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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

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ムカつきまくり! 王女は女王様!

予告の『いい加減にしろ! 姫勇者って誰?』からサブタイトルを変更しました。
 まだ九つの今世皇帝は、姫勇者一行との謁見を楽しみにしていた。
 人の身長ほどもある巨大な大剣を背負い、大魔王を討伐する為に、故国を離れた美貌の姫君。美しく、強く、かしこく、やさしく、まるで物語から抜け出てきたかのような高潔なる剣士なのだとか。
 伝え聞く姫勇者の噂に少年皇帝は夢をふくらませ、姫勇者の登城を楽しみにしていた。
 それゆえ、摂政ドルンから会見の席が宝玉の間であると聞いた時、皇帝は癇癪を起したのだ。皇帝と貴人との会見の席は宝玉の間と決まってはいた。が、玉体である皇帝の座る座は最奥の上段にあり、謁見者との間には三重の御簾がある。そんな遠くからでは姫勇者がよく見えない、姫勇者も従者もインディラ王家の者と聞いている高貴なる身分の者達だ、もっと近寄らせよと。
「申し訳ございません、陛下。姫勇者様の御身分を慮れば、会見の場は確かに内廷でしかるべきと心得ます。が、皇帝陛下と勇者との会見の場は二代目勇者ホーランの時代より外朝と定まっております。その伝統を陛下の御代より崩すわけにはいきません。何卒、ご寛容ください」
 又、伝統かと少年皇帝はムッと表情を曇らせる。何をしたいあれを変えたいと口にしても『それはシャイナ皇家の伝統にございます。どうぞご寛容ください』としか摂政ドルンは答えてくれない。二代目勇者からの伝統とはいっても、その時代と今では都も王宮も違うものを。
 謁見の後、内廷に姫勇者をお招きし歓談の場を設けるとドルンが約束した為、皇帝はぷぅと頬を膨らませたまま、宝玉の間へと向かう輿に乗る事を承知した。


 少年皇帝は飾りのついた重たい冠と衣装に埋もれ、玉座に腰かけていた。
 三重の御簾の手前二つがあがり、ようやく視界が開ける。決してあがることのない最後の御簾のせいで、どうしてもはっきりとは見渡せなかったが。
 壁際に衛士の詰める、宝玉の間。絢爛たる飾りの施された謁見の間の中央で、勇者一行は玉座へと跪いている。
 前列三人真ん中の黒髪の騎士が姫勇者であろう。少しウェーブのかかった腰までの黒髪、美しいと評判の顔は御簾のせいでよくわからなかった。が、整っているように思われた。白銀の鎧で首から下を覆っているので、女性らしいなよやかさはない。
 姫勇者の背には、たしかに、彼女の身長ほどもある大剣があった。あれが伝説の『勇者の剣』かと少年皇帝は頬をほころばせた。
 彼女の左のターバンまで白い衣装の痩せた男がインディラ王家第一王子ガジュルシンで、右にいる大男が第三王子ガジャクティンであろう。十四歳と聞いていたガジャクティンの体格に皇帝は不快を覚えた。が、相手はインディラ人なのだと自らを慰め、すぐにその感情を忘れる事にした。
 彼等からかなり離れた背後に、四人の人間がいた。
 父親が皇帝の私兵であった武闘家シャオロンと、インディラ王家の忍ジライ、後は忍と赤毛の女だ。
 インディラ王家の者より控えるのは当然ではあったが、英雄であるシャオロンとジライはもっと御前に近づいてしかるべきだろう。皇帝は不満に思った。よく見えないのだ。
 しかも、この部屋では玉体である皇帝は、自ら客人に声をかける事はできない。
 摂政か侍従に言葉を伝え、彼等の口を通して意思を伝える事ぐらいしかできないのだ。
 摂政ドルンが儀礼通りの歓迎の言葉を述べるのを、皇帝は不機嫌に聞いていた。
 あんな挨拶ではダメだ。謁見を楽しみにしていた皇帝の気持ちが、あれでは相手に微塵も伝わらない。
 少年皇帝は重たい衣装で身じろぎできないまま思案し、右手を微かに動かして侍従長を呼び寄せ、己の考えを伝えた。


「皇帝陛下のお言葉をお伝えする。もったいなくも内廷の貴種なる牡丹を姫勇者殿にお送りせよとのおおせである。晩夏に華麗に咲く見事な牡丹である。謹んでお受けするように」


「この時期に牡丹の花が咲くのですか?」
 姫勇者の声には驚きの響きがあった。
 シャイナ国の国花である牡丹の知識があるのだ。皇帝は更に姫勇者に好意を抱いた。
「先代皇帝の御世より内廷にのみ咲く花である。春から秋にかけて半年、花をつける」
「それはすごいですね。半年だなんて……シャイナ皇家の偉大さを牡丹も称えているのでしょう。珍しい貴重なお花を、ありがとうございます、皇帝陛下」
 そう答えた姫勇者の声は可愛らしかった。ツンとすました女官達とは違う、若い女性の声だ。少し鼻にかかったようなくぐもった声なのは、風邪気味だからかもしれない。再び侍従長を手で呼び寄せ、謁見前に姫勇者に侍医を派遣するよう命じた。



「なぁにが華麗な牡丹よ、珍しい品種だか何だか知らないけど、女に花を送るだなんて九つのくせにマセてるわ。エロガキなんじゃないの? だいたい御簾の奥にかしこまっちゃってさ、一言もこっちに声かけてこないのよ。えっらそうに! お父様だったら、他国から来た使者には必ずねぎらいのお言葉をかけるわ!」
「それがシャイナ皇家の伝統なんだよ、ラーニャ。皇帝は人間ではなく神龍なんだ。龍が軽々しく人と口をきくはずないだろ?」
「あんなガキが神龍なら、お父様は大神龍よ! あんな子供が龍だなんて笑っちゃうわ!」
 ガジュルシンが苦笑する。
「今は結界を張ってるからいいけど……今後、皇宮で皇家批判は慎んで。不敬罪になる。姫君の君は拘束軟禁程度ですむ。でも、シャイナとインディラ王家の仲が険悪となり、僕らのお目付け役のジライは責任をとって自害させられるだろうね」
「ジライがどうなろうが知ったこっちゃないわ」
 プンとラーニャがそっぽを向く。その格好は紺色のチュニックにズボン。シャイナの忍の姿だ。
「そうなったら身代わりたてるに決まってるじゃん、あの馬鹿親父なら。やめてくれよ、姉貴のわがままや癇癪で、罪もない下っぱ忍者を殺すのは」
 そう言ったのは、ラーニャとガジュルシンが背を向けている人間だった。
 黒のカツラをとり、濃い化粧を落としたその人物は、金の短髪の健康そうな美しさにあふれる人物だった。ボーイッシュな女性にぎりぎり見えなくもなかった。が、呪文で姫勇者の白銀の鎧を脱いで現れたその体は若々しい筋肉に満ちた男性のものに間違いなかった。ラーニャの実の弟アーメット。十歳まで王族の一員だった彼は、今ではジライの跡取りと目されている忍者だ。
「ほい、姉貴」
 下着姿のアーメットが呪文詠唱で外した鎧一式を、姉へと渡す。
『勇者の剣』を背負っての皇帝との謁見は終了した。慣れぬ旅のさなかの『姫勇者』の健康を気遣い、皇帝陛下が侍医を派遣してくださったのだ、『姫勇者』役を交代してありがたく受診せねばならないだろう。
 ラーニャは横のガジュルシンをジロリと睨みつけた。アーメットが姫勇者の変装を解き、ラーニャが忍の変装をやめて姫勇者に戻る様を第三者に見せるわけにはいかない。ガジュルシンが周囲から覗かれぬよう目くらましと消音の結界を張ってくれているのだが。
「私、着替えるんだけど?」
「あ? ああ、ごめん、ラーニャ!」
 ガジュルシンは慌てて義姉に背を向けた。勢いよく後ろを向いた彼は、見ないようにしていたモノをまともに見てしまい、カーッと頬を赤く染めた。
 そんな義弟の様子を横目でチラリと見て、ラーニャはますます不機嫌となった。十八歳の乙女の裸を気にせずそのまま見てようとしていたくせに、下着姿のアーメットに何で照れるのよ! と。
 前々からそうなんじゃないかと疑いの目を向けてはいたものの、旅に出てから、ラーニャの疑念は確信に変わっていた。
 義理の兄弟と道ならぬ恋に堕ちるんなら、せめて女相手にしろ! ガジュルシンなどまったく好みではなかったが、アーメットばかりがちやほやされる現状は頭にくるばかりだった。



 入室してきた三人を、皇帝は笑みと共に迎えた。
 中央の白銀の鎧の人物は、右耳の上に牡丹の生花の飾りを挿していた。黒髪に薄紅色の大形花がよく映える、姫勇者は艶やかな美貌の姫君だった。形の良い眉、印象的な茶の瞳、すらりとした鼻、かわいらしい唇。紅すら差していないまったく装っていない顔は、若々しさと愛らしさと気品に満ちていた。
 召使に案内させ、皇帝のすぐそばの席に姫勇者と第一王子を、少し離れた席に第三王子を座らせる。
 ドルンの準備した茶会だ。皇帝の点心と茶の軽食の時間に姫勇者と従者の王子二人を招き、同じテーブルにつき同じものを食す栄誉を与えたのだ。
 姫勇者は最初に、『お招きいただき光栄に存じます。侍医の御診察及び綺麗な贈り物も誠にありがとうございました』と、生花の飾りにそっと手を触れ、皇帝を喜ばせた。が、その後は静かに茶を楽しむばかりで自ら口を開こうとしない。
 旅の話は第一王子が語ってくれ、姫勇者も質問すれば答えを返してはくれるものの非常にそっけない。皇帝は笑みをみせてくれない姫君をじっと見つめた。
「姫勇者ラーニャ、我が国の菓子は口にあわぬか?」
「いいえ、とっても美味しくいただいております」
「そうか。ならばよい」
 しかし、姫君の口元はまったく綻ばない。にこやかなのは第一王子だけだ。
「なにか心にかかることがあるのならば、口にせよ」
 そう命じると、姫勇者の茶の瞳が真っすぐに皇帝へと向けられた。
「口にできません」
「何故だ?」
「私、今、インディラ王家の第一王女としてこの席についております。非礼なふるまいはできません」
「非礼?」
「心の内を飾らずに口にするのは、王女としてあるまじき非礼とお思いになりません?」
「思わぬ」
 皇帝は静かにかぶりを振った。内廷の皇家の私室にいる為、冠も比較的簡素なものとなっている。頭を振る事もできる。
「そなたは、今、皇帝の客人として予の側に侍っておる。その立場は、公式の客人ではなく私人だ。お国のお立場を慮る必要はない。お心のままにふるまわれよ」
「『心のままにふるまってよい』とのお言葉に二言はございませんね?」
「ない。皇帝の言葉が翻ることはない」
 姫勇者はにっこりと微笑んだ。
 皇帝はハッと胸をつかれた。愛らしく何と魅惑的な笑みか。
「お許しがいただけたので、遠慮なく言わせていただきます」
 首を振って制しようとする第一王子に対し一瞬だけきついまなざしを送ってから、姫勇者は満面に笑みを浮かべこう言った。
「澄まして格好つけてるんじゃないわよ、アホガキ。皇帝への謁見だありがたく出席しやがれって威張りちらすんなら、全員、招待しろっての。王家の人間しか人間扱いせず、それ以外の人間を使用人扱いとか間違ってない? 私の従者はいずれは大魔王を倒し、『英雄』になるわけよ。今は無位だって将来は『英雄』だし、現在、既に『英雄』になってる人間が二人もいるのよ。なのに、内廷に私達用の部屋は三間しか準備されてなくって、私用とガジュルシン用とガジャクティン用とはっきりと決まってたわ。王族以外は召使だから、部屋なんていらないってわけよね? ふざけんじゃないわよ、このクソガキ! シャイナ皇室がこんな無礼なところだったなんて、がっかりだわ!」


「今の姫勇者の言葉は、まことか?」
 皇帝は姫勇者から侍従へと視線を向けた。
「予は姫勇者一行を手厚く迎えよと命じたはずだ。全員分の部屋を何故、用意しなかった?」
「恐れながら皇帝陛下、内廷に室を賜る客人は王族もしくは上級貴族、或いはそれに準ずる者と定められております。それがシャイナ皇家の伝統にございます。どうぞご寛容ください」
 摂政が用いる常套文句は、少年皇帝の怒りを煽っただけだった。
 皇帝は席を立ち、自分のそばに控える侍従を叱り飛ばした。
「愚か者! 勇者一行は、『上級貴族、或いはそれに準ずる者』にあたる。勇者と従者がおらねば、この世は闇に満ちるのだ。このシャイナ国とて無事ではすまぬ」
「しかし、そのような解釈の前例はなく」
「ならば、それを否定する解釈の前例もあるまい。侍従長にすぐに室を勇者一行全員分用意するように伝えよ」
「しかし、陛下」
「皇帝の命令である! 客人の前で予が口にした言葉を果たせぬ事の方が、シャイナ皇家の恥だとは思わぬか?」
「ですが、恐れながら陛下、無位の者に部屋をお与えになるなど」
 カッとして皇帝が右手を振り上げる。侍従は頭を低くした。癇癪を起した皇帝に殴られるのには慣れていた。
 しかし、皇帝が右手を振り下ろす前に、
「待って」
 部屋に姫勇者の声が響き渡った。
「もういいわ。部屋は今のままでいい。三部屋ぐらいの方が、互いに護衛しあえて安全だもの」
「だが、姫勇者ラーニャ、それでは予の気持ちがおさまらぬ。予はそなたらを歓迎せよと命じたのだ」
「うん。あんたの気持ちは、今のでよぉくわかったわ。だから、もういいの。部屋のことはもういいから、食事とか待遇とかそっちの方で差別しないよう、部下に命じてくれる? いずれはみんな『英雄』になるんだし、私の仲間なわけだし、大切にしてほしいの」
「……姫勇者の言葉通りにできるか?」
 皇帝の質問に、侍従は平伏する。
「善処いたします」
「善処では許さぬ。予に恥をかかす気か?」
「申し訳ございませぬ、陛下、ですが、シャイナ皇家には伝統がございまして」
 少年皇帝の顔がカーッと赤く染まる。彼が怒りを爆発させる前に、第一王子ガジュルシンが静かに二人を仲裁する。
「シャイナ皇家の伝統を辱める意思は勇者一行にもありません。僕らの希望を伝えた上で、お国の伝統と照らし合わせそこから逸脱しないような形で、過ごしやすい環境を整えていきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「できますれば、そのように」
 おろおろと侍従が、すがるようにインディラの第一王子を見つめる。
 しかし……本来、この場で客人と会話できるシャイナ側の人間は皇帝だけのはず。皇帝が発言を許す前に侍従は、皇帝よりも先に第一王子に答えを返したのだ。『伝統』を盾に皇帝の意思を聞かぬ態度といい、皇帝をないがしろにしすぎている。
 少年皇帝は怒りのあまり小刻みに体を震わせた。
「小物なんか相手にしない」
 さらっと言ったのは姫勇者だった。
「真龍は大空舞う気高き存在なんでしょ? 地上のゴミなんかほっときなさい」
 その皮肉に皇帝の口も綻ぶ。姫勇者は見かけに似ず、辛辣な言葉を使うようだ。皇帝は席についた。
「勇者一行が内廷で暮らしやすいよう、一行の意見を伺った上で配慮せよ」
「ははッ」
「下がれ、侍従長に伝えて来い」
「ははッ」
 侍従の退出を待ってから、姫勇者が再び口を開く。
「あんたもたいへんねえ。子供なのに皇帝だなんて。周りに嘗められっぱなしじゃない」
「子供ではあるが、予は皇帝だ。この国の頂点にある者なのだ。しかし……」
 少年皇帝は溜息をついた。
「見ての通りだ。『シャイナ皇室の伝統』に阻まれ、予の意志は通らぬ」
「それは、あんたが馬鹿だからよ」
 その爆弾発言に、第一王子と第三王子がお茶をこぼしかける。が、皇帝はただ姫勇者の美貌を見つめるばかりだった。
「自分こそ正義! なんて信じてる奴を、正面きって批判したところで通じるもんですか。しかも、相手はあんたを子供扱いして見下してるわけだし、ハナっからまともに話を聞く気なんかないのよ」
「だが……口にせねば、周囲はますます勝手に物事を進める」
「だから、発言相手と発言場所を考えろって助言してるのよ」
『それ、本当に助言?』って顔で姫勇者に視線を送る第三王子。姫勇者は無視した。
「今日の『宝玉の間』の会見にしても、このお茶会にしても、何これ? ってのが私の正直な感想。さっきあんたが怒らなきゃ、皇帝陛下は私達を歓迎してないんだと思ったわ」
「歓迎の意は伝わらぬか?」
「あったり前じゃない。皇帝でござ〜いって御簾の奥に隠れてるのも、インディラ王家の子供しか招かないお茶会も、まっとーに私らとつきあう気のないセッティングに見えるわよ。あんた、私の従者に興味ない? あんたの国の英雄シャオロンと会話したくないの?」
「そのようなことはない」
 皇帝は強い口調で否定した。
「予は護身術として、剣技ばかりではなく格闘も教わっている。『龍の爪』の所有者の腕をみたいと、かねてより思っていた。勇者一行全員と会話したいと思っている」
「なら、何で、『宝玉の間』の会見とか、王族のみ招待のお茶会なんかセッティングしたわけ?」
「それは……ドルンが、あ、いや、摂政が準備したゆえ」
「どんな形で会見が準備されてるかわからなかったのね?」
「うむ」
「摂政に、勇者一行全員と会話できる会見にしろって、注文はつけたの?」
「いいや」
「なら、あんたが悪いんじゃない」
 姫勇者はふぅと溜息をついた。
「ほぉんと、馬鹿ね、あんた」
 皇帝は目を見開いて姫勇者を見つめた。内心、少年皇帝を軽んじていても摂政も侍従達も、褒め称える言葉しか皇帝に向けない。面と向かって『馬鹿』などと罵倒されたのは、今日が初めてだった。
「馬鹿……か?」
「ええ。部下に全部任せたら、そりゃあ、部下に都合のいいように、警護しやすいように、セッティングされちゃうに決まってるじゃない」
「そうなのか?」
「そうよ。部下だって楽ちんな方がいいもの。全部、他人に丸投げしといて、それで希望がかなってないって怒るなんて、あんた、ガキだわ。ちょっとは足りないオツムを働かせて、どの場所でどんな形で会うのが無難か、考えてみたら? 実現可能な希望なら、あんたの部下もダメ出ししないんじゃない?」
「なるほど……」
 皇帝は敬意のこもった瞳で、姫勇者を見つめた。
「そなたの言う事はもっともである。きちんとドルンに希望を伝えなかった予にも正すべきところはあったようだ。姫勇者よ、助言、感謝する」
『馬鹿』だの『クソガキ』だの『オツムが足りない』だの、かなりな侮辱をラーニャは口にしていた。が、皇帝に気分を害した様子はない。
 悪口など言われない身分の為、悪口すら新鮮な助言と感じているのかも? と、ガジュルシンがそう思った時、更なる侮辱をラーニャは口にしていた。
「あんた、鼻もちならない嫌なガキだと思ったけど、過ちを認められるんなら救いようもあるわ」
「うむ。姫勇者ラーニャの言葉は鋭い刃のように胸に刺さるが、正しきことを教えてくれているとわかる。そなたの声をもっと聞きたい。予にいたらぬところがあれば、遠慮なく教えてほしい。そなたの言葉にならば予は従う」
「あら、かわいいこと言ってくれるわね」
 ラーニャはにっこりと微笑んだ。
「言葉責めを喜ぶなんて、Mっ気あるじゃない。滞在中、Sにふさわしい女王様として、かわいがってあげてもいいわよ」


「M?」


 目をぱちくりとさせる皇帝のすぐ傍で、席を立った第三王子が姫勇者の口を覆い、第一王子がにこやかに皇帝へと話しかける。
「MとはSという特殊な人間と特別な秘め事の関係となる者です。二人の間には他人には入れない深い絆があるのです。姫勇者は皇帝陛下と深い絆を持って親交を結びたいと望んでいるのです」
「おお」
 少年皇帝は身を乗り出した。
「願ってもないことだ。予は姫勇者のMとなろう」
「それはありがたき幸せ。姫勇者も喜んでおります」
 ニコニコニコと第一王子が微笑む。
「ですが、二人の特別な関係はあくまでも秘め事。又、無粋な第三者を絡めては美しき絆が穢されましょう。姫勇者と二人っきりの時以外、今後は、SとMの関係である事はお口になさらぬよう願います」
「他言無用ということだな?」
「さようにございます」
「わかった。他言無用だ、よいな?」
 皇帝は室内の召使や近衛兵を見渡す。皆、ぶんぶんと首を縦に振っていた。が、姫勇者からのM奴隷の誘いに皇帝が応じたとの報告が、きっと間もなく、侍従長の元にもたらされるだろう。
 第三王子のゆるんだ手を強引にはらい、ツンと顔をそむける姫勇者。その美貌を幸せそうに見つめながら、皇帝はこう言った。
「明日の午前中、格闘の授業がある。この時間に勇者一行全員と会えぬものかドルンに話してみよう。その時間ならば、我が国の英雄も喜ぶであろうし、な。早ければ、明日、又、会えるな、我がSラーニャよ」
 ラーニャはチラリと少年皇帝を見つめる。
「二人っきりの時は、ラーニャ女王様って呼んでくれる?」
「女王様? インディラでの身分は王女と聞いているが?」
「SMの絆での呼称よ。嫌?」
「嫌ではない。あいわかった。二人きりの時には、そなたをラーニャ女王様と呼ぼう」
「うふふ。あんたチビだけど、素直でかわいいわね、気に入ったわ」
 最も劣等感を抱いている身体的特徴を指摘された時には、さすがに皇帝も眉をしかめた。が、すぐに『かわいい』と言われたので表情をゆるめた。
 背の低さを指摘されて皇帝が怒らないなど、初めてだった。召使達はこの事も含め、侍従長に報告しなければと目くばせをし合った。


 姫勇者とアジンエンデ、ガジュルシンとアーメット、ガジャクティンとシャオロンとジライで別れて内廷の三部屋に泊まる事となった。
 王族三人への特別待遇は変わらなかったが、残りの者への対応も決して瑣末なものではなくなった。
 夕食の後、各部屋に摂政ドルンよりの使いが現れ、『明朝十時よりの格闘の時間に皇帝陛下の傍らに侍る事を許す。御前であるゆえ武器は所持せぬように』との伝言を伝えた。上から目線な物言いに、ラーニャは不快を隠さなかったが、怒りを露とする事はなかった。



「何でこんなあっちこっち歩かされるわけ?」
 ラーニャはうんざりした。勇者一行はもう十分ぐらい内廷を無為に歩かされている。丸腰で来いとの事だったので、『勇者の剣』も『雷神の槍』も『極光の剣』も『龍の爪』も部屋に置いて来ている。忍者装束のジライとアーメットの二人は、或いは武器を隠し持っているのかもしれなかった。が、見た目からではわからなかった。
「練習場所の庭園って私達の部屋から北に真っすぐじゃなかった? なのに、なんで建物の中、あっちこっち連れまわされるわけ?」
 不満をこめて案内のシャイナ教神官を見つめるが、相手は済ました顔を崩さず、何故入り組んだ道順で進むのかを説明しない。
「方違えだよ、ラーニャ」
 溜息をつきつつ、ガジュルシンが言う。
「シャイナは日常生活から占いを重視している。本日、北へ直進することは僕ら勇者一行には不吉という卦が出ているのだろう。徐々に目的地へ進む道を選んでくださっているんだ」
「正確には北北東が忌むべき方角にございます」
 ラーニャのつぶやきは無視したくせに、知的なガジュルシンの言葉にはシャイナ教神官は反応した。
 女を相手にする気はないってわけ? 不機嫌そうに眉をしかめるラーニャに、背後からガジャクティンが小声で話しかける。
「あのさ、ラーニャ、昨日のことなんだけど」
 義弟の声にぞくっと背をすくませつつ、肩越しにふりかえり、ラーニャは大きな義弟を見上げた。
「SMってどの程度やる気? 皇帝陛下を鞭でビシバシとか、蝋燭とか、外で脱げとか、そんな無茶はしないよね?」
「あったりまえでしょ、馬鹿」
 ラーニャは肩をすくめた。
「公開羞恥プレイなんかしないわよ。やっても、言葉責めくらい」
「本当に?」
 ラーニャはしばらくジーッと義弟を見つめる。
「何もプレイらしいことはしないわ。本格的なプレイは今は誰ともやる気はないもの。それより……その、」
 ラーニャの頬がポッと染まる。
「さっきのもっかい、ううん、何回か、言ってくれない? SM、鞭でビシバシ、蝋燭タラタラみたいなの」
「何で?」
「何でって」
 ラーニャは頬を更に赤くした。
「私がうっかり皇帝陛下に暴力ふるわないようによ。今のうちにときめきワードを聞いといて、心落ちつけとくの……ついでに『公開羞恥プレイ』も言って……」


 そのわけのわからない理由を信じたのか、『鞭』やら『蝋燭』やら『外で脱ぐ(脱げから脱ぐに変えてくれとラーニャから注文されたのだ)』だの素直に口にするガジャクティン。
 アーメットは溜息をついた。父王そっくりな声のガジャクティンに変態用語をしゃべらせときめいている姉を、実の姉ながらダメな人間だなあと思いながら。


 一行は牡丹園に入った。ラーニャは低木の枝先に咲く紅、紫、白の大型花の美しさに見とれた。
「普通は春か秋に一週間ぐらいしか咲かないんだ」
 と、ガジュルシンに教わりラーニャはへぇと周囲を見渡した。ここの牡丹は半年咲くと侍従長は言っていた。晩夏の庭園に綺麗に花は咲き誇っており、道を歩くだけで華やいだ気分となった。
 皇帝の父、先代皇帝は殊のほか牡丹を好み、趣味が高じこの牡丹園を造ったのだそうだ。そうジライから教えられたラーニャは、父親の形見の花なわけねとポツリとつぶやいた。贈られたのを無下に捨てなくて良かったとも。


 牡丹園を抜けてしばらく行くと、煉瓦敷きの通路のある庭園に繋がった。護衛の近衛兵達が周囲を大きく囲む輪の中で、皇帝は小柄な男に対し向き合って拳法の型を構えていた。冠も外し動きやすいシャイナ風の武闘家の衣装(といってもすごい刺繍だらけなのだが)をまとった皇帝が、嬉しそうに顔を向ける。
「姫勇者ラーニャ」
 女勇者に対し、皇帝は満面の笑顔だ。
「こちらへ。英雄シャオロン、おまえもそばに参れ、許す」
 インディラの王族達よりも後方に控えていたシャイナ人へと、皇帝は呼びかけた。シャオロンは皇帝への礼をとってから進み出る。
「予の格闘の教師だ。おまえもよく知っていよう」
 皇帝に頷きを返し、皇帝と対していた拳法着の男が前へと進み出る。格闘家とは思えない、小柄で痩せた人物だ。
「皇帝陛下の格闘指南を務めております、リューハンにございます」
 王子と王女に恭しく挨拶してから、その男はシャオロンへと頭を下げた。
「シャオロン師、お久しゅうございます」
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