たくない」
 兜に口布のインディラ風忍者装束を着ていては、たいして顔は見えんと思うのだが。
「むろん、用にございます」
 我は第三王子に対し、深々と頭を垂れた。
「宮中よりの使者にございます。ミカドが従兄弟タカアキ様が、病気見舞いにみえられております。上段の間にてお待ちですので、お相手を願います」
「僕が?」
 不満そうに第三王子が、眉をしかめる。
「姫勇者はどうしたのさ?」
「ラーニャ様の方が使者のお相手に向いているとお考えでしたら、どうぞガジャクティン様からラーニャ様にお頼みくださいませ。私はラーニャ様のお部屋の五メートル四方への接近を禁じられておりますゆえ」
 ますます不機嫌そうに、第三王子が眉をしかめる。
「いいよ。僕が応対する。誰か一人、僕に付けて。兄様とラーニャの部屋にも連絡用の忍を。使者との対面が可能かどうか連絡とって」
「承知」
「ラーニャにも下段の間に向かってもらって。部屋の前で合流して一緒に入室しよう。使者とのお話は僕がするって、ちゃんと伝えといてよ」
「心得ました」
 物陰に潜む部下に対し、暗号で指示を送る。その間に、第三王子は鏡で着衣を改めていた。何でまだいるんだと言わんばかりに睨みつけられたので、問われる前に答えておいた。
「私が付添ます。交渉事に不慣れな方々だけで、お使者と対面させるわけにもいきませぬから」
 第三王子は子供扱いをされるのが大嫌いだ。しかし、
「あ、そ。じゃあ、僕が暴走しそうになったら、止めてよね」
 と、意外とあっさりと同席を許した。
 このまえも思ったが、この王子、馬鹿ではない。我に対しものすごく腹を立ててはいるが、追い出すのが無理とわかれば無駄な行為はやめる。
 あまり忍耐強くなく思慮深くもなく感情的になりやすい自らを自覚した上で、こちらを利用する方が上策と頭の中を切り替えたようだ。
 第一王子に人物が及ばぬのは明らかだが……
 これが世継ぎでも悪くはないという気がしてきた。ナーダも第一王子も、この王子は王位に『向かぬ』と前に決めつけていた。が、年を経て、だいぶ己を御せるようになってきている。
 これからしっかり調教……ではない教育を施してやれば、王の役を務められるようになろう。
 第一王子がこの旅で死すとも、こやつが生き残れば、インディラは安泰。
 王家が無事ならば、セレス様もラーニャ様も心安らかに過ごせる。
 将来の為に、こやつも、ラーニャ様と第一王子の次に護衛してやるか。


* * * * * *


「ひゃぁ、えらい、別嬪はんやないのん。ミズハに、かつがれたわ。山猿や言うから、どないおもろい顔しとるかと思とったのに、艶やかやし、おサムライはんみたいにキリリとしてて、かっこええわぁ」
 えっと……
 このナンパそうな男がタカアキ?
 ジャポネの神官(神主)の格好をしてる。烏帽子って変な帽子は被ってない。首の後ろに一つに束ねた髪が腰まである。お貴族様の男にしては長いような……この軽そうな兄ちゃんが、三大魔法使い様なの?
 顔だちはあのバケモノ女とよく似てる。鬚を生やしていないわ、なよなよしてるわ、男のくせに顔に白粉ぬりたくって化粧してるわで、気色悪い。あの女と違って肌の色は普通だけどね。
 わりと若いと思うんだけど……化粧のせいで年がわかんない。二十歳前?
「それで、そもじさんが、インディラの第三王子か。でっかいなあ。衝立かと思うたわ」
 ホホホと扇子で顔を隠しながら笑う。
 うわ。
 うわ。
 うわ。
 キショ!
 カルヴェル様も『ホホホ』って笑うけど、カラッと笑う感じ? なのに対し、タカアキの声は、ネチョ、ネチョ、ネチョなのよ、『ホホホ』が。大違い。
 嫌。
 嫌。
 嫌。
 なんか、すごく、嫌。
 生理的に駄目。おぞおぞする……
 良かった……こいつへの挨拶とか、ガジャクティンがやってくれて。
 口なんかききたくない。顔も見たくない。同じ部屋に居たくもない……
 退出したい〜〜〜〜
 目が合った途端、タカアキが扇子ごしに、流し目を送ってくる。
 ひぃぃぃ……
 全身から血の気が下がった。
 ごめん、アジンエンデ! わかったわ! 駄目なものは駄目よね! 
 白粉オバケ女に軽蔑されてもいい! こっから逃げ出したい……
「姫勇者はんは奥手やなあ」
 目をそむけた私をどう誤解したんだが知らないけど、タカアキはご機嫌だ。
「宮中には居ないタイプのおなごはんや。遊んでみたいわぁ」
「申し訳ありません、義姉にはシャイナに婚約者がおりまして……」
 ん?
「シャイナ皇帝にございます。()の方に貞節を誓っていますので、義姉は恋の相手には不向きかと。それに、ご存じのとおり、義姉は勇者です。純潔を守るのが義務です」
 おおおおお!
 もしかして、庇ってくれてるの、ガジャクティン!
 嘘ぉ! あんたがそんな良い子とは知らなかったわ! ちょっとだけ見直してあげる!
 タカアキは、又、気色悪く笑いやがった。
「ホホホ。そない怖い顔しなくても、大丈夫や。麿は最後までできひんさかい。麿の神通力な、おなごはん断ちの誓いで成り立ってるんやわ。おなごはんのアソコ使ぅたら最後、神の怒りに触れてしまう。命賭けても惜しゅうないおなごはんと巡りあえるまで、麿は童貞を捨てる気ないよって」
 はぁ……?
 インディラ教の僧侶にも女犯ってあるけど……女性と親しくつきあう事そのものが駄目だったはずよ。××しなきゃいいってもんじゃなかったはずだわ。
「神通力に関しての事、僕達にお話になってよろしいんですか?」と、ガジャクティン。
「かまへん、かまへん。宮中のみぃ〜んな知っとる事やさかい。てなわけで、姫勇者はん、童貞と処女同士、清いおつきあいしてみまへんか? 最後の一線は必ず守るよって、安心して楽しめるで」
「お・こ・と・わ・り・します」と、私。
 ××手前までのHなことはぜ〜んぶするぞってな、ナンパ・キモ男なんぞご免だわ。
「ホホホ。麿の誘いを断るおなごはんがこの世に居るなんてなぁ……新鮮やわぁ。ますます、そもじ、欲しゅうなったわ」 
 だから、やめてよ! その気色悪い笑い方!
 ひとしきり笑ってから、タカアキは急に真面目な顔となった。
「さて。麿は今日、第一王子はんのお見舞いに来たわけやけど」
 扇子をパチンと閉じて、タカアキはその先端だけを口元に当てる。
「それな、表向きの理由なんよ」
 むぅ?
「本当は相談に来たんや。宮中で一度会うてからと思うてたけど、今日、潰れたし、ミズハもそもじら闇くさくない言うてたから、まあ、信用してもええかなあと」
 闇臭くない……? 魔族の影響を受けてないって意味よね。
「第一王子はん、起きてはる?」
 ガジャクティンは、私達より少し下がって控えていたジライへとチラリと視線を向けた。ジライが頷きを返してから、義弟は上段の間にしっかりと向き直った。
「まだ(とこ)についてはいますが、意識ははっきりしています」
「ほな、お見舞いや。第一王子はんのお部屋まで案内して」
 立ちあがる所作まで、何と言うかもったいつけた動き。優雅な動きってやつなんだろうけど、いちいち神経に触る。
 タカアキの後ろの神官とサムライも立ち上がる。お見舞いの、大きな磁器の瓶と、紙にくるんだデッカイ果物か野菜みたいなのを恭しく持って。
 あれ? 昨日の姫巫女のお伴と一緒……よね? お髭のサムライとタカアキ同様白くのっぺりした顔の神官。この二人、姫巫女専用の家来ってわけじゃなかったのか。
 ガジャクティンが先頭に立って歩き、私達はガジュルシンの部屋に移動していった。


 移動したのはいいんだけど……
 どういう事……これ?
 布団から上体を起こして座っているガジュルシン、お顔イキイキで、お肌つやつや。
 どー見ても病人じゃない。
 倒れる前より元気そうじゃない。
「病室までのご足労いたみいります。お見舞い、誠にありがとうございます」
「気にせんといて。勝手に押しかけた不作法(もん)はこっちやし」
 ガジュルシンの床のそばに置かれた座布団に、タカアキはやっぱりゆっくりと腰を下ろす。え〜〜〜い、しゃきしゃき動かんか!
 お伴のサムライと神官がその後ろにつき、私とガジャクティンは布団の反対側に座る。ジライは廊下前の襖のところで待機。
 お見舞いの品を受け取ったアーメットがガジュルシンにも見える位置に設置し、廊下側に移動して控える。
「ふぅん」
 扇子を開いて顔を半ば隠しながら、三大魔法使い様はアーメットを見ていた。
「良さげな精気やないの」
 視線をガジュルシンに向け、タカアキは、にんまりと目元に笑みを浮かべた。
「……吸ったやろ?」
 そう言われたガジュルシンの頬が朱に染まる。
 精気を吸う……?
「ホホホ。照れんかてよろし。誰かて、体、大事にせえへんと、神通力、まともに使えんもん。そもじの魔力の高さは生まれつきみたいやけど、麿は、年々、強うなってゆく(タイプ)や。毎年、内のモノと折り合いつけ直しや」
「お察しします」
「ありがとさん。ホホホ、良かったわ、そもじさんの魔力もミズハの見立て通りそうやし、体もまともに動きそうやし、本題に入れるわ」
 タカアキが手にしていた扇子を開いたまま、宙へと投げる。
 それはガジュルシンの布団の上で止まって、空に飲み込まれるように消えた。
 代わりとばかり、宙に幻影が現れる。縮小五分の一サイズくらいだろうか、魔法使いのローブの男だ。
「あ」
 私は思わず声をあげた。
 一つにまとめた黒髪の三つ編みがたいへん重たそうなヤサ男……シャイナ皇宮で会ったあの男だ。
「僧侶ナラカ」
 私の声に、え? って顔をしたのはガジャクティンとアーメットだけ。
 ガジュルシンもジライもナラカの顔を知っていたみたいだ。
 タカアキは懐から別の扇子を出し、開いては閉じ、開いては閉じと、弄び始める。
「最近、キョウでオイタしとる魔族や。祓っても祓っても、すぐ舞い戻って来る。ごっつい魔力持っとったくせに、どれもこれも分身だったらしくてなあ、キリがない」
「僧侶ナラカがキョウに出没しているという噂は存じておりますが」
 と、ガジュルシンは言った。が、私には初耳! 嘘、ジャポネにいたの、あの魔族。
「目的を察せられずにいます。僕が知っているのは」
 ガジュルシンがそこまで言った時、僧侶ナラカに重なるようにキョウの地図が現れた。所々に白丸の点々と数字が付いている。
「僧侶ナラカの出現場所と日時だけです」
「これやと足りんわ」
 タカアキが扇子をパチンと閉じると、十ぐらい点が増えた。全部で……えっと、数えるのも面倒だけど三十以上ありそう。けっこうごちゃごちゃしてるんだけど、後ろのナラカの映像も地図も見やすい。不思議。注目している所だけよく見え、数字も読める。残りは視界に入っていても、目ざわりならず、気にならない。
「現れるんは、たいてい、魔族の封印塚やら、魔封じ結界の礎の箇所やら、さびれてしもたお寺はんとかやな。聖なる遺物を壊して、魔の領域を広げる……実に、地味ぃな、わかりやすい勢力拡大しとるんが……いやらしくてなぁ」
 扇子をバッと広げ、タカアキが顔を半ば隠す。
「こいつ祓うんは、麿とミズハしかできひんかった。他の者の祓いやと、はねのけるんよ。聖なる力をはじく、えらい変わった結界、張りおってな……結界こじあけねば、こっちから何もできんちゅうこっちゃ」
 そういえば、僧侶ナラカって結界魔法が得意だったんだっけ。
「三十五の分身放ちおってからに、まだ本体、姿、見せへん。こんだけ強いんや、三十五体を同時に出すとか、御大自らおでましとなれば、一瞬でキョウの街の半分ぐらい消し去れるやろ。なのに、分身を一体づつしか送ってこんのや、気味悪ぅてかなわんわ」
 それは、確かに。
「第一王子はん、この魔族の狙い、何やと思う?」
「僕はキョウの歴史にも建造物にも都の宝にもさほど詳しくないので、正直、量りかねます」
「そない冷たいこと言わんといて。お身内のことや、何かわかるやろ?」
「僕の生まれた時には魔に堕ちていた方なので、身内などと感じた事は一度もありません」
 ぴしゃりと言ってから、ガジュルシンは冷たく笑った。
「ただ、欲しいものがあればどうとしても手に入れる方だったと聞いていますので……キョウの街に関わるものが目的なら、注目をあびる前に大破壊も恐れず暴れて目的を達成していたと思います」
「せやな」
「となると、考えられる可能性の中で最も有力なのは……」
 そこでいったん言葉を区切ってから、ガジュルシンはタカアキに言った。
「デモストレーション」
「誰への?」と、タカアキ。
「姫勇者一行……が、一番、自然でしょうね。キョウに居るから討伐に来いって、僕等を誘いこんでるとか……」
「そうやないかと思っとる、お(たあ)様のお身内の伯父もおってな」
 タカアキがフンと笑う。
「うるさくてかなわんのや。もう身内が五人、分身にやられとってな……死者はおらんが、神通力、奪われてしもた」
 え?
 こいつの言う神通力って、魔力のことよね?
 魔力を吸われた? 僧侶ナラカに?
「それは枯渇ですか? それとも、魔力の源そのものを奪われたのですか?」
「枯渇ではないなあ。一カ月たってもまったく回復せえへんからな。源そのものがのうなったと思うべきやろ」
「魔法使いをただの人間にしてしまう……そんな能力が僧侶ナラカに……?」
「あるみたいや。そもじさんらの大伯父、ほんまにすごいわぁ。魔族も魔族、大魔族やで」
 扇子を閉じ、タカアキがチロリとガジュルシンを睨む。
「身内の不始末、償ってくれるんやろ?」


* * * * * *


 話の雲行きが怪しくなってしまった。
 僧侶ナラカが僕等の大伯父だと知ってるから、タカアキは強気だ。
 でも……償うって何をさせる気なんだ? 僕やラーニャには何も言わず、最初から兄様と交渉する気だったから、魔法関係の償いだろうとは思うけど……
「……身内の不始末を償うのが一族の務めと、タカアキ様がお考えならば」
 兄様が静かに微笑む。おぉ! あの顔の兄様なら大丈夫だ! タカアキの言いなりになる気はない。何か言い返す気だ。
「八代目勇者フィリップ様の時代のことはいかがお考えなのでしょう?」
 おおおおお! そうだ、その件があった!
 タカアキの母方の一族は、『破魔の強弓』を受け継ぐ神官一族で七代目勇者ロイド様の時代には勇者の従者も排出している。本来なら尊き一族として宮中でも高い地位にあるべきなのだが、近年まで冷遇されていた。
 八代目勇者フィリップ様の時代のケルベゾールドが、その一族の本家の庶子だからだ。しかも、八代目勇者の時代のケルベゾールドは、初代様と七代目ロイド様の時代に次ぐ凶悪な大魔王で、世界中に大被害をもたらし、あげく勇者一行全員を殺している。
 全員が死亡してしまった為、勇者一行とケルベゾールドがどのような戦いを繰り広げたのかは謎に包まれているものの、ケルベゾールドの玉座の間には全身から血をふき出した勇者&従者の遺骸が倒れていた事から、凄まじい戦いが繰り広げられたのだろうと言われている。ケルベゾールドが消滅していたから、討伐自体は果たせたのだろうが……
 その時、亡くなった従者の一人が、ラジャラ王朝の元王子なのだ。第九王子で十二の時に出家した方だ。
 タカアキは苦い笑いを口元に浮かべて、又、扇子を開いた。
「あ〜あ。だから、嫌やったんや、身内うんぬんで脅迫するんは」
 特大の溜息をついてから、
「その話、もちだされたらこっちは黙らなあかんもんなあ。財産らしい財産、あんまないよって、賠償金なんぞ払ってないもんなあ、お母様のご先祖様」
 タカアキは宮中の人間らしく、女性的にホホホと笑った。
「さっき言うたやろ、伯父らがうるさいって。跡取りの神通力取られてカンカンなのがいてな、うるさいんよ。形なりにも伯父らの要求伝えとかなぁ、一族の長の面目がたたんでな。かんにんえ、脅すような事、言うて」
 形では頭を下げた。が、兄様が脅迫に屈するようならずけずけと要求を通しただろうし、本気で謝ってるわけではないだろう。
「けど、話、聞くだけ聞いてくれへん? やってもええ思ったら、そもじさんの気持ちで協力をお願いしたいんやけど」
「わかりました。伺いましょう」
「ありがとう」
 タカアキが、又、扇子を閉じる。どうも、大事な話をする時に扇子を閉じるのが癖のようだ。
「僧侶ナラカ除けの結界になって欲しいんや」


 魔法の知識の無いラーニャは「?」って顔をしている。
 多分、ジライもアーメットもよくわかっていないだろう。
 タカアキの要求を要約すると『僧侶ナラカのキョウの都への侵入を阻止する為に、新たに結界を張る。それを強固なものにする為には、魔力の強いナラカの血縁の者をキョウの守護神に捧げる必要がある。神に下る形で神と交わって欲しい』という事だ。
「礼ちゅうたら何やけど」
 タカアキは扇子でお見舞いの品を指した。
「それの作り方、教えたるわ」
 陶磁器の瓶。中身は酒、多分、御神酒(おみき)だろう。
「心と体を馴染ませるお薬や。そもじの従者の『気』みたいなもんや。今のそもじさんには役たつと思うえ」
 精神安定&魔力行使時の肉体負担軽減の薬か。まあ、兄様は、最近、確かにアーメットを利用してるよな。アーメットが落ち着いた状態でそばにいれば、ストレスなく暮らせるみたいだし。
「タカアキ様の神と交われと?」
 嫌そうに兄様が言う。
 それに対し、タカアキはホホホと笑って扇子を開いた。
「婚姻の形はとるけど嘘っぱちやし、邪法やないから命までは取らん。そもじさんの血と『主さん』の血を混ぜるだけや。『主さん』の御心次第で、そもじさんの身内は都から締め出される。ただそれだけのもんや」
「血の制約ではないですか」
 兄様がツンと澄ました顔となる。
「僕はあなたの『主さん』の眷族にされてしまう。ご酒では、見合いませんね」
「あちゃあ」
 タカアキは扇子で完全に顔を覆った。
「若いのに、異国の術まで、よう知っとるなあ。たいしたもんやわ」
 言いくるめて利用するつもりだったと白状してから、タカアキは扇子を少し下げ、目元だけを見せた。
「しゃあないわぁ、神様と契約結んでくれはったら、代わりに麿が契約を結んだる。そもじさんが『インディラ教』の加護の下にある限り、そもじさんが主人で、麿が眷族。そないな契約、結ばへんか? それなら釣り合いとれるやろ?」
 三大魔法使いが兄様の眷族?
 つまり、部下?
 契約を結んだら、兄様が望めばタカアキ様を召喚できるようになるってわけじゃないか!
 それは凄い!
 大魔王戦で一緒に戦ってもらう事だって可能じゃないか!
 ラーニャはあいかわらず『?』な顔をしてるけど、もの凄いことなんだよ!
「人間の召喚やからいろいろ制約つくけどな。そもじさんらとミカドの神官長の麿の立場が相対さん限り、力、貸したる。確実に働かせたい時は、事前に心話で連絡くれたらええ。ご主人様のご希望の日時に体をあけて、移動魔法でお側に駆けつけたるわ」
「それでも、まだ僕の方が損ですね」
 え〜〜〜〜〜! 
 三大魔法使い様使い放題なんだよ、兄様!
「タカアキ様とではなく、ミズハ様と契約を結べませんか?」
 パチンと……タカアキが扇子を閉じた。
 責めている時ですら軽く朗らかだったタカアキが、顔にありありと不快の色を浮かべている。
「そもじ……食えないなあ」
 扇子でポンポンと己の口元を叩き、タカアキはチラリと僕を見る。
「そっちの第三王子はんで我慢しとけば良かったわ。そっちやったらだまくらかすの、簡単やったのに」
 え?
 僕?
 騙くらかすって何?
「強力な結界をお望みでしたね? 弟では役不足でしょう?」
「まあな」
 タカアキはゆるゆると立ち上がった。
「返事は、一日待ってくれるか? ミズハに聞いてみるわ。明日、第一王子はんと姫勇者はんは必ず御所においで。後の(もん)は来られるもんだけでええわ」
「わかりました」
 じゃ、アジンエンデは留守番でもいいんだ。良かった……
「あぁ……せやなかった。赤毛の女いたやろ、アレは連れて来てくれへんか?」
 え?
「ミズハがえらく気に入ってなあ、もう一回、今度は起きてるところ見たい言うとったんや、忘れとったわ」
 気に入られた……?
 あの姫巫女に?
「申し訳ございません。彼女、姫巫女様に気後れしているようで」
 と、兄様が言うと、タカアキは扇子を広げ楽しそうに笑った。
「それはそうや。怖くてしょうがないんやろ、わかるわぁ」
 ホホホとひとしきり笑ってから、
「縛ってでも一服盛ってでもいいから連れて来て。頼んだえ。それと聖なる武器、持って来てかまへんよ。いつナラカの襲撃あるかわからんよって、すぐ戦えるように頼むわ」
 タカアキはお伴のサムライと神官を連れて退出して行った。
 お見送りにと、僕とラーニャとジライが後を追う。
 部屋に残った兄様がうつむいて何かを考えこんでいるようだったけど、遅れては非礼なんで三大魔法使い様の後について行く事にした。
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