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姫勇者ラーニャ  作者: 松宮星
伝説が終わっても
112/115

旅の終わり! 幸福の家!

 ラーニャ様の国葬の翌日、オレは村に帰った。

 エウロペ国王のもとへ従者として『大魔王討伐』のご報告に伺うのは五日後だ。

 それまでの間に、オレにはどうしても確かめたい事があった。



 大魔王戦の前に、妻はオレにこう予言していた。

『あなたの旅は終わるわ、シャオロン。星はそう告げている。龍とあなたの絆は、シルクドで終わる。その時がくれば、あなたにはなすべき事がわかるわ。それを成し遂げても、成し遂げられなくても、未来は変わらない。あなたは、二度と、龍の為に働けなくなるのよ』



 シルクドでオレは、『龍の爪』と共に戦い、邪龍を葬った。

 全身に火傷を負ったオレは、もはや戦えない体になっていたそうだ。サントーシュ様が高位の回復魔法をかけてくださったので、今、肉体的損傷は何もないが。



 オレは生き延び、『龍の爪』も変わらぬ姿で共にある。

 しかし、生を拾えてからずっと、妻の予言が気になって仕方がない。今まで、彼女の星読みの力が狂った事などなかったのだ。



 カルヴェル様の分身の移動魔法で、村の入口まで送っていただいた。

『明日、迎えに来るわ』と、言って、カルヴェル様の分身は消滅した。

 オレは背の革袋にいれた『龍の爪』を背負い、ゆっくりと村へと入って行った。村といっても、建物は十五戸で、拳法を極める為に集った仲間とその家族が暮らしている。皆、家族みたいなものだ。

 めざとくオレを見つけたリャンが騒ぎ出し、村のみんなが集まって来た。

 田舎のオレの村にまでは大魔王討伐成功の噂は伝わってないようで、皆、口々に、帰って来たのか? 又、行くのか? 旅はどうだった? 大魔王は倒せたのか? などと、聞く。

「討伐は果たしました」

 と、答えると、皆、『さすが、シャオロン』と、オレを褒め称える。オレが倒したわけではないのに。

「シャオロン!」

 アキフサが家の中から飛び出して来て、オレに抱きつく。オレの二番弟子という事になっている、親友だ。真面目で誠実な彼に、留守中の村の事は頼んでいた。

 ヒゲだらけの顔のアキフサは、アカら顔だが、今日はやけに赤い。ひどく興奮しているようだ。

「すごい、シャオロン、夢のようだ、今日という日に、帰って来るなんて」

 ジャポネ生まれのアキフサの言葉には、訛りがある。シャイナ女性と結婚してシャイナ国籍を得てから十五年以上経っているのだが、時々、発音が聞き取りづらい。

「聞いてくれ、シャオロン、めでたいこと、いっぱいだ」

 オレにわいわいとまとわりついていたみんなも、『ああ、あの事か』という顔になり、口を閉ざす。アキフサにしゃべる機会を譲っている。

 アキフサの髭面が、満面の笑顔になった。

「聞いてくれ、俺、踊れるようになった!」

 踊れる……?

 意味がわかり、オレの顔にも笑みが浮かんだ。

「古えの神主さんの舞を?」

 アキフサには、日々の武闘の鍛錬と共に、欠かさず精進していたものがあった。

 古えの神主さんの舞を会得すること。

 ご先祖様の踊りを踊れるようになりたいと、記憶を頼りに、毎日、ああでもないこうでもないと頑張っていたのだ。

「今朝だ。朝、突然、わかったんだ、どう踊ればいいのか」

「おめでとう、アキフサ。日々の精進の賜物だ」

 アキフサが身振りで場所をあけろと皆に促す。皆、ニコニコ笑いながら、下がってゆく。

「見てくれ、シャオロン。踊るぞ」

 アキフサが真剣な顔で、腰を落とし、足を開く。

 アキフサは、霊山フジの案内人の一族出身だ。その昔は、龍神湖そばの社の神主職を務めていたのだけれども、五百年前には龍信仰を捨ててしまったのだとか。二百年以上も前から、贖罪の為にアキフサの一族はフジを訪れているものの、許しを得られずにいる。

 左手用の『龍の爪』を真龍にお返しする旅で、オレはアキフサの世話になった。樹海は彼の案内がなければ越えられなかった。

 龍神湖のそばで、オレは古えの神主さんに憑依された。そこから先の記憶はないので、その後の事はアキフサからの伝聞だが……

 古えの神主さんを身に宿したオレは、左手用の『龍の爪』を装備し舞を舞った。真龍への奉納舞で、とても美しい舞だったそうだ。

 その踊りにアキフサがみとれている間に、『龍の爪』の輪郭は次第に薄れゆき、最後には空に飲まれ消えてしまったのだそうだ。

 アキフサはあの舞を踊りたいと、ずっと願っていたのだ。『龍の爪』の所持者と共にあれば、あの踊りを舞うにふさわしい人間になれる……その時が一族が龍から許される時なのだ……そう信じて、国を捨て、オレに弟子入りをしたのだ。オレの下で己を鍛え、神主の舞を会得する為に。

 オレには憑依されていた間の記憶がない。アキフサは誰からも教わる事ができず、自分の記憶だけを頼りに精進し続けたのだ。

 アキフサが舞う。

 そろりと足を動かし、手を優美に動かし、ぴたっと綺麗な型に止まる。ゆったりと動いているかと思うと、俊敏に歩を進め、手刀で空を切り裂く。

 格闘の達人だった神主さんが舞った舞は、やはり演舞のようなものだったのだ。

 大地をしっかり踏みしめた美しい所作には、鋭さがある。

 龍を表現しているのだろうか。激しさ、優美さ、優しさなど、時々で伝わってくる印象ががらりと変わる。

 アキフサはとても真剣な顔だ。普段の彼とは結びつかぬ、張り詰めた顔をしている。

 背が熱い。

『龍の爪』が呼応しているのだ、龍の為の舞に。

 アキフサは、あの時の神主さんの舞いを再現できたのだ。

 オレの胸も熱くなった。

 左手用の『龍の爪』はこの舞の中で、真龍の元へ帰ったのかと……そう思えば思うほど、左の爪との思い出が甦った。真龍との対話、古えの神官さんとの格闘勝負、そして父さんや兄さん達との戦い……

 全てが昨日の事のように思い出せた。

 アキフサの動きが止まる。

 得意そうにアキフサが、オレを見る。

 胸の内の熱い思いを何と伝えればわからず、オレは少しだけ戸惑った。拍手ではおかしい。オレはアキフサに対し、丁寧に拝礼した。神の踊りに対しては、その方が似つかわしく思えたのだ。

「すばらしかった。爪も喜んでいたよ」

 アキフサは破顔し、毛むくじゃらの手でオレの両手をつかみ、ひっぱる。

「も一つある、いいこと、来て」

 彼の家へとひっぱってゆかれる。

 村の中にある唯一のジャポネ式の建物だ。畳の部屋もある。彼の子供達が『シャオロン小父』とオレの元へと寄って来る。

 オレが通された先には……

 産着にくるまった赤子を抱く、彼の妻がいた。ここ数年で、リューハンの妹弟子だった彼女は、すっかり丸くなった。二人の息子と三人の娘を抱える、逞しい母親になっていたが……

「三男。昨晩、産まれた」

 アキフサは産まれたばかりの赤子を妻の手からもらいうけ、ニコニコと笑っている。

「シャオロン、名付け親、この子も、頼む」



 まだ首がすわっていない、産まれたばかりの赤子。

 くたっとした頭、赤みを帯びた肌、閉じられた目、笑ったような口元を見ているうちに……

 オレは唐突に、納得した。



 爪の使い手としての、オレの旅は終わったのだと……



 赤子のそばで、『龍の爪』が、アキフサの舞の間と同じくらい強く反応している……

 古えの神主さんの子孫に、龍の声が聞こえる者が生まれたのだ。

 アキフサが神主さんの踊りを会得できたのも、この子の誕生ゆえだろう。



 オレの先祖リンチェンが龍よりお借りした物を、お返しすべき相手が生まれたのだ。



 オレはアキフサに願い、小さな赤子を抱かせてもらった。



 爪は真龍のもの。

 ジャポネにあるのが正しい……

 この子と爪とアキフサは、ジャポネに帰るべきだろう……



 オレは赤子をそっと抱きしめた。



* * * * * *



 耳元でガーガー誰かがわめいている。

 一人、二人じゃねえ。

 やかましい。

 俺は寝てるんだ、静かにしやがれ。

 騒いでるのは何処の馬鹿だ?

 睨んでやろうと目を開けたら、一層、辺りはうるさくなった。



「アジャン父さん!」

「お父さん!」

「良かった、おとーさん!」



 うわーっと泣きだし、抱きついてきたのはアスランか。

 ファーユとネネ、バラクにアイシスも居る。狭い部屋におさまりきれずに、廊下にもガキどもがいる。

 泣いている奴が多い。

 ここは、エジプシャンの俺の家、俺の部屋だ。

 俺は、何時、家に帰って来たんだ?



「俺が運んだ」

 視界には入っていたんだが、わざと無視しといた奴が偉そうに言う。白髪、白髭の、ケルティ人だ。ベッドのそばで、両腕を組んでたたずんでいる。

「思ったより早く目覚めたな。あれから五日だ」

 あれから五日?

 意味がわからず、眉をしかめる。

「おまえはジャポネの白蛇神の憑依体となった後、意識不明になった。それから、五日経ったと言ったのだ」

 あぁ……

 俺は不愉快な事を思い出しかけ、それを記憶の外へと追いやった。

「この五日、身体機能維持の魔法は俺がかけてやった」

 感謝しろとばかりに、上皇殿が胸をそらせる。

「それ以外の体の世話は、おまえの娘と息子達がやった。感謝してやれ、おまえの×××の面倒も子供達が看たのだぞ」

 なにぃ?

 起きあがろうとしたが、体に力が入らず、そのまま俺はベッドにつっぷした。

「照れる事もあるまい。老後は、どうせ、この子らの世話になるのだろ?」

 ンなつもりで、養ってきたわけじゃない。

 行き場のねえ、ガキどもが……

 まっとうな親兄弟がいねえはぐれ者が、何となく集まっただけだ……

 俺は、屋根と飯がある場所を開放していただけだ。

 何もしてない。

 ヤクザだろうが娼婦だろうが、ガキどもが自分で選んだ仕事に口をはさまなかった……足を洗いたいと頼まれた時にゃ、手を貸したが……それだって報酬を貰ってだ。

 金だって、回収の見込みのある奴にしか貸してねえ。今、まっとうな職に就いてる奴等は自分の手柄だ。自分の才覚を俺に売り込み、俺を納得させて出世払いで金を借りただけだ。

 病気のガキは気に喰わん奴でも置いてやった。が、治ったら叩き出した。

 誰も彼も助けてきたわけじゃない。

 俺は慈善家じゃねえ……

 俺は、ただ……

《弟妹に似た子供が路頭に迷っている姿が不快だっただけだろう? 聞きあきた、その言い訳は》

 上皇様は、俺の心を勝手に読みやがる。だから、おまえは嫌いなんだ。俺はおまえの『半身』じゃねえ、関わってくるな、俺なんか放っておけ。

《何を言う。俺の息子とおまえの娘は、夫婦だ。十か月もすれば、孫も生まれるのだ。俺とおまえの絆はどんどん深まっている。放ってなどおけるか》

 うるせえ、黙れ、クソ馬鹿上皇。

「おとーさん……」

 アスランが、ポロポロと涙を流す。俺に抱きついたまま、離れない。浅黒い肌、くしゃくしゃの癖っ毛で、外見はまったく似ていないが……

 素直で真っ直ぐな気性は、本当に、そっくりだ。アジャニホルトに……

 俺の左腕のことで、こいつは罪の意識をぬぐえずにいる。忘れろと言ってるのに、忘れねえ。いっぱい居たガキどもの中から、たまたま、おまえが大魔王教徒どもの脅迫の対象に選ばれただけだ。あの場に居た誰に剣をつきつけられても、俺は同じ行動をとった。俺が片腕になったのは、おまえのせいじゃないんだ、いい加減わかれ。

「アスランがお父さんの体を拭いていて、それで、お父さんが寝ながらしゃべったって教えてくれたの」と、ネネ。

「もうすぐお父さんが起きるんじゃないかって思って、それで、みんな、集まったの」と、アイシス。

 二人とも世話好きで、暗くなりがちなアスランを慰めよく励ましてくれている。チビなくせに姉貴ぶって頑張るところが本当にそっくりだ、外見はまったく似ていないがアジフラウに。

《……この家は、本当に、おまえの幸福の家だな》

 馬鹿らしくなったので帰ると、上皇様は心話で俺だけにそう言った。

 帰るって事は、ここに居るのが本体か。ケルティの頂点にいる男が、国は分身に任せて、俺の世話をしていたわけか? お暇なこった。

「俺は帰る。報酬の件で、インディラ王家に向かう時は声をかけろ。運んでやる」

 意外な事を言うもんだ。ケルティの上皇が南のインディラ国の王家まで跳べるのか?

「俺は座標を知らん。が、知ってる奴がいる」

 帰ると言う上皇に、俺の家のガキどもが次々と礼を言う。俺を運んでくれた事と、身体機能維持の礼だ。五日、寝続けていた俺の面倒は、上皇様の魔法がなかったら看きれなかったんだろう、多分。

 移動魔法のきらめきを残し、ハリハールブダンが国へ帰る。

 それを見送った後、ガキどもがうるうるした眼で、一斉に俺を見る。

 皆、俺の世話をしたそうに、うずうずしている……

 そんなに俺に構いたいのか、おまえら……

 この家の家主ってだけの俺に……



 まだ思うように動けねえし、しゃべるのも面倒なぐらい疲れている。

 しばらくは、こいつらの世話になるしかなさそうだ。



* * * * * *



 オレの家でアキフサに、全てを話し、ジャポネに帰るよう勧めた。

 だが、アキフサはぎょろっとした眼を見開き、子供のように首を横に振り続けた。

「嫌だ、俺は帰らない」

 何故と聞いても、『帰りたくない』の一点張りだ。

 一族の栄光を取り戻す事がアキフサの願いだったろうに……

「赤子がものごころつく前に、親子共に一族のもとへ帰るべきだ。あの子なら、息をするように自然に、龍の御力を感じられるはず……龍の社の神主になれる」

「駄目だ、シャオロン、俺は帰らない」

 アキフサが大きくかぶりを振る。

「俺は、ずっと、ここに、いる。ここは、俺の村だ。ずっと、一緒だ、約束した」

「アキフサ……」

「リューハンは、もう居ない。俺はどこへも行かない。おまえを一人にしない」

 オレは昔……悪夢に悩まされていた。

 オレの育った村は、もうない。

 オレの家族も村のみんなも、大魔王四天王サリエルの部下に殺され、村は焼かれたのだ。

 大魔王討伐後、オレは故郷に帰り、リューハンやアキフサと共に新たな村をつくった。

 だが、悪夢がオレを苛んだ。あの日は夢の中で何度も訪れ、大切な村が、又、無くなるのではないかとオレは恐怖した。

 そんなオレをリューハンとアキフサは慰め、励ましてくれた。

『俺達を守らなきゃいけないなんて、そればっか考えるなよ。俺達だって、あんたを守ってやるからさ』

『村はみんなのもの。みんなで守る。一人で背負うの、良くない』

 一緒に俺達の村をつくろうと……二人はオレを支えてくれた。

 しかし、リューハンはもう居ない。オレが殺し、浄化した。

 そして……アキフサとも……別れを考えるべき時が来たのだ。

「ありがとう、アキフサ。オレを思ってくれる気持はすごく嬉しい」

 オレは親友の手をとった。

「でも、龍神様の望みを聞き届けなければ、後で、絶対、後悔すると思う。二百年以上、待った時が、ついに来るんだろ? 故郷に帰り、真龍のそばであの子を育てるべきだ」

「いやだ、シャオロン……俺はここにいる」

「故郷に戻るんだ、アキフサ」

「いやだ」



「馬鹿じゃないの、あなた達。いつまでも聞き苦しい会話をしないでちょうだい」



 家の奥から、妻のマルヤムが出て来る。

 アキフサが、驚いてマルヤムを見つめる。オレの妻マルヤムは、めったに人前に姿を見せない。窓も扉も閉ざし、一日中、奥の部屋に籠っているのだ。ラーニャ様達がこの村を訪れた時も常と同じで、挨拶すらしなかったのだ。

 部屋から出る時、マルヤムは黒いチャドルをつけ、頭からベールを被り網のマスクで目や顔を隠す。ペリシャ教徒の女性のような姿だが、彼女のそれは防壁なのだ。

 魔力の強い人間は周囲の影響を受けやすい。ガジュルシン様もそうだったが、彼女の場合、もっと精神障壁が弱い。周囲の人間の精神波に、彼女自身の精神が左右されてしまうのだ。

 悪意をまきちらす人間がいようものなら、彼女自身がその悪意にとりこまれ、精神的に荒んでしまう。だから、人の多い場所では暮らせないし、あまり人がいないこの村の中ですら結界を張った奥の部屋に籠っているのだ。

「シャオロン、あなたは勝手だわ。一つの面からしか真実を見ないのは、あなたの悪い癖よ」

 オレは深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。

 彼女の言葉は、いつも辛辣だ。

 しかし、オレは彼女の前では、穏やかな精神でいるように心がけている。オレが安らかな気持ちで接しなければ、彼女に不快な苦痛を与えてしまうからだ。

「アキフサはこの村に骨を埋めたいのよ。アキフサの妻もシャイナ国以外では暮らしたくないでしょう。かといって、産まれたばかりの赤子を親戚に預けるのも良しとしない。二人とも子供への愛情にあふれているから」

「だが、あの子はジャポネに帰るべきだ」

「そうかしら?」

 マルヤムがオレを指さす。

「『龍の爪』の使い手だった男がここに居るのに? あの子はあなたの弟子となるのよ。あなたから龍の心を学ぶの。星はそう告げている」

 え?

「だが、ここでは神主の修行はできない」

「その通りね」

 それがどうしたの? と、言いたそうに、マルヤムはそっけない。

「あの子には神主修行をさせるべきだ」

「なら、させればいい」

「どうやって?」

 苛々しかけた気分を、どうにか落ち着ける。マルヤムを攻撃したところで、何の実もない。

「ジャポネに戻さずここに暮らさせて、どうやって修行をさせるんだ? 学問的な事はアキフサが教えられるのかもしれない。だが、真龍のそばにいる事が、最も精神の成長に繋がるとオレは思う。あの子はシャイナで育ててはいけないんだ」

 マルヤムが大きく溜息をつく。そして、

「マヌケ」

 いつも通りの手厳しい口調で、妻が言う。

「あなたは、どうして、いつまでもマヌケなの? ここにあなたの悩みを全て解決できる者が居るのに」

「え?」

 マルヤムが左の掌で、己の胸を指した。

「私を使いなさい。あなたの妻は、ペリシャからエウロペまで跳んでも魔力が枯渇しない魔法使いなのよ。シャイナとジャポネの間ぐらい跳べるわ。カルヴェル様ほど頻繁には移動魔法は使えないけれど、五日に一度ぐらいなら往復で跳んであげても良くってよ?」



 オレとアキフサは、妻を見つめた。

 人と交わって暮らすのは彼女にとって苦痛だが、彼女は人嫌いというわけではない。

 カルヴェル様の下で魔法使いとなる事を拒み、この村での生活を選んだのだ。

 皆が寝静まった夜に、彼女はオレと一緒に外に出る。山や森、そして、オレの村を美しいと彼女は称えてくれる。

 この村も、村の住人であるアキフサも、愛してくれていたのだ……



「二つの世界を行き来させて、心清らかな子に育ててあげればいいのよ。必要な知識と経験を与え、格闘を教えてあげて、ね。大きくなったら、神主となっても良し、格闘家としてシャイナで生きるも良しよ。本人に選ばせなさい。人生を他人が決めてはいけないわ」



 あっけにとられる俺達。

 予言者でもある妻が、アキフサに命じる。

「子供の名前は『ショウリュウ』にしなさい」

 ショウリュウ?

「不満? 『シャオロン』の名前をジャポネ式に発音すると、そうなるでしょ? 爪をふるうリンチェンの最後の子孫の名を、あなたの一族の新たな振るい手が継ぐの。それが正しいと思うけど?」

 良いだろうか? と、アキフサがオレに聞く。

 オレに不満があるはずがない。いや、それどころか、光栄だ。

 オレの名が爪と共に、ジャポネの神主さんの子孫に伝わるのだ。オレはこれからも爪と関わってゆけるのだ。

 とても嬉しかった。

 シャオロンとマルヤム&アキフサの一族と『龍の爪』については、『女勇者セレス』の『風花』で語っています。


 アジャンの養い子は、上は二十、下は五才。アジャンの元から独立した子もいますし、新たに拾われて来る子もいます。

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