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怪談竒譚

幸運のコイン

作者: 鵜狩三善

 これは幸運のコイン。

 銀色に光るアタシの宝物。

 これがあれば大丈夫。

 これがある限り大丈夫。

 これが幸せを運んできてくれるから、アタシの人生は順風満帆だ。



   *            *          *



 このコインと初めて出会ったのは、新装開店のアクセサリーショップでだった。

 学校行く途中の乗り換え駅のまん前に、いきなりどかんって開店したお店。

 綺麗なお姉さんがひとりで切り盛りしていて、実はそのお姉さんがオーナー兼店長さんだった。若いながらも成功を収めて、自分の店をゲットしたんだって、後で知った。

 コインはそのお店のレジの後ろに、大仰な額に収めて飾ってあった。

 大きさはアタシの手のひらにすっぽり収まるくらい。安っぽさの少しもない、綺麗な銀色に惹かれて寄って見ると、表には精巧な女性の横顔のレリーフが刻まれていた。

 アタシの知識じゃどこのどれくらいいいものかなんて分からなかったけど、とにかくすごく高そうなのは察しがついた。

 額の下には上等そうな紙が添えられていて、「由来は明かせませんが、これこそは幸運のコインなのです」って太書きされてる。その下にそれより少し小さい文字で、お姉さんのこれまでの苦労と、その運命の岐路ごとでコインがくれた幸運の物語とが記されてた。



 その頃、アタシはやな感じだった。

 有体に言えば閉塞してた。

 ママは神経質に口うるさいし、そんなママを嫌ってパパは口きかないし、クラスの女子はくだらないし、先生は上っ面だけだし、とにかく全部が全部、お先真っ暗な状態だった。中学を出たら何か変わるかなんて期待したけど、高校生になっても何一つ変化なんてなかった。むしろ悪くなったくらいだ。

 だから添え書きの通りに幸運を運んできてくれる、そんなアイテムがアタシにもあれば、このどうしようもない今もなんとかなるのかなって思ってた。お姉さんの昔話を繰り返し読み返して、幸運のコインを手に入れた幸運なお姉さんを、羨んで妬んだ。


 そうしていると、ちかっと目の端で何かが動いた。

 きっと見間違いだったんだろう。でもその時アタシには、コインに刻まれた女の人が、こちらにウィンクしたみたいに見えた。

 こういうのを、魅せられたって言うんだと思う。


 すごく、欲しくなった。

 見てるだけじゃ足りなかった。でも見てるだけしかできなかった。

 お店では高いアクセサリーだけじゃなくて、2、300円程度のピンやゴムも売ってたから、アタシはカモフラージュに友達──当然上辺だけのだけど──を誘って、毎日のように顔を出すようになった。

 お姉さんはアタシを見かけると、にっこり笑顔を向けてくれるようになった。

 決して儲かるお客じゃないけど、顔を覚えてくれてたんだろう。

 そして、その日がやってきた。


 それは運命だったんだって思う。

 ずっとついてなかったアタシに、一瞬だけやってきた幸運の機会。

 だから逃さずつかまえた。

 


 その日アタシがお店に行くと、コインは額から出されてレジカウンターの上に置かれていた。レンズクリーナーとかそんな感じの布切れが一緒にあったから、手入れに磨いた後かなんかだったんだと思う。

 その日は雨で、お客はアタシだけだった。

 傘立てに傘を入れるアタシにお姉さんはできる女の笑顔をくれて、アタシは曖昧な笑顔を返してして、それからいつもみたいに店の中うろうろしてた。

 すると、奥で電話がなった。

 お姉さんは無用心にもコインをそのままに、バックルームに回った。

 お店にいるのは常連の子ひとりだけだから。そんな気安さだったんだろう。

 でもその瞬間、またちかちかってコインが瞬いた。


 ──ほら、今だよ。


 あの女の人がウィンクしてた。


 ──今が幸運を掴むチャンスだよ。


 そう囁かれた。囁かれたって思った。

 我に返った時、アタシはもうコインを掴んで雨の中に飛び出してた。傘の事なんて全然頭になかった。

 お姉さんはすぐに気がついて、声を上げようとした。追いかけてこようともしてたんだろう。

 でも、どちらもできなかった。

 まるでタイミングを見計らったみたいに。

 水溜りでスリップしたトラックが突っ込んできて、お店もお姉さんもぐしゃぐしゃに押し潰してしまったから。


 これは絶対、運命だったんだって思う。

 ずっとついてなかったアタシに、一瞬だけやってきた幸運の機会。

 だから逃さずにつかまえた。

 だからアタシは悪くない。



 その後はとんとん拍子だった。

 口うるさいママが急に死んで、うちはお金持ちになった。

 パパはママよりも好きな人とおおっぴらにやれるようになって、アタシに構わなくなった。その分お金はたくさんくれたから、アタシも自由気ままにやれた。

 心に余裕が生まれたら、クラスメイトもそんなに悪い連中じゃないって気がついた。

 志望の大学にも受かったし、皆に自慢できるかっこいいカレシもできた。

 アタシの人生は万事順調、順風満帆。

 なのに最近、怖くなる。

 お姉さんがこのコインを喧伝してた理由。

 絶対に手放したくないはずの自分の宝物を、わざわざ見せ付けるように飾り立てていた理由。

 それがなんとなく、分かるような気がしてきた。

「由来は明かせませんが」なんてわざわざ書いてあったけど、お姉さんはこのコイン、どこからどうやって手に入れたんだろうね?



   *            *          *



 これは幸運のコイン。

 銀色に光るアタシの宝物。

 いつかこれをなくしたら。

 これがアタシに飽きたなら。

 その時はアタシも、誰かの幸運に押し潰されるんだろう。

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