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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

シャイナに忍び寄る影

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勇者としての初仕事! 魔族召喚阻止!

 こういうのを待っていたんだ!
 僕は拳を握り締めた。


 忍者ジライが情報屋から買って来た情報によると、今夜、シーアーの街の郊外の遺跡で大魔王教徒のかなり大きな集会があって、魔族召喚の儀式が行われるのだ!
 正確には、今夜も、だ。大魔王復活後、定期的にあっちこっちでやってるらしい。
 魔族を召喚してるなんて、もう、どこをどう見ても悪! 大魔王教徒だし! 姫勇者一行に討伐されて当然の敵だ!


 どの程度の魔族が召喚されているのかは不明だそうだけど、僕には『雷神の槍』もあるし、神聖魔法もある。戦えるさ。
 シャオロン様には『龍の爪』が、ジライには『ムラクモ』があり、アジンエンデには『極光の剣』がある。アーメットは多分、『虹の小剣』を借りるだろう。ラーニャも……『勇者の剣』、多分、使えるだろう。魔族が相手ならば、『勇者の剣』様も我慢なさってラーニャに使われるだろう。
 兄様は……大丈夫なのかな? 兄様が動けないのなら僕がしっかりしなきゃ。補助魔法や回復魔法使えるの、僕だけなんだから。初級魔法しか使えないけど、あるとないとじゃ大違いだ。僕が皆を守らなきゃ。特にラーニャを。


 ノックの後、アーメットが部屋に入って来た。
 兄様、大丈夫みたいだ。
 今夜、一緒に戦うって言ってるって。良かった、兄様の強力な魔法があれば、戦いもぐっと楽になる。怪我人が出てもすぐに癒してもらえるし、いざとなったら移動魔法で全員逃げられる。本当に安心だ。
 え?
……これから、寺院に行く? 本気なの、兄様。 
 ここから十分ちょっとの距離だけど……僕等わざわざ寺院の近くに宿をとっとから。
 でも、今から出かけるなんて大丈夫なの、それ?
「寺院の情報網の情報も手に入れて来たいって言っている。高位の回復魔法をかけたから大丈夫だそうだ。明日まではぶっ倒れないと本人がインディラ神にかけて誓った」
 アーメットがぶすくれた顔でそう言う。反対したんだけど聞いてもらえなかったんだろうな。見かけによらず、兄様、すごい強情だから。
「寺院への護衛に俺がついて行く。この部屋の千里眼防止の結界は離れてても可能だそうだけど、後一時間ぐらいで解きたいそうだ。体調を整えるのを優先したいんだって」
「承知した。一時間で作戦をたてておこう。おまえは、ガジュルシン様に付き従い、命にかえても護衛を務めるのだぞ」
「言われなくても」
 手を振って、アーメットが部屋を出て行く。まあ、アーメットがいれば、兄様も大丈夫か。
「さて」
 忍者ジライが遺跡の地図をテーブルに広げる。
「見ての通り、遺跡は左右対称の造りです。南向きの本殿に東西に脇の神殿がついており、回廊で繋がっております。何処で魔族召喚の儀式をするかと推測すれば、当然、本殿があやしゅうございます。が、意表をついて東西の神殿という可能性も捨てられません」
「三手に別れます?」
 と、シャオロン様。
「オレ、一人で東西どちらかの脇の神殿、見て来ますよ」
 さすが先代勇者一行の一員だった方だ。ただの大魔王教徒相手ならば遅れはとらないということか。
「戦いに慣れぬ方が三人おられるからな……無茶はしたくない」
 僕とラーニャと兄様のことだよね。わかってるよ……
「したが、まあ、移動魔法の使い手がおられるのだ。多少の無茶はできよう。三班に分け、状況に応じ、各班ごとの単独行動とするか 共に動くか判断いたそう。第一班がラーニャ様・ガジャクティン様・我、第二班がガジュルシン様・アーメット、第三班がシャオロンとアジンエンデで」
「わかりました」
 と、シャオロン様は答えたのだけれども。
「ちょっと待って、何で、私が変態とガジャクティンと一緒なわけ?」
 非常に不満そうな顔で、ラーニャがジライを睨む。
 動きやすさを考慮してと言うジライの答えに、ラーニャが絶対、嫌だと言う。
 僕とジライとは組みたくないそうだ。
 頭、悪いなあ、やっぱり、ラーニャはもう。
「あのさ、魔法の使い手は僕と兄様しかいない。この二人を別の班にふりわけるのはわかるよね? 治癒魔法の使い手を一班にいれたらもったいないもの」
「そうね」
「姫勇者ラーニャの身に何かあっちゃいけない。だから、僕か兄様はラーニャと行動を共にしなきゃいけない……そこまではわかる?」
「わかるわよ」
「兄様は決してご健康じゃない。いつ体調を崩されるかわからない。だから、護衛役が側にいた方がいい。その役は、兄様と阿吽の呼吸で動けるアーメットが最適だ……そこまでも大丈夫?」
「……大丈夫よ」
「なら、ラーニャの相棒には僕しかいないってわかってくれるよね?」
「………別に、私がガジュルシン達と同じ班でもいいじゃない」
「よくないよ、兄様は遊撃もしくは援助として動いた方がいいと思うんだ。移動魔法の使い手だもの。いざという時に、他の者の援護にいけるよう、身軽な方がいい。アーメットと二人っきりで動いた方がいい」
「で、でも……」
「それにさ、ラーニャ、今夜の襲撃、『勇者の剣』で戦うつもりだろ? 少しでも仲良くならなきゃいけないから」
「使うわよ」
「なら、『勇者の剣』の運び手の僕と一緒に動いた方がよくない?」
 ラーニャがぐっと喉をつまらせる。
「アーメットに運んでもらうって手もあるわ……」
「兄様の護衛に忙しいアーメットの仕事を増やすわけ? 『勇者の剣』の運び役と、兄様の護衛、わけた方がバランス良くない?」
「………」
 何で僕と一緒にいたくないんだろう? 前からすぐヒステリー起こしてたけど、このところラーニャ怒りっぽいんだよな。感情的で、わけわかんない理由で、すぐわめく。他のベタベタベタベタしててうっとーしい女よりマシだけど、面倒くさい事に変わりはない。
 でも、アジンエンデは違う。彼女も怒りっぽいけど、怒る理由が納得いく。理解しやすい、話しやすい。ラーニャとは大違い。 
「わかったわよ、あんたと一緒にいなきゃいけない理由は……でも、ジライは何で一緒なの?」
「戦力の均等化の為」
「均等化?」
「先代勇者の従者の二人は、ものすごく強いから別の班に振り分けるべき。で、世間知らずで戦闘経験のないお荷物の僕等をシャオロン様に任せるよりは、僕らの性格や行動パターンをよく知っている自分が側に居た方が守りやすいとジライは考えたわけだ」
 そうでしょう? と、問うつもりで視線を向けると、ラーニャの父親は頷いた。まあ、娘LOVEだから一緒に行動したいって気持ちもあるんだろうけど、ジライの護衛の方が僕も安心だ。
「後は、アジンエンデのせいです。私と居るのは嫌と言っております、二人で組んではまともに動けぬでしょう」
 アジンエンデが、フンとジライから顔をそむける。アジンエンデがジライを避ける理由もわかる。ジライは誰に対しても無遠慮にひどい事を言う。ラーニャは猫っかわいがりしてくるせに……それ以外の人間にはとことん冷たいんだ。
「と、いうわけで、ラーニャと僕とジライがワンセットなんだ。納得した?」
「……仕方ないのわ、わかったわよ! でも、納得いかない! あんた達とは組みたくない!」
 なんでこんなわがまま言うんだろう……感情的すぎて、嫌になるぐらい、頭悪いよな、ラーニャって。
 こんな女が『勇者の剣』様の振るい手なんだから、おかしいよ。血筋だけじゃん、ラーニャなんて。アーメットは両手剣はへっぽこだし……あ〜あ、僕が勇者様の子孫だったらなあ……
「あのさ、ラーニャ、もう十八なんだから、感情を爆発させるばっかりじゃなくって、少しは頭、使ったら? そんなんだから『勇者の剣』様に嫌われるんだよ」


 と、言ったら、又、ラーニャに殴られてしまった……


 もう! ラーニャの馬鹿! 暴力女! 大嫌いだ!


* * * * * *


 右手に変態、左手にお父様そっくりな生意気な義弟。
 いつセクハラされるかドキドキしている上に、心にズキンと響く声でむちゃくちゃ腹立つ発言されて、見ないように気をつけてるんだけどお美しい顔そっくりなアレな顔を目にしてしまう……中身はガジャクティンなのに〜〜〜〜〜
 全然、落ち着かない!
 どうしろってのよ、これ……興奮しすぎで血管、切れそう。


 シーアーの郊外の森の中、森に埋もれるように古代の遺跡があった。どうもシャイナ教の神殿跡らしい。だもんだから、インディラ寺院的にはあまりこの場所に関わり合いになれないらしい。シーアーの街には大きなシャイナ教団はないし。うまいぐあいに大魔王教徒が利用しやすい集会所なわけだ。
 全員で森に潜み様子を窺う。
 ガジュルシンが探知の魔法で探ったところ、建物の外は三箇所の出入口に二人づつ計六人、巡回役が二人セットで二組計四人がいる。建物の中は東西の対屋と本殿にそれぞれ十人前後分散しているらしい。
 三つの建物にはそれぞれ魔法陣があって、それぞれに大魔王教団の神官がついて儀式を行っているらしい。三箇所で召喚の儀式を行っているのだろうか?
 魔力のある者は八名で、皆、あまり能力は高くないとガジュルシンは言う。中級ぐらいの攻撃魔法・補助魔法・暗黒魔法ぐらいしか使えないだろうと。一応、千里眼防止の結界を張ってるらしいのだが、ガジュルシンにとってはあってなきがごとき結界。気づかれぬよう難なく覗けるのだそうだ。
 普段、ぶっ倒れてばっかのひよわな義弟だけど、魔法に関してはやっぱりすごい。
 ガジュルシンに姿隠し+消音の魔法をかけてもらって、遺跡の西の入口へと向かう。
 入口の見張り二人は、ジライがあっさりと始末する。いきなり殺したのだ。すっごく長い針のようなものを二人の眼球めがけて投げつけて、それで終わり。派手な音をたてて相手が倒れないようジライは二人の体を支えて、その場に座らせる。
 えっと……普通、入口の監視って気絶させるとかで侵入しないかしら、正義の味方って……
 しかも、目を刺しただけで相手を絶命させちゃうってどういうこと? 脳まで達してるのかしら、あの針……。やだなあ。普段、のほほんとした変態だからうっかりしちゃうけど、こいつ忍者で、一流の暗殺者でもあるのよね。
 色のはげた円柱をぬけて遺跡の中に入る。
 廊下をぬけてゆくと、妖しげな儀式が行われている部屋が見えた。処々に灯る蝋燭によって中が照らされている。
 大魔王教団の神官であろう黒づくめの男が血だらけの両手を高くあげ、何か聞き覚えの無い言葉で呪文を唱えていた。男の左手には血に染まったナイフ、足元には喉を切られた鶏と血だまり……魔族への血の生贄は鶏を使ったようだ。人間はまだ手をつけていないようだ。
 と、いうのも……
 魔法陣の中央に、縛られ猿轡を噛まされ寝転がされている全裸のシャイナ人の女性がいるのだ。ぐったりしてるから気絶してるか怪しげな薬を飲まされて正気じゃないか、いずれかだ。鶏の血で汚れたナイフで、あの女性に更に何かやる気なのだろう。
 神官の他には、その助手ともいえる儀式に必要そうなお香を抱えた若い男と、魔族の召喚を待って床にひれ伏す信者達が七人ほど。いざって時の護衛でもあるのか信者達は帯剣している。
 ガジュルシンがほんの少し魔力を高めるだけで、いっぺんに四つのことが起きた。
 神官の手のナイフが砕け散り、魔法陣の模様が崩れ、神官とその助手が昏倒したのだ。
 魔族召喚の儀式の型を壊し、魔力のある人間を二人とも気絶させたのだ。
 立ち上がり襲い来る大魔王教徒は、シャオロンとアジンエンデに任せ、私達は本殿への回廊を走った。
 狭い回廊の先の扉が開き、中から弓を手にした男達が飛び出てくる。
 やはり、魔法陣は連動していたのだ。一つが壊れると、他に異常が伝わるかもしれないと、ガジュルシンが推測した通りだったのだ。侵入はあっけなくバレてしまった。
 が、それならそれで力押しで。
 迫り来る矢は、全てガジュルシンの張った物理結界に阻まれ、私達に届かない。 
 で、矢の雨もなんのその、矢をかいくぐったジライが走り寄り『ムラクモ』でばっさばっさと扉そばの敵を斬り倒してしまう。殺人スキル高すぎ……出番ないじゃない、私。
 魔法陣は本殿の広間の中央にあった。さっきのモノよりも大きい。ここに大物を呼ぼうとしているのかも。円陣の中央には、やはり全裸で縛られたシャイナ女性。その周囲に武器を手にした男達と、大魔王教の神官。
「雷よ、来たれ!」
 ガジャクティンの声。円陣の前に佇んでいた大魔王教団の神官らしき男の体を雷が貫いた。『雷神の槍』の持つ電撃魔法を使ったのだ。雷が落ちたのは槍の先端が向いた相手だけで、建物は無事……のようね。シャイナ教の古代遺跡に穴を開けたら、さすがに県令かシャイナ教団から怒られそう。
「行くよ、ラーニャ」
『勇者の剣』を背負い、『雷神の槍』を持った義弟が私を促す。
 わかっている。
 本殿は、私とジライとガジャクティンの担当。
 魔法攻撃を仕掛けてくる奴等を無効化したら、ガジュルシンとアーメットは東の脇の神殿に走る。西の神殿が片付いたら、シャオロン達も駆けつけてくれるだろうけど、それまでは三人で敵を倒すのだ。
 私が剣を抜きやすいようにと義弟が膝をつき、しゃがんでくれる。
 私達二人の周囲を襲い来る矢は、ジライが器用に落としてくれる。
 私は『勇者の剣』の柄に手をかけた。が、重たいわ、長いわでなかなか鞘からぬけない。力もうまくはいらない。
 ので!
 ガジャクティンの背に右足かけて踏んづけることでふんばり、超クソ重いわがまま剣をどうにか抜いた。
 踏むなんてひどいと言いたそうな義弟を無視して、私は剣を下段に構える。重いから、持ち上げられないのだ。床に剣の重さを半分預けながら、敵の出方を待つ。
 斬りかかってきた敵を、ジライが峰打ちしてよろめかせ、ガジャクティンが槍の棍底で背をぶんなぐってコースを狭めて私へと誘導してくれる。
 ありがとう……二人とも……
 もう、どんだけ姫ちゃんプレイよ!
 一人で戦わせろ、この馬鹿剣!
 私は下段から剣を突き上げ、敵を斬った。
 初めて、人を斬った。
 しかし、興奮も恐怖も後悔もない。
『勇者の剣』を用い、悪とされるモノを斬る限り、私に良心の呵責は、絶対に訪れない。
『勇者』とはそういうものだから。
『勇者』となれば大魔王教徒とも戦い、魔に味方する人間を斬る事となる。だから、その為の精神暗示が教育の一環として私にかかってるのだ、リオネルの手によって。
 だから、狩りで動物をしとめるのと同じ感覚で、大魔王教徒を斬れる。歪んだ洗脳のような気もするが、即席勇者なんで、暗示は利用させてもらう。人の死と正面から向き合い、その死の重みを考えるのは大魔王を倒してからでいい。
 二人が弱らせた敵をどんどん私へと送ってくれる。とどめを刺さず、武器で私のいる方へ突き飛ばしてくれるのだ。ジライはともかく……さすが槍でも印可ね、突いたり、薙いだり、足元をすくったり、うまいわね、ガジャクティン、くそぉ。
 私は、敵を気絶させたり武器を奪ったりして、戦闘不能にしてやった。まあ、大魔王教徒だけど、雑魚だし。殺すまでもない。
 戦っているうちに、剣が少しづつ軽くなってゆく。
 敵を斬る度、その血を吸う度、剣は輝く。
 ケルティのハリの村で魔族を斬った時と同じだ。
 勘違いなんかじゃない。
 剣は喜んでいる。
 魔に連なる悪を斬るのが楽しくってたまらないのだ、こいつ。
 剣に片足を刎ねられ、悲鳴をあげて転がる大魔王教徒の男……
 哄笑……のようなものを感じた。
 この剣、もしかしなくても、かなりヤバイ性格してる……
 わがままってだけじゃなくって……
『正義』だから何でも許されるものじゃないと思う。
 この剣は歪んでいるのだ。
 と、そこで、ずっしりと再び、剣が重たくなる。
 私の思考を感じ取って、『うるさい』とでも思ったのだろう。
『ぶった斬るのが楽いんだから、水を差すんじゃねぇぇぇ!』って感じ?
 私は『勇者の剣』をどうにか持ち上げ、床へと切っ先を落とした。
 魔を召喚する魔法陣が描かれた床の上に落としたのだ。
 それを破壊する事に剣は喜んだのだろう……床は陥没した。


 捕まえた大魔王教徒二十四。救出した女性三人。死体、多分、十七。
 変態忍者は全て殺せば楽ですのにと文句を言いながら、大魔王教徒の生き残りを縛ってくれた。
『楽』かどうかはともかく、ガジュルシンにシーアーの軍に連絡をとってもらって魔法で牢にまで送ってもらうんだから、悪いなあとは思う。今日大活躍のガジュルシンの顔色は白い。魔力はまだまだたっぷりあるらしいんだけど、魔法を行使するとその分の疲労がくるのだそうだ。
 体力のないガジュルシンには、魔法の使用はもうかなりきつくなっているのだろう。
 ガジャクティンが疲労回復の魔法を兄にかけてあげてるけど、多分、その程度じゃおっつかないと思う。
 魔法って便利だけど、その分、負担もあるのね。
 ここにふん縛って転がしておいてシーアーの軍に回収してもらうんでもいいんじゃない? って、提案したんだけど、それじゃ僕等がいなくなった後に逃げられかねないよとガジュルシンが笑って却下する。むぅ、あんたの事を思いやっての提案だったんだけど。
 私は本殿の魔法陣そばに腰を下ろした。『勇者の剣』はそこにぶっ刺したままだ。剣を中心に床がちょびっと陥没してるけど、平気よ、これぐらいすぐ修復できるわよ……多分。
 捕まえた大魔王教徒が今はまだごろごろしてるから、人目が無くなるのを待ってから剣はアーメットに鞘に戻してもらおう。抜き身のこいつに触れられるのは勇者の血筋の者だけだから、面倒だけど、お母様の子供ってことを内緒にしてるアーメットには人前では『勇者の剣』に触ってもらうわけにはいかない。
 兄への治療を終えると、ガジャクティンが私のそばにやって来た。と、言っても、目的は私じゃないけど。ほんわ〜と幸せそうに頬を緩めて、魔法陣に突き刺さっている剣を見つめている。凝視だ。舐めるように見てる。もう、眼をそらす気ゼロね。本当ぉ〜おかしいわ、こいつ! なぁにが『勇者の剣様』よ! 何で剣の刃見て、頬を染めてるのよ! 憧れるんなら女の子にしときなさい、馬鹿!
 私以外の者にお父様が夢中になってるみたいに錯覚しそうで、非常に不快だ。私はガジャクティンからツンと顔をそむけた。


 シーアー軍と連絡がとれ、心話で女性の保護と大魔王教徒の収容許可がもらえたとガジュルシンが言った。
 本殿に集められた大魔王教徒と、女性達。魔法陣をはさんで彼らは北側にいる。女性の拘束はアジンエンデが解き、物質転送でガジュルシンが運んだ貫頭着も着せ、毛布をかけていた。薬を使われたみたいで三人ともぼんやりとしている。
 ガジュルシンがまず女性達を送ろうとした時、そのうちの一人が上体を起こし、かぼそい声でこう言った。
「あの……もしかして……女勇者様ご一行ですか……?」
 共通語だ。苦しそうな声でそう言い、すがるように私達を見つめる。
「そうよ」
 私の答えに女の人が、泣きそうな顔で笑みを浮かべる。
「よかった……お会いしたかったのです……どうか……私の話を聞いてください……願いをかなえてください」
 ふらふらと上体を揺らす女性。『無理は、いけない』と、アジンエンデがたどたどしい共通語で言って、女の人の背を支える。
「助けてください……」
「わかったわ、聞くわ。話して」
「ありがとうございます……ありがとうございます……ありがとうございます」
 女の人が何度も頭を下げる。そんなにお礼しなくても……
「それで、話って?」
「実は……私……」


「ラーニャ様!」


 ジライの叫びを聞いた時には……


 周囲が血の雨に染まっていた。


 何が起きたのか……


 頭が考えることを拒否してしまっている……


 私の前にジライが立っている。
 見えるのは背中。
 肩や脇から血を流しながら、たたずんでいる。


 私の横にいたはずのガジャクティンは床に倒れている。


「アーメット!」
 真っ白な顔のガジュルシンが、血だらけの私の弟の体を揺さぶっている。


「油断しましたね……」
 と、苦笑を浮かべているのはシャオロン。右手の『龍の爪』を前方に向け構えている。


 アジンエンデの衣服もボロボロだ……彼女も仰向けに床に倒れている。


 周囲は血の海。捕縛されていた大魔王教徒は、皆、床に倒れている。体中に穴を開けて。
 女の人も、皆、死んでいるようだ。
 ただ一人を除いて……


「私、お願いがありますの……」
 アジンエンデのすぐそばにいた女が立ち上がる。ただ一人生き残っている女の人が、にぃぃっと笑う。


「死んでくれません? 女勇者様、ケルベゾールド様の為に」
 その女の人から歪んだ黒い気がゆらゆらとたちのぼった。 
+注意+
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