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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

伝説が終わっても

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にぎやかな葬儀! 会えて嬉しい!

 用意された控えの間で、少年皇帝は時を過ごしていた。
 姫勇者ラーニャの国葬まで、あと一時間半ほどだ。
 婚約者を深く愛していた皇帝の意を酌み、インディラ国執政が予定(スケジュール)を調整し、本日、午前の時間を全て空けてくれたのだ。
 移動魔法で式よりもだいぶ早い時間に、インディラ王宮に着いた。インディラ王家の者が会談の場をもうけたい為、執政に早い時間での移動を求めたのかと皇帝は思ったのだが、そのような動きもない。
 インディラ王宮で、シャイナ皇帝は、太陽のように眩しく美しかった女性をひっそりと偲んでいた。
 哀悼を表す白色の喪服を着た皇帝を、近習と護衛の近衛兵が二人、いたわって見守っていた。
 窓のすぐ側の椅子に座り、少年皇帝は、南国風の庭園を眺めていた。
 常夏かと思っていた婚約者の故国は、思いの外、寒かった。庭園の緑は枯れてはいなかった。が、元気がない。花も見当たらない。
 太陽の国にも冬の厳しき時は訪れるのかと思っただけで、じんわりと目元が熱くなる、少年皇帝は慌てて目元をぬぐった。
 訃報を聞いてから、油断をすると、すぐ泣いてしまう。些細な事で、感傷的になってしまうのだ。
 国の長として乱れは許されない。シャイナ国の頂点に立つ者は、己が感情に溺れず、常に理知的な目をもって民を治めるのだ。少年皇帝は己を叱咤した。
 インディラ風の茶器を運び、女官が現れる。受け取ろうとした近習に対し、
「第一王子ガジュルシン様からの命にございます。義姉の婚約者であらせられたシャイナ国皇帝陛下に、義姉の好んだ茶を召し上がっていただきたい。淹れ立ての最も美味しい茶を差し上げるように、と」
 自分が淹れたお茶の方が美味であると譲らない。
 少年皇帝は、女官に任せよと、近習に命じた。一時、政務を手伝ってくれた第一王子は、理性的で真心のある人物だった。心づかいはありがたかった。
 女官が茶を淹れる様子を眺めるとはなしに眺めていると……
 扉の前の近衛兵二人が倒れ、テーブルの側の近習も倒れた。
 皇帝は驚きながらも、決して取り乱さず、部屋を見渡し、椅子に座していた。
 近習を床に沈めたのは、女官のようだ。倒れている近習の側で、インディラ人の女官は跪き、皇帝に対し頭を深々と垂れた。
 皇帝の前に、覆面に黒装束の忍者が現れる。背に忍刀、腰に大小の二刀。移動魔法かと思った。が、その唐突な現れ方は体術のようだ。
 賊は、皇帝に対し膝を屈しようとはせず、申し訳程度に頭を下げただけだった。が、武器は鞘におさめている。暗殺目的ではなさそうだった。
「主命により、シャイナ国皇帝陛下をお迎えにあがりました」
 賊の声には聞き覚えがあった。
「そなた、英雄ジライか?」
 賊が頷きを返す。
「さようにございます。我が主人は、皇帝陛下と余人を交えずお話をしたいと願っております。ご家来衆にはほんの少し眠っていただいただけにございます。一時間もかからぬうちに、この部屋にお戻しいたしますゆえ、ご同道願えましょうか?」
 主人とはインディラ国王か第一王子か、王家の者であろう。又、インディラ王家が王宮内で皇帝を暗殺するなどありえない、危険はないとみて良かった。
 皇帝は鷹揚に頷いた。
「あいわかった。英雄ジライの言葉を信じる。何処へなりとも案内せい」
「失礼いたします。抗いませぬよう」
 一瞬で視界が暗くなり、体が宙に浮く。目隠しをされ抱きあげられたのかと気づいた時には、風を切る冷たい風と、振動を感じていた。
 上下左右へと体が動く。慣れない振動に少年皇帝が目を回しかけた時、ようやく動きは止まった。
 下ろされた、やわらかいモノの上に座らされたのだとわかった。
 視界が明るくなる。
 目隠しが外されたのだ。
 少年皇帝は、目をしばたたいた。
 何処かの室内のようだった。目の前に誰かがいる。
「!」
 それが誰かわかり、少年皇帝は驚いて目を見開いた。
「大丈夫?」
 心配そうに顔を覗き込んでくる。
 黒のウェーブのかかった長い髪、ちょっと強気そうな眉、凛々しく美しい茶の瞳、すらりとした鼻、それでいて赤い唇は愛らしく、ふっくらとした頬はかわいい女性……
 インディラ風の衣装をまとったその女性は間違いなく……
「姫勇者ラーニャ……?」
 少年皇帝の問いに、綺麗な顔がにっこりと笑みをつくる。
「もう姫勇者じゃないわ、ただのラーニャよ」
 少年皇帝は、目の前のものに触れようと右手をのばした。
 その震える手を、目の前の女性が自分へと導く。
 やわらかな頬に、皇帝の手が触れる。その確かな、あたたかな感触は、生者のものだった。
「ラーニャ……女王様!」
 堰を切った感情は止める事ができなかった。
 少年皇帝は喜びのままに、目の前の女性に抱きつき、声をあげて泣いた。
 何度も、何度も、愛しい女性の名前を呼びながら。


* * * * * *


 泣きやんでも私にベターと張りついたまま、おチビは離れない。
 顔を胸にスリスリこすりつけてくるのがちょっと嫌。白銀の鎧姿じゃないんだから、そのへんは気を使ってもらいたいところだけど……まあ、しょうがない。
 おチビに抱きつかれたまま、ソファーに大人しく座っていてやった。
 おチビが、くっすんと鼻を鳴らす。
「生きていて良かった……そなたは亡くなったと聞いていた」
「亡くなったのは本当よ」
 私は悪戯っぽく笑った。
「ズルしてジャポネの神様に生き返らせてもらったの」
 おチビは『?』って顔をしている。まあ、これだけの説明じゃわかんないか。
「『姫勇者ラーニャ』は大魔王と相討ちで死んじゃったの。だけど、それじゃあんまりに可哀想だから、生き返らせてって弟達が神様にお願いしたの。で、『姫勇者ラーニャ』としてではなく、別の女性として生きるならって事で特別に甦らせてもらったのよ」
 嘘はついてない。姫巫女が別人うんぬんの条件をつけたわけじゃないけど、その説明でだいたい合ってる。
「さようであったか」
 納得してくれた。さすが、子供!
「そなたは我が太陽だ。どのような形となろうとも、太陽である事に変わりはない。この世界に留まってくれて、嬉しく思う」
「『姫勇者ラーニャ』は死んじゃったから、あんたとの婚約はもうナシよ?」
「どのような形となろうとも構わぬ、と言った」
 おチビがギュッと私を抱き締める。
「そなたと結ばれずともいい。生きていてくれるだけで、嬉しい。活力が満ちてくる。予は生涯、ラーニャ女王様のMだ」
 あああああ、もう!
 かわいいんだから!


「そなたは本当に誠実だ」
 ようやく離れてくれたので、セーネに頼んでお茶を運んでもらう。ソファーに二人で並んで座って、インディラ風ミルク・ティーをいただく。
「そなたが生き返った事、秘密なのであろう? 予に教えてはいけなかったのではないか?」
「あんたがインディラ国まで来る機会なんて、今日を除いたらまずないから、今日、話さなきゃと思ったのよ」
「話?」
「お別れをきちんとしたかったの」
 おチビがキュッと唇を結び、カップをテーブルに置く。取り乱してもカップを落とさないようにだろう。
「私の事、大切に思ってくれてありがとう。三年も喪に服すって宣言したんですって? 身内同然の葬礼よね。三年も、月命日や祭礼を行って、私との対話し続けるつもりだったのでしょう?」
「婚約者が亡くなったのだ、当然ではないか」
「ありがとう……けなげで、かわいい、いい子よね、あんた。大好きよ……でも、」
 でも、駄目なのよ……
「……運命は共にできぬのか?」
 おチビからの問いに、私は頷きを返した。
 オチビが、うるうるした眼で私を見上げる。
「『姫勇者ラーニャ』としてではなく、一人の女として婚姻を結ぶのでも駄目か? 皇帝の正妃とできるよう、必要な戸籍も用意するぞ? 内廷の後宮に居れば、外部との接触はない。『姫勇者ラーニャ』の生存が他に漏れる事もない。秘密は守られる」
 本当いじらしいのよね、この子……
 それでも、駄目なのだ。
 泣かせちゃうなあ……と、思いながら、私は頭を下げた。
「ごめんね」
 おチビが顔をくしゃっとする。
 しかし、真っ赤な顔で、顔中をしかめながら、おチビは頭を上げ続けた。
「予以外の男性を……運命の相手を、見つけたのか?」
「うん」
 ぶるぶると震えながら、おチビが私を見つめる。
「あいわかった。ならば仕方がない」
 シャイナ国皇帝は、胸をそらせた。
「そなたとそなたの運命の相手を祝福しよう。一人の女として、そなたが幸福な人生を歩む事を願う、我がS、ラーニャよ」
 やだ、もう、この子……
 本当かわいいんだから……
 皇帝が私へと、そっとハンカチを渡す。絶対、こいつが泣くだろうと思って、テーブルの上に何枚も用意しておいたモノの一枚だ。
「そなたに泣き顔は似合わぬ。我が太陽ラーニャよ、予のことで心を痛めるな。そなたが生きていてくれて予は嬉しいのだ。どのような形であっても、これに勝る喜びはない」
 もう!
 泣かさないでよ!
 渡されたハンカチで顔を急いで拭いてから、違うのを手に取っておチビに渡そうとした。したら、
「不要だ」
 と、プイッと顔をそむけちゃって……
 あんた、もう泣き出す寸前じゃない! さっきさんざん泣いた癖に、今更、格好つけるわけ?
「先ほどのは再会の喜びの涙だ。皇帝たる者、めでたき事以外では、そうそう泣くものではない」
 深呼吸をしてから、おチビがきりりとした顔で私に尋ねる。
「そなたの相手の名を……尋ねても良いか?」


 それは……


「どうも! 姫勇者はん! 今日も元気に死んどる?」


 真面目な雰囲気は、突然、背後からかかった闖入者の声でぶち壊しとなった。
 ので!
 とりあえず、侵入者を右の拳でぶん殴っておいた!


 床の上に転がったのは、いつもの神官服を黒く染めただけみたいな格好の男。首筋で一つにまとめた黒髪も、床にバサーと広がっている。
「何するのん! 命の恩人に向かって、いきなし拳やなんて! ひっどぉいわぁ!」
 と、怒鳴ってきたから怒鳴り返してやった。
「あんたに救われた覚えはない!」
 私を生き返らせたのは、姫巫女であって、あんたじゃないでしょーが!
 て、いうか、どっからわいて出たのよ!
 ここ、後宮よ!
 本来、国王とその家族しか男は入れない場所なのよ!
 男子禁制の場所だから、おチビにはこっそり来てもらったってのに!
 油虫みたいな奴!
「ミズハへの恩は、麿への恩も一緒やろが」
 ぶつくさ文句を言いながら、男が立ちあがる。
 三日前は死にそうなほどやつれてたのに、イキイキ、ツヤツヤしてるじゃない、あんた。姫巫女に食べられて産み直されて、健康体になったわけね。
「まずは『ありがとうございました』やろが。ほんま、インディラ王家の子は、みぃんな礼儀知らずや」
 そう言って懐から出した扇をバッと広げ、顔の下半分を隠す。
「せっかく、ええ話持って来たのに」
「今、私は忙しいの!」
 ギン! と、睨みつけてやった。
「この子と話をしてるの! 暇人のあんたと違って、この子は先の予定がいっぱいなの! もうすぐ表に帰ってもらうんだから、邪魔しないで!」
「この男は誰だ?」
 と、おチビが私に尋ねる。私が答えるよりも前に、黒い神官服の男が扇子を閉じ、ジャポネ式に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、シャイナ皇帝陛下。ジャポネのキョウにて神官長を務めてる(もん)で、タカアキ言います」
「ほう」
 おチビが不思議そうに、タカアキを見つめる。
「予をシャイナ皇帝と存じておるのか?」
「お顔は存じませんえ。そやけど、どなたかはわかります」
 タカアキが笑う。キョウの男性らしいキショい笑いだ。
「姫勇者はんの所に親しげにおるシャイナのお小さい方やったら、皇帝陛下しかあらしまへんもん」
 おチビが、ムッとする。
 背じゃない、背じゃ。
 小さいって、年齢の事よ。
「お互い忍びの身ぃやし、ここは騒がんでおきまひょ。姫勇者はんは、皇帝陛下にお譲りしますわ。ほな、又」
 部屋の隅で控えていたジライとセーネに、タカアキは『インディラ国王でも第一王子はんでも、誰でもええ。偉い人の所、連れてって。分身でええから話したい』と要求して、何処かへ連れて行かれた。
 私とおチビは顔を合わせ、それから笑った。
「ラーニャ女王様、そなたの運命の相手、あの男ではないな?」
 絶対ありえないだろうという顔で、おチビが尋ねてくる。
「違うわよ」
 私はケラケラと笑った。
「アレよりもっと馬鹿で、もっとひねくれてる駄目な男よ。でも、アレよりは、心は綺麗かな……」


* * * * * *


「タカアキ様」
 葬儀会場には、僕の分身とアーメットの身代わりを置いて来た。
 ジライからの伝言を聞いて僕の部屋に戻ったところ……移動魔法で跳んで行った先には、黒衣の三大魔法使いが居た。ソファーに座り、扇子を開いては閉じで遊びながら。
 僕もアーメットも、タカアキに対し頭を下げ丁寧に挨拶をした。
「お元気そうでなによりです。先日は、たいへんお世話になりました」
 タカアキは扇子を広げ、下から嘗めるように僕等を見つめる。
「……二人とも、『王子』にしか見えんなぁ」
 僕は、僕の斜め後ろに控えて立つのがすっかり習慣化している義弟にチラリと視線を向けた。
 アーメットは、僕と同じ、白いターバンに白い喪服姿。
 王族の衣装は、常に白に統一されている。普段の衣装に比べると、今、アーメットが着ているのは喪服なので、ターバンの羽飾りが小さく、布地にツヤはなく、帯まで白く、襟や袖に飾りの無い地味な格好なのだが……
 でも……
 よく似合っている……
 忍者装束より、ずっといい。
 とても凛々しいんだ……
 健康的で、かわいらしくって、溌剌としている彼の美しさを、一層、衣装が引き立てている。
 ああ、いけない。つい、またみとれてしまった……
 僕はタカアキへと視線を戻した。
「父上か僕にお話があるとの事ですが?」
「報酬と慰謝料の件で、な」
「慰謝料?」
 報酬はわかる。ミズハ様はラーニャを生き返らせてくれたのだ。だが、慰謝料?
 タカアキが扇子で顔の下を隠しながら、きつい眼差しで僕を見上げてくる。
「そもじの阿呆な弟のせいでな、ミズハが泣いとるのよ……かぁいい、かぁいい、ミズハの子供がニ体、散じてまったからな」
「え?」
「あ」
 話がみえない僕。だが、アーメットは心当たりがあるようで、『すみません!』と、タカアキに対し深々と頭を下げていた。
 二人の話を聞いたところ……
 タカアキの白蛇『キヨズミ』と『ハガネ』を、ガジャクティンの守護神が、ナラカを攻撃する際に巻き込んで消滅させてしまったらしい。
 タカアキが退避させなければ、『マサタカ』と『スオウ』も巻き込まれるところで、『シン』すらも危なかった……のだそうだ。
 さすがに僕からも、血の気がひいた。
 タカアキにとって、白蛇は単なる使役神ではない。娘であり息子……家族なのだ。
 僕も、ミカドの神官長に対し深々と頭を下げた。
「傷心のミズハの為にも、はよう慰謝料が欲しい」
 タカアキが座るように促したので、僕等は彼と向かい合う形でソファーに座った。
「今日はお葬式やん。お忙しいのはわかっとりましたけどなぁ、麿もそうそうフラフラできひん身やさかい、話せる時に話さなな。で、報酬と慰謝料やけど、」
「タカアキ様、お待ちください」
 僕は軽く手をあげた。
「そういう事でしたら、父上とガジャクティンも同席の上で話をしたいのですが」
「そやけど、そもじら忙しいんちゃう?」
 それはそうだ、ラーニャの国葬当日だもの。
「今日のとこは、こっちの要求だけ伝えられればええ。返事は後日で構わんよ?」
「午前中は無理ですが、午後でしたら時間がつくれます。昼過ぎ……一時半ぐらいにこの部屋で話し合いませんか?」
 一般参列の時間、王族は奥で座っているだけだ。天蓋つきの席だし、父上とガジャクティンの役は忍者に頼めるだろう。
「ええよ」
 タカアキがパチンと扇を閉じる。
「あと四時間くらいやったら待つわ。その間の麿の話相手は、そもじらや姫勇者はんがしてくれはるんやろ?」
 え?
「僕らは葬儀に」
「嘘っぱちの葬式やないのん。分身を出しておけばよろしいわ。麿かて、分身出席させるえ」
「いや、しかし」
 そこで、タカアキは扇を開いて顔を全部隠し、わざとらしくうつむき、泣き真似を始めた。
「ほんま……冷たいなあ。子供がのうなった寂しい遺族を見捨てて行くんか……『ハガネ』なんかなぁ、生まれてほんの六日……いたいけな子供やったのに……」
 う。
「『キヨズミ』は四天王召喚の折に、ほんまにきばったんやで? あの子一人で、十三体も召喚を阻止したゆうのに……働かせるだけ働かせて後はポイか……ほんまえげつないわぁ、インディラ王家は……」
 泣き落としを装って脅迫か……
 この男は……
 本当に身勝手で、押しが強い……


* * * * * *


 それから、くだらないノロケをさんざん聞かされた。
 ミズハ様を取り戻せて、魂のある子供も四体ほど側にいる。今、タカアキは幸せいっぱいらしい。
 ようするに、幸せ自慢をしたかったんだな、こいつ。『子供うんぬん』で脅迫して、俺らを引き止めやがって、くそぉ。

「シンは……元気なのでしょうか?」
 とガジュルシンが尋ねると、タカアキはきょとんと目をしばたたかせ、それから大きく頷いた。
「ああ、そうやった。見えない人間やったな、そもじら」
 タカアキは左手を顔の位置まであげた。
「シンなら今ここに居る」
 そう言われて俺は、目を細めてしまった。よく見ようとして。見えるわけないのに……
 袖からのぞくタカアキの細い手首には、何もない。そこに霊的な存在の白蛇が居ても、霊力のない俺には見えないんだ。
「麿が後宮(ここ)に移動魔法で来られたんは、シンのおかげ。シンに運んでもろうたんよ」
 移動魔法は、基本、本人か同行者が行った事がある場所にしか跳べない。インディラ後宮に、タカアキが突如現れたのは、シンのせいだったのか。
「挨拶させるわ」
 タカアキの顔が、一瞬で白くなり……
 そして……
 目を細め、小難しそうに顔をしかめ、タカアキの顔が照れたように口元に笑みを浮かべた。その目はガジュルシンをせつなそうに見つめている。
「シンにございます、父上」
 名乗らなくてもわかる。顔、見りゃわかるよ……
「会えて嬉しいよ、シン」
 ガジュルシンが微笑むと、タカアキに宿ったシンが幸せそうに笑みを返す。
「ミズハ様や姉妹とは仲良く暮らせている?」
「はあ……まあ……」
 シンが語尾を濁す。
「……賑やかには暮らせております」
 あんま説明したくない感じだな。うまくいってないのかな? 大丈夫か?
「父上の方はいかがにございます?」
「うん……アーメットから、僕の余命の事は聞いたよ。すまない、シン。おまえは、僕の身を案じてくれたそうだね」


『あと数年で、おまえは死ぬんだぞ』て教えるのは、すごく怖かった。
 ガジュルシンがショックのあまり泣き出すんじゃないかって……
 どうやって慰めようか、あれこれ考えてから話したのに……
 ガジュルシンは、あっさりしたもので、『ああ、やっぱりそうなの』と、けろっとしていた。
『長く生きられないのはわかっていたんだ』
 って言ってから、すまなそうに俺を見たんだ。
『ごめん。君を傷つけて……一人でその事を抱えているのも、僕に伝えるのも、つらかったろう? ごめんね、ありがとう……』
 だから、何でそこで謝るんだよって腹が立った。
 つらいのはおまえ、死ぬのもおまえなのに……
 俺は泣きながらガジュルシンにねだった。
『生きてくれ』って。
 インディラ教の教え反則すれすれの事でも何でもやって、意地汚く生きる努力をしてくれって。
 俺を一人にしないでくれって。


 ガジュルシンは何度も何度も俺に謝り、それで約束してくれた。
 最期の時まで、俺の為に頑張るって……


 シンは「私の事は良いのです」と言った。
「少しでも、長くおすこやかに過ごされますように……」
 寂しそうに笑うあいつを見て、俺の胸はチクッと痛んだ。
+注意+
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