喪女の先輩を落としたい
小金稼ぎにバイトを始めることにした。
「大野要くん、大学一年生ね。では二、三日以内に連絡しますので……」
俺の見た目はチャラそう、とよく言われるしお祈りメールかなと思ったけど、結果は合格。採用通知が届いた。これで労働経験有りで就職に少しは有利……と思ったけど、働くのはそれなりに大変だった。
何でレジやりながら値引きして周辺の前出しまでしなきゃならないんだ。これ一人でやることか? 時給が低めだから労働も軽いかと思ったがとんでもない。儲かってないから低いんだ。バイト先で恋……なんて考えたこともあったけど、数人の男社員。既婚でパートの女性達。あと……もさい印象の女の先輩がいた。あーやる気でねー。
そんなことを考えながら、その日も仕事が終わった後、休憩室にて飲み終わった半額のコーヒーを投げるようにいっぱいのゴミ箱に入れた。しかし入りきらなかったゴミ袋は崩壊し、山のようだったゴミが床になだれ落ちた。
……んだよこれ。ゴミ袋いっぱいになってるなら誰か新しいのにしろよ。昼間のやつら何やってんだよ。社員は事務室につめてるからいいとして、既婚のパートは何やってんだ。ゴミがぎゅうぎゅうなの見て放置するのか? 職場のこんなことも気がつかないで家庭が上手くいくのか? 心の中で悪態をつきながらも、それでも自分が尻拭いをする気になれず、そのまま朝の連中に丸投げしようとする。そこへ、あのもさい先輩が閉店業務を終えてやってきた。
「わ! これどうしたの? 大野くん」
床中に散らばるゴミを見て先輩――たしか小松崎、千江美とかいったっけ。あーあ、目撃者がいなけりゃ無視できたのに。仕方無しにバイト先の人間関係を壊さないためにも適当なことを言う。
「片付けようとしたら手が滑っちゃって……。ああ、先輩は先に帰っててください」
殊勝なことを言えば、大抵は自分も手伝うとか言ってくれるものだ。それにこの先輩、パシられ体質っぽいし。しかし返ってきたのは予想外の答えだった。
「ううん、私がやっておくよ。どうせ暇だし。大野くんは先に帰ってて」
あー、ありがたいけど、自分で散らかしておいて人にやらせるのはさすがにまずいだろう。
「いやいや、俺がやったことですから」
「なら、二人で片付けようか」
そんな流れで、先輩と休憩室の掃除をすることになった。……そう、ゴミを片付けるに留まらなかった。「ついでにちょっと床掃除しよっか」 と掃除が始まった。そんな事までやりたくないから俺帰りますねと言えたらどれほど楽か。不満を隠しながらも掃除に付き合ってるうちにふと思う。
そういえば、前の店の使いまわしでお世辞にも綺麗な建物とは言えないのに、いつも小奇麗なんだよな、ここ。……誰がやってるんだ? ふと目の前の先輩を見る。
「もしかして、いつも先輩がゴミ片付けてます?」
何となくそう問いかけると、先輩は苦笑しながら答えてくれた。
「うん。他にする人いないから。昨日は私が公休だったから、今日のゴミは凄いね。そういえば、今日は大野君が片付けようとしてくれたんだよね。ありがとう」
嬉しそうに言うその姿に、ちょっといいな、と感じるのは普通だと思う。こういうところで気の利く女っていいよな。
◇
「デート?」
驚いたようにいう小松崎先輩。そう、俺は先輩をデートに誘った。気になる女性をデートに誘う……何もおかしな行動ではないはずだが、先輩が徐々に挙動不審になっていくので、何か変なことを言っただろうかと思えてきた。それとも……?
「先輩、まさか、デートをしたことないとか……」
ありえる。外見からしてリア充とは言いがたいし。しかし小松崎先輩は威勢よく反論してきた。
「あ、あるよ。当然でしょ」
あったのか。まあ、確か先輩も21だし……。しかし先輩の良さに気づいたやつが俺以外にいたなんて。万が一そいつと同じようなデートになっても腹立つからその時の様子を聞いて見ることにした。
「へー、どんなデートだったんですか?」
「……初めてのデートは、喫茶店。攻略本見ながら三択の中で一番いいの選んで好感度上げたの」
それは果たしてデートと言えるのだろうか。というか、ここは笑うところなのだろうか。先輩が喪女確定したのは嬉しいが、これはこれで地雷踏まないように気をつけなければならない。
「お、俺もギャルゲとかやりますよ。初めては……何だったかな」
「いいよ無理しなくて……。ごめん。こんなんだからそういうの、よく分からないし、面白くないと思うんだ」
「いえ、その、どうしても、先輩と行きたいんです! 前のお礼に、俺おごりますから!」
ゴミ捨ての件をを持ち出し、俺は先輩を説き伏せついにOKを貰った。
◇
「ごめんなさい、待った?」
「いいえ、今来たところです。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、先輩」
デートの待ち合わせ場所。恋人っぽい会話に少し嬉しくなる。先輩の今日の格好は……まあ動きやすい服って感じだ。先輩らしいといえばらしいけど。
「動いてお腹空きませんか? そこの喫茶店で何か食べて行きましょう」
別に先輩の初デートを気にしているわけじゃ……いや少しはあるけど。先輩は気づいているのかいないのか、明るく返事してきた。
「いいよ。ふふ、私ね、今日のためにネットでデートのいろはを調べて来たんだから、期待してね!」
先輩、面白そうな予感しかしません!
喫茶店に入り席に座ったあと、先輩はニコニコしながら聞いてきた。
「こういう時は、普段話せないようなことを話すものよね。それじゃあ……」
あ、ちょっとドキドキ。先輩の知らない一面が見られるのだろうか。
「仕事、何か悩みある?」
……仕事?
「あ、いえ。特には」
「本当? いいのよ遠慮しなくて。ここは職場じゃないんだから」
「えーとじゃあ……あ、ちょっと時給のわりに仕事がきついっすね。人が増えるか時給が増えるかしてほしいかなー、なんて」
その返答に、先輩は深刻な顔をして職場の内情を語ってくれた。
「ここだけの話、うち、ずっと赤字続きなんだって。よくお店が持ってるよね。でも黒字化目指して頑張ってるから、時給アップは黒字になってからってことで。人手が少ないのは……うん時給が低いからねえ。変人でもなければ760円は来ないよね。でも来たらその人は覚悟を決めた人だから、大野くん、大事にしてあげてね。大野くんは本当によく頑張ってるよ、普通はレジくらい二人体制でやるべきなのにね。あとなんかある?」
「えーと……休憩室がちょっと寒いかなって」
「ああ、暖房はつけていいよ。ただし消し忘れ厳禁。どうしても寒いなら私に言って。ホッカイロは常備してあるから! あとは?」
「えーと、備え付けの冷蔵庫がいつもぎゅうぎゅうで何も入れられないっす……」
「うーんそれは店長かマネージャー向けの案件かな……。明日言っておくね。あとは?」
先輩、これ、デートのお喋りっていうか、面接じゃ。まあ腹を割った話し合いかもしれないけど。
◇
食事を済ませたあとは、二人きりでムーディーに……なんて初回からやるとがっついてると思われかねないので、賑やかなゲーセンに足を運ぶ。
「大野くん、これ、相性占いだって」
入ってすぐ小松崎先輩は乙女チックなゲームに目をつけた。やっぱり女の子なんだなあ。それにしても相性が気になる程度には気にしてくれてるのかとちょっとニヤニヤする。
『相性、99%』
そんな紙が印刷されて出てきた。気の利いたゲーム機だ。占いを気にする女性ならこれで一気に仲良くなれ
「やっぱり! このゲーム名字三文字、名前三文字の人はほぼ90パーセント台だよ! 50回は試したから間違いないと思う! ふふーん見破っちゃった」
色々ツッコミたいが、とりあえず。
「一体誰との相性をそんなに……?」
「え? ゲームのキャラ」
ゲームかよ!
◇
ゲーセンはゲームキャラを連想するからいけない。先輩はUFOキャッチャーもアニメキャラやらゲームキャラやらをじっと見ていて、正直架空のキャラと分かっていても腹立たしい。俺はそこを出てイルミネーションが綺麗と言われる通りを歩くことにした。誘った時、先輩は最初渋った。何でもその通りの先に帰りに寄りたい店があったらしい。
「買い物ですか? 俺が荷物持ちますよ」
「ええと、でも……」
「遠慮しないでください」
何とか説得し、通りを歩くことにした。
そして夕暮れ――電球の光が辺りに満ち溢れてロマンティックな光景を作り出す。しかも周りはカップルだらけ。これなら枯れ気味な先輩もうっとりしてくれるかも……!
「素敵な景色……」
先輩は恍惚の表情で周りの景色を見ていた。これは良い雰囲気!?
「こんな光景を『ゲームキャラとデートなう』 とか言って呟きにゲームと歩く写真付きで投稿したらリツイートどれくらい行くかなあ……」
「百くらいいくんじゃないすか……」
呟きやったことないから知らんけど。
◇
分かっていた。先輩がゲーマーということは。だからお目当ての店がアニメショップなことも予想できた。しかしそこで
「今日はありがとう。折角だから、大事な人を紹介しようと思うんだけど……」
と言われてしかもそれが
「嫁です」
ギャルゲーのキャラだったなんて誰が予想できようか。先輩はショップで嫁キャラのグッズを買いあさりながら何事か呻いていた。
「うう~。嫁キャラのグッズが足りない……。神様公式様、お布施も善行も積むからもっと出してもいいのよ。それとももっとあちこちで声をあげるべきか……」
普段何やってるんだろうか……いやまあさっきので大体想像つくけど。
それにしても先輩、だいぶ素を出してきたな。その事実に薄く笑みがこぼれる。
◇
「今日、楽しかった?」
帰り際、先輩はそう聞いてきた。何故そんなことを聞くのかと聞いたら、さすがの先輩もデートでする行動や言動では無かったことは感じていたらしい。
「やっぱり無理だと思うの。見たでしょ? 私、ゲームと切り離して生きていけないんだよ。もう一生喪女の覚悟は出来てる。大野くんも、今日はいい勉強だったと思って……」
先輩は楽しく無かったんですか? と聞くと、それには否定で返ってくる。
「ショップ、行くのにさ、嫁のグッズ買うのにさ、いつもと違って『何だお前』 って視線が無かったから良かった。女が女キャラのグッズって普通買わないもんね。でも、そんなの大野くんには嫌なだけだろうし……」
僕は楽しかったです。今度そのゲーム教えてください、ついでにまたあのお店連れて行ってくださいと言うと、彼女は驚いた顔をしたあと嬉しそうにした。
「一目惚れか! うん私も嫁には一目惚れで始めた! よーし色々教えちゃうよ!」
まあ、ゲームに関しては諦めよう。
でも、このまま仲間だと思い込んで依存して、俺無しでやっていけなくなればいい。
一人で楽しむのには慣れてても、二人で楽しむのには慣れてないですよね? 先輩。