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幽明の織 作者:時嵩いちか
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3-2. 桐島うどん

読んで下さってありがとうございます!
*各話にサブタイトルをつけました。
 熱が出て寝込んでいた、ある日のことだ。

 携帯に、バイト先の友人から電話がかかってきた。

「今から出前を持っていきます」

 と言われてビックリしたが、要は見舞いに来てくれたのだ。家の鍵は開いていたので、そのまま部屋まで来てもらった。
 来訪した彼は、紺色のTシャツに、うどん屋の前掛けをしていた。
 持っていた真新しい岡持ちの中身は、温かいうどんだった。

「あっ……恭介(きょうすけ)君、これは……?」

信之(しの)さん、久しぶりッス」

 空いた手には、ブラックの缶コーヒーを持っている。彼がいつも飲んでいるメーカーのものだ。

「ああ、久しぶり……ごめん、バイトずっと代わってもらってて……」

()いんスよ。顔色、まだ良くないッスね」

 うどん、秋人店長からの差し入れッスよ。冷めない内に食って下さい――と(うなが)される。
 僕は、夏でも温かいうどんが好きだ。

「ありがとう……」

 そう言うと、彼は軽く頷いた。
 恭介君は、目つきが悪く見た目こそ不良のようだが、真面目に働く良い子である。僕より二つ年下で、二十一歳だ。
 うどんに手を伸ばす。彼の後頭部に、『使命』が見えた。

 『使命:彼を支えること』と――書いてあった。

 珍しい、初めて見た。誰かを支えるのが使命なのか。大事な人か何かかな。

「信之さん、いつ仕事に戻れるんですか?」

 恭介君は、缶コーヒーのタブを開けると一気に飲みほした。

「いや、ごめん、まだしばらく戻れなそうで……」

 僕がそう答えると、彼は表情を変えないまま手を振る。

「大丈夫ッスよ、無理しないでください。どうせそんなに忙しくないし」

「うん、まぁそうだね」

 そうなんだけど。そんなに暇で大丈夫なのかな。
 あと、なんで岡持ちなんか持ってるんだろう。ラーメン屋でもないのに。



「……なんか、ずいぶん久しぶりに感じるなぁ」

 数日後、ようやく歩けるようになった。

 『桐島うどん』と書いてある看板の前に、僕は立っている。

 秋人さんの経営する、うどん屋。店の敷地内に、小さな二階建ての家がある。僕は、そこに住んでいた。住み込みで働かせてもらっているのだ。
 ここでのバイトは、しばらく休みをもらってるんだが――今日は久しぶりに店を(のぞ)きに来た。入院していたのは二週間だが、結局は一ヶ月もここに来ていなかった。

「信之君?」

「わっ」

 声をかけられて、驚いた。

 秋人さんの朝は早い。ここのうどんは手打ちで、朝早くから秋人さんはうどん粉をこねている。今は十一時くらいだから、その作業はとっくに終わっていて、彼はいつものように雑誌を読んでいた。
 先に来ていた恭介君は、すでにうどん屋の制服――濃紺の作務衣(さむえ)臙脂(えんじ)色の前掛けに着替えている。

「恭介君、信之君になにか作ってあげて」

「了解ッス、何にしますか?」

 相変わらず手際がいい。いつもの光景に、やっと帰ってきたような気持になる。僕は大根おろし明太子うどんを注文すると、空いている席に腰をおろした。

 うどんを食べ終わると、客がちらほらと入ってきた。いくら暇だと言っても、お昼時だ。ちょっと安心した。僕が入院している間に、近所のラーメン屋に本格的に客を取られていたら、どうしようかと思っていたからだ。
 お客さんの頭の上にも使命が見えた。その中で――ちょっと変わった人がいたので目を細めて見てしまった。

 『使命???????:アイドル:作家:結婚:有名人』――とあった。

「えっ……?」

 なんだこの人、怖い!

 年のころは三十代半ばから四十くらいだろう。体格のいい女性で、長い髪がうどんを食べるのに邪魔そうだ。
 そういえば、うちの犬――小雪も、使命が頭の上でくるくる回ってた。
 個人差とでもいうのだろうか。

 でも、怖いぞ。あのお客さんの表記。なんでクエスチョンマークがいっぱい出てるんだよ。

「……世の中、色んな人がいるんだな」

 つい、小さな声でつぶやいてしまった。
 初めの頃こそ、自分の目や頭がどうかしてしまったのかと思っていたが。最近は、自分がどういった状態になっているのか分析するために、考えるようにしている。
 病院で検査してもらったから、脳波にも異常はないはずだ。

 それに――いいかげん、『自分がおかしい』と思うのはやめようと。思うようにしたのだ。自己否定ばかりしていても気が滅入る。

 人間というのは裏打ちされた事実や、確証された他人からの肯定がないと、自分すらも信用が出来ないものなのだ。

 ……自分の使命がクエスチョンマークまみれだったら、(いや)だなぁ。

 未だに、自分の使命は見えていない。

 結局のところ、自分のことなんて――自分が思っているほど、(わか)らないのかもしれない。
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