かたぐるま
海が運んできた風は、肌にまとわりついた。
いつもは気にならないことも、意識してしまうと、心から離れなくなる。
「父ちゃん、寒い」
「寒いか」
幼い息子の身体が冷えないように、膝の上に抱きかかえていた。それでも、冷えた空気は足元から忍び寄ってくる。冷気はズボンの裾から遠慮なく侵入していた。
子供の成長は早い。いつの間にか、重くなっていた。
昔はずっと抱えていても苦ではなかったが、一時間もすると、尻が痛くなってきた。もぞもぞと、感覚の乏しくなっていた尻を動かして、血行を良くする。
「わっわっ」
転げ落ちそうになった息子は、手をばたつかせてバランスをとった。
「おもしろい」
「おう、そうか」
笑顔に心がなごんだ。
「よし」
掛け声をかけて、息子を持ち上げた。勢いをつけて肩の上に乗せる。
「わー、かたぐるまだ」
はしゃいだ息子の顔を見るのは何日ぶりだろう。
以前に肩車をしたのは、何ヵ月前だったかわからない。そう思うと、申し訳ない気持ちになった。
「ママ、あれ」
「あら」
母親と女の子の視線に気づいて、頭を下げた。
「父ちゃん、落ちる落ちる!」
息子が必死にしがみついてきた。
「いいなあ」
「そうねえ」
母親の顔が少し沈んでいた。
同じなんだ。
息子が頭をぺちぺちと叩いた。
「こうたい!」
「え?」
「ちぇーんじ!」
肩から降りようとする息子の優しさに、不覚にも潤んでしまった。
「お前、父ちゃんを見くびっているだろう。よーし、こっちおいで」
女の子を手招きすると、笑顔で飛び込んできた。
「あ、あの、すみません」
「いいんですよ。しっかりつかまっていろよ!」
きょとんとする息子を右手で、女の子を左手で抱えあげた。
「フルパワーだぞ!」
二人の子供を両肩に一人ずつ乗せた。
「わあ、すごい」
驚き顔の女性に、にこりと笑顔を向けた。
そうだ、笑おう。
「私、バスの運転手やってましたから、お客さん二人くらいなんでもないんです」
発車します、と言って歩き出すと、二人が手を叩き始めた。
その様子を遠巻きに見ていた小さな子供たちが、何人も駆け寄ってきた。
「これはちょっと、難しいかな」
集まってきた人数を一度に抱えあげるのは、さすがに無理があった。
「順番だぞ」
この子供たちの家族はどうなっただろう。
いつもは気にしなかったことも、意識し出すと心が翳った。
「俺もお手伝いますよ」
体格のいい若者が立ち上がり、力こぶを作った。
「私も、一人くらいなら」
細身の優しげな男性も加わった。
「お、ありがとう」
今まで接点すらなかった大人たちが顔を揃えた。
こんな時だから、どんなことにでも力を合わせられる。
「よーし、お前たち、好きな車に乗っていいぞ!」
まとわりついてくる子供たちの笑顔が、無性に愛おしかった。