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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

シャイナに忍び寄る影

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シャイナ皇宮へ! 闇に光る眼!

 姫勇者一行が大魔王四天王エーネを討伐した噂は、瞬く間にシャイナ国中に広がった。


 インディラを旅立ってから一ヶ月と経っていない。『勇者の剣』と共にエウロペを離れてからたった二週間ほどで、姫勇者は大魔王の腹心の一人を倒したのだ。


 旅立ちより一ヶ月たらずの四天王討伐は新記録だった。
 四天王全員の討伐が最も早かった二代目勇者ホーランでも一ヶ月半、わずか八ヶ月で大魔王を討伐した十代目勇者ウォルトでも一ヶ月と三週間かかっているのだ、最初の四天王を倒すまでに。


 最速の四天王討伐は、ラーニャの勇者としての技量の高さを示していた。まだ十八歳のうら若き美しき乙女でありながら、武にも優れているのだ。
『姫勇者』の他に、『迅速の剣』、『美しき刃』の呼称も広がり、『最強勇者』とまで称える者すらいた。


 シャイナの首都ペクンへの道すがら、姫勇者一行は大魔王教団討伐を続け、盗賊・山賊の退治していった。


『女勇者セレス』発祥の地であったシャイナでは、もともとその娘ラーニャへの期待が高かったのだが、エーネを討伐したことで人気は更に拍車がかかった。
 熱狂的な興奮がシャイナ全土を覆っていった。姫勇者を一目見ようと、その進路にはシャイナ国民が群がった。
 母親譲りの美貌の男装の麗人。美しい黒髪、白銀の鎧姿の高貴なる姫君。彼女と出会った者は口々に、姫勇者ラーニャは美しく慎み深く、姫君とは思えないほど親しみやすい愛らしい女性であったという。
 彼女のペクン到着とほぼ時期を同じくして、『女勇者セレス』の作者として有名な伝説の作家G・Nの最新作「姫勇者ラーニャ」が発売された事で、姫勇者人気は更に燃えあがったのだった。


 昨日から、姫勇者一行はペクン郊外の貴族の別邸に滞在していた。
 ペクン市民の姫勇者人気の熱狂ぶりを軍が警戒しての、措置だった。正門より騎乗で一行がペクンに入都しては、群がった市民による事故、暴動の危険がある。
 姫勇者一行は宮廷魔法使いの到着を待って、直接、皇宮へ向かう事となった。
 ラーニャ一行がこの館に入って行くのを目撃した者がいたのだろう、噂が噂を呼び、貴族の別宅の周囲を囲う鉄柵の周囲には黒山の人だかりができていた。群がる人々は時間を追うごとに増えていった。


 インディラ王宮付き忍者の副頭領ムジャは机につっぷしていた。
 頭領ジライの留守を預かり、インディラで王宮の警備、情報収集、部下の統括をこなす非常に多忙な日々を送っていたのだ。大魔王復活という一大事件(イベント)をインディラ王家が中心となって片付けてゆくことに誇りを抱き、真面目に精力的にムジャは働いていた。
 そこへ、ラーニャ一行に同行しているジライより『急用、至急来られたし』の知らせが届いたのだ。
 とるものもとりあえず、不在の間の代行を副官ヴァーツィに頼み、魔術師協会の移動魔法システムでペクンへ運んでもらい、勇者一行滞在中のこの屋敷に忍んで来たのだ。人だかりを器用にかわし忍らしくひっそりと。けれども……
「そのようなくだらない用事で私を呼びつけたのですか……頭領」
 ムジャは頭を抱えた。頭領は超優秀な一流の忍者なのだ。その実力は認めている。自分など足元にも及ばないとわかっている。だが、しかし……頭のネジが確実に五、六本抜けているのだ、頭領は……
「たわけ、くだらぬことではない。緊急を要すことゆえ、きさまを呼んだのだ」
「これの何処が緊急なんです!」
 ムジャは机の上に積みあがっていた本を数冊、手に取って体を起こした。大衆娯楽小説本『女勇者セレス』だ。もう二十年近く前にシャイナの版元から発行され、全世界的流行となった痛快冒険活劇本だ。
 時には事実と合わない話もあるものの、女勇者セレスの冒険にそって一〜三ヶ月後にはその戦いが物語として伝えられる『女勇者セレス』は読本としても情報本としても面白く、大衆に大人気のシリーズ本だったのだ。
「できれば、シリーズ中最高傑作と名高い十五巻の作者を、無理なら三十二巻から三十五巻を担当した奴を、そやつらがもうおらぬのならは四十七巻から六十八巻を書いた者でもいい、『姫勇者ラーニャ』の執筆役をその三人の誰かに交替させよ」
 ムジャはいまいましいとばかりに、本を机に叩きつけるように戻した。
 謎の作家G・Nが書いたと世に知られているそのシリーズ本は……実は武闘僧ナーダが部下の忍に書かせた本なのだ。
 ナーダが現実を題材とした冒険活劇本『女勇者セレス』を出版したのは、地の底を這っていた女勇者の評判を高める為だった。『女勇者セレス』はシャイナで予想以上の大評判(ベストセラー)となり、ジャポネ、インディラ、トゥルク、エーゲラ、エウロペで同本は出版され、各地で大評判となった。ナーダは話の大筋を書く原作者、その原作を元に部下が文章をまとめ、版元に渡す仕組みだった。
 しかし、金銭目的で始めた事ではないので、ナーダは一年ほどで出版から手を引いた。セレスを勇者として認める風潮が高まってきたので、扇動(アジ)本はもう必要ないと判断して。
 けれども、『女勇者セレス』の新刊を求める声は強く……結局、部下達は副業(アルバイト)として続刊を書き続けていた。勇者一行が北方に行った後ですらも。大魔王討伐後にセレスがナーダの国奪還に協力しインディラ国第一夫人となるまでの、その後の勇者一行の話を含めた全七十一巻が発行されている。
 ムジャは大きなため息をついた。
 嫌な予感はしていたのだ。
 愛娘ラーニャが勇者として出発するにあたって、忍者ジライが『女勇者ラーニャ』の執筆の準備をせよと命じてきた時には。
 ラーニャの従者としてインディラを旅立ったジライが毎日のように今日の報告を、鳥を使って送って寄越してくるのも重圧(プレッシャー)だった。今日、ラーニャ様は何をなさった、ラーニャ様はこうおっしゃった、ラーニャ様はかくも気高く振舞われた等々……紙面の八十パーセントから九十パーセントはラーニャ王女に関して。残りの十パーセントが従者達のことで、紙の端に各国の動向、魔族や大魔王教徒の情報がなぐり書きのように書いてあるという本末転倒な報告書が毎日のように届くのだ。
 エウロペについてじきに『緊急』の印のつけた報告書をジライは鳥を通して送ってきたが、実はそれと同じものをムジャはナーダ国王からも受け取っていた。『ジライからあなたに急ぎ渡してくれと頼まれました』と。鳥を放った後で、ナーダ国王が都合よく侯爵家にやって来たので国王を伝言係(メッセンジャー)に使ったのだ。国王への敬意のかけらもない頭領ならではの行為にムジャはあきれ、その内容に更にあきれたのだった。
 重要と書かれたその報告書には……『タイトル変更の知らせ……女勇者ラーニャではなく、姫勇者ラーニャとせよ。印刷済みのものも全て破棄し差し替えるように』と記されていたのだ。
 本を出せと命じられてから、三、四日で印刷うんぬんまで進んでるわけねえだろう〜〜〜〜と、誰もいない部屋で壁に向かってムジャはむなしく叫んだのだった。
 ジライからの報告書はほぼ毎日届く。重圧(プレッシャー)が日に日にひどくなるので、ジライからの報告書をムジャがまとめ、書類書きの得意な部下に『活劇風にまとめてくれ』と三日で原稿を書かせ、シャイナの馴染みの版元にG・Nの名で渡したのだ。
 迅速出版をとりえとする版元は、魔法で版木を削り、魔法で印刷し、魔法で製本し、わずか一週間で『姫勇者ラーニャ』の第一巻を仕上げ、姫勇者のペクン入都前に出版までこぎつけたのだった。
 しかし……
 その内容がえらく気に入らないようなのだ、ジライは。
「淡々、淡々、淡々と、事実を羅列するばかり。面白味も深みもまるでない。こやつに、文才はない。ナーダよりもご老体よりもない。書き手を替えさせよ」
 シリーズの最初の十巻まではナーダがあらすじを考え今は亡き頭領ガルバが、文章にまとめていた。が、それらの巻の頃は勝手もわかっていなかったこともあって文章が硬く、たいへん説明的だ。面白味が無いと、二人のコンビの巻を、前々からジライはメチャクチャけなしていた。
 忙しくなったナーダとガルバが出版に関われなくなってからの頃の方が読み本として面白くなったと、ジライは言う。実際その通りだとムジャも思ってはいた。真面目なあの二人が執筆に関わらない方が破天荒な話に作りかえられたからだ。
『姫勇者』一巻の作者は、そのナーダやガルバよりも物書きに向かないとジライは不満たらたらなのだ。ムジャにしてみればそれほど悪くない出来だと思うのだが、ラーニャ王女の描写がないがしろで主役なのに登場シーンが少なすぎるとジライはお冠なのだ。それでも、六割はラーニャ王女が関わっているシーンなのだが……
『女勇者』の十巻までが不満なのも、単にセレスへの美辞麗句が少なくて、未熟な勇者であった彼女を褒め称える文章がそっけなかったせいではないか? ムジャはそんな気がした。
「おまえ、ご老体の腹心の部下だったゆえ知っているであろう? 北方にはおぬしも行っていたゆえ、四十七巻から六十八巻の作者は或いは知らぬかもしれぬが、序盤、中盤の書き手ならば知っていよう? 十五巻の作者は? 三十ニ〜三十五巻の書き手は誰じゃ?」
 どうでもいいことにやたら熱心な上司に心底あきれながら、ムジャはため息をついた。
「私です」
「む?」
「十五巻と三十ニ巻から三十五巻までは、ちょうど暇だった私とバイトゥーキが書きました。私の書いたものにバイトゥーキが手直しをいれる形式でした」
「おおおお」
 ジライは副頭領であるムジャの手をはしっと握った。
「バイトゥーキはもう鬼籍に入っておる。と、なれば、おまえしかおらん。ムジャ、今日からきさま、執筆業に専念せよ」


「へ?」


「副頭領としての仕事はヴァーツィに任せ、おまえは『姫勇者ラーニャ』を書き続けよ。ラーニャ様の偉大さを世に知らしめる尊き仕事。その栄誉をきさまに与えてやる。ありがたく受けよ」


 泣いてわめいて懇願し『姫勇者ラーニャ』の監修を務める事を交換条件に、ムジャはどうにか副頭領の座を守り通した。が、しばらくは版元との打ち合わせでペクンに留まるよう、ジライより命じられてしまった。
 今はお国の大事なのに……と、泣きたい気分のムジャの前で、じきにシャイナ皇宮へあがるゆえ今のうちにとジライは嬉々としてラーニャ礼賛の文章を書き上げてゆくのであった。



 その姫勇者ラーニャは……
 ここ数日、ずっと不機嫌だった。
 人通りが少ない街道を盗賊退治しながら歩いている頃は良かったのだが……
 物見高い性のシャイナ人がまとわりついてくるせいで、変装せざるをえなくなったからだ。


『勇者の剣』を背負えない勇者であることは秘密なのだ。ラーニャに扮したアーメットが『勇者の剣』を背負ってエウロペの王宮を堂々と歩いて来てしまった以上……今更、重すぎて担げませんとは言えない。
『勇者の剣』を背負ってひぃひぃよろけていては、勇者と『勇者の剣』は不仲になったなんて噂が世に広まってしまう。
 ラーニャは、女勇者付きのくノ一という設定で、インディラ風忍者装束姿だ。
 でもって、女勇者ラーニャの役は……黒髪のカツラを被り、白銀の鎧を装備した弟が演じていた。青の目が薄いガラス膜を入れたとかで、今は、茶色になっている。薄化粧しかしていない弟が女性のように見えるのも、ラーニャにとっては腹立たしい事だった。
 ジライを除く勇者一行は、今、ラーニャの部屋に集まっていた。その部屋の扉の前、窓のそばには王宮から遣わされた護衛役の兵士が佇んでいる。国賓である姫勇者一行の安全を守る為に。
「綺麗だね……アー、じゃない、ラーニャ」
 総本山に籠もっていたガジュルシンも姫勇者一行が王宮にあがると知って、先ほど移動魔法で合流していた。両手を顔の前で組み合わせ、ぽわ〜んとアーメットにみとれる義弟にも、ラーニャは馬鹿じゃないの! と冷たい視線を送っている。
「だよね、気品にあふれてるよね。移動中や宿屋でのふるまいで、顔が美しいばかりか心まで美しいって評判。下々の者にもおやさしくお声をかけてくださる姫君だって、すっごく受けがいいんだ。どっかの誰かさんとは大違いだよね」
 と言ったガジャクティンを忍姿のラーニャが殴り飛ばしたのは言うまでもない。
「しかし……ご挨拶だけならば問題ありませんが、皇宮に滞在となったらどうするんです?」
 と、尋ねたのは東国の格闘家シャオロンだった。
 勇者にどのような接待をするかは、各国の国主の心次第だ。
 シャイナ皇家が、勇者一行を歓迎の宴に招待し、そのまま、情報を提供する或いは魔族退治に協力するという名目でひきとめてくることもありうるのだ。数日、話し相手として皇宮に滞在させる為に。
「そうだな。二人は似てはいるが、そっくりではない。暗闇でもない限り、無理だな。(入れ代われば)すぐバレる」
 北の国の女戦士アジンエンデも首を傾げる。
 北方から大魔術師カルヴェルに連れてこられた女奴隷戦士と会話する為、勇者一行はよくシベルア語で話す。彼女が北方の言葉しか理解できないから……と、いう理由を掲げ、他人の目があるところでシベルア語で内緒話をしているのだ。語学に堪能な者が聞いてもバレない程度の話し方で。
 本当はアジンエンデは、もうかなり共通語がわかるようになっているのだが。
「滞在となっても、きっと姫勇者様がうまくやってくれるわよ」
 ラーニャがツーンと弟から顔をそむけて言う。
「姫だもの! 頭も眼もそのまま、お化粧も落さずに何日だって過ごしてくれるわよ! 鎧も着たまんま、お風呂にもおトイレにも行かないでね!」
「それ、俺に死ねって言ってない?」と、小声でアーメット。扉や窓の前の警備兵には聞こえないぐらいの小さな声だ。
「一週間ぐらいおトイレ行かなくても平気よ! 姫勇者になってるんだから!」
「いやいやいやいや、無理だから、それ」
 化粧道具を取り出し、鏡を見ながら、アーメットが化粧を直し始める。眉を濃く描き、アイラインを太く描きアイシャドーを濃くする。顔だちをキツめにみせる、はっきりとした化粧をほどこした上で、化粧にあわせ唇にも濃い赤を塗った。
 ガジュルシンが、又、ぽわ〜んとした顔をする。そういうお化粧も凛々しくていいね、と。
『あんた、アーメットが化粧するならなんでもいいんでしょ』と、第一王子を睨んでから、ラーニャは弟へと容赦のない瞳を向けた。
「なに、その下品なお化粧? 姫勇者はノーメイクが売りなのよ?」
 ナーダお父様が化粧の匂いがお嫌いだから、メイクはしない! が、ラーニャの信条だったのだ。
 アーメットはわざとらしく、にっこりと微笑んだ。
「皇帝陛下の御前にお顔を出すのですもの。綺麗にしなくっちゃ失礼だわ」
 弟の声にラーニャが鳥肌を立てる。明らかな女性声なのだ。しかも、気持ち悪いことに、多少、低くかすれているものの、ラーニャ自身の声によく似ている。
「これだけ濃くすれば、素顔、ちょっとわからないでしょ? ガジュルシンもいるし、大丈夫よ、素顔の時と化粧の時とで切り替えれば」
「なるほど」
 と、シャオロン。『勇者の剣』を背負う時はキメキメ・メイクのアーメットが、普段の生活は素ッピンのラーニャが、姫勇者役をこなし、入り変わり時にはガジュルシン王子に千里眼防止結界と目くらましの幻術を張ってもらうということか、と。
「それなら何とかなるかもしれませんね」
 何とかならなくってもいいのに、と、ラーニャが不機嫌そうに唇を尖らせ、壁の前の大剣へと視線を向ける。
『勇者の剣』……エーネを倒した時のような一体感はアレから二度と訪れず、ラーニャは剣と不仲なままだった。
 ペクンまでの盗賊や大魔王教徒退治の時もそうだった、男性体重並みに重いそれを持ち上げる事ができず、ジライに上段・中段からの敵の攻撃を防いでもらって、ラーニャは下段で剣を振り回すだけだったのだ。
 戦っていれば少し軽くなる事もあった。が、別の時に鞘から抜けば、剣は、又、成人男性並の体重に戻っている。
 一向に良くならない剣との関係に、ラーニャは正直、かなりうんざりしていた。


 貴族の別邸から現われた姫勇者一行に、門前、鉄柵の前に群がっていた群衆が歓声をあげる。
 皇宮移動前に姫勇者様は自分を慕い集まって来たシャイナ国民の前に姿を見せたいとおっしゃったのだ、そこより有難くご挨拶するようにと、皇宮の兵が叫んだ。が、その声は熱狂の渦の中の人々の耳に届いたかどうか。
 にこやかな笑みを浮かべ、手を振る麗人。噂通り、美しい姫君だった。遠目からもはっきりとわかる美貌で、白銀の鎧の似合う颯爽とした所作をしている。背にある巨大な大剣が『勇者の剣』なのだろう。
 その左背後に控えている覆面に黒装束の忍者が、先代勇者の従者でもあった忍者ジライなのだろう。インディラ王宮付き忍者の頭領、切れ者と噂の超一流の忍だ。『白き狂い獅子』という二つ名に合う白装束ではない事にがっかりする見物人もいた。
 ジライのすぐそばには、兜に口布、チュニックにズボン姿の、小柄なインディラ忍者がいた。ジライの部下なのだろう。群集はそちらへはほとんど目を向けない。
 更にその後ろの赤毛の派手な顔だちの女性の方が注目を浴びていた。北方から来た女奴隷戦士だ。エーゲラ風の男性用チュニックをまとったその肉体は、はちきれんばかりに胸も尻も豊かだ。性奴隷としても使えそうな魅力的な肉体だったが、その背には『勇者の剣』に劣らぬ巨大な大剣があり、臆することのない態度も、奴隷とは結びつかない。
 姫勇者の右隣には、色白の王子が立っていた。インディラ国第一王子ガジュルシン、たいへん聡明で、魔法の才にあふれ、信仰心に篤いと評判の王子だ。在家でありながらインディラ寺院代表として姫勇者の旅に加わったという特異な立場の彼も、注目の的だった。儚げな少女のような美貌の為、特に女性から熱い視線を送られていた。
 ガジュルシンの背後には筋骨逞しい大男が立っていた。ガジュルシンと同じくターバンに白を基調とした王家の衣装。第三王子ガジャクティンだ。その小山のような巨体で十四歳だと聞いて驚く者も少なくない。儀礼用のような刃に雷を示す彫刻や透かし彫りが施された、長刀としても使えそうな槍を持っている。
 そして、その後ろに控えめに佇んでいる者こそが……シャイナ(いち)の武闘家シャオロンだ。シャイナ人の目から見ても若々しい美青年のように見える彼が、『龍の爪』の使い手、皇帝の私兵なのだ。今は爪は背の革袋に収められているようだ。
 物語の中から現われたように美しい姫勇者一行の姿に、群集の興奮は更に高まっていった。


 群集の中で妙な動きを見せた男は早々に始末され、周囲にそれとわからぬようにひきずられ物陰へと連れてゆかれる。
 時々、何処からか魔法攻撃があるのか空が揺れた。が、それも屋敷の周囲に張ってある物理・魔法結界に阻まれる。
 周囲をインディラ忍者が固め、屋敷の周辺は魔法が得手のガジュルシン王子が結界を張っているのだろう。
 姫勇者の護衛達の見事な働きに、監視者の口元が笑みに綻んだ。
「なかなかやるじゃないですか、インディラ忍者もがんばってますね」
「さようにございますな」
 監視者もそれに返事を返した者も闇の中にいた。通常空間とは異なる異空間。そこに籠もって監視者は、魔法で現実――姫勇者一行とその周囲を切り取り、闇の中に映像として映しているのだ。
「あの姫勇者様は偽者ですね……と、いうか弟の方ですね。本物のラーニャ様はあちらのインディラ忍者に扮してますね」
「さようにございますな」
「あの赤毛の女戦士から妙な魔法の波動を感じます、強力な防呪を施された強い物理結界が常時張られている感じです。あの魔力は……カルヴェルのものではありません。他の大魔法使いが彼女を守護しているようです」
「さようにございますな」
 そこで、監視者はキッ! と、自分の背後に控えている者を睨みつけた。魔法に関しては才の無い相棒が、『さようにございますな』などと答えられるような話題はふっていないのだ。
「忍者ジライはあいかわらずだし、シャオロン君も見た目、そんなに変わってないみたいですね」
「さようにございますな」
 と、おざなりに答えた相手の目が何処へ向いているかは一目瞭然だった。食い入るように闇に浮かぶ映像の、その中の一人を見つめている。
 忌々しく思いながら、監視者は吐き捨てるようにつぶやいた。
「……あの第三王子、ナーダにそっくりですね」
「さようにございます! まさにそっくり、いきうつし!」
 相棒の熱っぽい反応に、監視者が多少、ひるむ。
「あの高貴な凛々しいお顔! 逞しいお体! 勇ましくも品格のある優美な所作! あああああ、どれをとっても御身様そのもの! 御身様がお若い頃に戻り、お姿を見せてくださったかのようです!」
 感激のあまり眼を涙でうるませながら、相棒は闇に浮かぶ映像を見つめている。
「王宮よりほぼ出られないあのお方の姿は、穢れたこの身では、もはや二度とお目にできぬと覚悟しておりましたが……ガジャクティン様のお顔を拝見でき、御身様に再びお会いできたように思え……胸がいっぱいとなっております」
「……よかったですね」
 涙もろい相棒にハンカチを貸してやりながら、監視者は言う。しかし、その顔は超不機嫌だった。
「ナーダそっくりの息子を覗き見られて」
「はい! ガジャクティン様は御身様そっくり! そして、あちらのガジュルシン様は御身様によう似ておられます! あの賢そうなお顔、一見、少女のようにたおやかな雰囲気を漂わせておきながら腹では何を考えているかわからない奥深さもあり、根は図太くお気難しそうで、御身様によう似ておられます!」
「それって褒めてるんですか?……と、いうか、あなた、いい加減、その癖、直してください。私とナーダを二人とも『御身様』と言うのはやめろと、ニ十年近く繰り返し繰り返し言い続けてきたはずですけれど?」
「申し訳ございません、御身様。ですが、私の頭の中ではお二人はきちんと区別されておりまして」
「あなたが良くても、私が嫌なんです! あなたが、『御身様』って未だにナーダを慕ってるのが気に喰わないんです!」
「はあ、申し訳ございません」
「ナーダへの慕情を捨てろなんて、そこまで無茶なことは言ってないでしょ? ただ、私とナーダをいっしょくたに『御身様』とくくるなと、それだけ命じているのですよ」
「申し訳ございません、直そうとはしているんですが、生前、お二人ともお名前でお呼びしたことがなく、『御身様』とお呼びした方がしっくりする為、つい」
「もう!」
 監視者は相棒の顎をとらえ、その口を自分の唇で塞いだ。
 珍しく抵抗を示す相手。口づけを楽しんでから、監視者はよく整ったまるでつくりもののように完璧な美貌に、意地の悪い笑みを浮かべた。
「あなたが悪いんですよ、私を怒らせるから……」
「ですが、御身様、あの……」
 相棒が闇に浮かぶ映像を指差し、懇願するように見つめてくる。
「今、せっかく、ラジャラ王朝のお子様方のお姿が……」
「そんな映像、後で何度でも再生してあげます。あなたが私の機嫌をちゃんととってくれれば、ですけれどね」
「御身様……」
「ガルバ……あなたは私のものになったのです……私だけのものに……あなたが『御身様』と呼んでいいのは私だけです」
 監視者は相棒の体を抱きしめ、忍装束を脱がせていった。
 二十代前半の、小柄だが、忍らしいしなやかな肉体が露となってゆく。その肉体は監視者が相棒に与えたものだ。二十年近い時を、まったく老いることなく、相棒は忍として全盛期の肉体を保っている。
 死の縁にあった相棒の魂を呼び戻し、偽りの肉体を与えた監視者は……
 かつては光の教えの中に生きていた。神の覚えめでたい、比類なき僧侶であった。
 しかし、今は……
 闇の中に監視者の眼が赤く煌く。
 それは魔に堕した者が持つ、血の輝きでもあった。


 闇に浮かぶ映像に変化が訪れる。
 宮廷魔法使いの移動魔法で、姫勇者一行は皇宮へと渡って行ったのだ。


 貴族の別邸の前にできていた人垣も消え、護衛の忍者達も去り、辺りに静けさが戻る。
 何の変哲も無い映像が浮かぶ中、二人は闇の中で絡み合っていた。 
 次回からは新章『過去の亡霊』に入ります。

 最初の話は、『いい加減にしろ! 姫勇者って誰?』です。ラーニャちゃん、超不機嫌です。

 最後に出てきた監視者と相棒……彼等の正体や何故そうなったのか何が狙いなのかは、この先の展開で。

* * * * * *

 明日からはしばらくムーンライトノベルズに新作『女勇者セレス―――ジライ十八番勝負』をアップします。五番勝負までアップしたら、ラーニャちゃんに戻る予定です。ラーニャちゃんの更新、少し間があきます。すみません。
+注意+
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