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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

極光の剣と龍の爪

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三つの驚き! 心を乱す声!

 昼までに、私は三度、驚いてしまった。


 最初は赤毛の戦士アジャンのことだった。
 昨日、大魔術師様の水晶珠でそのお姿を拝見したけれども、私は赤毛の戦士とは面識がない。
 家庭教師リオネルから教わった知識と、大衆通俗小説『女勇者セレス』のアジャン像でしか、アジンエンデの父親を知らない。


 アジ族に伝わる両手剣『極光の剣』の使い手であった男。
 アジの部族王の正統な後継者であった彼は、彼を王にと望む一族の生き残りの願いを退け、大魔王討伐後、故郷ケルティに戻らず、放浪の旅に出たとされている。
 父母姉弟妹――家族を全て失った時に部族神への信仰を失った為に部族を離れたのだろうと、リオネルは解説した。
「ケルティの部族王は祖先神に仕えるシャーマン王で、そのシャーマンの才は神からの恵みとされています。神魔や精霊、祖先霊と交信し、時にはその器となる事が、シャーマン王の務め。それ故に、信仰心を失った自分が王となるなどあってはならぬ事なのだと、アジャン様は考えたのでしょう」
 その上で、リオネルはこうも言っていた。
「アジャン様は、アジの部族王であったお父上同様、優秀なシャーンマンだったそうです。ラーニャ様もご存じの通り、魔族は今世に出現する場合、宿主の能力に合わせて力が制限されます。人間では器として小さすぎ、高位魔族は魔界での本来の力を今世では発揮できないのだとされてきました。しかし、」
 と、そこでリオネルはいったん言葉を区切ってから、ひどく真面目そうな顔となった。
「アジャン様は、大いなるものを、そのままの姿で受け入れられ、且つ、その身を器として使われ続けても壊れる恐れがないほど魂がしなやかだったといわれています。つまり、大魔王ケルベゾールドが彼を器として選んだのならば……ケルベゾールドは魔界での本来の力そのままに今世に現われてしまうかもしれないのです。今世に降臨したケルベゾールドの中で、間違いなく最強の存在となるでしょう」


 そんな人間が失踪したと、大魔術師様がおっしゃるのだ。
 それって、非常にマズくない?
 私達勇者一行、上皇様、その息子ハリハラルドと嫁のアジンエンデが、皆、深刻な顔になる。
 本来、魔族は、契約を結んだ体とか、理性や自我を失った人間とかにしか憑依しない。人間から肉体を強奪すれば、魔族もけっこうなダメージを受けてしまうのだとか。しかし、高位魔族ならば、やろうと思えば誰の体でも無理やりのっとれるらしい。優秀な器を手に入れる為ならば、多少、痛くてもがんばっちゃうんだろう。
 アジンエンデのお父さんが魔族につかまったのだとしたら……
 もしかして……
 この世は終わり?
 私、おミソ勇者なのよ! 『勇者の剣』をろくに持ち上げられない私に、最強大魔王を倒せとか無理!


「『極光の剣』がアジスタスフニルと共にあれば、『極光の剣』を通じ先祖の霊がきゃつを守護する。退魔の力を有する剣があやつを守ったろう」
 大魔術師様は苦々しい顔でおっしゃった。
「しかし、左腕を失い、『極光の剣』を振るう資格を失った今のあやつには……先祖の加護はない。ハリハールブダンの与えた魔除けの魔法道具は優秀であろうが、強引に奴の体を盗もうとする高位魔族から完全に守りきれるかは定かではない。それ故、アジスタスフニルを保護しようと思ったのだが……」
 大魔術師様はため息をついた。
「何処にもおらぬ。あやつの現在、アフリ大陸のエジプシャンに住んでたそうじゃが、そこはむろん、世界中の何処にも奴の気はない。探知の魔法を飛ばして確認したゆえ、断言できる。今世の何処にもアジスタスフニルは居らぬ」
 つづいて、上皇様が口を開く。
「俺はアジスタスフニルに印をつけていた。奴に何かあれば俺には伝わる。奴の心が闇に染まりかけたり、闇に囚われた時、或いは命の危機が迫った時、いち早く察する事ができる印を、な。昨日から今日まで印には何の兆候もなかった。アジスタスフニルは闇に堕ちてはいないし、死んでもいない。それは間違いない。今のところは……だが」
 今のところは……か。ずっとそうであってほしい!
 約二十年前、赤毛の戦士アジャンとハリの王族ハリハールブダンは力を合わせ、両部族の祖先神を降臨させたらしい。以後、二人の間には、神秘の絆ができたそうだ。その手のことに縁遠い私にはピンとこないけど、二人はどんなに遠く離れていても、相手が死ねば死んだとわかるのだろう。
 けれども、その絆をもってしても、今、彼が何処にいるのかはわからないと上皇様はおっしゃった。
「アジスタスフニルは、今、おそらく異空間に封じられているのだろう」と、カルヴェル様。
「魔族にさらわれたのか、どこぞの宗教団体の保護か、わしら以外の大魔術師の仕業かは不明ではあるがな……アジスタスフニルを欲しがる奴は結構な数、おる。わしゃ、これから幾つか心当たりを当たってみるわ。大魔王が復活している今、大魔王の器に最適なあやつにフラフラされてはかなわんからのう」 


 次に驚いたのは、アジンエンデの境遇が激変したことだ。


「アジンエンデ、おまえは『極光の剣』の使い手として、大魔王討伐を果たすまで女勇者と行動を共にしろ」
 と、おっしゃったのは上皇様だった。
「アジの王の血を引く者として、おまえの父がどうなっているか見届けて来い。アジスタスフニルの肉体が魔に堕していたら、アジの剣をもって浄化してやれ」
 了解し、アジンエンデは唇をきつく結んだ。しかし、その顔は青い。
 一度も会ったことのない父親――赤毛の戦士アジャンことアジスタスフニルを場合によっては殺して来いと言われているのだから無理も無い。しかも、相手は、両手剣を手足のように用いた戦の申し子、アジ族最強のシャーマン、誇り高い戦士と言われた男だ。左腕を失った今も、おそらく、尋常ではない強さを誇っているだろう。
「おまえはずっと『極光の剣』の後継者となった意味を探していた。それは前『極光の剣』の使い手の為であったと、今、俺は確信している。魔に囚われているのであれ、光の勢力に守護されているのであれ、いずれ、奴は勇者の前に姿を現す。おまえは剣を振るう時を見極め、正しくアジの剣を使え」
 義父に頷きを返してから、アジンエンデは私を見つめた。
「私を勇者一行に加えていただけるか、勇者殿?」
「いいわ」
 即答した。
「でも、あなたはケルティ人。北方人のあなたは国境を越えて南へは行けない。そこのところはどうするつもり?」
 私の問いに答えたのは、上皇様だった。
「アジンエンデの身分を奴隷に堕とし、カルヴェル様に贈る事にする」
「奴隷……?」
 その言葉の重みにびっくりする。
「そうだ。カルヴェル様は南の人間だが、北方三国を自由に移動できる権利をお持ちだ。カルヴェル様の奴隷ならば、共に連れられ南へ行ってもおかしくはない」
「ケルティにおける奴隷はの、土地を失った農民、財産を失った人間などを指す。借財を肩代わりしてもらう為に、奴隷として、他家に仕えるのじゃよ」
 と、私の動揺をみてとったのだろう、カルヴェル様が説明を補ってくれる。
「だいたいは年季奉公じゃ。年季があければ自由民に戻れ、普通に暮らせる」
 そうと聞いて、安心した。
 女王様と奴隷の関係はモロ好みなんだけど、人間を金銭的・肉体的・精神的に一生支配するなんてのは生理的にダメだ。奴隷は自分の意志をもって女王様の奴隷になるところがエロチックであり、主従関係に趣があるのだ。
 まあ、正直に言えば、エロい体の女奴隷戦士ってのにはうっとりするものはあるけれどもね。
「そういうわけだ。ハリハラルド、アジンエンデを離縁しろ」
 父親の命に、朴訥そうな息子は了承の返事を返し、形だけの妻だった女性を見つめる。
「無事に使命を果たされることを祈る。神のご加護が『極光の剣』の使い手と共にあらんことを」
「ありがとう。ハリの惣領たるあなたに、常に神のご加護があらんことを祈る」
「アジンエンデ……剣と共に必ず帰れよ」
 と、上皇様。
「『極光の剣』の使い手としての使命を果たした後は、女として、この村で生きよ。もう一度、ハリハラルドに嫁ぐのだ」
「……その話は、大魔王討伐後に……」
 アジンエンデは不快そうに眉をしかめつつ、それだけ言った。自分が消えれば、義妹アジナターシャがハリハラルドの正妻に復帰できる。両思いの二人が夫婦として末永く共に暮らせるとアジンエンデは考えているに違いない。しかし、
「今、魔法をかけ直した。大魔王討伐後、この国に凱旋し、もう一度、ハリハラルドの妻となるまで、おまえの魔法鎧は外れん」
「は?」
「その鎧は物理・魔法障壁つきの優れもの。我が惣領の嫁の命も貞節も守護してくれるだろう。安心しろ、術師たるこの俺が死んでもその鎧は外れん。大事な嫁を守ってやる」


 怒るとすぐ剣を抜くアジンエンデが『極光の剣』で、上皇様に斬りかかる。魔法で物理障壁を張っている上皇様に、その刃は届かないのだが。
 彼女がまとっている赤い鎧は、たいへん特殊なデザインをしていた。肘から手首までの腕輪、膝下から足の先までのブーツはともかく……胸はストラップレスのブラで、腰はハイレグの下着をつけているだけのようにしか見えない。
 四部位からなるそれは、全部位を揃えて装着すれば、全身に物理・魔法障壁が張り巡らされる優れものではあったが……
 魔法でしか着脱できず、全部位全てをいっぺんに外す事はできず、必ず一部位は体に残さねばならないというシロモノだった。又、外した部位も一時間もたたずに勝手に体に戻ってしまうという……
 アジンエンデにとって、義父より贈られたそれは、祝福の鎧というよりは、破廉恥な格好を強要する呪いの鎧であった。
 それが大魔王討伐中は外れず、しかも、ハリハラルドと再婚しない限り取れないとあっては……
 まあ、怒って当然よね……


「わしは異世界をぐるぐる回ってこようと思う。悪いが、これからは別行動じゃ。アジンエンデはわしがラジャラ王朝に譲渡した事にするで、おぬしらはあれを父王から貰った奴隷戦士として扱い、伴ってやれ。奴隷として北から無理やりつれてこられたのなら、北方の言葉しかしゃべれんでも変ではない。あやしまれずにすむじゃろ」
「わかりました」と、答えておいた。
「彼女には早急に共通語を教えます」と、ガジュルシン。
「魔法道具を渡しておくゆえ、旅の途中で、アジスタスフニルに関する情報を掴んだら知らせてくれ。あやつを保護する事が、急務じゃて」
 と、おっしゃる大魔術師様に、私はうなずきを返した。
「で、じゃな」
 コホンと大魔術師様は咳払いをした。
「おぬしらを南に戻してやろうと思うが、何処がよいかの?」
 ガジュルシンが私へと話しかける。
「僕の所には今の所、インディラ寺院から心話による連絡は何もない。大魔王の本拠地も、大魔王の今世の憑代の正体も不明のままだ。何処へ向かうかは旅のリーダーである勇者が決めればよいと思う」
 ガジュルシン、ガジャクティン、アーメットに、ジライの視線が一斉に向いてくる。
 私にも何処へ行きたいって計画は特にないけど……。
「魔族とか大魔王教徒が活発に活動している国って何処かしら?」
「それは東国にございましょう」と、ジライ。
「大魔王が復活して間もない今、この世に出現する魔族の数はまだ何処もさほど増えておらぬはずです。しかし、大魔王教徒の数が半端なく多い国はシャイナ、島国という地形も手伝って大魔王教徒どもがよからぬ企てをしやすいのはジャポネと、昔から決まっております」
「じゃ、シャイナかジャポネに行きましょう」
 心は決まった。
「そこから、できるだけ移動魔法を使わず、馬で旅をしたいの」
「馬で?」と、アーメット。
「ええ」
 私は頷いた。
「私、後宮からほとんど出た事なかったから……世の中がよくわからないの。知識としてどの国にはどんな服装の人間が住んでいるとか、どんな産業が盛んかとかは習ったわ。でも、何っていうのかしら、ただ知ってるだけなのよ。この世界が大事だから大魔王から守るんだと言いたいんだけど、私、この世界がどんなものだかよくわかってないのよ。だから……旅をして少しづづでも知っていって、世界を脅かすものを倒していって、守るべきものの価値を知っていきたいと思うんだけど、どうかしら?」
「ラーニャ」
 ガジュルシンが笑みを浮かべて同意してくれる。
「とてもいい考えだと思うよ」
「いいんじゃない」と、アーメット。
「さすがラーニャ様」と、ジライ。
「僕は東国のどっちの国でもいいけど」
 と、ガジャクティンは糸目でジロリと私をねめつける。
「ラーニャが行くんなら、シャイナの方がいいと思うよ」
 今朝の事、まだ根に持ってるのか凄い不機嫌そうな顔だ。
「あら、どうして?」
 ガジャクティンは十四歳にしては大柄な体を揺らし、肩をすくめた。
「ジャポネはね、共通語の浸透が最も遅れている地域なんだ。大都市はともかく、田舎じゃ、ほぼ通じないと思っていい。ジャポネ語が話せないと、あの国じゃ、会話も読み書きもできないんだよ」
 うっ!
「ま、それぐらい一般常識だからラーニャも知ってると思うけどね」
……やな奴、知ってて当然みたいに言って。
「……シャイナに行く事にしましょうか」
 ご想像通り、ジャポネ語なんて話せませんよ〜だ!
「そうだね。シャイナなら共通語が通じるものね」
 と、言うガジャクティンの決めつけにはカチンときた。
「シャイナ語なら話せるわよ! インディラの隣国の言語ですもの。王族として話せて当然だわ。ペリシャ語だってできるわよ」
「ふ〜ん」
 ガジャクティンは意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「じゃ、インディラ語、エウロペ語、シャイナ語、ペリシャ語、共通語、シベルア語なら話せるって考えていいのかな?」
「話せるわよ」
「ユーラティアスの言語で駄目なのは、ジャポネ語、トゥルク語、エーゲラ語、ケルティ語、バンキグ語なわけだね?」
 私は声を荒げた。
「その通りよ!」
「ふ〜ん」
 ガジャクティンがニヤリと笑う。僕は全部話せるよと言いたそうな顔だ。あ〜、もう! やっぱ謝るのやめ! 今朝なんか、私、ひどい事、ポロっとこいつに言っちゃったみたいなんだけど、こいつなんかもう知らない!
「シャイナへ行くのなら、『龍の爪』の使い手、先代勇者の従者のもとへ送ろう」
 カルヴェルは白い顎髭を撫でた。
「異次元めぐりをする前に、わしもあいつに会っておきたかったのじゃ」
「シャオロンにですか?」と、ジライ。
「うむ」
 大魔術師様は重々しく頷きを返した。
「アジスタスフニルはシャオロンとは懇意であったしな。あやつにならば何ぞ話しているやらもしれぬし、シャオロンの霊的な力が何かを感じ取ってくれるやもしれん。会うておきたい……連絡をいれてみるわ」
 私達の横で尚も義父を叩きのめそうと剣を振るい続けているにアジンエンデに『一時間後に出立する、支度しておけ』とカルヴェル様は声をかけた。


 次に、私がびっくりしたのは、ほぼ一時間後。ガジュルシンもアーメットもひどく驚いていたけど。


 一時間後に、又、上皇の家に集まるということで解散となった時、ガジャクティンが真剣な面持ちでカルヴェル様へと走り寄ったのは目の端で見ていた。
 激しい口調で何かを言い募るガジャクティンに、その件は二人っきりで話そうと大魔術師様がおっしゃったのも聞いていた。ガジャクティンを伴って移動魔法で消えられたところも見ていた。
 しかし……


 回復魔法をかけて横になると言う白い顔のガジュルシン。昨晩、カルヴェル様を手伝って探知の魔法を使い続けた為に、体調を崩したのだ。
 彼が上皇様の家の奥の衝立の向こうへと消えて行くのを見送った後、私はアーメットに両手剣の稽古をつけた。私やガジャクティンは暇をみつけては、こいつに付き合ってやっている。女勇者の影武者として恥ずかしくない程度には強くなって欲しいから。
 二人とも上皇様から借りた普通の両手剣を用いて、対戦した。
 忍者として軽量な武器しか扱ってこなかったアーメットは、一応、扱えてはいた。が、両手剣は上手じゃない。振りが遅く、攻撃も単調だ。アーメットと両手剣勝負をしたら、間違いなく、百回やったら百回、私が勝つだろう。
 なのに……アーメットの方が『勇者の剣』が軽いのだ。普通の両手剣の重さなのだそうだ。ヘボな腕前なのに男ってだけで好かれてる。ずるい。


 上皇様の家に戻ると、ガジュルシンの怒声が聞こえた。彼が声を荒げるなんて珍しい。
 アーメットと二人で中を覗きこむ。
 真っ青な顔のガジュルシンが責めているのは、卓につく大魔術師カルヴェル様とその向かいの大柄な男のようだ。大男は卓に槍をたてかけている……
 ?
 扉に背を向けている大男に、目がくぎづけとなってしまう。
 小山のようだとまで言ってしまっては過言だけど、たいそう大きい。頭部には白いターバン、逞しく厚い筋肉で覆われた体はインディラ風の鍛錬用の稽古着をまとっていた。武闘僧の僧衣を模したそのデザインは、特注品だ。それをまとえる人間はこの世に一人しか居ないはずだ。
「お父様?」
 その背丈、身なりからして、間違いない。そう思い声をかけたのだけれど、振り返った相手の顔を見て思い違いに気づく。
 体格のわりに、顔立ちに武骨なところはない。端正な品の漂う顔に、涼しげな細い青い瞳。
 顔立ちまでよく似ている。しかし、皺のない肌は若々しく、口元に髭もない。
「ラーニャ……」
 大男の声を聞いた途端、心臓がドキン! と大きな音を立てた。声楽師のようによく通る、澄んだ、甘い、しっとりとした声。声まで酷似している。
 大男が口元に柔らかな笑みを浮かべる。
 その表情も、最愛の男性の微笑みによく似ていた。
 が……


「何、マヌケ面してるのさ。僕がお父様似の美形に育ったから、みとれちゃってるわけ?」


 その生意気な口調が誰のものかは、明らかだった。
「……ガジャクティン?」
 大男は当然だと言わんばかりに強く頷いた。
 けど……
 そんな馬鹿なと思う。
 確かに十四歳のわりには大柄だったけど、並みの大人よりちょっと大きかった程度だった。
 それが今や、座っていてもそれとわかるほど大柄。お父様と同じか、それ以上に大きそうだ。
 しかも、声が全然、違う。図体のわりにキャンキャン鳴く子犬みたいなうるさい声をしていたのに……
 とても落ち着いた、お父様みたいな声になるなんて……
 たった一時間で?
 泣きそうな顔のガジュルシンが、私とアーメットを見つめて言った。
「この馬鹿、異次元空間に籠もっていたんだ」
「異次元空間?」
 ガジュルシンは頷いた。
「時の流れが今世とはまったく違う、異空間だ。こちらの数秒が向こうの数時間になるような空間で、そこで魔法と両手槍の修行を積んだって言うんだ」
「多分、二年半分ぐらい年をとったと思うよ。今、肉体年齢は十六〜七ぐらい。最初は魔法修行だけのつもりだったんだけど、旅の間、聖なる武器『雷神の槍』をお借りできる事になったから、槍の稽古もしてきたんだ。けっこう強くなったよ」
 と、ガジャクティンがあっさりと答えると、ガジュルシンは噛みつかんばかりに怒った。
「人は人と触れ合い、年を重ね、共に老いてゆくものだ。他者と違う時間軸に生きる事がどれほど罪深く残酷なことか、おまえにはわかっていない!」
「大魔王が復活してるのに、何、悠長なこと言ってるのさ」
 ガジャクティンは大袈裟に肩をすくめてみせた。相手を小馬鹿にするような態度を崩さないところとか、全然、変わってないんだけど……
 ダメ! お父様そっくりな姿でお父様そっくりな声で言われると、変な気になってきてしまう。
「従者の能力が向上すれば、それだけラーニャが楽になるんだよ。僕は従者としてやれる事をやっただけだよ」
「わしは止めたんじゃがな」
 と、大魔術師様がため息をつく。
「どうしてもと本人が言うでの、願いを聞いてやったんじゃが……さっき、王宮に顔を出し、アジンエンデのことを頼むついでにナーダに事情を話したら……怒鳴られたわ」
「当たり前です!」
 ガジュルシンは大魔術師様に詰め寄った。
「その昔、ハリハールブダン様と異次元に籠もられ、魔法指導をした事は伺ってます。しかし、成人の二年と少年期の二年では、人生における意味が違いすぎます。ガジャクティンは十四歳の子供だったんですよ! 子供時分にしか味わえぬ経験も、精神的成長もあったでしょうに……」
 ガジャクティンは快活な声で笑った。
「そんなものいらないし、僕は大人同然に大柄だったから、どうせ子供の経験なんてできなかったよ」
「ガジャクティン!」
「それに、僕は王位第二継承者だけど兄様に何かあっても王国を継ぐ気はないもの。ニ〜三才老けたってどってことないよ」
 パァァーン!と、派手な音が響き渡った。
 私は目をみはった。
 ガジュルシンが……
 あの誰に対しても人あたりのいいやさしい性格の彼が……
 気弱と言うか、臆病な彼が……
 弟の左頬を平手で殴ったのだ。
 ガジャクティンは茫然と兄を見つめている。
 さっきまで青かった顔を赤く染め、涙を流しながらガジュルシンは言った。
「どんな事があろうとも……今後、こんな勝手なことはするな。おまえは父上と母上の大切な息子で、僕の大事な弟だ。おまえが生命を大事にしないのなら、僕はおまえを許さない。おまえを弟と思うものか!」


 凄い巨体となったガジャクティンが、少女のように小柄なガジュルシンに抱きつき、謝っていた。
「ごめんなさい、兄様」
 と、反省して涙を流すガジャクティンは、内面的には年相応の十四歳に思えた。
 でも、その声と姿はお父様そっくりで……ああああ、でも、お父様ならこんな泣き方しないし……ああああ、でも、お父様、泣き声だとこんな感じのお声になるのね……ああああ、もう、どうしてもお父様のこと考えちゃう! 願かけの好きなもの断ちが〜〜〜〜


「僕は……兄様や父様に比べ、魔法の才がないんだ」
 何で大魔術師様に頼み異空間に籠もって修行を積んだか、ガジャクティンは涙をぬぐいながら兄に語った。  
「小さい頃から、僕、魔法を習得したかったんだ。勇者の従者になるんなら、使えた方がいいもの。神聖魔法でも攻撃魔法でもいいけど、できれば回復魔法を覚えたかった。回復魔法の使い手はPTに何人いても困らないから。でも、宮廷魔法使いが言うには僕にはあまり魔法の才がないみたいなんだ。十年ぐらいかけて修行して初級魔法が使えるか使えないか程度の魔力しかないんだって。だから、父様は僕には魔法教師をつけてはくださらなかった。才のないものを無理やり学ばせて、僕を傷つけてはなるまいという父様の配慮ではあったんだけど……」
 ガジャクティンの巨体を、兄のガジュルシンが優しく撫でる。
「なら僧侶魔法をと思ったんだけど、僕は父様や兄様ほど信仰に厚くないから寺院の魔法は覚えられないって、僧侶様に断言されちゃったんだ。それで、僕、ずっと大魔術師様に弟子にして欲しいってお願いの手紙を送っていたんだよ」
「カルヴェル様に弟子入り志願してた?」と、ガジュルシン。
「うん。魔法素人が初級とはいえ魔法を習得するには半年から一年かかるのが普通でしょ? でも、カルヴェル様はセレス様にたった一月で神聖魔法の初歩を教えた方だもの。僕の微弱な魔力も上手に伸ばしてくださると思ったんだ」
「十五を過ぎてから、ナーダより許可が得られたら、しばらく教えてやると約束していた」と、大魔術師様。
「ならば……そのようにしてくだされば良かったのに」
 と、怨みがましい目でガジュルシンンが大魔術師様を見つめる。
「わしとて、二年半近くも籠もらせる気はなかったんじゃが……まあ、ちと、アクシデントがあってな、わしが失敗したのよ。すまぬ、ガジュルシン。このような事は二度とせん。おまえの身内を魔法で弄ぶ事はもう決してせぬ」
「お言葉通りに願います……」
「でもね、兄様、おかげで、僕、中級までの攻撃魔法と神聖魔法、初級だけだけど回復と補助魔法が」
 ガジュルシンは弟へと視線を戻した。
「父上にはきちんと謝ってきたんだろうね?」
 ガジャクティンは喉をつまらせた。
「その服、父上のだろ? 許可を得て貰ってきたのだろうね?」
「僕……大柄になりすぎちゃったから合う服がなくて、それで……」
「父上に謝ってきたんだろうね?」
 ガジュルシンは同じ質問を繰り返した。小柄な兄に睨まれ、巨体の弟がシュンと小さくなる。
「……逃げてきちゃった」
「ガジャクティン!」
「だって、父様、凄い怖い顔で怒るから!」
「当たり前だ! 馬鹿!」
 大男の首根っこをつかまえて、ガジュルシンが大魔術師様を睨む。
「一度、インディラの王宮に戻ります。シャイナへ移動なさるのでしたら、僕等に構わずどうぞ。僕はその座標は知りませんので、後ほど、僕等を拾って、そこまで送ってくだされば結構です」
「うむ。まあ、跳ぶようなら、その前に、おぬしに連絡をいれるわ」
 大魔術師様は頷いた。
「わしが悪かったと……ナーダに謝っておいてくれ」
「アジャン様の件もありますし、さほど時間をかけずに戻るつもりではいますが……父上と母上のお心次第になると思います。それでは……」
 ガジャクティンごと、ガジュルシンが消える。
 移動魔法でインディラの王宮に戻ったのだ。
 お父様にそっくりすぎるガジャクティンが消えてくれたおかげで、私はホッと息をついた。ようやく落ち着ける……
 けど、魔法の使いすぎて体調を崩してたのに、大丈夫なのかしらガジュルシン。
「異空間で修行か……」
 ボソッとつぶやいたのはアーメットだ。
「あんたも籠もって、両手剣の練習してきたら?」と、言ったら、
「冗談!」
 アーメットはブルブルとかぶりを振った。
「ニ〜三年も異空間に籠もるなんて無理!」
「あ〜ら、あんた、男だもの。ニ、三歳老けたってどってことないわよ」
 華の乙女のニ〜三年は大きいけどね。男なら、別にいいじゃない。
「男だから……そのニ〜三年が問題なのでございます、ラーニャ様」
 と、言ったのはいつのまにか、どっかからやって来たジライ。抜いた小刀を、お手玉みたいにポーンと投げては手に戻しを繰り返して遊んでいる。
「異空間に籠もるのであれば、その前にせねばならぬ支度もあるのですよ、男には……。のう、アーメット?」
「籠もらない!」
 強い口調でアーメットは否定した。
「このままで、俺、絶対、両手剣、うまくなってみせる! 俺は姉様と同じ時を生きるんだ! 異空間なんかに籠もるもんか!」
 あらま、珍しくかわいいこと言ってくれてるけど……顔面蒼白じゃない、あんた。
 ガジャクティンの身長は1m80から2m超へ。更に大きくなりました。
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