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姫勇者ラーニャ 作者:松宮星

私がそこにいたから

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望まれる体! あさはかな純真さ!

 胸倉をつかまれ、平手打ちをくらった。


「いつまで泣いてるんだよ、馬鹿! 姉貴を助けたかったら、ついて来い!」


 アーメットの言葉に耳を疑う。
 ラーニャを助ける……?
 何を馬鹿な事を……
 錯乱しちゃったの?
 助けられるわけないじゃないか、ラーニャは死んだんだ。跡形もなく、千々に砕けてしまったんだ。


 ラーニャを生き返らせたい……
 ずっと、僕はそう思っている。
 シャンカラ様に頼めば……
 お望みのものを捧げればきっと……インディラの古代の主神だったあのお方なら、奇跡を起こせる。


 でも、僕の思考はそれ以上、先に進まない。
 兄様の精神呪縛を感じる。
 暗示をかけられているんだ。
 僕が自分を犠牲にして死者の復活を願わないように。
《僕が目の前で死んだとしても、仲間の誰が倒れたのだとしても、奇跡を願ってはいけない。世の理を壊すものほど、代償は大きくなる。死者の再生なんて歪んだ奇跡、特に駄目だ。一人の人間の再生に、一人の人間の全てを代償に求められかねない。ガジャクティン……おまえの犠牲の上に甦っても、誰も喜ばないよ。おまえが生き続けてくれる事こそが、逝った者にとっての喜びなんだ。絶対、忘れないで》
 兄様の思念を思い出す。
 正論だ。兄様は正しい。
 だけど……ラーニャを失うなんて、耐えられない。
 嵐のように激しくて、綺麗で意地悪で優しいラーニャ……
 彼女のいない世界で、生き続けたくなんかない。
 大魔王ナラカがまだ生きていれば……僕はラーニャの為に自分を捧げられた。『勇者の剣』の振るい手を今世から絶やさない為に。例外として認めてもらっていた。
 けれども、ナラカはラーニャと共に今世から消えてしまった。『勇者の剣』も、もはや地上にはない。
 兄様の呪縛で僕は何もできない。ラーニャを生き返らせる事だってできるはずなのに。
 ただ、絶望に浸り、泣く事しかできない。


 再び、アーメットの平手が左右の頬を叩く。


「いい加減、泣き止め! 姉貴は助かる! ミズハ様にお願いするんだ!」


 ミズハ様……?
 白蛇神……?
 ミズハ様が戻ったの? ナラカの所から無事に? 気がつかなかった……
 ミズハ様は水と長寿と多産を司る、ジャポネの八百万の神のお一人……
 そうだ……長寿は、言い換えれば、『生と死』であり、『死と再生』なのだ……


 ミズハ様なら……ラーニャを助けられる?


 信じるしかない。


「行く。僕もお願いに行く」


 走るアーメットの後を追う。涙で濡れた顔を腕でぬぐって。
 僕の後を、アジンエンデが、セレス様とジライが追って来る。


 すがるような思いで、僕等は白蛇神のもとへ駆けつけた。
 お伴のサムライに抱えられた白い肌の方が、だるそうに僕等をご覧になる。
 お姿はタカアキ様のままだったけれども、気配がまるで違う。強大な魂が、今、その身に宿っている。
「お(たあ)様、お初にお目にかかります。『シン』にございます」
 アーメットの内の白蛇神が挨拶をすると、ミズハ様はインディラ忍者装束のアーメットを見つめ、それから明るく微笑まれた。
「インディラの第一王子はんの子か」
「さようにございます、お母様」
「いやぁ、かわええなあ。第一王子はんによう似て、魔力強くて、繊細そうやわ」
「お母様を白蛇の長とみこんでお願いしたき儀がございます」
 騎士のように胸に右手をあて、白蛇神が母蛇に頭を下げる。
「この体は、鱗を与えし下僕にございます。私の為に、コレの願いを聞き届けていただけませんか?」
 青白かったアーメットの肌が、普通の色に変わる。アーメットと白蛇は、しょっちゅう入れ替わる。どっちが表に出ているかは、肌の色を見ればわかるけど。
 表に出たアーメットは、すぐに土下座をし、頭を砂へとすりつけた。
「お願いします! 姉様を生き返らせて下さい! あなたならできるってシンが言ってました! 俺にできることなら何でもします! 子種が欲しいのなら、枯れるまでお渡ししますから……どうか、姉様を……姫勇者ラーニャを生き返らせてください! お願いします!」
 僕もアーメットの横で地に伏せて頭を深く下げ、ジライが僕等より下がった位置で倣う。
 ミズハ様とお伴達は、驚いたように顔を合わせた。口を開いたのは、キヨズミさんだった。
「そんなん願ってええんですか? 『自然であれ』の教えに反しますえ? ミズハ様の御力、インディラ教的にはあかんでっしゃろ?」
「構いません」
 答えたのはセレス様だった。ラーニャによく似たインディラ国第一夫人は、身分にふさわしい所作で白蛇神に頭を下げる。
「ラーニャの母、セレスです。一度、死んだ人間を生き返らせる事は、インディラ教においても、エウロペ教においても、神の教えに反する禁忌です。ラーニャはニ神の加護を失い、甦っても二度と勇者たりえないでしょう。承知しています。その上で、お願いしているのです。私の可愛い娘を今世に呼び戻していただけませんか?」
 マサタカさんに抱かれたミズハ様が目を細め、セレス様に質問をする。
「そないなこと願うと、そもじさんまで信奉神のお怒りを受けるかもしれんよ?」
「私に罰するべきところがあるのならば、甘んじて受け入れます。エウロペ神への信仰も、娘への愛も、同時に並び立つと私は信じています。白蛇神様からは、歪みをまったく感じません。あなた様は神です。あなた様の御力による復活に、何の恥じる事がありましょうか」
 邪法による復活ならば断固認めないものの、光の神の御力にすがるのならば構わないと、セレス様はそう判断したようだ。
「お願いします! 僕らの大切なラーニャを生き返らせてください!」
 僕もミズハ様にお願いした。もう頼れるものはミズハ様しか居ないんだ!
「ちゅうてもなあ」
 ミズハ様は困ったようなお声だ。
「最期の場所には、あの女の感情がまぁだ残っとるから、呼び寄せやすいけんども……麿かて、無から有は創れん。タカアキを食べる時もな、いっつも、ちゃぁんと少し残しとる。体の一部があるさかい、再生も蘇生もできるんよ」
 体の一部……?
「小指の先ぐらいでええから、なぁい?」
「髪の毛なら!」
 僕はミズハ様に、守り袋を見せた。
「昨晩、切ってもらったばかりの髪の毛です。これで、どうにかなりませんか?」
「髪の毛かぁ……」
 ミズハ様が小首をかしげる。
「うん……まぁ……新しいもんやし……何とかなるかぁ」
 僕の手からキヨズミさんが守り袋を受け取ってくれる。
 でも、気になる。ミズハ様は、あまり気が乗らない感じだ。髪の毛じゃ、ミズハ様の魔法に向いていない? 血や肉や爪や骨じゃないとダメ? 再生は難しいのか?
 僕らの側には、アジンエンデやシャオロン様も来ていた。赤毛の戦士やハリハールブダン上皇(いつ来たんだ?)、イムラン様や新従者達もなりゆきを見守っている。中には『姫勇者の復活』を願っている僕等を、責めるような顔つきの方もいらっしゃるけど。
 兄様も居る。困りきった顔で、僕等を見つめている。
「血ならば、僅かですがあります」
 父様の声。
 カルヴェル様の移動魔法でこの場に渡って来た、父様とカラドミラヌ。父様はミズハ様を神として遇し、インディラ式の拝礼を捧げてから、小袋をミズハ様のお伴キヨズミさんに手渡した。
「ハンカチに染みている血は、ラーニャのもののはず……いえ、ラーニャのものです」
 キヨズミさんが開いた小袋の中身を見て、ミズハ様が微かに微笑まれる。
「あの女のもんに違いないわ。まぁ、少しでも血ぃあって良かったわ」
 血があって良かった……?
 やはり、必要なのは血肉なのか?
 まだ足りなさそうだけど。
「我々の目の前で邪法を行う気か?」
 新従者の中から声があがった。
「もと勇者や英雄が、邪悪なる法を願うのか?」
 徐々にではあるけれども、周囲から険悪な雰囲気が広がりつつあった。新従者の中にはエウロペ教の祭司も居るし、戒律に厳格なペリシャ教徒も居る。彼らにしてみれば、死者の復活(イコール)邪法なのだ。
「今、声をあげた方は非礼を恥じなさい」
 父様が毅然とした態度で、周囲を見渡す。
「あちらの神官に宿っておられる白蛇神は、ジャポネの八百万の神のお一人です。尊き神です。邪法など行われません。異国の神を軽んじる者は、神聖を軽んじるも同じ、己の信奉神への礼をも失します」
 父様は、とても落ち着いている。近寄りがたい尊さのある今の姿は、国王というより僧侶のようだ。
 それでも尚、『王が、死者の復活を願うのか?』と弾劾の声があがる。彼等が責める相手は、父様であり、セレス様だった。一国の頂点にある者の不正は見逃せないと、正義感にでも燃えているのだろうか。
 僕はイライラした。
 早く術をかけた方がいいのに。
 残留思念は時と共に薄れゆきかねないし、ミズハ様の憑依体のタカアキ様は生命力が衰えている。先送りになればなるほど、事態は悪くなる。
『堕落者』とか『恥を知れ』とか、何故……今、父様達がののしられなきゃいけないんだ。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、クズども!」
 地を揺るがすほどの大声が、周囲のざわめきを圧する。
 父様の隣に、赤毛の戦士アジャンが並ぶように立った。
「おまえら、今、何でここに居るんだ? この世の悪、大魔王を退治する為に集まったんだろうが」
 片腕の戦士は威圧的な顔で、周囲をジロリと見渡した。
「おまえらは、勇者の従者。そして、ここに居るのはどいつもこいつも勇者の為に命をかけて戦った『仲間』ってヤツだ。戦場において互いの背中を預けあった仲じゃねえか、それを何故、非難する」
 しかし、と言いかけた相手を赤毛の戦士が一睨みで黙らせる。
「仲間より、己が信仰のが大事か? いと気高きお方がた、ちっとは目を見開いて現実を見ろ。罪になるかもしれぬのは、当人達は承知の上だ。その覚悟で事にあたると言っている。仲間が信念を貫こうとしてるってのに、おまえら、何をしている? 後から足を蹴たくるしかできねえのか? 傭兵のがよっぽど『戦場の仲間』とは何か心得ているぜ」
 周囲が静まりかえる。
 迫力ある戦士の声に、誰もが耳を傾ける。
「仲間ってのは、いざって時に庇い合い守り合う為にあるんじゃねえのか? こいつらは、陰でこっそりじゃなく、堂々と禁忌を破るって言ってるんだ。仲間の潔さに感じいる心意気ってのはないのかよ?」
 いや、陰でこっそりも何も……
 アーメットも僕もこんな騒ぎになるとは思わなくって、普通にお願いに来ちゃっただけで……
『ありがとう、アジャン』と父様が昔の仲間へと頭を下げ、新従者達を見渡した。
「私は神にも己にも恥じるところはありません」
 父様の声は大きいけれども、まったく感情的ではない。
「インディラ教の教義は『自然であれ』です。私は己を偽らず、生きてきました。今も、そうです。私はこの地上を守る為に、命を懸けた勇者の死を惜しみます。光の御力にすがる事で、彼女を救う手立てがすぐそばにあるのに、信仰という形に拘り、その機会を逃す方が教義に反していると私は思います」
 父様が穏やかに微笑む。
「その上で、神からの恩恵を受けられぬ身となるのでしたら、それを運命と受け入れます。しかし、何があろうとも私がどう変わろうとも、信仰に変わりはありません。これからも、偉大なる神を敬ってゆくだけです」
 再び周囲からざわめきが生まれる。
 その騒ぎの中、新従者の集団から、一歩進み出た者が居た。ペリシャ風ターバンを巻き、曲刀を持った男だ。
「ペリシャ国イスファンの聖戦士長ホマーユンだ」
 十九年もインディラと敵対してきた国ペリシャ。
 よりにもよって、ペリシャ教の聖戦士の長か。
 前国王のサラディアス様は父様を『穢れし王』と侮辱し、インディラを敵国とみなし、国交を断絶していた。その気風は国民一人一人にまで浸透している。
 何を言う気なんだ?
 ペリシャ人らしい黒髭の男は、国王が相手だと言うのに敬語を使わない。同じ従者身分ではあるけれども、頭を下げず、胸を堂々と張るその姿は不遜だ。
「俺は勇者と大魔王の戦いを最後まで見届けた。女にしては、頑張ったといえよう」
 女を男の従属物扱いするペリシャ人らしい、言い方だ。
「『勇者の剣』が砕け、負けてもおかしくはなかった。だが、姫勇者は最後まであがき、大魔王を相討ちにて倒し、使命をまっとうした。見事であった。俺が見聞きしたのはそこまで。報告もそこまで、だ」
 ペリシャ戦士長が、父様へと会釈をする。
「俺は、国の者をつれ帰国する。この地でこれから何が行われるかなど、あずかり知らぬ。推測を他言する気もない。インディラ国王が、信仰と良心をもって執る行動に誤りがあろうはずはない。そう固く信じる」
 味方してくれた……?
「ありがとう、聖戦士長ホマーユン」
「こちらこそ感謝する。長く国交の絶えていた国にて邪悪を祓いし姫勇者、大魔王との決戦の場にペリシャをも誘ったインディラ国王の度量の広さ、共に深く感謝している。魔への報復はなった。もはや、我らがこの地にいる理由はない。新国王アクバルアサド様とインディラ国王との間に、新たなる親交が結ばれることを期待し、俺は帰国する」
「あなたの期待はきっとかなうでしょう、誇り高き戦士ホマーユン。アクバルアサド様にどうぞよろしく」
「失礼する」
 ペリシャ戦士は部下達に声をかけ、南東へと向かって行った。サントーシュ様の所で、治癒されている仲間を迎えに行ったのだろう。
 ホマーユンのおかげで、険悪な雰囲気は去った。彼に他の者も倣う。神官職の者達が、僕等に挨拶を残し去って行った。イムラン様も、父様に何度も詫びてから背を向け離れて行った。カルヴェル様は分身を数多く生み出し、希望者を移動魔法で運んでいた。
 死者の復活は、多くの宗教にとって、禁忌なのだ。
 頭ではわかっていたけれども、僕はその事を軽く考えすぎていたようだ。
 多くの者は消え、十三代目勇者一行と、ラーニャの従者であった者、ケルティの上皇とカラドミラヌ、そして姫巫女とお伴だけが残った。遠巻きになりゆきを見守っている魔法使いや戦士も、居るには居るけれど。好奇心の方が信仰心を上回るような人種だ。
「あんなぁ、こっちからも頼みがあるんやわ」
 サムライに抱えられている姫巫女が、けだるげに言う。
「体、貸してくれへん?」
 体を貸す?
 白蛇女神は、大きく息を吐く。
「ほんまは山猿なんかほっといて、タカアキを食べてあげたいんよ。はよせんと、タカアキ、逝ってしまうもの。そやけど、タカアキを食べたら、半日から一日、麿は動けなくなってまうし。山猿の方を先やったげるから、体を貸して。今のタカアキの体、再生の術に耐えられんもん」
「俺を使ってくれ」と、アーメット。
「僕を」と、僕も声をあげた。
 父様もセレス様も、身を乗り出している。
「誰でもええわけやない。他の神様の印が、はっきりついとる(もん)は要らん」
 う。
 僕はシャンカラ様のものだし、アーメットも今は『シン』の眷族だ。僕らじゃ駄目なのか。
「特に、麿が使う技を『禁忌』と考える神様の子はあかん。術そのものが発動せんようになってしまう。そもじもそもじも、あかんよ」
 と、父様とセレス様を指さす。
「白蛇神様、私めではいかがでしょうか?」と、ジライ。
 しかし、白蛇神は一瞥をくれただけで、アーメットの父から顔をそむけた。
「不味そう」
 て。
 この期に及んで、より好み?
「私を使え」
 そう言って、シベルア語で叫んだのは、アジンエンデだ。事情は、多分近くに居たシャオロン様から説明してもらったのだろう。
「ジャポネの時のように、私に憑依してくれ。頼む。ラーニャを生き返らせてくれ」
 ミズハ様はシベルア語など知らないだろう。けれども、心を読む事はできる。
 ミズハ様は大きく溜息をつき、残念そうに首を横に振った。
「今、そもじには憑依できん」
 動作だけでも、拒絶は伝わる。アジンエンデは不満そうに姫巫女に近づいた。
「駄目なのか? 何故?」
 それに対し、ミズハ様は共通語で答えた。多分、アジンエンデはそのほとんどの単語を理解できないだろうけど。


「おなかの中に、ややがおるおなごには憑けん。身二つになってくれな、あかんわ」


 え?


 やや……?


* * * * * *


 白蛇神は何を言っているのだ……?
 首をひねっていたら、すぐ側に赤毛赤髭の男が駆け寄って来た。
「誰の子だ?」
 怒気で、ビリビリと空気を揺れる。男が使っているのは、ケルティ語だ。
「ハリハールブダンから聞いている! おまえは純潔の誓いをたてて、夫を拒んだ馬鹿な女だと! そのおまえが何故、子など孕んでいる?」
 え?
 子を孕んだ?
 私が、か?
「誰に犯られた?」
 恐ろしげな形相だが、赤毛の男の顔は真っ青だった。
「南で犯られたのか?」
 何を言っているのだ、この男は……?
 怒りがこみあがってきた。
 今さら、父親面をする気か? 一度も、私に会いに来なかったくせに。
「誰の子を宿そうが、おまえには関係ない」
 赤毛の男が、声の調子を落とし、顔を歪めて聞いてくる。
「強姦……されたのか?」
 何を、馬鹿な!
 私を見つめる眼は、まともじゃない。狂人の眼のようだ。私だけを瞳に映し、青ざめた顔で男は震えている。
「誇り高いおまえを辱めた男が居るのか? 男達か? アジの女を穢したのは誰だ?」
 そんなに、ショックだったのか?
 初めて会った娘だというのに。
 親子の情が、この男にあるとは思えんが……
「夫の子だ」
 この男が何をどう感じようが、知るか。
 だが、今は、一刻も早くラーニャを助けねばならない。この男に関わっている暇などない。だから、真実を教えてやる。それだけだ。
「先日、帰国した時、真の夫婦となった。できたのなら、その時の子だ」
 私の言葉を耳にした途端、男が豹変する。
 険しかった顔から、張りが消え、表情が弛緩したのだ。
 男は笑った。何とも間の抜けた顔で。
「そうか……夫の子を孕んだのか……」
 男の右腕が私を抱き締める。
「ハリに嫁ぎ、ハリの王となる子を宿したのか……良かった……本当に、良かった……」
 何故、抱きしめる?
 おまえは、私を……私達、兄弟を捨てた男ではないか。
 何を盛りあがっているのだ……今、それどころではないのに……
 本当に……勝手な男だ……


* * * * * *


 くだらねえとは思う。
 だが、アジンエリシフに生き映しの女が、まっとうな生を歩んでいると知って、胸が熱くなった。


 次の春には、ハリに嫁すはずだったアジンエリシフ……


 アジンエリシフにそっくりな俺の娘は、十三で逝った俺の姉の年齢を超え、伯母が歩むはずだった人生を歩んでいる。


 アジンエンデ……
 おまえは、まともに生きろ。
 光の下で。


 アジの女として……


《何もかも、俺のおかげだ。感謝するなら俺にしろ》
 うるせぇ、黙れ。クソ上皇。
 人の心を勝手に読むな。
 いい気分の邪魔をすんじゃねえ。


 アジンエンデを抱き締める俺の側で、ナーダ達と東国の神官との会話が続いている。
「あの、では、白蛇神様、ご所望の肉体というのは、もしかして……」
 歯切れの悪い口調で、ナーダが言う。
 サムライに体を抱えられている神官が、右の指をあげる。
「あれや」
 右の二の指が動き、そして、ぴったりと止まる。


 俺を指さして。


「あれ、貸して」 


 とてつもなく、嫌な予感がした……


* * * * * *


 僕もアーメットもミズハ様の器とは、なれない。
 そう知って、僕は、ラーニャの為に、今、何ができるかを考えた。


 横に居るアーメットを軽く小突き、唇を動かす事で要求を伝えた。『シンと話したい』って。
 読唇術のできるアーメットは、すぐに僕の願いを叶えてくれた。
 僕は心に侵入してきた白蛇に、疑問をぶつけてみた。


 ミズハ様の術には血肉が必要なのか、と。


《そうではない。体の一部さえあれば、術は成る。だが、お母様は、タカアキの手や足の指を好んで残された。髪だけで再生した経験がないから、抵抗があったのだろう》


 髪ではなく、血肉の方が、うまく術がかけられるの?


《お母様にとっては、そうだな》


 再生の術って、失敗する事もある?


《どんな術とて、不手際があれば成らない。魂の宿らぬ肉塊ができたり、もとの存在とは似つかぬものができてしまう事もある》


 ミズハ様の術……どれぐらいの確率で成功すると思う?


《お母様は再生の技に熟練。髪とあの血の染みがある事だし、ほぼ成功するだろう。七割はうまくいくと思っていい》


 七割……


 僕は、アーメットの内の白蛇に礼を述べた。


 精神を集中し、守護神シャンカラ様を意識する。


 やっぱり、そうだ……
 僕は笑った。
『死者の再生』を僕が願わないよう、兄様は暗示をかけた。
 けど、他には何の制約もない。全部が全部をダメにしたら、使役そのものが、僕ができなくなってしまうからだ。


 僕はうつむき、顔を下へと向けた。


 未熟な僕は、使役神への命令を言葉で紡がないといけない。
 誰にも気づかれないよう、特に兄様に見つからないよう、シャンカラ様にお願いするんだ。


 この砂漠における戦いで……
 何度か、ラーニャは怪我をした。
 軽傷だったけど、血を流した、皮膚も切れた。


 シャンカラ様ならば、時を渡れる。過去へ行けるんだ。


 ラーニャの血肉を持って来てもらうんだ……


 時渡りのような大きな魔法を、未熟な僕では命じられない。
 特別に、お願いしなくては……


 代償は、ラーニャがどれだけ正確に再生されたか次第。
 僕の心がどれほど満足したか……
 契約主がどれほど喜んだか、で、持って行く部位を決めてもらう。


 ラーニャが生き返るのなら、僕は何もいらない。
 好きな部位でも能力でも持って行ってもらってかまわない。


 だから……
 僕から好きな所を奪えるように、良い働きをしてください、シャンカラ様……
 できるだけ多くのラーニャの血肉を持って来てください……
ホマーユンの持っている曲刀は、シャムシール『銀の三日月』。二代目勇者ホーランの時代、従者シャダムが持っていた武器です。
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