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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

シャイナに忍び寄る影

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いきなり四天王! 絶対、許さない!

「私、エーネと申します。初めまして、女勇者ラーニャ様。ああ、違ったわ、姫勇者様でしたっけ? フフフ、ごめんあそばせ、間違えてしまいましたわ」


 エーネと名乗ったシャイナ女性は、黒髪黒目の細面の美人だった。
 髪を優美に掻きあげたエ−ネは貫頭着を脱ぎ捨て、再び全裸となった。
 無防備そうな姿だが……多分、この方が戦いやすいのだろう。


 先ほど、エーネは瞬時に四方にいる私達を一斉に攻撃した。
 何をしたのだろう……?
 正直、私にはわからなかった。
 気がついたら、周囲から血が吹き上がっていたのだ。


「かなり高位の魔族の方とお見受けします」
 非常に静かな落ち着いた声が響く。
 シャオロンだ。
 どこも怪我はしていない。さっきの、魔族の奇襲を完璧に防ぎきったのだ。
『龍の爪』の先端を魔族に向けたまま、シャイナ語で話しかけている。
「シャイナ女性のその肉体に宿っておられる、あなたは魔界でも高貴な方なのでしょう?」
 話しかけながらじりじりと摺り足で進むシャオロンに対し、女魔族は媚びるような笑みを浮かべた。
「あら、いやだ。ふふふ、おわかりになるなんて、さすが英雄様ね。あなた、シャオロン様でしょ? よぉく存じていますわ、この体の母親が『女勇者セレス』のあなた様の大ファンでしたの」
「光栄ですね……シャイナ女性の脳を共有している今のあなたには、僕は多少は魅力的に見えますか?」
「ええ、とっても。ここに罠を張ってお待ちしてた甲斐がありましたわ。あなたの魂、私が食べてさしあげます」
「やはり待ち伏せでしたか……そのシャイナ女性の体にはいつから入っていたのです?」
「もう五日前からです。情報屋に魔族召喚の情報を配下の者を通じて流させたのに……あなたがた、来るの遅すぎでしてよ。召喚ごっこもあきていたところですわ」
 ホホホホと笑う魔族に、シャオロンは静かに頭を振った。
「黒の気を隠すの、上手ですね。オレ、魔の気には敏感な方なんですけど、あなたは、ただのシャイナ女性にしか思えませんでした」
 シャイナ女性ってやたら連呼するんで、私もようやく気づけた。
 そうか、シャオロンは……
 この魔族はシャイナ女性の体を乗っ取っているんだってことを、私達に意識させようとしているのだ。
 つまり……
 シャイナ人として得た知識を基本に、今、こいつは行動してるんだ。
 少しづつ魔族との距離を詰めてゆくシャオロン。
 魔族の目はそっちへ向いている。
 チャンスをつくってくれてるんだ。私達が死角へと入る位置にシャオロンは移動してゆく。まあ、人間の眼以外の眼でも周囲を見てるだろうけど、うまくすれば虚がつける。
 攻撃もしたいけど、今、まずすべきことは……
「ジライ……まだ戦える?」
 私を庇い、血を流したたずんでいる忍者にシベルア語で尋ねた。普通のシャイナ女性なら、母国語と共通語しか話せないはず。北方の言葉なんか知ってるはずがない。こっちの思考を魔法で読もうとしない限り、向こうには会話はわかるまい。
 綺麗に姿勢を伸ばしたその姿は、おそらく『ムラクモ』を魔に向けて構えているのだろう。私に背を向けたまま、ジライが答える。
「愚問にございますな。私めの動きに衰えはございませぬ。何なりとご命じください」
 肩や脇から、だらだら血ぃ流してくるくせに、強がって。
 馬鹿。
 でも……さすが、先代勇者の従者ね……頼もしいわ。
「ガジュルシンを正気に戻さなきゃ、彼のもとへ行くわ」
「承知」
 言うが早いか……
 ジライは行動に出た。『ムラクモ』を手に持ったまま、私を抱きかかえたのだ。いわゆるお姫様だっこで!
 で、ふわっとしたら、もうガジュルシンとアーメットのそばに来ていた。
 びっくりするほど素早い。
 何か鞭状のものが私達へと飛んでくる。
 私はジライの腕からすぐに降りた。ジライは『ムラクモ』を一閃した。
『ムラクモ』が何かを浄化した。
 でも、何を?
 あの女魔族から飛び出したように見えたけど……蛇みたいななんかが、もの凄いスピードで私達を狙って飛んで来てたのだ。
「アーメット!」
 ガジュルシンの叫び声。
 そうだ、今は魔族よりこっち。私は泣きながら弟を抱きしめている義弟へと視線を向けた。
 背後に風を切る音がする。ジライが魔族の攻撃を防いでくれているのだ。
 ジライが負けるわけがない……
 変態だけど、強いもの!
 今は、魔族はジライとシャオロンに任せた!
 ガジュルシンが、その名を呼び、その体を揺さぶってるんだけど、アーメットはぴくりとも反応しない。体に穴が開いているし……左足が膝から下が無い。
 でも、死んだわけじゃないわよね……
 血まみれだけど、忍者装束もあっちこっち破けてるけど……馬鹿はそう簡単には死なない!
 自らを盾にしてガジュシンを庇ったぐらいで死ぬもんですか!
 馬鹿の馬鹿の大馬鹿だけど……さっきの、あんたの行動は正解だわ! 褒めてあげる! だから、起きるのよ、アーメット!
 私はガジュルシンの胸倉をつかみ、かなり遠慮なく平手でぶっ叩いてやった。
「ふぬけてるんじゃないわよ! 早く治して、馬鹿弟が死んじゃうわ!」
「ラーニャ……」
「しっかりして! 治癒魔法を使えるのは、今はあんただけよ! みんなを助ける気があるんなら、しゃきっとしなさい!」
 ガジュルシンが泣きながら、かぶりを振る。
「でも、もう、アーメットは……」
「やんないうちから投げ出すんじゃないわよ! あんた、インディラ寺院の代表でしょう! 高位の回復魔法でも何でも使いなさいよ!」
「でも……もう……」
 腹が立ったから、もう一発、ひっぱたいてやった。
「何の為に、アーメットがあんたを庇ったと思ってるのよ! あんたさえ無事なら、みんな、助かるからよ! あんたを信じて、代わりに攻撃をくらってやったのよ! あんた、アーメットの期待を裏切る気?」
「!」
「ダメもとでもやってみなさい! うまくすりゃ生き返るわよ、そいつ、油虫なみにしぶといから!」
 涙をぬぐい、ガジュルシンが精神集中を始める。
 良かった……冷静さを取り戻してくれて……
 彼がパニくってたら、アーメットはお陀仏だろうし、多分、ガジャクティンもアジンエンデも……。二人とも床から全然、動かない。
 早くあの二人にも治癒魔法をかけてもらわなきゃ……
『龍の爪』を振るい、シャオロンが女魔族に攻撃をしかけている。
 高々と跳躍する彼。
 女魔族の髪がざわりと揺れる。
 見えた。
 髪だ。
 髪の毛だ。
 髪の毛が女魔族の頭から抜け、礫のようになって襲っているのだ。
 空中のシャオロンが爪を閃かすと、水飛沫が生まれた。ジライの『ムラクモ』と一緒だ。聖水だ。
 聖水のかかった髪が、浄化され今世から消えゆく。
 そうか……聖なる武器で、敵の攻撃を浄化してたのか……シャオロンも、そしてジライも。
 ジライは尚も私達に向けて放たれている髪の毛の礫を、ムラクモの刃、もしくはそこから生まれる聖なる水で浄化し続けてくれている。
 守る人数が増えているから動きづらそうだ。しかも、怪我してるし……。
 私は周囲に視線を走らせた。
 シャオロンの速攻を、女魔族はひらりひらりとかわしている。甲高い笑い声を上げながら。聖水も器用によけている。で、逃げながら、シャオロンやジライに髪で攻撃をしかけてる。
 アーメットの足元には『虹の小剣』……あれを拾えば私も戦える。
『勇者の剣』は部屋の中央の魔法陣のところにぶっ刺したままだ。すぐそばには、ガジャクティンが倒れている。
 アジンエンデはそこよりやや北側にいる。魔法陣をはさんで北、あの女魔族が身を横たえていた場所の近くに。
「あきてきましたわ」
 女魔族が口元に手を添えて笑う。
「そろそろおしまいにしましょうか……」
 シャオロンの攻撃を避けながら、首だけを私の方にむけ、女魔族が笑う。
「さようなら、姫勇者様。あなたの命は大魔王四天王の一人エーネがいただきますわ」
 大魔王四天王?
 て、ちょっと待って!
 四天王っていうからには、大魔王の部下のトップ・フォーじゃない!
 何でそんな大物が、私の初仕事に出ばってくるのよ! 


 エーネの体から爆発的に黒の気が広がる。
 髪の毛からだけじゃない、手足、体、顔……全ての毛穴から黒の気が広がったのだ。


 黒の気が全て礫となる。


 幾百幾千幾万の魔の礫が……


 部屋中に広がるのだ……


 黒の気のひろがってゆくさまを、私の目は非常にゆっくり捉えていた。


 エーネと対戦しているシャオロンにも……


 倒れているガジャクティンやアジンエンデにも……


 瀕死のアーメットと治癒しているガジュルシンにも……


 私を庇って戦ってくれているジライにも……


 逃げ場はない。


 いや、聖なる武器を構えている二人ならば、命を拾える可能性は残っている。彼らの超人的な戦技をもってすれば。
 しかし、他の者はダメだ。


 死ぬ。


 防げない。


 この攻撃で、私の弟達が死ぬ。


 確実に。


 そんなこと……


 あってはならないことだ!


 絶対、許さない!


 私は怒りのまま、声をはりあげていた。


「庇いなさい! あんたと共に生きる仲間を!」


 命令だ。
 誰をと意識して言ったわけじゃない。
 でも、心の奥深いところで理解していた。


 私は命令できるのだ。
 する資格があるのだ。
 だって、私は……


 姫勇者だから!


「馬鹿な!」
 エーネが驚き、身をすくませる。
 彼女の放った礫は一つとして、私にも私の仲間にも届かなかった。
 全て防いだのだ。
 私の両手が握り締めているモノが。
 私の仲間の周囲に、物理・魔法障壁を張って完璧に。
 私の命令に従って。


「きさまが、それを操れるはずが……」


「ごちゃごちゃうるさい! あんたは、絶対に、許さない! よくも、私の弟達に手を出したわね!」


 私は両手を振り上げた。
 私の求めに応じ、私のもとへ宙を渡ってやってきたモノが……軽い。
 持っている事を忘れてしまうほどに……
『勇者の剣』が軽かった。


「ひぃぃ!」


 エーネに達したはずの攻撃が、ぐにゃりと歪んでそれてゆく。
 空間を歪曲させたのだ。
 馬鹿な女!
 そんな手、一回しか通じないわ!
 移動魔法も無駄よ!
 させない!
 あんたの魔力なんか全部、封じてやる!


 あんたを殺すのなんか簡単だわ……
 今の私には全部、わかるのよ!
 その肉体のどこに本当のあんたがいるのか……


 消滅させてやる……


 魔族よ……
 穢れたものよ……
 無残に砕いてくれよう……


 あんたなんか嫌いよ!
 消えちまいなさい!


 私の剣の一振りを、かろうじて身をそらしてエーネは避けた。


 斬る!
 斬る!
 斬る!
 斬る!
 斬る!


 遅い! きさまなど、斬ってくれるわ!


 私の振り上げた剣は……
 しかし、エーネには届かなかった。


 斬り裂く前に消えてしまったのだ。


 浄化されて……


 私は茫然と、聖なる武器の使い手を見つめた。
 自分の身長ほどもある大剣を振り下ろした姿勢で、その者はたたずんでいた。
 燃えるような赤い髪に、赤い鎧。鎧を隠していた衣服は裂けて破れてしまっていたが、彼女はまったく怪我をしていない。
 そうだ、と思い出す。下着姿にしか見えないその赤い鎧は、四部位を揃えて装着すれば、彼女の全身に物理・魔法障壁を張り巡らすのだった。無防備に見える頭部にも、だ。彼女は最初から無事だったのだ。
 気絶したふりをして攻撃する機会を伺っていたのか……
「ラーニャ」
『極光の剣』を右手だけに持って、彼女は私へと近寄る。
 そして、左手をあげ、私の頬をはたいた。
「剣は使うものだ。使われるな、未熟者」


 両手の武器が重くなる……


 私は『勇者の剣』を支えきれずに落とし、そのまま、その場に崩れ落ちてしまった。 
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