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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

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愛こそすべて! 熱烈恋愛中!

「姫勇者ラーニャ」
「はぁい、皇帝陛下」
 満面笑顔の皇帝が呼びかけてきたので、お愛想たっぷりに答えを返した。
「許す。もう少し近くに参れ。予の隣を歩け」
「ありがとう、ラーニャ、嬉しいわぁ」
 護衛としてやや後ろをついて歩いていたんだけど、並んで歩けとのおおせなので従った。九才にしてはちびっこい皇帝は、私の胸より小さい。私も小柄だから、東国人の基準からいっても、相当、こいつは小さい。良いモノ食べてるはずなのに。
 今、皇帝は日課の朝の散歩の途中なのだ。近衛兵の護衛ぞろぞろ、姫勇者とインディラ第三王子・インディラ忍者ジライ・赤毛の女奴隷戦士をひきつれて、先日、魔族襲撃のあった庭園とは違う庭園を歩いているのだ。
 勇者一行は私以外みんな、武器を所持している。私は丸腰だった。が、いざとなれば剣を呼び寄せられるのは皇帝も知っているので別に不審に思われていない。どころか、背にあの大きな剣がない方が抱きつきやすくていいなとかぬかしている。
「姫勇者ラーニャ……許す、予の手を握ってもよいぞ」
 頬を染めながら、何言ってやがる、このクソガキ! あんたが私と手を繋ぎたいんだろうが! 拳骨を落としたいのをかろうじて我慢して私は、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「喜んで、皇帝陛下」


 内々の事なのだが……
 次代国王たるガジュルシンが、義姉と『結婚を前提とする関係』を結んでくれないかと皇帝にもちかけたのだ。
 勇者である義姉は世に平和をもたらすまで女性として生きる事はできない。が、心から皇帝を慕っている。せめて、皇宮にいる間は、女性としての夢を義姉に見させてもらえまいか? と。
 ようするに婚約者ごっこをしてくれって頼んだわけだ。H抜きの。
 私にベタ惚れの皇帝がOKしないわけがない。
 口やかましい摂政ドルンや侍従長も、さほど文句をつけてこなかった。賄賂でも配ったのかしら? 皇宮中がごっこ遊びに付き合い、私を皇帝の婚約者として扱う。常にそばに居るのをなしくずしのうちに認めさせてしまった。
 まあ、先日、魔族襲撃があったばかりだしね。婚約者の姫勇者が皇帝を警護するってもっともらしい理由づけができたわけだけど……このうすら寒い婚約者ごっこも、今日で五日目。今のところ、魔族の襲撃はなし。早いとこ、やめたいわ、本当……
 外朝では所作の一つ一つにまで伝統がつきまとい、内廷でも皇帝の行動は侍従長が管理し移動は全て『方違え』をふまえシャイナ神官の先導がつく。
 一緒にいればいるほど皇帝が憐れに思えてくる。九つのガキのくせに、真の自由な時間など一分もないのだ。
 ただ、私との婚約ごっこのおかげで、皇帝はほんの少しだけ自由になれた。内廷での衣冠がかなり簡素なものとなったのだ。
 魔の脅威が去るまでの間、皇帝も走れる格好でいていただきたい、皇帝の象徴(シンボル)である重い衣装のせいで身じろぎすらできぬまま皇帝が殺されるのも、動けない皇帝を守って義姉が亡くなるのも、両国にとって望ましくない結末だ、ってガジュルシンが摂政や侍従長達を説得したみたい。伝統にこだわりまくるドルンが譲らなかったので政務の時の衣装は今までのままらしいけど、内廷での普段着はこちらの要求を汲んでもらえたわけだ。
 政務以外の時間、内廷で最も軽い外着――格闘の授業の服でずっと過ごせる事となり皇帝はご機嫌だ。頭の冠もたいして飾りがついていない。散歩中、突然、走り出したりするのも、体が軽くなって嬉しいからなんだろう。こいつがチビなのって六つから、重たい衣装に上からも横からも押さえつけられてたからかもね。
「姫勇者ラーニャ、そなたといると毎日が楽しい。全てが輝いて見えるぞ」
 それは私のおかげじゃなくって、体が軽くなったからじゃない? そうは思ったけど、あえて指摘する必要もあるまい。にこにこ笑って走る活発な姿は年相応で、かわいい。


 皇帝の婚約者の義弟であり次代インディラ国王であるガジュルシンは、義姉の為にと、あれやこれやと侍従長に相談し、摂政ドルンを交えて持参金がどうのって話を進めてるらしい。
 偽装婚約に何故そこまでするんだろう? 今日も、ガジュルシンは外朝に行ってドルンや大臣達と交渉している。シャオロンとついでにアーメットもその場に同席させて。シャオロン同席はガジュルシンの精神安定の為で、そこにアーメットが加わったのはシャオロンの役をアーメットに継いでもらいたいからなのだそうだ。理由を聞いてもあいかわらず何だかさっぱりわからない。


「来た」
 アジンエンデの声に、私は頷きを返した。赤毛の戦士アジャンの娘である彼女は、魔の気に敏い。魔が具現化する前に接近を察知できるのだ。この前の襲撃も彼女が真先に魔を察知し、ガジュルシンに結界を張れと指示したみたいなのだ。
 剣と妙に通じ合わない限り、私には黒の気はわかんない。けど、彼女が来ると言うのなら来る。
 今日あたり襲撃があるはずと、ガジュルシンは言っていたが、その通りになったわけだ。
 私は皇帝の手を引き、バカでかい義弟のもとへとひっぱった。
 庭園の樹木より黒い気が立ち上る。
 ゆらゆらとのぼる瘴気。
 そこにあるものに憑依して現れる魔界の住人。
 怯えて抱きついてきた皇帝を、私はしっかりと抱きしめた。
 木やら草やら岩やらに憑依したモノが、黒い津波のようになって私達に向かってくる。
 私達を飲み込む瞬間、それは四散し、形を保てず消えうせる。
 ガジャクティンが張った聖なる結界によって。
 近衛兵達全員と私達を覆うサイズの結界だ。迫りくる闇のような魔に対し、結界内はきらきら光っている。インディラ神のご加護にあふれているのだ。
 ジライが近衛兵達にできるだけガジャクティンのそばに集まるよう指示を出す。結界サイズが小さくなるほど、術師の負担が軽減されるからだ。
 しかし、近衛兵のうち何人かは、結界内のきらめきに包まれたまま苦痛にうめき、消えていった。肉の一片も残さず、空にのまれるように消滅したのだ。
「殺されたのか……?」
 と、問う皇帝に私は簡単に答えた。
「浄化されたのよ」
 皇帝が、びっくりして私の顔を見る。
「魔族だったのか……?」
「そう。近衛兵の中にもいっぱい紛れてたのよ。この聖なる結界の内では魔は形は保てない。外側から触れるのも、魔には無理。この中にいれば安全よ」
 私は皇帝の背中をポンと強く叩いた。
 今、無駄に背の高い義弟はしかめっつらで、一生懸命、呪文を唱えている。そのデカい右手に握りしめている魔法道具(マジック・アイテム)から能力を引き出し続ける為に。
 ガジャクティンが掌に握っているのは、ガジュルシンの魔力がこめられた水晶だ。水晶にこめられたかなり大量の魔力を利用して、ガジャクティンは強力な結界を張っている。魔族浄化効果すらある聖なる結界。信仰心も魔力も乏しいガジャクティンでは本来は張れない結界だ。
 それを一時間ほど張ってもらう。結界があれば、魔に襲われる危険はない。
 とはいえ、長すぎるとガジャクティンの体が危険だし水晶が割れる恐れもある。一時間以内に全ての決着をつけなきゃいけない。
 近衛兵の中にまだ大魔王教徒が紛れてるかもしれないから、アジンエンデにはここに残ってもらう。皇帝と術にかかりっきりになっているガジャクティンの護衛役として。
「ここで待ってて。悪玉を全部やっつけてくるから」
「姫勇者ラーニャ……」
 皇帝は青白い顔で、私を見つめた。
「又、そなたは戦うのか……」
「ええ。魔を滅ぼすのが私の使命だもの」
 皇帝が悲しそうに私を見つめる。
「シャイナ国の頂点にあるべき者が妻を守る事すらできぬとは……守られるばかりの我が身がなさけない」
 こら、誰が妻だ。
「ガキは素直に守られてろ」
 私は笑った。
「背伸びはしないの。今、できる事だけをしっかりやりなさい」
「……この結界の内でそなたの帰りを待ち、そなたの無事と武勇を祈る」
「うん。でも、できれば、私だけじゃなく勇者一行全員の無事と武勇を祈ってくれる?」
「あいわかった。そなたの言葉通りにいたす」
「頼んだわよ」
 私はもう一度、皇帝の背中を強く叩いてから、彼の体をその辺にいた近衛兵に託した。
 アジンエンデとジライに目で合図を送り、走る。高々とあげた右手に、私の相棒が宙を渡ってやって来る。目の前に獲物はたくさん。『勇者の剣』は身震いせんばかりに喜んでいた。


* * * * * *


 敵が動いたのは僕のせいだ。
 僕が敵の準備した計画を根本から無意味なものにしてやろうと動いたからだ。
 ラーニャには偽装だと嘘をついたが、皇帝との婚約は正式なものだ。まだ仮婚約の段階だが、心話で連絡をとって父上からも許可を得ている。
 皇帝の婚約者の身内という立場を得た上で僕は、昨日、シャイナ皇家にこの上ない名誉があると伝えたのだ。
 姫勇者の義弟である僕は、在家でありながらインディラ寺院の代表、しかも大僧正様の直弟子だ。僕の義姉の婚約を知った大僧正様がいたく感激され、義姉とその伴侶となるシャイナ皇帝を祝福したいとシャイナ皇宮への御幸をご希望されたと。
 インディラ教大僧正様が総本山を離れられるなんてありえないとシャイナ皇宮の者はうろたえた。が、僕は歴史書を紐解ききちんと教えた。八十七年前の御幸を最後に総本山に籠られたが、大僧正様はそれ以前は歴代大僧正様の中でも最も御幸を好まれた方で、二百歳も間近な現在もたいへんかくしゃくとしておられお元気だ。移動魔法でシャイナ皇家に半日ほど滞在しても何の問題もない。
 皇家の宗教がシャイナ教である事を理由に抵抗をみせた大臣もいた。が、インディラ教最高指導者だけを皇宮に招いては釣り合いがとれないなのならば、シャイナ教最高神官長も皇宮にお招きすればよいだけのこと。両宗教の最高指導者の祝福を受けられるなんて、このうえなく幸福なご縁ですよねと僕は笑みをみせた。
 それでシャイナ皇宮側は黙った。が、大僧正様のご訪問ですら困るのに、シャイナ教の最高神官長にまで皇宮を訪問されてはたまったものではないだろう。
 なぜならば……
 シャイナ皇宮は大魔王教徒の巣窟であり、シャイナ皇宮の内廷にはその建物を守護すべき結界も魔封じも全く存在しないからだ。


 力のある聖職者が中に入れば、一発でわかる。シャイナ皇宮の内廷に聖なる守りはない。外朝からではそれとわからぬよう、うまくめくらましをかけてあるけれど。
 その破壊に関与したのは、皇宮付きのペクン在住のシャイナ教神官とインディラ教僧侶だ。彼等はグルなのだ。この前の庭園の事件の後は、互いに相手宗教側が正しく結界を張らなかったせいで魔族の襲撃があったのだといがみ合った振りをしていたが、その実、互いに手を結び、なすべき仕事をせず、皇宮の実質指導者ドルンからの要求のままに内廷に本来あった魔封じを破壊していたのだ。
 ペクンの両宗教団体の長の堕落は、ムジャが報告してくれた。権力者そばの聖職者は誘惑に負け、堕落しやすい。残念なことに。彼等の堕落は、聖職者にあるまじき女色に満ちた私生活からもよくわかった。
 先代皇帝は病弱な政治無能者とされている。が、ジライ達に調べてもらった結果、それは摂政ドルンによって作られた偽りの皇帝像であったとわかった。
 本当は、シャイナ教の信仰に篤く、知的で、植物研究に熱心な学者肌の人物だったらしい。皇宮に着いた当日、ラーニャが皇帝より送られた牡丹、半年も見事に咲き続けるあの花は亡き先代皇帝が品種改良したものなのだそうだ。
 ドルンによって内廷に軟禁されていた先代皇帝は、趣味の植物研究をして日々を送っていた。花壇や温室や牡丹園だけではなく、庭園全体の植物を観察し庭師達の仕事を手伝ってもいたそうだ。
 そこからは推測だけれども……
 常人は呪文を読めず、複雑な術式の必要な結界の描き方がわかるはずもなく、魔法道具の効果的な設置場所も知らない。結界が正しく機能しているかなんてわからないのが普通だ。呪を破壊しても代わりに似たような模様を描いておけばバレることはない、そう油断していたのだろう、聖なる結界を壊させた者達は。
 けれども、知識人であれば神聖魔法に関する書物に目を通している可能性がある。信仰に篤ければ尚更。庭の手入れをしているうちに先代皇帝は庭園に施されている呪が狂っている事に気づかれたのではないだろうか?
 そして、摂政、侍従長、大臣、召使達……身の回りの誰かにその事を伝えたが為に、暗殺されたのではないだろうか。或いは、シャイナ教の最高神官長に非常事態だと連絡をとろうとした為かもしれないが。
 外部に異常を訴えられては困るのだ……内廷は大魔王教徒の巣窟だから。
 ここに来て二日目の朝の、シャイナ教の神官による方違えだと案内された時からおかしいと思っていた。北北東が禁忌の方向だとしても、その為だけに道を選ぶのならあんな複雑な道順にはならない。
 その後も、内廷出仕の神官達は皇帝や僕らの移動には方違えだなんだと制限を加え続けた。見せたくない場所があるのだろうとすぐ推測できた。
 ラーニャが消えた夜、既にジライは妖しげな祭壇のある部屋を見つけていた。もと大魔王教徒だったジライは、それが大魔王教のものであると断言した。更なる調査で武器庫やら魔薬倉庫やらも発見している。内廷で怪しい儀式をしつつ、反乱でもくわだてていたのか?
 内廷は、外朝が許可を与えた高貴な人物しか入れない場所となっている。シャイナ皇家の伝統で。この三年、大魔王教徒達はその伝統をめいっぱい利用して、外部の者をできるだけ内廷に入れないようにしていたのだろう。
 そんな所によく勇者一行を招き入れたものだ。皇帝の強い要望があったにせよ……
 聖なる結界の乱れに気づけない、大魔王教団の存在にも気づけない、無能集団とでも思われていたのか?
 確かに勇者一行七人のうち五人は十代でその中心は王女に王子、世間知らずの集団だ。
 でも、ジライとシャオロン様は英雄だ。あの二人の存在は大魔王教団には脅威だろう。僕が大魔王教団の者なら、あの二人は絶対に内廷に入れない。身分の低さを理由に外朝にとどめ置く。
 なぜ勇者一行全員を内廷に入れたのか……?
 見通しが甘いというか……計画が杜撰すぎる。
 僕等がいても、正体を隠し通せると信じきっていたのか? だとしたら、お粗末だ。
 それとも……
 あちらは一枚岩ではなく、上層部は混乱しているのか? 内廷の秘密を守り通したい派閥と、自由に動ける内廷で僕等を始末したい派閥、それぞれ勝手に動いているとか?
 格闘の授業の襲撃も、気になる。あれは、数こそ多かったが小物魔族ばかりだったし、僕等から聖なる武器を奪ってはいたが魔法は放置していた。危機的状況に追い込みながらも、詰めが甘い……と、いうか、打開できる道をわざと与えていたような……本気で殺す気だったとも思えない。僕らがどう動くか手並みを見たかったのか?
 それに、皇帝の扱いも謎だ。何故、味方にひきこもうとも洗脳しようともせず、皇帝として奉っていたのか?
 敵の狙いがわからない。
 しかし、動かざるをえなくなった大魔王教徒達は動く。姫勇者一行を抹殺し、皇宮の秘密を守り通そうとするだろう。
 内廷をのっとっていた彼等。摂政に侍従達、召使、近衛、外朝の大臣貴族達。敵はかなりな数だ。


 魔族の襲撃は予想済みだった。ふいをつかれることもなく、シャオロン様とアーメットと共にさして時もかけず、全ての魔を浄化した。
 しかし、僕らとの話し合いの場にいた摂政ドルンも侍従長も僕らを襲って来た大臣達も全て……人間だった。神官職にない、ただの大魔王教徒だ。
 魔族襲撃をたくらんだ者達は、ジライの忍達にあっさりと捕縛された。シャイナ外朝のまっとうな警備兵も、魔族襲撃劇の為に遠ざけられていたせいだ。ムジャ達インディラ忍者がやすやすと外朝正殿に侵入できたのは、摂政達のおかげともいえる。
 捕縛した摂政達は、とりあえず異次元の牢へと送らせてもらった。彼等がガジャクティンのような時の檻に閉じ込められようが、構うものか。邪魔だから異次元に閉じ込めておく。
 僕は皇宮に探知の魔法を飛ばした。
 雲霞のごとく魔を召喚するなど、大魔王教の最高神官とて難しい。
 何処かに強力な魔がいるはずだった。
 魔界との異次元通路を開き、それを維持し続け、魔界の住人達を強制的にこの世に呼び出しているものが。
 黒の気は上手に消しているのだろうが……
 そいつが、摂政達すら操り、皇宮を我がものにしていたのだと思う。
 だが、それらしいあやしい存在はどこにもない。外朝にも内廷にも。
「ガジュルシン様」
 右手に『龍の爪』を装備し、僕のすぐそばにたたずんでいたシャオロン様が何所か遠くを見つめるように頭を上げ、こう言った。
「アーメットと一緒に、ラーニャ様達と合流してください。あちらはひっきりなしに魔が召喚され続けているみたいです。ガジャクティン様、相当、結界維持に、苦しまれているはずですよ。昔、ナーダ様から、魔の数が増え瘴気が増すと結界の効力自体が弱まると聞いた事があります」
「それは、たしかに、そうですが」
 シャオロン様は霊感体質とのことで、黒の気に敏い。離れていても、ラーニャ達のいる方角に魔の気が充満しているのがわかるのだろう。
「行ってください。オレはまだこっちでやる事がありますから」
 にっこりと微笑むその顔から、何か芯の通った強いものが感じられた。
「……お一人で大丈夫ですか?」
 思わず口に出た僕の問いに、シャオロン様は微笑まれるばかりだ。
「一人でなければいけないんです。大丈夫ですよ、オレは負けませんから」
 それだけ言って、床を蹴って、開いた窓から外へと向かわれる。素早い。まるで忍のようだ。
 インディラ忍者の姿のアーメットが何か言いたそうだった。僕はアーメットに静かにかぶりを振った。賢いあの方が一人が良いと判断したのなら、何らかの理由があるはずだ。外朝はシャオロン様に任せる。
 ムジャに指示を与えてから、僕はアーメットを伴い移動魔法でラーニャ達のもとへと向かった。今は一刻も早く、ラーニャと合流するべきだ。

 
* * * * * *


 オレには魔法の知識はない。
 だから、現在地が、魔法の影響下にあるかどうかわからない。魔族が出現しようとしている気配を感じて初めて、その場所が魔に対して無防備なのだとようやくわかる。
 ガジュルシン様のお話では、内廷とは違い外朝は、他国の王城同様、物理結界も魔法結界も魔封じも何重にも張り巡らされているとのこと。
 しかし、先ほど、摂政達と話していたあの会議室は、オレ達との会合の前に結界が壊されていたようで、魔界から魔が次々に召喚された。その異次元通路は開く度にオレが爪で封じた。もうあの部屋には別世界へと繋がる扉は残っていないはずだ。
 そして、これから俺が向かう先も、外朝でありながら結界が壊された場所のようだ。そこにわずかながら黒の気を感じる。小物魔族のような微々たる気だったが……それに混じってよく知っている人間の気配までするのでは無視できない。
 石畳を走り、オレは外朝の南東側、門そばの水路のような人工の川へとやって来る。
 水が好きなのは変わらないんだなと思うと、笑みが漏れた。
 昔、彼は南東の海のそばの街を愛していた。そこで修行を積み、そこで伴侶を見つけたんだ。そこで、ジャポネの龍神湖に向かったオレを待っていてくれた事もあった。
 川のそばの建物に重なるように次元通路があり、その(はざま)に彼はいた。
 黒の気を隠すのをやめるとあまりにも大量の気を放出してしまう為、自分の正体を顕示してしまう。『勇者の剣』に居場所を気づかれないように、次元通路に半ば体を埋めた格好でオレを待っていたのだろう。
「相当、高位の魔族に憑依されたみたいですね」
 オレがそう言うと、彼は口元を歪めて笑った。
「なるからには一流のものに。だろ?」
 そう言っておどけたように笑う。皇宮向けの顔はやめたようだ。
「ゼーヴェって奴だ、俺に憑いたのは」
「……どうしてそんな事に」
「なりゆきだ。魔族召喚の魔法陣のそばにいたら、俺んとこに降ってきやがったんだ。俺の魂はゼーヴェには魅力的だったらしい」
 顔は笑っているが、その顔に明るさはない。
「ほんの半月ぐらい前のことだ……それまで俺は、ドルンの数多くいるカスのような部下の一人だった。皇帝の拳法指南役ってことになってたが……いざって時には皇帝の暗殺役も、ツボをついて半身を不随にする役もやる事になっていた。だが、今は……」
 そこで言葉を区切って、彼は笑う。
「ドルン達が俺の下僕さ。笑っちまうぜ。あいつらが無能だったおかげで、俺にゼーヴェが憑いたのさ。大魔王四天王がな……」
「混ざっていますね」
 オレは彼を見つめ、尋ねた。
「魔族に体を乗っ取られたんじゃない。自ら望んで体と脳を明け渡し、同化しましたね?」
 当たり前だろ、と、彼が笑う。
「復讐の機会を得たんだ。棒に振るほど馬鹿じゃない」
「棒に振って欲しかったです」
 オレは彼に微笑みかけた。
「道を誤った弟子を見過ごすわけにはいきません、師として、あなたの肉体と魂を魔の呪縛から解き放ってあげましょう……リューハン」
 腰をややかがめ、両脚を大きく開いて『龍の爪』を装備した右手を上に左手を下に向けてオレは拳を構えた。
 対するリューハンは、足をあまり開かず膝を曲げ、背はほぼ直立で、拳を構えた。
「十分だ! 十分あれば俺が勝ってみせる。すぐに勝負をつけてやるさ」
 リューハンが懐かしい事を言って、ニヤリと笑う。
「できるものなら俺を浄化してみせろ、シャオロン。大魔王四天王ゼーヴェのついたこの俺に、おまえごときが勝てるかな?」
+注意+
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