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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

極光の剣と龍の爪

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東へ! 龍の爪を持つ男!

 ガジュルシン達が戻って来るまでの間、大魔術師様はそれなりにお忙しかったと思う。
 赤い鎧のせいで今までの服がきつくなっちゃったアジンエンデに、鎧を隠せ且つ動きやすい服を見立ててあげたりしてたから。
 アジンエンデは、今、エーゲラ風の胸元がやや開いた男性用チュニックを着て、その上からバンドを通し『極光の剣』を背負っている。剣士っぽい格好だし、太腿が見え隠れして色っぽいし、私的にはOKだと思う。
 大魔術師様は私とジライに、青銅の指輪を渡してくださった。赤毛の戦士アジャンのことで何かわかった時、或いは大魔術師様の助力が必要となった時、その指輪をつけて『大魔術師様に会いたい』と思えばすぐに移動魔法で来てくださるのだとか。私達は青銅の指輪を小袋に入れ、それぞれ携帯することにした。
 移動魔法の話題が出たついでに、私は疑問に思ったことを質問してみた。
 これから行く『龍の爪』の所有者の所へは、ガジュルシンは跳べないと言っていた、どうしてなのか? と。
「ガジュルシンはその場に行った事がない。だから、跳べんのじゃ」
「あ、でも」
 私は小首を傾げた。
「私をインディラからエウロペの侯爵家へ運んでくれた宮廷魔法使い、侯爵家に跳ぶのは初めてだって言ってましたよ?」
「跳ぶ時、足元に魔法陣が無かったか?」
 私は記憶の糸をたぐりよせた。そういえば床に円陣があったような気がする。
「ありました」
「本来、移動魔法は自分か同行者が行った事のある場所しか跳べん。じゃが、外部から魔法援助があれば、初めて行く地にも正確に飛べる。後宮育ちのおまえさんは知らぬかもしれんが、どの国も大都市には魔術師協会を置いておる。魔術師協会には必ず、移動魔法用の魔法陣があるのじゃ」
「移動魔法用の魔法陣……?」
「魔法陣は魔力を増幅する。又、魔法陣から魔法陣へのような移動は、術師が行き先をイメージできんでも、魔法陣が先導(ナビ)し勝手に道を開いてくれるゆえ跳びやすいのだ。侯爵家の玄関ホールにあった防御結界は、まあ、その応用よ。座標を教え導いてはやるが、出現はさせぬ。相手を異空間にとどめおき、その正体を調べられるように、の。あれは気に喰わぬ相手ならば追い返せる仕組みになっておる」
「?」
「つまり、行った事がない場所でも跳ぶ側と跳んだ先に魔法陣かその代替となるものがあれば、移動魔法で行ける。しかし、逆に言えば、跳びたい先にそのような魔法援助がなければ、初めての地には跳べぬということ。わかるかの?」
「はい……『龍の爪』の所有者の所には魔法援助となるものがないから、その地へ行った事のないガジュルシンでは移動魔法で跳べないって事ですね?」
「その通りじゃ」
 大魔術師様は鷹揚に頷いた。
 三十分もかけず、ガジュルシンがガジャクティンと戻って来た。
 ケルティからインディラって、まともに進んだらどれぐらいかしら? 馬の旅で……四ヶ月はかかるわよね、多分。それが行って、話し合いして、帰って三十分ですむなんて、変な感じ。ガジュルシンの魔力が大魔術師様並だからできる事なんだけど、最近、移動魔法を目にしすぎていてその有難みがいまいち実感できない。
「勝手をいたしました、すみませんでした」
 上皇様の家に集まった、私達勇者一行、大魔術師様、上皇様親子に対し、ガジュルシンが頭を下げる。
 大丈夫かしら? と、ちょっと心配だったんだけど、ガジュルシンは跳ぶ前よりむしろ顔色がよくなっていた。お父様が癒したんだろう。次期大僧正候補だったお父様は、還俗後も出家前と同じく強力な魔法が使えるのだと聞いた事がある。神聖魔法と回復魔法にかけては、超一流なのだ。
「僕のせいで、出立を遅れさせちゃってごめんなさい」
 と、ガジャクティンが謝るもんだから、心が乱れてしまった。あああああ、何ってお父様にそっくりな声! 若くって髭がないことを覗けば姿かたちもそっくりだし……しゅんと落ち込んでる顔を見てるとドキドキする……かわいいわあ……もっとしょぼくれさせたくなっちゃう……
 でも! 冷静になるのよ、私。中身はガジャクティンなのよ、あのクソ生意気なガキなのよ! 見た目と声だけに惑わされちゃダメ! こいつは、人間的な深みも渋みも全く持ってないんだから! M奴隷にしたところでぎゃあぎゃあ痛がってわめくだけの根性なしよ、絶対!
 ガジャクティンは大きな荷物入れを持っていた。成長しすぎた彼の為に、お父様が自分の服を譲って持たせたのだろう。王族である私達の服は特注品(オーダーメイド)が普通。まあ、旅の間は場合によっては既製品を着る事になるかもだけど、巨体サイズの衣服なんて普通の衣料品店じゃあるわけがない。しかも、これから行くのは、小柄な人間の多い東国だし。お父様の服、譲ってもらう方がてっとりばやいわよね。
 とりあえず、旅のリーダー勇者としてのお言葉を言っておくことにした。
「時は巻き戻せないんだし、やっちゃったことはやっちゃったことでもう仕方ないわよ。カルヴェル様から聖なる武器の『雷神の槍』をお借りした上に、魔法まで使えるようになったんでしょ。凄いじゃない。私なんか足元にも及ばないほど超優秀になっちゃったわね」
「ラーニャ……」
「けど、私だって負けないわ。そのうち、絶対、『勇者の剣』を自在に扱えるようになってやる。それまで、おミソでみっともない勇者だけど、従者として守ってちょうだい」
「もちろんだよ、ラーニャ」
 ガジャクティンの口元が綻ぶ。
「ありがとう……僕、頑張るよ」
 ん? 何で、今の話の流れで、お礼を言うの?
 ガジャクティンが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「僕、命にかえても、ラーニャを守るよ」


 ズッキュ〜〜〜〜ン!


 と、何かが私の心臓に突き刺さった。
 私の口は勝手に『軽々しく、命をかけるなぁ!』と叫び、私の右手は勝手に巨体の義弟を殴り飛ばしていた。
 壁にぶつかった義弟が『何で殴るのさ!』と、半泣きで睨んできたが、無視した。
 慌ててガジャクティンのもとへ走るガジュルシン、鬼と言いたそうなアーメット、ニコニコ笑っているジライ、私の暴力に驚いているアジンエンデともと旦那様、ホホホと笑う大魔術師様、表情すら変えず平然としている上皇様……


 微笑むな! いや、顔を向けるな! しゃべるのもダメ!
 あんた、お父様じゃないんだから! 私を惑わさないでちょうだい!


 上皇様と息子のハリハラルドに別れを告げ、私達は大魔術師様の移動魔法でケルティを離れた。
 お別れまでの間、ハリハラルドは、何度も、アジンエンデの手をとったり、やさしい言葉をかけたりしていた。
 何か……アジンエンデの話と、ちょっと違うような気がした。アジンエンデは、旦那さんは自分の義妹アジナターシャと相思相愛だと思ってるみたいだけど……アジンエンデへのこまやかな気遣いには、友愛以上の感情があるような気がした。
 もちろん、女の勘でしかないけど。



 跳んでった先も、小さな村だった。
 まばらに家が立つ、緑に囲まれた村。家々を見下ろす、低い丘の上に出現したみたい。
 丘の上の家から、小柄な東国人の男性が出てくる。黒の束髪、穏やかな顔の……青年? よね。東国人って若く見えるから、二十代前半ぐらいなのかしら? 東国の格闘家らしい道着を着て、背に革袋を背負っている。
「ようこそおいでくださいました、女勇者ラーニャ様とご一行様……カルヴェル様、ジライさん、お会いできて嬉しいです」
 え?
 この人……もしかして、お母様の従者だった、格闘家シャオロン?
 お母様の従者になった時が十二才だったから……今、三十代前半?
 嘘ぉ。
 全然、そう見えないわ。
 髭を生やしてないせいかもしれないけど……それにしても若く見えるわ。肌はすべすべしてて滑らかそうだし、武骨な感じが全然ない顔立ちは女性的な感じもするし、黒目が大きいし……二十歳と言われても信じちゃいそう。
 意外なことに相手が使用してきた言語はシベルア語だった。北方人のアジンエンデが同行している事を、カルヴェル様から聞いていたのだろう。私もシベルア語で答えた。
「はじめまして、ラーニャです。お母様の従者だった方ですよね?」
 東国人の男性は頷いた。
「『龍の爪』を預かっています、シャオロンです。この村の村長でもあります」


「何か、昔に戻ったみたいですね」
 ニコニコ笑いながら、この村の村長さんは急須と茶碗を持ってきて、自ら私達にお茶を入れてくれた。召使とかいないのかしら、この家……
 シャイナ式のテーブルにつく私達をすっごく嬉しそうに見つめて、英雄のはずの方が給仕をしてくれる……
「ラーニャ様はセレス様そっくりだし、ガジャクティン様はナーダ様に瓜二つだし、アジンエンデさんは女性だけど雰囲気はアジャンさんによく似ていて、ジライさんはあいかわらずの黒装束に覆面で、その上、カルヴェル様までいらっしゃるなんて! 懐かしくって胸がいっぱいになります」
 お茶、どうしましょう? と、英雄様が尋ねると、覆面のジライは、
「いただこう」
 と、あっさりと覆面を外した。
 東国の格闘家はにっこりと微笑み、私の横に座るアジンエンデがぎょっとしてジライの素顔を見ていた。そういえば、アジンエンデの前じゃ、ずっと覆面姿だったわよね、ジライ。アジンエンデが変な顔でジライを見ている。白髪・白い肌の白子が珍しいのね、きっと。
「おまえ、変わらんな」
 意外なほど、ジライの目がやさしげ。私やお母様以外の人にそんな顔するの……初めてじゃない?
「多少、体は大きゅうなったが、中身は昔のままだ」
「すみません、成長してなくって」
 明るく笑って頭を掻き、先代勇者一行のメンバーの見た目から外れているガジュルシンやアーメットにも『あなたがたのお父上やお母上には、昔、オレ、本当にお世話になったんです。感謝してるんです。そのご恩を万分の一でも返したいと、ずっと思っていました。オレにできることなら何でも果たしますので、何なりと申し付けてください』と、声をかける気配りも忘れない。
 何というか……デキた人……
 全然偉ぶるところがなくって、低姿勢でそれでいて卑屈なところはなく、爽やか。
『女勇者セレス』に書かれていた通りの、真面目で、素直、何事にも一生懸命で、人当たりのいい方なのだろう。ちょっと惹かれちゃうかも。
 お茶がゆきわたってから、東国の格闘家シャオロンも席についた。
「アジャンさんのことですよね?」
 懐から手紙を出し、格闘家シャオロンはそれを大魔術師様へと差し出す。
「カルヴェル様がお訪ねになったら渡すようにと、一年半前に預かったものです」
「あやつが片腕になった後じゃな……」
「はい。すみません、オレ、アジャンさんが左腕をなくされたの知ってたんですが、カルヴェル様には内緒にしてくれと頼まれていたので……」
「いや、いい。あやつがわしに知られたくないと思ったのは、わしのそれまでの行いが悪すぎたということよ」
「手紙の内容はオレは知りません。どうぞご覧ください」
 魔法で手紙を手元にひきよせてから、開封もせず、大魔術師様は魔力をほんの少し高められた。手紙の中身を読んでいるようだ。
「……なるほど、な」
 大魔術師様の前から手紙が消える。転送魔法で何処かに送ってしまったのだろう。
「やっかいなことになったが……まあ、最悪の事態だけは避けられそうじゃな」
「最悪な事態?」と、私が尋ねると、
「アジスタスフニルが大魔王の器とされること。『勇者の剣』の持ち手が死に絶えるに次ぐ最悪の事態が、それよ。少なくとも、当分は、アジスタスフニルは安全じゃ。奴にはかなり強力な庇護者がついておる。今はそやつの庇護下に居るのじゃろう、おそらくは」
「それは……どなたです?」と、ガジュルシン。
「名を聞かずとも、おぬし、わかっておるのだろ?」
 大魔術師様がホホホと笑われる。
「今、おぬしが想像している奴よ」
「………」
「わしゃ、インディラの大僧正とは茶飲み友達ゆえ、インディラ寺院がこたびの大魔王復活劇でどう動くつもりか知っておる。真面目なおぬしが勇者の従者になりたがった理由も含めて、の」
「それじゃあ……」
 私の口元に笑みが浮かんだ。
「アジンエンデのお父さんは、インディラ寺院に保護されてるんですね?」
「寺院そのものではないが、そっち方面の人間じゃ」
 良かった! 私は隣に座る赤毛の女戦士を見つめた。場合によっては、実の父を斬る覚悟だった彼女も、父親が光の勢力の庇護下にあると知ってホッとした顔をしている。
「わしは、大僧正に会うて今後のこと相談してくるわ」
 大魔術師様が席を立つ。
「アジスタスフニルと面談かなうようになったら連絡するで、待っておれ、アジンエンデ」
「ありがとうございます」
 と、アジンエンデ。大魔術師様に深々と頭を下げている。
「勇者一行のこと、頼むぞ、シャオロン」
「はい、カルヴェル様」
「馳走になった。それでは、又の」
 大魔術師様の姿がフッと消える。移動魔法でインディラの総本山に渡られたのだろう。
 カルヴェル様の消えた空を見つめていると、英雄様から声がかけられた。
「ラーニャ様。シャイナにご滞在の間、案内を務めてもよろしいでしょうか?」
「え? いいんですか?」
「はい。従者となれればもっと良かったのですが……『龍の爪』の現在の所有者であるオレは皇帝陛下の私兵にあたります。大魔王が復活し国に暗雲がたれこめている今、主君の為に、国の災いを祓い続けねばなりません。皇帝陛下のご許可をいただけねば他国へ渡る事はできませんが、ラーニャ様がシャイナで邪悪と戦われるのであればその間、共に戦ってもお役目から外れることはありません。オレの同道をお許しただけますか?」
 許すも何も。
「英雄のシャオロン様がご同道くださるのなら、心強いです」
「どうぞ、シャオロンと」
 英雄様が、やさしく微笑まれる。
「高貴な姫君がオレなんかに尊称をつけてはいけませんよ」
 え、でも。
「ずっと年上の武人を呼び捨てにしたら、お母様に怒られると思います」
「オレの方からそうしてくださいってお願いしてるのですから、問題ないですよ」
 かわいいかも。笑うと子犬みたい、この方。
「セレス様によく似たラーニャ様から、『シャオロン』って呼んでいただければ、昔みたいで嬉しいです」
 はあ、まあ、そういう事なら……
「では、失礼して……シャオロン、シャイナの案内、お願いします」
「はい、ラーニャ様」
 礼儀正しくて、従順そうでいて伝えるべきことはきちんと伝える、しっかりした己を持つ……
 この人も……ちょっとツボかも……
 ギャップ萌えなところはないけど、アジンエンデとは違った意味で魅力的だわ。M奴隷むき。
 私がそんなこと考えてるなんて、多分、全然、想像もしてないだろう、東国の格闘家は人好きのする笑顔を浮かべていた。
「今日はこの家にお泊まりください。明日より、ランケイの街を目指しましょう。入国手続きをお願いします」
「入国手続き?」
 東国の格闘家は頷いた。
「国境を越えずに移動魔法で入国した場合でも、可能な限り早く手続きをしなければいけません。でも、この辺は田舎なので、ちゃんとした役所がないんです。一番近いのがランケイで馬で三日の距離です」
 あらまあ。けっこう田舎なのね、ここ。
「ここから徒歩で数時間のところに隣村があります。明日朝早くに出発して、そこで馬車を借りましょう」
「そこでは馬は買えない?」
「農村ですから。この人数分の乗馬用の馬など揃えられませんよ。旅の乗馬はランケイで買いましょう」
 むぅ……
 移動魔法を使わないで移動するって、想像以上にたいへんそうだわ。
 大魔術師様にどっか都会の街に送ってもらった方が楽だったかも。
 うぅ〜〜〜ん、インディラの王宮から物質転送魔法で馬を送ってもらうって手もあるけど……
 いつまでも親がかりって、格好悪い。自立してなさすぎ。『勇者の剣』もきっと快く思わない。
 どっかの国で魔族が大暴れしてるわけじゃないんから、少しづつ進んでいくんでもいいわよね。
 人間が生きている世界を実際に歩いてみて、守るべき世界がどんなものなのか知りたかったんだし。


 シャオロンのおうちには客用の寝具が四人分しかないとのことなので、私とアジンエンデとジライが泊めてもらう事になった。
「ガジュルシン様、ガジャクティン様、アーメットさんは、オレの弟子のアキフサの家にお泊りください。彼はジャポネ出身なので、畳部屋がある、シャイナにしては珍しい造りの家なんですよ」
 へぇぇ、畳。
『さん』付けはやめてくださいと英雄にお願いするアーメット。忍者の若造に尊称をつけるのは変って言ってる。アーメットも真面目ねえ。シャオロンはわかりましたと頷いていた。
「畳部屋、見てみたいかも」
 私がそう言うと、シャオロンはにっこりと笑った。
「後でご案内しますよ。でも、見学だけですよ。畳をお気に召しても、ラーニャ様はオレの家のシャイナ式の寝具でお休みください」
 あら、何故? と、思って聞くと、笑みを絶やさないままシャオロンは言う。
「畳の上だと、開放的すぎるからです」
 と、わけのわからない理由を言われる。女の私はそこで寝てはいけないのだそうだ。
 ジャポネに行く事もあれば、嫌ってほど畳部屋を経験する事になるだろうし……まあ、いいけど。
 でも、なんで、私、そこで寝ちゃいけないのかしら?
「一応……用心ですよ」
 シャオロンは、あくまで、にこやかだった。
「女勇者セレス」本編ではジライはずっと素顔を隠していました。が、「千人斬り事始め編」のジライ編ではセレスの命令で覆面をつけるのをやめていたので、その話から続く本作ではシャオロンもジライの素顔を知っています。
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