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幽明の織 作者:時嵩いちか
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4. 穢れた身体に転生した男の話

信之からしばらく離れます。
*ここから、以前書いていたお話を
リメイクしたものになります。
 イブの夜、オレは死んだ。

 死んだ直後は、自分がどうなったかが、まずわからなかった。
 少し浮いた所から、倒れている自分の姿が見えた。あれは何だろう。

 ――どこかから落ちたのかな。

 ぼんやりと街の灯りが見えた。ああ、空を飛んでいるのか。
 こんな風にゆっくりと、空へ上るんだ。
 どこかの山に登ったときよりも、飛行機に乗ったときよりも、高く、高く上ってゆく。

 ――このままだと宇宙とか行くんじゃね? 

 そんなことを考えた時、ふっと雲の上に出た。ついさっき、雲を越えた気がしたんだけどな。雲の上に、また雲があるんだなぁ。

 そこで、初めて足場のようなものを感じた。浮こうと思えば浮けるんだけれども、オレはなんとなく、着地して歩いてみた。雲で覆われた地面のようなものは、よく見ると地表があり、ところどころに草が生えていた。
 土のようなものはなく、雲の上に直接生えている。不思議なものだった。
 ふわふわとした空気、雲、霧。足元の柔らかな草。歩くたび、さくさくという音を立てる。視界ははっきりしている。はっきりしていないのは、頭のほうだ。

 オレは、誰だったのだろう。

 そんな風に歩いていると、前方から人の声がした。

「――だから俺は、こんな人生を送るはずじゃなかったんだ!」

 煙るような霧のなか、中年くらいの男の背中が見える。

「では、次の人生はどうします?どうしても、地上でもらってきた『(けが)れ』は、引き継がれてしまいますが」

「俺は……なにも悪くないのに……」

 絶望を含んだ声音は、悲しそうに震えていた。

「――全部私が悪いのよ……」

 今度は後ろ――オレが歩いてきた方向から、女のか細い声が聞こえた。

「私が悪いの。もう何もかも止めて、消えてしまいたい……」

「そんなこと言わないで。もうちょっとだけ頑張ってみよう? ね?」

 誰かが励ましている声がする。声の主も、女の姿もオレには見えなかった。
 立ち止まって耳を澄ますと、そんな会話がそこかしこから聞こえてくる。激昂(げっこう)する声。吐き出すような女の怨嗟(えんさ)。かと思えば、すすり泣きまで聞こえる。それをひたすら、なだめるような誰かの声。

 なんだ、ここ。天国じゃあないのか? すげぇ空気悪いんだけど。
 あれ? ひょっとしてオレ、地獄来ちゃった系? ――雲の上だけど。

「あなたの(なげ)きはなんですか?」
「うわぁっ!」

 背後から、唐突にかけられた声にオレはビビッた。
 振り返ると、そこには若い女がいた。

「な……なげき?」
「はい。ここは天国に入る前の、受付となります」

 ――受付?

「苦情のある方は、自動でこの場所に来るように、ルートが決められているのです」

 女は笑顔でそんなことを言った。肩までで切りそろえた髪がさらりと揺れる。どこの国の人なのか分からないような印象を覚えたのは、目も髪も真っ青だったからだろう。年齢も分からない。小柄で子供のような風貌だが、オレよりも年上に感じたからだ。

「苦情……」
「強い不満がある方は、天国入りできないんですよね。ここで一旦、方針を決めてもらうんですよ。人によっては、すぐに地上に戻りますから」

 天国に入っちゃえば、落ち着いてくれるんですけれどねぇ。と、受付の女は遠い目をした。まるで市役所みたいな空気だ。言われてみれば、この女スーツ着てやがんぞ。

 何を言っているのか、よく分からなかった。天国って、やっぱオレ死んでんのか。なんだかガッカリしたような、納得したような曖昧な気分だ。

「あの……すぐ地上に戻るっていうのは、どういうことですか?」

 気になったので聞いてみる。

「ああ、生まれ変わるってことですよ。予定にない不幸や、死を迎えた方は」
 大体そうなります。受付嬢はそう続けた。

「――あなたは?どんな不満があったんですか?」
「いや……それが……なんだか記憶がぼんやりしてて」

「ああ、良くあるんですよね。いいですよ、そこで休憩して。思い出したら、また声をかけてくださいね」

 受付嬢が指した場所には、自動販売機があった。紙コップが出てくるタイプだ。

「………………」

 歩み寄り、カフェオレのボタンを押すと、コトンと軽い音を立てて紙コップが落ちてきた。どうやらお金はいらないらしい。
 販売機の横にベンチが備え付けてあったので、腰を下ろす。その時はじめて、自分のズボンが汚れてることに気がついた。

 ああ、こんな格好じゃ、あいつん家に遊びに行けねぇな。

 そう考えてから、いやもう行けないんだっけ――とか、死んじゃったんだよなぁ、とか。そういう感情が流れ込んできた。そうして、カフェオレを口に流し込む。熱い。そんな感覚があるのに、死んだということに段々と違和感を感じてきた。それから。

「あ……ああああああああ!」

「思い出しましたか?」
「うわぁ……あっ、なんだよ、もう……」

 思い出した感情と、急に目の前に出てきた受付嬢の顔に、ダブルで狼狽(ろうばい)する。

「いえ、申請(しんせい)が来ていたので……」
「申請?」

「それよりも、何を思い出したんですか?」

「そうだ、オレは……まだ死ねないんだ……!」

 何でこんな大事なことを忘れていたんだろうか。手にしたカフェオレが(こぼ)れ落ち、オレの手を、服を濡らした。
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