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幽明の織 作者:時嵩いちか
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3-3. クリスマス

 あれから、三ヶ月が経った。

 すっかり寒くなり、もうすぐクリスマスになる。

 僕は、九月からバイトを再開した。そして、かけもちでやっていた、車の事務の仕事を()めた。

 こっちの仕事が不安定だったから、ストレスが溜まって病気になったんだ。きっと。
 元々、知り合いに頼まれて無理してやってた仕事だ。
 もう、そういうのはやめるんだ。僕は。

 まだ通院しているが、体調は良くなってきていた。体力が落ちてしまい、相変わらず階段は辛いけれども。


「恭介君は今日、バイトの後に予定とかあるの?」

 クリスマスイブの当日。興味本位で、そんなことを聞いてみた。

「ああ、友達とケーキ食います」

 それだけ答えると「出前、行ってきます」と、お辞儀をして行ってしまった。
 友達とケーキか。甘いものとか食べるんだな、恭介君も。

「行ってらっしゃい」

 ついに出前が始まった。あの真新しい岡持ちを見た時から(いや)な予感がしていたんだ。
 うどん屋なのに出前。いいんだけれども。
 経営難(けいえいなん)なんじゃなかろうか、と思ってしまう。

 はじめから出前をやっている店ならいいんだよ。そうじゃなくて、途中から色々始めるのが……。
 急に、うどんの味が変わったりしませんように。


 翌日、店に行くと恭介君はいなかった。

「今日は志賀君、休みなんだよ」

 秋人さんが、少し沈んだ声でそう言った。客が誰もいないから、店の椅子に座っている。
 いつも覇気がない人だが、今日は輪をかけて元気がない。(うつむ)いた拍子に、黒髪がさらりと揺れた。

「何か、あったんですか?」

「……志賀君の友人が亡くなったそうだよ」

「え……?」

 なくなった……一瞬、意味が飲み込めなかった。
 ふいに昨日の、恭介君の言葉が脳裏をよぎる。

(ああ、友達とケーキ食います)

 友達って、まさかその人のことじゃないだろうな。
 いや、誰でもイヤだけれど。 

「何日か、休んで良いと言っておいたから――信之君。すまないが、しばらく毎日出てくれるかな」

「それは、良いですけど……特に予定もないし」

 ――ふっと、人が良さそうな青年の顔を思い出した。

(まさか、彼のことじゃないだろうな)

 恭介君が、何度か連れてきたことがある青年。
 明るい髪に細い身体で、(ひか)えめに笑う人だった。
 なんて呼んでいたっけ。名前が思い出せない。

「そうだ、信之君。目は、動かさないと悪くなる一方だよ」

「え、は?」

「だから、眼球だけ意識して動かして、筋肉を付けるといい」

 急にそんなことを言うものだから、話に付いていけずに、立ち尽くしてしまう。
 確かに僕は、目が悪いけれども。

 秋人さんは、そのままするりと厨房(ちゅうぼう)に消えてしまった。
 ガランとした店内に取り残される。
 もうじき昼なのに、客が来ない。昨日がイブだったから、今日はクリスマスだ。
 お祭りとクリスマスは、うどん屋はヒマなのだ。客を他所(よそ)に取られるから。
 クリスマスなのに。そう思うと、恭介君が可哀想になる。

 うどん屋なのに、レジの所に百円ショップで買った、小さなツリーが置いてあった。誰が置いたんだっけ。ああ、そうだ(りん)だ。
 合わないの分かってて置いてるんだ、アイツは。
 いたずらっぽく笑ってた。だから、そのまま置いてある。

 僕が家を出て行ってから、凜はよくこの店に顔を出すようになった。昨日は、友達と出かけるって言ってたっけ。

 楽しそうで良かった。凜の頭上の――あの使命は、未だに消えてはいないけれど。

 ぼんやりとツリーを眺めていると、客が一人入ってきた。

「いらっしゃいませ……」

 あれ? この人――。
 使命が。
 まるで鉛筆でぐちゃぐちゃに書き殴ったような文字で、読めない。
 イライラした人間が、感情のまま書き殴ったような文字だ。
 日本語にはとても見えなかった。でも、確かにちゃんと文字なんだと思う。規則性があるから。
 意味が分からないれど、そう見えた。

「天ぷらうどん」

「あっ、はい。天ぷらうどんでーす」

 厨房にいる秋人さんに伝えて、客を席まで案内する。
 中年くらいの男性だ。つまらなそうな顔をしながら、席についた。
 しばらくすると席を立ち、漫画雑誌を手に取った。 
 やっぱり、つまらなそうに読んでいる。

 所在(しょざい)ないので、店の中をチェックする。(はし)爪楊枝(つまようじ)も、調味料も各テーブルにしっかりと補充してあるし、窓もキレイだ。洗う皿もない。
 あの『使命』がぐちゃぐちゃになった客を見ていると不安になる。

 しばらくすると、カラン……と軽い音がしたので、箸でも落としたのかと思い、客に目をやった。
 すると、客がブツブツと独り言を言っていた。
 なんだか気味が悪い。箸も落ちてはいなかった。

 僕と目が合うと、急に席を立って、「会計」とだけ言った。
 うどんは、天ぷら以外ほとんど残っている。


 客が帰ったあと、テーブルの上を片づける。
 良くないものでも落とされたような気がして、いつもより丁寧に掃除した。

 そして。

 恭介君のことを考えた。今頃、どうしているのだろうか――と。
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