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幽明の織 作者:時嵩いちか
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3. 使命が見える男の話

兄(信之(しの))に戻ります。
 知らないおじいさんが、目の前に立っている。

 誰だろうと思ってぼんやり眺めていると、彼の正面に、女の人がいた。
 小柄だけど、子供じゃないなぁ。大人びた雰囲気だ。
 受付嬢(うけつけじょう)みたいな恰好をしてたからかな。

 深く青みがかった、不思議な髪の色をしていた。

 ――海の底みたいな色だ。

「……危ない場所ですね。あのビルは。食べられちゃったんだ、あの人たちは」

「――……あの子は助かったけどね。彼女は、前の人生で自ら命を絶ったみたいだ」

 前の人生ってなんだ? 前世ってことか?

「私はね。中間管理職だから。資格がなければ助けることはできないよ」

 おじいさんが続けてそう言った。
 あの子って、誰だろう。分からないけれど、妙に不安になった。

「あのエレベーターでは、彼女は『私に助けてもらう』という資格を得た」

「運が良かったですねぇ。まぁ、性格の問題だけど……」


「――あのっ……」
 声が出た。小さな声が。
 もっと、大きな声を出さないと、届かない。
「あの子って、だれ、ですか――」

 そこまで言うと、目が覚めた。
 病室は薄暗くなっていた。そうだ、晩御飯を食べた後、なんだかだるくて眠っていたんだ。腕の痛みに目をやると、点滴から血が逆流している。
 透明な管が真っ赤になり、薬のパックにまで流れ込んでいた。



「それじゃ、週明けに退院して良いですよ」

 主治医がそう言ったとき、僕は心のなかでガッツポーズを取った。

 秋人さんや凜に言ったら、すごく喜んでくれた。ああ、うれしいなぁ。

 退院の前日は、病室で眠るのも最後だと思って――なんだかウキウキして消灯前にベッドの周りを掃除したりした。毎日、掃除しに来てくれているのは分かっているけど、病院には世話になったので、なにかしたかったのだ。



 なんて晴れやかなんだ。僕は自由だ。



 実際に退院したら。車の乗り降りをする際に、転げ落ちた。
 膝から力が抜けて、足腰が立たない。
 すぐにバイトに戻ろうと思ったのだが、数日後――処方された薬が強すぎたようで、今度は肝障害になった。

 結果、呼吸器と脳と肝臓の三ヶ所がやられてしまい、発熱して一週間ほどダウンしていた。
 肝臓が障害を起こすと、階段が辛い。個人差もあると思うが、僕の場合――もう自宅の一階から二階に上がっただけで息が上がる。
 平面の移動は平気なのに、段差がものすごい辛い。


(また小雪(こゆき)の散歩に行けなくなっちゃったな……)
 寝込む前の数日間、犬の散歩にだけは行った。


 僕は下宿先で甲斐犬のような雑種の犬を飼っている。まだら模様で可愛いんだ。もう大好きだ。
 雪の日に拾った子だから、小雪という名前だ。


 帰ってきたら、もうあいつ喜びすぎちゃってショック受けるんじゃないかと思っていた。 が、あいつは犬小屋に隠れて出て来なかった。
 すごいショックだった、僕が。

「おい、どうしたんだ小雪」

 呼んでも出て来ない。
 本当にどうしようかと思った。

「……くぅ~ん……」

 しばらくすると、腰を抜かしながら犬小屋から出てきた。

「おいなんだよ、調子でも悪いのか、小雪」

 凜にも様子を聞いてたけど、「ちょっと元気ないけど、大丈夫だよ」って言ってたぞ。
 僕が手を差し伸べると、小雪が上目づかいで(にら)んできた。

 そこで初めて気が付いたのだが、犬の後頭部に例の『使命』が見えた。ビックリした。
 なんか文字がくるくる回ってる。なんでだ、なんで動いてんだ。


 『使命:信之と家族を守ること』と見えた。


 えっなにそれ可愛いんだけど。可愛すぎて辛いんだけど。
 あっ辛い! 可愛い! 辛い!

「そうだよな、お前、僕のこと大好きだもんな!」

 抱きしめると、やっと尻尾を振ってくれた。なんだか分からないが、機嫌が治って良かったよ。

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